95話 死の姫は慟哭する
メアの魔本の死者の目録は、魔本がその読者と同調して人本一体で魔法を発動する意思を持つ魔法道具である。
そして読者の読解力に応じて新たな魔法を授ける。
魔本に記載された魔法の数は闇属性、火属性、死属性、召喚魔法を合わせて二〇〇。
さらに禁術も数えれば二三三の魔法と、素質だけならメア同様にぶっちぎった性能である。
「私を、舐めるな!————闇侵す炎」
「まあ! 闇属性に、火属性まで加えられるようになられたのですね!」
それは冥途の館のダンジョンマスター、ホラントが使用していた魔法だ。
効果は確か、呪いの炎。
肉体を持たない幽霊ですら灰にできる、漆黒の炎である。
それがアカリヤに向けて放たれた。
「ですが、少々火加減が温いですわよ!」
「うん?……っ!?」
湖沼に誘う鬼火であるアカリヤは、アカボシ以上に炎操作に長ける。
メアの黒炎を逆に操ると、紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱へ捨てるように、炎を丸くして後ろへと放り投げた。
この階層の絨毯やシャンデリアは、ダンジョンの壁のように壊さない物質となっているが、火の粉が部屋中を縦横無尽で舞う。
「して、主様や?」
「何だ?」
スイレンが二人の喧嘩を愉快な顔で眺めながら、問いかけてきた。
「上級中位のメアメント、中級上位のアカリヤ。単体戦闘能力では、どちらが上であるかや?」
先日召喚されたばかりのスイレンは、未だ眷属の実力を計り終えていない。
それは今が平時であり、この山脈では敵と戦う機会もないからだ。
階級差ではメアが圧倒するはずが、その実アカリヤが軽くあしらっている。
それもアカリヤはメアに一切攻撃をせず、自ら防衛に回っているだけだ。
それをずっと見させられれば、どちらが強いのか疑問も出るだろう。そしてその答えは。
「……十中八九でアカリヤだな。つか、死属性のメアとアンデッドのアカリヤでは相性が悪い」
メアの死属性魔法がアカリヤにとっては回復魔法でしかない。
「そうであったか。聞くところによるとアカリヤは、儂の前任の魔女を単独撃破したそうじゃしな」
「それもありますが、メアの本質は個の力ではありません」
クリスタルはすかさずメアのフォローを入れる。
メアの戦闘力は確かに低いが、命の優先度ではクリスタルの次に高いとされる。
「そうだ。メアは数で戦う魔物だ。どれだけ力が弱いアンデッドでも、メアの死属性に掛かれば階級差をも数で凌駕できる」
「ほほう、まさに人魔を統べる王ではないかのう?」
スイレンが面白いことを口にする。
本来、魔物の本質とは個の力である。
そもそも階級なんてものがこの世界に存在する時点で、いかに個人の力が重要視されているのかが分かる。
それは魔物の群も習性なのか、数の利を使った戦術は極めて少なく、経験値の目当てなのか意外と一対一になる状況が多い。
一つの種族が群で計画的に生きる魔物でも無ければ、所詮烏合の衆であることが多い。
しかしメアの軍勢は違う。
例え種族が違えども、メアの意思を百パーセント理解する完璧な軍隊だ。
「人魔の王か……かつてのアンデッドの王にはならないで欲しいが」
人から魔物に転生し、アンデッドを使って世界を滅茶苦茶にした奴である。
彼の野望は、全生物のアンデッド化。
生者がいなければ世界は平和になると、ぶっとんだ思考の持ち主であった。
「大丈夫です。セカイ様と私、それにアカリヤもいれば、絶対にメアは道を間違えることはございません」
クリスタルが宣言する。
メアはまだ精神面でも子供であり、親の支援が必要だろう。
与えられた死属性と知能が、この天才児の性格を歪ませている部分も確かにある。
「そうだな、俺たちでメアの成長をしっかりと支えよう」
「はい」
それでもいつか、名実共にメアがダンジョンで最も欠かせない人物となるまで見守ることが、親である俺たちの務めである。
継母的な役割のアカリヤは、いよいよこの茶番劇を終息させための攻勢に出る。
「良いですか、メアメント様。貴女はまだ幼子です。感情にはムラが多く、独占欲が強い余りに他の仲間に興味を示さない。それがご自身の足元に穴を掘ることにもなられます」
優しく非常に落ち着いた声でアカリヤは語る。
「説教はいい! アカリヤこそ、私を信じていない!」
メアの一番の忠臣であるアカリヤの本音である。
メアも親である俺やクリスタルの言葉ならば、素直に受け止めていたであろう。
しかし格下のアカリヤに、こうまで苔に自身を語られては、見た目に相応しい反応をしてしまうのがメアである。
「いいえ、違います。私はメアメント様を信頼しております。未来の貴女を、ですけど!」
「なにを言う!」
アカリヤはメアを挑発することを止めない。
魔本からは悍ましいほどのゴーストが、さらにゲヘナの闇からはメア秘蔵のスケルトンが召喚される。
その数は合わせて一〇〇体。
「強く、気高く、美しく、全ての生ある者から敬い恨まれ、全ての死ある者から讃え祟られる。それがメアメント様の未来です。ですがその時、貴女は我らの至上の王として、アンデッドになられる覚悟はごさいましょうか?」
「っ!?」
メアにとって、痛い所を突かれた。
アンデッドを統べる姫が、アンデッドではなく生者であるという矛盾が出来ている。
さらにメアが生者であることで、死属性の能力が低下している一因もある。
「今はまだ良いです。しかしメアメント様の軍勢が強大になるに連れて、アンデッドの中にも疑問を生じる者も出るでしょう。その時貴女は彼らに何とお答えなさいますかッ!?」
「……くっ」
爆炎がアカリヤに殺到するスケルトンを振り払い、炎熱による気流がゴーストの行く手を阻む。
これがアカリヤがメアを挑発していた目的である。
その問答でメアが何と答えるかで、アカリヤの忠誠心を左右するものとなるのだろう。
「アカリヤは、ご自身からメアの嫌われ役を買っているようですね」
「強固な組織とはのう……敢えて目上とは異なる思想を持った部下がおって然るべき物じゃ、んぐ」
階段の段差を椅子にして座るスイレンは、物知り顔で最後の酒杯を口にする。
「意見の対立もない、競争もない、喧嘩すらもできない主様万歳の組織に、面白味も思い入れもありはせんな。その分今は、見ていて実に愉快じゃ」
「だったらスイレン、お前がその役を買ってくれるのか?」
「くく、遠慮しておこうかのう。嫌われ役を買うとしても、儂は後ろから小言を並べるのが性に合っとる」
このクソロリババアめ、言いたい放題だな。
嫌われ役は、見識と智謀に優れた者がしないとじゃじゃ馬でしかない。
有能な悪人よりも、無能な善人の方が性質が悪いのと一緒だ。
スイレンのような老人が買って出てくれたら、ダンジョン発展に有り難い話ではあったのだがな。
「さあ、考えるお時間もこれで終いです。どうせなら、今わたくしの手でアンデッド化を致すのも、悪くはないでしょう!————火円陣ッ」
「んんっ!?」
いつの間にか火の粉が魔法陣のように設置されていて、それを起点に炎の円陣がアカリヤとメアを分断する。
メアだけが業火の中で孤立したのだ。
これはまずい。メアは所詮人間をベースにした魔物である。
炎に囲まれれば、一酸化炭素中毒や熱で焼け死ぬ。
アカリヤは、本気でメアを殺しに行っている!?
「クリスタル、炎の中のメアは大丈夫か?」
「お見せしましょう、失礼します」
「頼む」
クリスタルが俺の両眼を手で覆う。
クリスタルを人型ダンジョンにした弊害として、俺のダンジョンマスターの能力がクリスタルの方へと継承された部分がある。
しかしこうしてクリスタルと繋がることで、クリスタルのダンジョン感知能力を俺とだけ共有することができる。
「腕輪の魔法道具の不可視の鎧が機能しているため、数分は持つでしょう……」
クリスタルが説明した通り、メアは暑さに顔を顰め、何とか炎の結界を突破しようとしていた。
「セカイ様もご決断なさってください。メアか、アカリヤか、またはご自身を信頼なさるか」
選択肢はこの三つだ。
メアが何とかして火炎を突破するのを信じる。
アカリヤがメアをアンデッド化させることで状況を打開させる。
俺がスイレンなり俺自身でこの諍いを仲裁する。
「娘の勝利を信じようか……メアの出した結論を、俺は聞きたい」
「はい、とても酷ですが、メアにはベルクハイル戦の補習を受けさせましょう」
クリスタルの言っている意味は分かる。
ここでメアを上級上位へと成長させるつもりだ。
それとクリスタルとアカリヤの熱心な教育ママ二人は絶対にぐるだ!
いくらなんでもアカリヤを上級へと進化させる展開から発展しすぎだ。
◇◆◇◆
「くぁっつい。アカリヤめ、本気で私を殺す気だな……」
メアが額の汗を拭い、魔法で炎の結界を壊そうと挑戦する。
しかし魔本の火属性ではアカリヤに敵うはずもなく、闇属性魔法の直接攻撃では歯が立たない。
「時間もない……ふっ、いっそアカリヤの言う通り、ゴーストに転生しようかな」
一人では所詮何も出来ない子供なのだと、メアは初めての挫折を経験する。
もしゴーストに転生すれば、肉体は滅びるため熱や酸欠で死ぬこともない。
しかしそれではーー。
「もぅ、父様と、母様と、触れ合えないよぉ」
掠れる声で、メアは泣いた。
肉体を失うと言うことは、五感の消失に他ならない。
これからはアンデッドの持つ霊感のみで、生きていくことを意味する。
頭を撫でられた時の温もりも、抱きしめられた時の安堵も得られない。
メアにはそれを受け入れられるほど、自分を犠牲する覚悟はまだなかった。
「父様ぁぁああ、母様ぁぁああ、助けてよぉぉ!!」
メアは体を丸めて慟哭した。
死の姫メアメントは、アンデッドの苦痛を本当の意味で理解したのだ。
「わぁ゛ぁ゛ぁ゛ああん!!」
孤独の炎の中、メアは命を削りながら泣いて、泣いて、泣き続けた。
しかしそれで頭の中を整理することができた。
メアは子供と言えど人ではなく、強かな魔物の部分を呼び覚ました。
「ずずっー! 決めた、アカリヤぶっ叩く」
泣いて汚れた目と鼻を拭うと、決意の籠った顔を作る。
ゆっくり立ち上がると、床に魔本を置いて残り魔力を腕輪へと流す。
少しでも風の鎧の強度を上げるためである。
「私、アカリヤに信じろと言った。だったら私も、アカリヤを信じるっ!」
獣のように牙を剥き、炎の壁に向かって走り出した。
「うおおおおぉぉぉぉー!!!!」
そして吠えた。
幼い少女の身体では、分厚く魔法で構築された炎を無傷で突破することは不可能である。
それでもメアは痛みに耐えるために、目を強く閉じながらマントで身体を包むと、炎の壁へと果敢に飛び込んだ。
「っ!」
それで死ぬなら死んでもいい。
魔本を手放したメアでは、自身をアンデッド化することもできない。
しかしこの時初めてメアは、死を遊ぶ経験をしたのである。
◇◆◇◆
「——ぶはっ!」
炎の中から転がり込んでメアが現れた。
しかしその身体はやはり無傷である。
おそらくアカリヤが、突撃する間際に炎の熱を消して、偽の炎を使ったのだろう。
一体どんなドッキリだよこれは……心臓に悪すぎる。
「メアはよくやりましたね」
「……クリスタル、わざとだろ?」
「はて? セカイ様のおっしゃる意味が、私には理解できません」
俺の目に被せたクリスタルの手が払われると、ボヤけた視界からはクリスタルが笑みを浮かべている風に見えた。
しかし今はその真偽よりも、メアのことである。
「アカリヤ、私は決めたよ」
「何でしょうか? メアメント様」
二人の女が睨み合う。
メアの眼光は鋭く、とても少女とは言い表せない。
「私の命は、心は、身体は、全て父様と母様のためにある。お前たちアンデッドの、物ではない!」
「はい、わたくしどもは重々承知しております。ですがそれでは、このまま生者であり続けると?」
「違うっ! もし父様でも手に負えない敵と遭遇すれば、躊躇わずアンデッド化する。でもその時までは、この身体は残しておく」
メアは自身の胸に小さな手をそっと置く。
「私もまだ、成長したいから!」
アンデッドになると当然だが成長は止まる。
階級が上がらない限り、身長も魔力総量もずっと同じままである。
メアの決断はあくまでダンジョン優位にある。
日々成長することでダンジョンに貢献できるならば、生者のままで暮らし。
直ぐに力が欲しければ、アンデッドとなって死ぬ覚悟ができた。
「はい、そのお心。しかと受け止めました。例え同じ階級となろうと、わたくしがメアメント様を超えられることは一握りもございません」
アカリヤが、メアの膝下へと頭を下げる。
どうやらアカリヤもアカリヤで、上級になる決心が付いたようだ。
「ん、それで、いい!」
「ぶへっ、めあめんと様ぁ!?」
メアが悪趣味なドッキリの仕返しとして、アカリヤの炎の顔を力強く両手で挟んだ。
アカリヤも突然メアに触れられたことで、炎の制御が間に合わずメアの両手を焼いてしまった。
「この温もりも、私は絶対に忘れないよ」
「はい、わたくしも絶対に、忘れはしません」
メアの血で、アカリヤの頬からは涙が流れているように見えた。
こうして二人の絆なさらに深まり、メアは上級上位へと、アカリヤは種族の変わる上位進化ができるようになった。
「主様よ、我がダンジョン様は、主様よりも運営してないかえ?」
「やめてくれ、自覚はあんだよ!」
そしてこのシナリオを用意した黒幕に、眷属一同は主人以上の信望と畏怖を集めることになる。




