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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第七章 龍の黒森と悪魔の軍団
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191話 呪剣の本領

「ハァァァアア!!」


 緑の将軍が発動した三つ目の天災クラスの魔法によって、銀色の大剣は真っ白な輝きを放つ。

 破壊力だけに注ぎ込んだ大剣は、触れる物全てを切断する単体殲滅魔法。

 斬り合いすらも許さない剣士に、バルは退く気配すら見せず立ち向かう。


「……グルゥ」


 もう一人の相棒、アカボシの魔力は半分しか残されていない。

 緑の将軍の広範囲殲滅魔法を考えれば、対抗手段として火属性魔法の魔力を残しておかなければならず、アカボシはバルのサポートに徹底する。

 ペタペタと踏み歩き、静かに緑の将軍の背後だけを伺う。

 一周を終えたように、血戦蠱毒が発動される前の状況と酷似する。

 だが二人は自滅覚悟の大胆さと相乗的な連係によって、天災級の技を二つも打開した。

 残すはあと一つ。勝利への道に、着々と前進している。


「そう来るかッ!」


 斬り合いができなくなった以上、己の身は己で守り、呪剣は攻撃手段のみに使うことを余儀なくされる。

 そのためバルは絶対に正面に立たない。

 緑の将軍の側背を突くように、周囲を小刻みに迂回する歩行術を行う。

 呪剣は剣先を後ろに向けてカウンターだけを狙い、常に移動して直撃を免れる。


(あれに触れるなよ。我の身が持たぬ。だが……)


 呪剣が弟子を諭す師のような落ち着いた口振りで、ありのまま起きる事実を語る。

 しかしバルの執念に呪剣の心境は動いたのか、言葉に「だが」と続きアドバイスを送る。

 呪剣が予測したように、大剣は当てることに重視した横なぎが迫る。

 本来ならば呪剣で受け流す程度の剣撃だが、雑ではある分に重く、速く、広いために避けきれない。


「分かっている!!」


 大剣と呪剣が交差すると、緑の将軍の大剣を弾いた。


(やれやれ、我はいつお主と冥途を共にする仲となったか)


 その結果に呪剣は不満を述べつつ、声には張りがあった。


「……やるな」


 緑の将軍は弾かれた大剣をじっと見つめる。

 方法は一つ。

 刃先に触れなければいい。剣脊(フラー)と呼ばれる剣身の面にあたる部分にぶつけて逸らす。

 バルは呪剣を後ろに下ろし、どの箇所からの攻撃にも間に合うようにしていた。

 歩行術も、全ては刃先に触れずに剣を弾くため。

 一瞬でも遅れるか、僅かでも外せば、大剣は弾けず呪剣と身体は同じ死の道を辿る。

 まさに神芸。

 バルは避ける以外の選択肢を、この窮地で見出した。


「フン!!」


 今度はちゃんと視えている。

 風を纏った左の拳は、肩に掠るギリギリで避ける。

 掠っただけで骨を強打した時の痛みを覚え、キツく目尻を閉ざすが、口角は僅かに上がっている。

 拳が来れば、好機とする。

 大剣の間合と拳を放つ間合いは、近いようで短剣と槍ほどに離れている。

 風拳によって剣の構えは解かれ、拳が触れ合うほどに接近していれば、いつどこに大剣を振られても当たる不安はない。


「セッ!!」

「ハッハー!!」


 バルは左腕を刈り取るように下から豪快に振り上げると、緑の将軍は風属性魔法を使って跳んで避ける。


「グルルルゥ」


 この戦は長くなる。

 当たれば必殺。

 ゆえに受けることを避け、踏み込みは浅く、追撃もない。瞬間の試合が一戦ごとに、何度も繰り返し行われている。

 この場で唯一剣を持たぬ獣は、静かに牙を尖らせ、行く末を見守ることにした。



 各所で行われた黒森での決戦は、実のところバルとアカボシの二人が、敵の首級と最初に矛を交えていた。

 それが今——五時間を経過した。


「何故まだ闘うか!!」


 暗く狭い空間の中、三人の決戦はまだ続いていた。

 バルのしぶとさの前に、緑の将軍は狼狽する。


「……ッ……ッ!」


 バルに返事をする体力は最早ない。

 腫れた顔面、血を流す腹部、折れ曲がった指先、致命傷こそ避けていたが、それ以外の症状は全て受けてしまったと考えていい。

 それでも剣は一度も離さず、感覚を研ぎ澄ませ、頑なに勝利を得る瞬間を狙っている。


「ガルゥ!!」

「ッ!」


 バルの不屈の精神に気を取られ、鎧にアカボシの爪痕が深く残る。

 半日も続いた死の鬼ごっこの時とはまるで違う。

 追う側ではなく、追われる側。

 集中力の消耗で言えば、緑の将軍が最も擦り減らしていた。

 そして精神の負荷は、何も内部だけの影響に止まらない。


『青の中将だ。妖の本山が離叛したぞ……ダンジョンマスターの戦闘も佳境に入る』

『分かっている。此方ももうじき決着が付く……はずだ』


 バルは大剣を躱し、呪剣を振る。

 しかし呪剣に勢いはなく、緑の将軍は素手で捕まえると、大剣をバルの正中線に沿って下ろす。

 バルは腕の関節を無理矢理曲げると、呪剣の代わりに爪先で蹴り上げ、軌道を逸らす。

 今の影響で足の指が二本ほど潰れる。

 それでも緑の将軍の攻勢は衰えず、今度は呪剣を離すと風拳がバルの顎に炸裂する。

 バルは吹き飛び、壁に激突する。するとアカボシが立ち上がる時間を稼ぐために、前衛を後退する。

 これに似た光景を、もう何十何百と続けていた。


『此方白の中将……我々の敗北……申し訳有りません』

『……白』


 緑の将軍はアカボシを牽制しつつ、大剣から斬撃をバルに飛ばす。

 バルは迎え撃つために呪剣を縦に振る。

 斬撃は呪剣の剣撃によって切断される。

 だが斬撃の余波はバルの両肩を抉り、血を天井にかかるほどに降らせる。


『親父がアレを使ったぞ! 其方はまだなのか!!』

『まだ、だ……どうか持ち堪えてくれ!!』


 テレパシーによって二ヶ所の敗戦を知る。

 次々と送られる味方の敗北に、悲哀と不甲斐なさで自身を呪った。

 本当は一番に決着を付ける気でいた。

 封キ無双の竜巻の破は魔力を七割をも消費し、つむじ風の守は魔力を二割ほど消費する。

 だが緑の将軍の魔力はもう半分もない。

 そして緑の将軍は先を見据えている。救援のためにも三割の魔力は残しておくと決めていた。

 もし三割以下の状態で勝ったとして、救援は返り討ちに遭う可能性が十分に高いからだ。

 戦とは局所で見ずに大筋を捉える。

 彼にとってこの戦いは前哨戦に過ぎなかったが、予想外の奮闘に緑の将軍の歯車が狂う。

 グスタフたちによる逆襲、メアの殲滅戦、セカイたちの好戦が、少なからずバルとアカボシの背を押していた。

 この戦いが全てか、そうではないかの違いが、戦術に致命的な遅れを見せていた。


「ハァァァア!!」

「グッ!?」


 テレパシーの隙を突くように、バルはアカボシと前後をすれ違い、緑の将軍の横腹に一太刀を入れる。それは封キ無双を使ってから、初めて受けた深い傷であった。

 どくどくと流れる血の痛みに、緑の将軍はバルの底無しの胆力に畏怖する。


(バルセィーム……この状況下で、お主の精神力は上がっているぞ)


 緑の将軍の傷は木属性を込めた王冠の魔法道具によってすぐに癒える。

 しかしその傷は、反撃の狼煙を意味する絶対に受けては行けない、起死回生の一撃である。


「決め……ぞ……ォオオオオオオオ!!!!」


 何処に体力が残っているのか。

 バルは敵を怯ませる雄叫びを腹の底から上げると、誰が見てもこれが最後の灯だと分かるほどに覇気を復活させる。


(バルセィーム……気付いておるか?)


 呪剣の声にバルは聞こえていない。

 全神経を緑の将軍のみに集中させているからだ。

 呪剣本人も理解している。

 血を吐き、骨を削り、四肢を投げ打つ剣士に触れて、語らずにはいられなかった。


(お前はすでに我を使う。いいや、憑かっておる)


 呪剣は特殊魔法道具(ギフトアイテム)が、五〇年の戦闘の果てに進化した意思を持つ魔法道具(インテリジェンスアイテム)である。

 その能力は製作者でも解明できず、発動条件すらままならず、ただ鋭利な呪いの剣として見做されていた。


(欲に溺れず、力を奢れず、貪欲に、直向き、勝利を追求する者に与えられる力……それは誰もが持っておる生存本能だ)


 しかし呪剣にも能力は存在している。


(——死域)


 死を直前にして、何もかもスローモーションに見える走馬灯を、死域は遥かに越える。

 見えるだけではなく、100%の潜在能力を発揮する。

 身体が軽く、頭は冴え、限界点に達するまで無敵の状態が続く。

 呪剣は死域を発動出来た者に微笑み、死域を望むだけ持続させる。


(それが我の正体だ。お主は既に我と一体に成っている。一体、つまり我は道具(・・)ではない)


 バルは本能の呼びかけに従い、手を地面に付ける。


「ゲヘナ・ハーヴェ!!」

「「ッ!?」」


 バルはゲヘナの闇を発動する。

 その行為には味方のアカボシですら驚き、腕に握った最強の魔法道具に二度も驚く。


「黒兜かァ!?」


 バルは呪剣を腕に握りながら、そのまま防具を頭に被せる。

 魔物が二つ以上の魔法道具を使うことは出来ない。

 セカイやメアが例外であり、天災級といえどその例には漏れない。


「まだ、上げるか!!」


 黒兜は死を囁き、バルの動きは更に高まる。

 極限状態の死域が正確に体を働かせ、黒兜が千の未来を告げる。

 道具の力を借りて、バルは剣士として緑の将軍と同じ領域へと足を踏み入れた。


「グッ、グッ、グッ」


 大剣は全て紙一重で完璧に避けられ、防御に気を使わないバルは、呪剣の振る勢いが止まらない。


「くたばってしまえェ!!!!」


 ジリジリと詰め寄られた緑の将軍は、ついに魔力を全開する。

 もう後のことを考えるのを止めだ。

 今は戦士として、目の前の一戦だけに全力を出した方が良いと、緑の将軍は能力の幅を一段階広げる。


「ーーーーッ!!!!」


 それでもバルの剣技は食らい付く。

 剣と剣が、僅かに触れ合うだけで小さな衝撃が発生する。

 肉体は綻び、精神は摩耗しても、剣筋だけは衰えることはない。

 迫る剣撃を全て避ける悪魔、迫る剣撃を全て癒す鬼豚。

 先に限界が訪れた方の敗北となるほどに、両者の剣が拮抗する。


「……グゥル」


 アカボシは二人の間に入ることは出来ず、友が己を超えたことを受け入れる。

 単体戦力としての最強の座は、バルに譲ろう。

 だがそれ以外の座は一つも認めるつもりはなく、相討ちによる勝ち逃げなどは絶対に許さない。


「グゥゥルルルォオオオオン!!」


 血戦蠱毒の領域を埋め尽くすほどの大音量で吠える。

 肌に伝わる音の響きが、二人の時間を止まる。

 アカボシは直接手を下すような不粋な真似はせずとも、緑の将軍の意識がほんの少しアカボシに向かう低度の後押しをする。


「ハァァァアー!!」


 いくら不意を突いたとして、直接緑の将軍に一撃を加えられるほど、バルとアカボシはまだ疲弊させてはいない。

 バルは渾身の剣撃は、緑の将軍ではなく彼の持つ大剣へと振る。


「ナッ!?」


 大剣がガラス細工のように粉々に砕け散る。

 行き場を失った封キ無双は自然解除されてしまう。


(当然だ。武器の差は我の方が断然優れておる。あれだけ我と打ち続け、折れない剣などこの世にない)


 緑の将軍の腕には、大剣だった柄しか残されなくなる。

 バルの顔に驚きはない。

 決戦が始まった時から剣を狙い、打ち続け、緑の将軍が無防備になる状況を狙っていた。

 触れられない剣はもういない。


「なんの——クッ!?」


 慌てた緑の将軍は愚策に出る。

 予備の武器を取り出そうと地面に手を付けたが、バルは顎に蹴りを入れて阻止する。

 ここで退くか、拳で戦えば別の未来があったであろう。

 緑の将軍は剣での決着に執着してしまった。

 そして悪魔は、数時間の死闘の末に千載一遇の好機を迎える。


(やれ、バルセィーム。勝利を挙げろ!!)


 今の緑の将軍は蹴り上げられたことによって、胴体をバルの前に無防備に晒している。

 バルは呪剣を両手で強く握り締めて、残る魔力で地面を踏み込んだ。


「ハッ!!」


 剣身一体。

 自分の身体ごと押し倒す強力な刺突は、緑の将軍の鎧を貫き、心臓へと一直線に吸い込まれた。


「ハハッ、ワタシの……負けだよ」


 バルと緑の将軍は重なるように倒れる。

 杭を打ったように呪剣が、緑の将軍の心臓から生えている。

 幾ら回復力があるとはいえ、急所を潰されれば元も子もない。

 緑の将軍は全てを出し尽くしたような満足げな顔で、己の死を受け入れる。


「二対一、武器の差もあった……勝った方が強いとは言わない。だけど生き残ったのは……俺たちだ」

「グォン」


 相手が主人と同じ風属性使いで、扱い慣れていた。

 黒兜と呪剣の武装の差。

 緑の将軍の魔法道具が木属性で、戦闘向きの効果ではなかったこと。

 バルたちが優位に働く理由は幾らでもあった。


「ああ……そうして、おこうか……」


 五時間を超える死闘の果てに血戦蠱毒が解除される。

 数日ぶりと思える赤い月が、血に染まった二人を祝福する。

 この日二人は、天災級へと扉を開けたのだった。


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