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本当の話

 高級そうな暗い赤のじゅうたんに赤黒いシミが広がっている。トランプ柄の兵士や赤いドレスの女王、チェシャ猫も皆が倒れていた。チェシャ猫は小さく呻いて背中に突き立てられた短剣を引き抜いて、それを床に放り投げた。ぐるる、と凶暴な獣のように喉の奥を鳴らして三人とアリスの出て行った扉を恨めしそうに睨み付けていた。頬や腕の傷はみるみる塞がり、背中の傷もすっかり治った。


「くっそう、あのイカレ帽子屋にウカレうさぎめ……!」

「落ち着けチェシャ猫。今回は久々に上手くいった」


 女王の撃ち抜かれた胸元の傷は早くも治り、彼女は立ち上がった。側近のジャックや幾人もの兵士が心配そうに駆け寄るが、煩わしい、と一蹴されてしまった。


「早くアリスを助けないといけないのに、私の心配をしている場合ではないだろう」


 一つ溜息を吐いて彼女は大きな椅子に腰掛ける。トランプの兵士らも俯いてしまい、城内は悲しそうな雰囲気に包まれていた。


「アリス、随分と大きくなったな」

「女王様は三年ぶりくらいに会ったのだっけ」


 チェシャ猫は床にペタリと座り込み、女王に問う。彼女はそうだね、と言ってまた寂しそうに溜息を吐いた。アリスたちの出て行った重たそうな扉を眺めながら苛ついた声で呟いた。


「あの子の時間と記憶を奪うだけでなく、とうとう声までも奪いやがって。何がしたいんだろうね、あの三人は」

「でもアリスは声が出ていると思っているみたいで、チェシャに何回も話しかけたよ。……チェシャは、アリスが何を言おうとしているのかよくわからなかったけど、あいつらは理解できるみたい」

「そうだろうよ。一体何年アリスと一緒に茶会をして会話をしていると思っているんだい」


 女王は椅子から立ち上がり、大量の本や書類が詰め込まれた本棚に近づいて一つの分厚い紙の束を取り出した。それを片手に持ち、白い指でパラパラめくる。そして一ヶ所の数字を指さし、十年、と呟いた。その束を無造作に床に放り投げる。ジャックが慌てて駆け寄り、その束を手に取って元の場所に詰め込んだ。

 暗い赤のドレスの裾をひらりと揺らし、不機嫌そうに椅子に腰掛けた。脚を組み、頬杖をついて、大きな舌打ちをした。トランプの兵士らは怯えたように目を泳がせたが、チェシャ猫は気にすることなくヘラヘラと笑っていた。しかし細められた目は怒りで揺れていた。


「チェシャ猫? さっき大きな音がしていたけども、どうかしたの?」

「ご主人!」


 公爵夫人の心配そうな声が響く。トランプの兵士に連れられた彼女はチェシャ猫に近づいて優しく頭を撫でた。


「アリスは? グリフォンの所に行った?」

「また逆戻りした。めちゃくちゃな茶会をしているよ」


 ゴロゴロ喉を鳴らしてご機嫌なチェシャ猫の代わりに女王が言う。公爵夫人はそれを聞いて、あらら、と寂しそうに呟いて俯いた。


「まだ、彼らはアリスを放さないのね。何度記憶がなくなっても……」

「チェシャ、また行ってくるね。返り討ちにされたら手当してね、ご主人」


 チェシャ猫は立ち上がって公爵夫人の頬に口付けをする。ヒラリと手を振って背を向けて歩き出した。重たい扉を開けると彼は駆け出した。

 残された女王はアリスを出迎える準備はしておけ、と一言残して血だらけのドレスを引き摺りながら、自分の部屋へと行ってしまった。



 初めて彼女と会ったときは、たった七つの少女だった。生意気だけども、それが可愛らしかった。だから、俺らの元を去ってしまうのも他の奴らの所へ行ってしまうのも、彼女の住む世界に戻ってしまうのも嫌だった。

 どうやらそれは、俺以外の二人も一緒だったようだ。すぐに意見がまとまり、アリスをここに留まらせることにした。

 しかし新しいもの好きな女の子だ。何の変わりもない俺らの茶会に一週間もしないうちに飽きてしまった。そこで眠りネズミが俺らとの記憶を消す液体を持ってきた。林檎の紅茶と同じような香りのそれをアリスに飲ませたら、ついさっきまでの茶会も俺らのことも綺麗に全て忘れていた。

 これは好都合だと、アリスが飽きる頃にそれを飲ませては全て消した。どれだけ経っても新鮮に不思議がるアリスは、とても可愛くて仕方が無かった。いつまで経っても噂のアリスが来ないことを不審に思った女王様がチェシャ猫を送り込んだのはいつの頃だっただろうか。アリスはチェシャ猫を好いていたようで、彼が来ると嬉しそうに目をキラキラさせていた。だけどもそのうち、アリスはチェシャ猫を見て「誰?」と問うようになった。それだけではない。自分が何処から来たのか、自分の名前すらも忘れていた。眠りネズミの薬が影響しているのだろうか。

 でもだからといって特別問題はない。また教えればいいのだから。ならばいっそのこと全て記憶を消そうよ、と三月うさぎが提案したが、速攻で却下した。色々抜け落ちてはいるが、学校で習ったことやダイナという猫の話をしているときのアリスは自慢げで楽しそうなんだ。それを失うのは嫌だった。だから手間だけども、アリスが俺らに飽きないように、いつもいつも俺らの記憶だけを消しているんだ。


「その苦労を水の泡にしようとしないでくれないか」

「うるさいイカレ帽子屋。そっちこそチェシャたちの努力を水の泡にしないでよ」


 アリスを攫うバカ猫を斬りつける。もうボロボロなのに俺に歯向かって、長い爪で斬り掛かってくる。しかし俺はひょいとそれを避けて彼の背中に剣を突き立てた。

 三月うさぎも終えたようで、黒い銃を片手に、上機嫌に微笑みながら近づいてきた。


「お茶会の時間だよ。アリスたちが待っている、行こう」


 時計を見ると相も変わらず六時を指している。重い扉を押し開けて三月うさぎは早く、と叫んだ。アリスとまた一緒に居られるのが余程嬉しいのか、目をキラキラと輝かせていた。

 俺も嬉しさが抑え切れず、笑みを浮かべた。アリスを迎えるいつもの準備をするために、俺らは急ぎ足で三月うさぎの家へと向かった。

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