今後の扱い1
結局、危険人物ではないだろうということで拘置所からは出ることができた。行く所がないのでロバートに相談すると、領主様に話が通っているのでまず領主館に行って領主様に会って欲しいと言われた。
どんな人だろうか?怖い人じゃないといいな。そう言えば、今更だが言葉が伝わるのは何故だろうか?拘置所に居るときは、無害を証明するのに精一杯ですっかり頭に無かったけれど、考えて見れば異世界だし、日本語の文字はこちらの人間は読めない様だし、話し言葉だけが日本語というのも変な話だ。
そう思ってロバートやヴィルヘルム(思考を読まれる度、訂正されるのは面倒なのでそう呼ぶことにした)の口元を観察してみると、やはりというか何というか日本語を喋っていなかった。日本語に聞こえるのは何らかの存在が訳してくれているらしい。魔力のおかげ?俺にあるかは分からないけど。
そうすると、俺の喋っているのは日本語なのか?それとも、無意識に異世界語を喋っているとか?一度気がつくと気になってしょうがない。そんな取り留めもないことを考えながらロバートたちに付いて歩くと、いつの間にか領主館に着いていたようで、ロバートたちの歩みが止まる。
「ここだ」
言われて見上げると、歩きながら見てきた家とは趣の違う大きな館があった。それまでの民家は簡素な剥き出しの木造の家だったのに対し、この館は石造りの上色まで塗られて綺麗にしている。白を基調とした淡い色でまとめられ、清潔感のある色合いだ。
ロバートとヴィルヘルムに付いて歩くと、床にはいかにもな赤い絨毯が敷き詰められ、豪華な置物や装飾がある通路を抜けて広いダイニングルームに通された。大きな細長いテーブルの奥に食事の用意がされていた。と言っても皿の上は空で、席についてから配膳されるようだ。案内された席に付いて領主様を待つことになった。
「領主様はお忙しいので少し待つことになるかも知れないが……」
小さな声でロバートに耳打ちされた。
「領主様はいつも領内を回っておられるからね〜。なかなか捕まらないことも多いんだ」
ヴィルヘルムが声を落とさず話すものだから、まる聞こえだ。奥の席のそばに経つ黒い燕尾服の執事のような出で立ちの人が、ピクリと眉を動かした。
「やぁやぁ!待たせたね!」
突然扉を開け放って入って来たのは、人懐っこい印象の男だった。その男を見て、俺は思わず立ち上がった。まさか!ここにあいつがいるはずがない!しかし、一瞬驚いたが良く似てはいるものの彼は男だった。
「何かな?」
男は奥の席に腰掛けながら首を傾げ、俺に向かって問い掛けた。男が座ったのが奥の席で、後ろに使用人が数人固まって立っていることからきっと彼が領主で間違いないだろう。
「あ、いえ。知り合いに良く似ていたもので。でも、ここには居るはずない人ですから」
「そうか。確か、リョウスケといったね?君の世界の知り合いかい?」
「ええ。それに、良く似ていますが、知り合いは女性なので……」
「へぇ……」
何故か、口は笑っているのに男の目が一瞬険しくなった。しかし、瞬き程の間に元の人懐っこい笑顔に戻って居たので、見間違いかも知れない。
「すまないね。行儀が悪いのは分かっているんだが、時間がないので食事をしながらで失礼するよ。リョウスケも遠慮なく食べるといい」
男の手振りで食事が用意され、使用人達がテキパキと動き始める。勧められはしたものの、どんな話が飛び出すか分からない場ではロクに喉を通らないので俺は遠慮させて貰う。
「いえ。お構いなく」
「そうかい?それはそうと、ここに来て貰ったのはね、君と直に会って話をしたいと言うのが一つ。そしてその上で、状況次第では君に頼みたい事があるので、その勧誘といった所かな」
「はぁ……」
「と言っても、勧誘の件は今すぐではないよ。暫く君の人となりを知りたいからね。その間はこの領主館に腰を落ち着けるといい。ミハエルが良くしてくれるよ。分からないことがあればなんでも聞くといい。私は仕事で席を外すこともあると思うが、なるべく時間は取れるようにするから」
「ナイジェル様!!」
ミハエル……だろうか?先程の執事らしき人が声をあげた。
「ミハエル……いいね?」
ナイジェル様はミハエルさんにニッコリ笑いかけて威圧した。ミハエルさんは押し黙り、数秒してから俺を睨み付けながら渋々といった体で返事をした。
「……承知致しました」
「すまないね」
ナイジェル様は苦笑して俺に謝ったが、領主ともなればそれなりに身分がある人なのは俺でも分かることで、ミハエルさんは不審人物である俺を自分の主に近付けたくないのだろうということは想像がつく。
「いえ。構いません。それであの、お聞きしたいことが」
「なんだい?」
「この世界には魔術があると伺いました。俺にも魔術は扱えるんでしょうか?魔力があるか見て貰えると聞いたのですが……」
「ああ、その話は聞いているよ。まず、魔力があるかは明日教会から魔力検査技師を呼ぶので、その時に調べて貰うとしよう」
「魔力検査技師?」
検査技師と言うからには、魔力について調べる人なんだろう。しかし、職業として成り立つ程とは思わなかった。教会と聞いていたので、神父か誰か教会の人間が業務の一部として請け負っているイメージだったのだ。
「そう。魔力検査技師は教会から派遣されるんだが、教会の人間ではなくてね。あくまで魔力検査技師は魔術師の扱いなんだ。ただ、他の魔術師と違って業務が極一部に制限されている。魔力の質が特異なせいとも言えるんだけどね」
「特異な魔力……ですか?」
「魔力検査技師は他の魔術師と違い、他人の魔力に働きかけることが出来るが、その代わりに何か物や空間に影響を与えることが出来ない。王都を守っているような魔術師は防壁を張ったりするだけでなく、燃やしたり凍らせたりすることができる。つまり、魔力検査技師が人間の内側に働きかけるのに対し、その他の魔術師は人間の外側に働きかけるということだね」
「人間の内側ですか……」
「そう。魔力検査技師はその力を利用して、人間の内を流れる魔力の流れや色を読み取ることができる。色とはつまり、その人の魔力の個性と考えて貰えば分かり易いかな。同じ力量の魔術師でも、使う術の系統によって得手不得手があるからね。魔力検査技師は魔力を調べて貰う以外にも、魔力の乱れを調えて貰うことも出来るよ」
要するに、魔力専門の医者のような物だろうか?個人の魔力の特徴を調べ、メンテナンスもする。
「そんな感じの認識でいいと思うよ〜」
また思考を読んだな!暫く静かだと思っていたら、急にヴィルヘルムが会話に割り込んできた。
「今の話で気付いたと思うけれど、ヴィルヘルムは君の思考という内面部分に働きかけているよね?彼は魔力検査技師の能力も持っているんだ」
「専門じゃないけどね〜」
「うん。ヴィルヘルムは大抵どちらか一つの能力しか持たない所を、通常の魔術師の能力と魔力検査技師の能力と、両方を持ち合わせた珍しいタイプの魔術師で、どちらも能力は高いんだけどね。やっぱり専門は外側に働きかける方の魔術だから、念のために魔力検査の専門家に来て貰うことにしたよ」
ヴィルヘルム、ただの問題児じゃなかったのか、やっぱり。持って欲しくない奴ほど強大な権力や優秀な能力を持っているものである。チャランポランな奴に大きな力を持たせると碌な事にならない。
「ご心痛、お察し致します……」
「あっ、酷いなぁ〜」
「あはは。まぁヴィルヘルムは役に立ってくれているからね。多少のことは目をつむるよ」
ナイジェル様も否定はしないようだ。
「ほんとに、こいつといると頭が痛くなってくるし、心臓がいくつあっても足りない。いろいろ仕出かしてくれるからな!」
何か思い出したのか、ロバートがヴィルヘルムを睨むが、ヴィルヘルムはヘラヘラと笑って誤魔化した。