騎士の様に憧れた女の子と優しい男の子の話。
昔々、ある所に先祖代々続く由緒正しい家柄のお嬢様がいました。
彼女は、今は亡き妻にそっくりだと父親に溺愛されて育ちました。
女の子は外を走り回るのが好きでした。
ドレスより動きやすい服を、勉強より剣の稽古の方が好きでした。
ある時彼女は、絵本でお姫様を守る騎士を見て以来、すっかり彼の様になりたいと憧れました。
周囲の人たちは、そんなお転婆な彼女のことを温かく見守りました。
女の子には幼馴染の少年がいました。
彼は病弱でしたが、優しく聡明でした。
そんな少年のことを彼女は守ってあげると約束をしました。
少年は、やがて王都の腕のいい医者に看てもらうからと姿を消しました。
それから何年もの歳月が流れました。
女の子と周囲は少しずつ歯車がずれていきました。
彼女はお年頃になっても、騎士の様になることに憧れていたからです。
親しいメイドや父親はこれでは誰も嫁にもらってくれないと嘆き悲しみました。
女の子はそれを仕方のない事として受け止めましたが、同時に何処か寂しいような気になりました。
彼女は、着飾って作り笑いをするのが嫌でした。
同い年の人たちがする噂話にも興味が持てませんでした。
女の子は誰よりも強くなりたいと思っていました。
ある日のこと、女の子に婚約が決められました。
彼女は嫌がりましたが、如何に甘い父親でも許しませんでした。
けれども、相手の名前を聞いて女の子は吃驚しました。
それは幼馴染の少年だったからです。
彼女は彼と引き合わせられることになりました。
少年はすっかり成長して様変わりしていました。
都会の流行の服装を身にまとい、甘い容貌を持った彼は吟遊詩人の様で女性に大層好かれそうです。
けれど、女の子には何だか軟弱そうに映りました。
彼は彼女を婚約者として、あちこちに連れて歩きました。
見事な薔薇園や美しい湖、
この国の伝統的な絵画のある美術館、
庶民にも親しまれているサーカスや演奏会、
今時人気の可愛らしく工夫された甘いものたち。
最初の頃、女の子は自分がそういったものを経験するのに違和感がありました。
けれど、少年があんまり楽しそうにするから女の子も段々そういったものが好きになりました。
彼女の話を彼は熱心に聞いてくれましたし、
少年は女の子がどんなに変わったことを言っても笑いませんでた。
女の子は再会した時に軟弱そうだと思ったことを恥じました。
彼女は強くあることに必死で、自分の視野が狭くなっていたことに気が付きました。自分には取りこぼしてきてしまったことが沢山あると思うようになりました。
少年に彼女はどうして、こんなに可愛げのない女に優しくしてくれるのかと聞きました。彼は吃驚するとくすくすと笑いました。
少年は貴方は十分可愛らしいですと言い、
幼い頃、病弱な私を守ると約束してくれた優しいあなただから側にいるのですと、
騎士の様に彼女の手の甲に口づけました。
女の子は顔が真っ赤になりました。
二人は結婚すると、沢山の子宝に恵まれました。
奥様は旦那様のことを守ると張り切っていて、彼はそんな彼女をにこにこと見守ったそうです。