魔術の存在
あれから2日経つが、来ると言った男は来ない。食事すら忘れられかける始末。存在を忘れられるのは昔からなので諦めているが、流石に食事を忘れられるのは困るので廊下を人が通る度に催促して、なんとか食事を忘れられるのは阻止した。
……まさか、面倒な存在を消極的に消し去ろうと、意図的に食事を忘れられたのではなかろうな!?
「起きろ!」
ガンガンッと金属を叩く音がする。大きな音に飛び起きて、音のする方を向くと先日俺を取り調べた男がいた。ようやく来たか。
「学者の調べはまだ終わらない。朝食を食べたらまた取り調べだ。ほら」
朝食を持ってきたらしい。男が持ってきたトレイを受け取る。
「また来るからな。それまでに食事を済ませておけ」
「分かりました」
黙々と食べながら頷く。男はすぐに居なくなった。俺の存在を忘れていたのは無視か。いくら不審者が相手とは言え、謝ってくれてもいいと思うんだが。しょっちゅう食事を忘れられたこととか。
しかし、何を聞かれるんだろう。俺もまだ半信半疑ではあるが、聞いたこともない国名からしてここは恐らく場所は地球だが過去へタイムスリップ、などという状況ではなく異世界だ。しかしそんなことを話して、果たして信じて貰えるだろうか。信じて貰えたとして、どこまで話すべきか。印刷技術も写真もない。恐らく文化程度は現代日本の方が進んでいる世界で、余り突拍子もない知識を披露したら色んな意味で身が危ないだろう。下手をすると、今だけでなく一生捕らわれの身になることもあり得る。
慎重に行動しなくては。
「行くぞ。付いて来い」
丁度食事を終えた頃、昨日取り調べた彼がやってきて檻の鍵を開けた。
「あの……これは……」
「あぁ、食器は置いたままでいい。後で他の者が片付ける」
言われるままトレイを放置して部屋から出る。男に付いて歩くと、前と同じ部屋に入れられる。男が後から入り、また以前の様に鍵を閉めた。
「座れ」
最初の取り調べと同じ様に向かい合って座る。
「セヴィエールには何をしに来たんだ?」
「せう゛ぃえーる?がどこかは知りません。ここに来ようと思って来た訳ではありません。気付いたらいたんです」
「……面倒な。記憶喪失か?」
男はガシガシと頭を掻いた。取り敢えず、様子を見よう。ある程度真実を話して相手の反応次第で今後を判断しなければ。
「いえ、記憶はあります。そうではなく、知らない文化、知らない場所、知らない文字を使う国へ突然居た、ということです」
昨日門をくぐって連行されている間に気付いた。この国は見たこともない字を使っていた。ローマ字でもない、漢字でもない、平仮名、カタカナもなければインド系文字でもなく、ハングル文字でもない。丸や棒線、四角といった記号としか思えない文字を組み合わせた文字だったのだ。古代遺跡で発掘されるような、遺物に彫られた文字に近いと言った方が分かりやすいかも知れない。
「記憶がないのを自分で分かるか?……本当にイルシェリアも知らないと言うのか?」
「はい。聞いたこともありません」
「フェレシティーニもか?」
「ふぇれし……?」
「世界第一の広さを誇る国だ。このところ奮わず国力では我が国に劣るが」
「はぁ……」
「そちらも知らない様だな。一体どこから来たんだ……」
お手上げらしい。俺も言いたい。本当にここはどこなんだ。
「取り敢えず、基本的な情報からだな。がくせいてちょうとやらは俺には読めなかったし。言っておくが、嘘を付けばお前の扱いに響くからな、慎重に正直に話すんだ」
「はい、分かりました」
「まず、お前はいくつなんだ?」
「17歳です」
「17?見えんな。と言うか、17まで学問が出来ると言うなら、やはり王都にいるような貴族や豪商位しかいないはずだから、イルシェリアを知らないはずはないんだが……」
やはり学校に長く通えるのは裕福な家の者だけのようだ。文化程度は中世ヨーロッパに近いのかも知れない。全く同じとは言わないが。
「それで、お前が記憶喪失でもなく危険人物でもなかったと仮定しよう。これからどうするつもりだ。何かあてはあるのか?」
「……いえ。知り合いも居ませんし。どうしたらいいんですかね?」
「俺に聞かれてもな。取り敢えず、学者の調べを待って、その結果次第だな。学生ということだったが、何を学んでいたんだ?」
「何をというか……普通高校なんで、広く浅くで一般教養を」
「ふつうこうこう?……まぁいい。具体的には?何か技術は学んだのか?貴族向けのお綺麗な剣術とか魔術とかでも」
「待って下さい!」
ここには魔術があるのか!?一気にファンタジーの世界じゃないか!
「なっ、なんだ?」
男はびっくりして少々後退ったが、構わず前のめりになったまま問い掛けた。
「ここには魔術があるんですか!?」
「は?魔術?一般的ではないが、王都に住んでいる者なら大体素養はあるな。むしろ魔力がない者が王都で暮らすのが厳しい位だ」
「なぜですか?」
「王都は魔術で守られている。魔術を使えるのは極一部の限られた者だが、王都にいて魔術を使える者に守って貰える恩恵を得る代わりに、魔力はあるが魔術を使えない者は自分の魔力を提供するんだ。だから魔力を持たないのに、魔術で守って貰おうと思ったら、それなりの身分や才覚が必要になる」
日常生活で使うのではなく、極一部の選ばれた者だけが使うようだ。騎士や軍人に近いのだろうか。
俺も魔力あるかな?トリップと言えば大体何らかの能力が目覚めたり、使命を帯びたりするのが相場だが。
「俺でも魔術使えますかね?いや、その前に魔力ありますかね?」
「なんだ?魔術のことを聞いた途端積極的になったな。しかし、魔術も知らないとは、ますます不可解だな。魔術は使えない者にも存在は認知されているはずなんだが」
藪蛇か。益々怪しまれて少々焦った。
「まぁ、いい。魔力があるかは大体生まれて直ぐに教会で調べるんだが、危険人物でないと分かればその許可も下りるだろう。ただし、調べて魔力が多いと分かればイルシェリアの為に働いて貰うことになるから、職業は限られるぞ」
「そっかー。魔術を使えるのは限られた人だけ、って言ってましたもんね。常に人材不足な感じですか?」
「そうだ。国の為に働くから尊敬されるし給金も他で働くより多いが、常に一定数生まれると言う訳でもないから、多い年と少ない年がある。自然と魔力が多い者はほぼ強制的に集められる。上位貴族で後継者が他に居ないなどの事情がない限りは、だが。」
「なるほど。分かりました」
取り敢えず、許可が出れば魔力の有無と強さを調べて貰おう。いつ帰れるかなんて現時点では分からないし、何か生きる術を確保しなくては。俺は密かに決意した。