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影の薄いのは生まれつき(仮)  作者: 大和蒼依
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始まりは

 ここはどこだろう?

 まず始めに思ったことはそんなことだった。

 俺は、ドコにでもいる平凡な男子高校生で人混みに紛れれば埋没してしまうような、没個性を体現したような人間だ。

しかし、それはむしろ好都合だった。特にこんな時には。


「おい!森で不審な反応があったらしいぞ!」

「なに!?すぐ行く!」


 俺がいるのは森の入り口のようだが、すぐ近くに集落があるらしく門番が立っている。

 しかし、門番は慌ただしくやり取りをしており、何か良くないことがあったと見える。丁度交代の時間だったのか、一人が連絡に来たかと思うとすぐに門番は入れ替わり、走り去っていく。

 塀は見える限り続いており、それなりに大きな集落だと分かる。


「どうしようかな……」


 なぜこの様な所にいるかは分からない。俺は放課後帰り道を歩いていたはずで、住宅街にいたはずだ。少々特殊な事情はあるが、突然森にいた理由はさっぱり分からない。そもそも、日本に門番がいるような集落なんか聞いたことないし。ここが集落ではなく、桁違いの大富豪の家だったりするならその限りではないが。でも、俺の行動範囲にそんな大富豪の家なんてなかったはずだし、訳が分からない。

 どちらにしろ、情報を得る為にも、危険を避ける意味でも、人がいる場所に行った方がいい。この森にどんな野生生物がいるか分からない。突然見も知らない場所にいるのだ。避けられる危険は避けるべきだ。取り敢えず、門番に声を掛けることにした。


「あの……」


 武器を持った人物に近付くのは怖い。突然ブスリとやられないと信じたい。


「……っなにっ!?お前!どこからやってきた!」


 なるべく穏便にと話しかけたつもりが、刺激してしまったらしい。門番らしき人物に槍を向けられた。


「……っぶなっ!?」


 間一髪で避けたが、槍はこちらに向けられたままだ。そのまま勢いよく突かれればブッスリ刺されるのは確実だ。先程は普段働かない勘が奇跡的に働きなんとか避けることが出来たが、運動神経が特に宜しくない俺は次は避けられない自信がある。


「答えろ!何者だ!いつ来た」

「いや……いつってたった今だけど……」

「なぜ気配を消して近付いた!盗賊だな!?それとも影か!」

「……いや、気配とか消してないんだけど……」


 よくあることだが、今回は悪い方に作用した様だ。いつもこんなもんだ。特に忍んでないのに気付かれない。特別気配を消しているわけでもないのに、声を掛けると驚かれる。これで身体能力が良かったり、頭の回転が速ければスパイか忍者になれるんじゃないかと思ったこともあるくらいだ。まぁ現代日本ではスパイはともかく、テーマパーク以外に忍者の需要はないと思うけれど。


「えっと……取り敢えず、ここは日本のどこですか?」

「にほん?何を言っている?ここはイルシェリア国セヴィエール領だ」

「……は?え?じゃあ地球は?アメリカ、中国、イギリス、ロシアなんかは知ってます?」

「どこだ、それは?そんな場所は聞いたこともないが。よっぽど辺境から来たのか?」

「そんなバカな。こちらが聞きたい位ですよ。アメリカもイギリスも中国もロシアも知らないなんて!」

「バカにしているのか!イルシェリアは世界第二の広さと第一の強さを誇る国だぞ!」

「……そんな」


 目の前が真っ暗になる。世界第二の広さの国を現代日本人が知らないなんて有り得ない。ここは、俺の知る世界ではない。どんなに認めたくなくても、目の前の男の存在とその発言がそれを物語っている。


「どうしてこんなところに……」

「こんなところとはなんだ!お前は不審過ぎる!連行する!大人しくした方が身のためだぞ」


 男は無理矢理腕を掴み立ち上がらせる。ぐいぐいと腕を引っ張るのに任せてふらふらと付いて行く。

 門をくぐり抜けて暫く行くと、門番達の詰め所だろうか。建物の中に入った。男は二言三言仲間らしき男に声を掛けてから、一つの部屋へ俺を押し込んだ。俺の後から部屋へ入ったかと思うと、後ろ手に鍵を掛けた。


「そこに座れ」


 部屋には机が一つと、机を挟んで向かい合って椅子が二つ。窓には格子が掛かっている。取り調べ室の様だ。言われた通り椅子に腰掛ける。


「もう一度聞く。お前はどこの誰だ。何をしに来た。何か身分証明出来る物は持っているか?」


 俺が大人しく付いてきたからだろうか?先程よりも落ち着いたトーンで問いかけてきた。


「身分証明……学生手帳なら」

「学生……。なんだ、どこぞの坊ちゃんか」

「坊ちゃん?いえ、極普通の家庭ですが……」

「学生なんかやってられるのは金持ちだけだろうが。どれ、見せてみろ」


 学生イコール金持ちだと言う。この一言も現状に追い討ちを掛ける。日本で学生イコール金持ちとは言わない。おずおずと鞄から取り出した学生手帳を渡す。


「なんだ?これは」


 男は学生手帳を開いたりひっくり返したりして、矯めつ眇めつ調べ始めた。最後のページを開いて、ピタッと動きを止め凝視した。開いたページを反対からみると、俺の写真が貼ってあるページだ。写真は……ないんだろうな、この反応からすると。俺の写真を恐る恐る触っている。


「恐ろしく精巧な姿絵だな」


 ツルツルした手触りに驚いているらしい。それは手書きの絵画ではないのだが。


「こんなに精巧な姿絵を、こんな小さな手帳に入れるとは。余程の家の若様の様だな。イルシェリアを知らないとは信じられないが」


 パラパラとページをめくる手が止まった。


「しかし、この文字はなんだ?知らん文字だな。それも、こんなに小さな字を恐ろしく正確に並べて書いてある……」


 日本語を知らないのは兎も角、印刷も知らないとはますますここが日本ではない証明の様なものだ。


「……それは日本語です。そして絵ではなく、写真といって特殊な紙に特殊なインクで焼き付けたものです。」


 印刷は……今は言わなくてもいいだろう。


「にほんご……これがお前の国の文字か。見たことないな。……これは預かる。学者に見せて確認を取る。いいな?」


 いいな?も何も、相手は取り上げる気満々だ。帰ってくるかな。


「返してくれるなら……」

「無論、調べが終われば返す。それまでは身柄を預かる。今日はここに泊まれ」

「えっ?ここに泊めて頂けるんですか?」

「勿論、見張りは付ける。大人しくして取り調べに協力するなら食事は出るし悪いようにはしない」

「あっ、有難う御座います!」


 拘置所で取り調べを受けるとは言え、食事は出るし寝床もある。まずまず申し分ない待遇だ。向こうにしてみたら不審者に違いないのだし。森で野生生物にビクビクしながら寝ないで済んだだけでも御の字だ。こうして(恐らく)異世界初日の夜は拘置所で過ごすこととなった。


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