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戒縛の王と 森の妖精

6 森の妖精と 海の妖精 1

作者: にくきぅ

常用漢字ではない漢字の使用が多々あります。 僅かですが、当て字もあります。それ等は、誤字・脱字と共に、広い心で お赦しください。

加えて、重複表現があるかもしれません。読み辛かったら ゴメンナサイ。


ラッケンガルド滞在-2日目の 続きです。


___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


池のほとりで アイシアとシノンと共にいた魔法使リーゼロッテいは、唐突に 眉根を寄せた。

30メートル程 離れた四阿あずまやには、もう 誰もいない。

誰かの密談が 魔法使リーゼロッテいの表情を曇らせたのではない。

しかし、離れた場所にいる『何者か』が 彼女の憂いになっている、と云う点では 間違いではなかった。

「少し、冷えてきましたね」

此処は、池のほとりの木陰だ。

風が吹くと 涼しい場所である。

決して 寒かった訳ではないが、魔法使リーゼロッテいは そう切り出した。

こう言えば、そばにいる2人が どう反応するか判っていたからだ。

「では、後宮へ戻りましょう」

からだを冷やしては大変、そう言って アイシアは居室へ戻る事を勧めた。

「戻りましょう」

部屋に戻れば 気密をたもて、体温をたもつ事が出来る。

シノンも、魔法使リーゼロッテいを 後宮の部屋へと促した。

「そうですね」

2人にられた形で、彼女も腰を上げた。

勿論、これは 狙いがあっての事だった。





最も王宮に近い 後宮の入口に、魔法使リーゼロッテいの居室はある。

此処は、最も地位の低い側妃の為の棟だ。

後宮の奥にある 正妃の為に建てられた棟にくらべると 幾分 小さいが、此処も 豪奢で 立派な建物だ。

後宮の 他の棟にくらべて やや小振りである、と云うだけだ。

昔の魔法使リーゼロッテいならば、此処での生活は 居心地が悪かっただろう。

しかし、エスファニア城で 大層な扱いを受けてきた彼女にとっては、この部屋も 落ち着ける部類に入っていた。

そんな部屋で 独りになると、まずは 居室-全体に結界を張った。

不可視障壁でも 不可侵障壁でもない、結界だ。

しかも、位相空間と云う 特殊な結界だ。

つまり、今-現在の居室は 現実の居室とは異なった次元に存在する。

現実空間から 完全に切り離した別空間であり、この中で魔法を放ち この居室が壊滅的な状況になったとしても、現実には 何の影響もない。

結界を解けば、切り取られた亜空間でのすべては『なかった事』にする事が可能だ。

同時に、切り取られた位相空間の外に人が来ても 問題はない。

其処には切り取られる前の 通常空間が存在し、いつもと変わらない居室がある。

誰かが入って来ても、何の問題もない。

ただ、位相空間と云う特殊な結界にって切り取られた空間ばしょにいる魔法使リーゼロッテいを認識する事は 出来ない。

これは 一般人だけでなく、魔法使いであっても 感知・干渉する事が出来ない。

位相空間の中から 外へも、外から 結界の中へも、一切の影響を及ぼさない。

完全結界とも云える。

そんな 結界を構築した魔法使リーゼロッテいは、部屋の中央に った。

1っ、大きく息をく。

それから、左腕を振った。

扇子でも持っているなら 大きくあおいでいる様な仕草だ。

左から 右へ、そして 再び左へ、ゆったりを腕を振る。

その途端、周囲が変化した。

家具も床も 窓から見えていた景色も、何もかもが 一変した。

柱と壁で区切られた室内の様相は消え失せ、其処に拡がったのは 荒野だった。

その中に、1人の女性がいる。


たすけて!】


荒涼とした景色の中にっている女は、こちらへ背を向けている。

彼女の向うにも 荒れ果てた土地が拡がっているが、其処には 敵意を剥き出しにしている生物がいた。


たすけてっ、お願い‼︎ 】


叫んでいる女は、自身の周囲に水の膜を張っていた。

障壁のつもりなのだろうが、押し寄せる生物の放つ敵意の前に それは余りにも脆弱だった。

「 ーーーーーー頑張ってください」

たすける気はないらしく、魔法使リーゼロッテいは 気のない返事をしている。


【 出来たら 頼んでないわよっ。】


怒号の様な一言は、獣の咆哮に掻き消された。

岩盤が剥き出しになった大地にいる彼女の周囲には、数頭の生物がいる。

異常に前足の短い、硬い鱗で身を包んだ 蜥蜴トカゲの様な生物だ。

4本足で歩く姿勢でありながら 2本足で歩き廻り、長い首と 長い尾をしている。

所謂いわゆる、獣脚類と分類される 恐竜の一種だ。

大きさは 個体差があるものの、此処にいるのは 大凡おおよそ 2〜3メートルくらいだろう。

バランスの悪いからだと バランスの悪い姿勢でありながら、それを支える 後ろ脚の筋力がある。

異様な生物だった。

もっとも、太古の大地には こんな生物が闊歩かっぽしていたらしい。

それが 今も存在する場所は、一箇所しか 魔法使リーゼロッテいは知らない。


《 何故 こんな場所に………?》


恐竜の一種が闊歩する以外、何の生命も存在しない 砂岩の大地。

通称-〔忘却の郷〕。

此処は、かつては 或る魔女の支配領域テリトリーだった場所だ。

そして、その魔女は はるか昔に 縡切こときれている。

魔法使いの分布図としては、準-空白地帯に値する土地である。

其処に、支配している魔法使いは いない。

いるのは、かつ支配領域テリトリーの守護者として放たれた 数多あまたの恐竜達だけだ。

つまりは、彼女が此処にいる理由が判らないのだ。


《 近くに………?》


海之妖精エルフィ〕と懇意にしている魔人でもいたか、と 頭の中で地図を拡げる。

そもそも〔忘却の郷〕は 海にも隣接しておらず、大きな川もない。

周辺に 魔人達の支配領域テリトリーはあるが、近いと云っても 何10キロも離れている。

翔ぶすべのない〔海之妖精エルフィ〕が 単独で移動するには、余りにも長距離だ。

元々、彼女は 攻撃力も防御力も 高くない。

水辺にいる時は別として、大した能力スキルを持ち合わせない妖精なのだ。

それだけに〔海之妖精エルフィ〕が 内陸へ入り込む理由が思い付かなかった。


【 ちょ   っ、何やってんの⁈ 護ってよ!】


数匹の恐竜の波状攻撃に対し、水の壁を創って 防御としているが、防戦一方だ。

苦戦にも程がある状態である。

追い詰められている〔海之妖精エルフィ〕を前に、考え込んでいるのだ。

彼女が怒鳴るのも 無理はない。

しかし、此処で 1っ意見の相違がある。

「こうして 交信する暇はあるのですから、何とか出来るでしょう。何かたびに 人に頼るのは、良くありませんよ?」

全く参戦する素掉そぶりがない事に、長い茶髪におおわれた肩が 怒りに震えた。


【 んな 悠長な事 言ってる場合じゃないっての! 判ってるクセに何よっ。厭がらせ⁈ あたしを困らせて面白がってんの⁈ いい度胸じゃないのよ! あたしが捕まったら、困るの あんたなんだからねっ‼︎ 】


たすけろ と催促する同胞へ、魔法使リーゼロッテいは うんざりとしたを向けた。

「本当に そう思いますか?」

酷く冷静な声だった。

これに〔海之妖精エルフィ〕のからだが微硬直する。

海之妖精エルフィ〕が捕まって困るのは〔森之妖精イリフィ〕であるのか、と問われれば 答えは『否』だ。

しかし、何の不都合もないのか と訊かれれば、それも また『否』である。

だが、魔法使リーゼロッテいは そんな様子をおくびにも出さない。


【〔森之妖精イリフィ〕ってば!】


怒号を無視して、魔法使リーゼロッテいは 周囲を見回した。

今、に映っている景色のはるか向うへ 視点を移す。

大きな岩が あちらこちらに転がっている荒野の奥から、黒い波が 津波の様に押し寄せて来る。

俯瞰の視点を地上に近付けると、黒い波は 小さな点の集合だと判る。

尚も 視界を下げれば、それが 獣脚類の恐竜の群れだと判る。


《 5〜7メートル級………しかも、三方から。》


白灰色の荒涼とした岩盤の丘を、埋め尽くす程に 敵がいる。

今-現在〔海之妖精エルフィ〕があらがっている恐竜は ほんの一部で、本隊から先行してやって来たにぎないのだ。

眼の前にいる数匹を倒しても、まだまだ 敵対生物と闘わなければならない事実を示している。

手援てだすけをためらうに 充分な数だった。


【 何よっ、たすけてくれても いいじゃない! 困ってんのよ⁈ 判ってるでしょっ? 何とかしてよ! 何でもするからーーーっ!】


本当に切迫しているのだろう。

海之妖精エルフィ〕は、取引条件を提示してきた。

魔法使い-同士では、何かに付け『代価』が発生する。

今回は『たすけろ』と云う依頼であり、そうである限り〔海之妖精エルフィ〕は 正当な報酬を用意する必要がある。

この場合『何でもする』は、破格の条件だ。

しかし、魔法使リーゼロッテいの表情は 変わらない。

「いいえ、結構です」


【 なっ⁉︎ 】


ばっさりと切り捨てる様に断られ、余程 ショックだったのだろう。

海之妖精エルフィ〕の張っていた水の障壁は、獣脚類の恐竜の攻撃とは関係なく すべて弾け飛んでいた。

あわてて張り直し 事無きを得ているが、動揺は深い様だ。


【 ちょっ   酷くない⁈ 友達でしょ⁉︎ たすけるのが 当然でしょ⁈ 今までだって たすけてくれたじゃない! たすけてよっ、もう 疲れたってばーーーっ‼︎ 】


泣き出しそうな声で〔海之妖精エルフィ〕が叫んだ。

20代半ばに見える茶髪の美女の懇願にも、魔法使リーゼロッテいの態度は 変わらない。

現状を把握しながら、この状況に至るまでの経緯を推測しているだけで、何のアクションも起こしていない。

「救援を ご希望でしたら〔死之妖精ロンフィ〕に連絡をしてください」

仲間を頼るのなら 何も自分でなくとも良い筈だ、と暗に示す声だ。


【 やぁよォ! あいつ、怒るもん!】


自分勝手に思える主張に、魔法使リーゼロッテいは かすかに息をいた。

「では、いつも通り〔戦慄之魔人ヴァルスーン〕を……… 」


【 あの『冷血•鉄面皮•ぶッきら棒』なんか冗談じゃないわよ‼︎ 】


吐き捨てる様に返された言葉に、初めて 彼女の表情が変わった。

「 ーーーーーー怒りますよ?」

蒼い瞳が酷薄に細められたのを見て、明るい茶色の髪をした美女は びくりとからだを強張らせた。

それでも、どうしても〔戦慄之魔人ヴァルスーン〕と顔をあわせるのは いやなのだろう。


【 やなモンは やぁよーー!】


はなし掛けても 碌な返事も返さない だの、仏頂面ばかりで 何を考えているか判らない だの、やる事なす事 駄目だと言われる だの、と〔海之妖精エルフィ〕は 次々と〔戦慄之魔人ヴァルスーン〕の苦情を言い続ける。

その度に 魔法使リーゼロッテいの表情が冷徹になってゆく事が 経験から判っていても、口をつぐむ気はないらしい。


【 お願いっ〔森之妖精イリフィ〕】


其処にいるのだから 今すぐにたすけろ、と 恒例の言葉で締め括る。

海之妖精エルフィ〕は、困った時に 他の誰でもなく 魔法使リーゼロッテいを頼る……これは、いつもの事だ。

半年前、エスファニア王国とサマリア王国との関係が 戦争を視野に入れた状態にあった時にも、この妖精は 魔法使リーゼロッテいにたすけを求めてきた。

何かがると、すぐに〔森之妖精イリフィ〕を頼る。

これは、魔法使い達の間でも有名なはなしだ。

諦めにも似た気持ちであったのか、魔法使リーゼロッテいは 大きな溜息をいた。

「 ーーーーーー代価は?」


【 あたしに出来る事なら 何でも!】


「判りました、その条件で 手を打ちましょう」

海之妖精エルフィ〕が条件を取り下げる前に 契約を締結すると、即座に 行動に移った。

「何処にいるのです?」


【 今〔忘却の郷〕の北の端‼︎ ねえっ、あと 何秒⁈ 】


「判りました…………10秒、耐えてください」

答えるが早いか、魔法使リーゼロッテいは 呪文の詠唱に入っていた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔海之妖精エルフィ〕___


7秒後、其処にいた数匹の恐竜は、中空からの光線を浴びて 消滅した。

高密度に収束された光りは 恐竜達の頭上から降り注ぎ、一瞬で 恐竜達を蒸発させた。

大地の上に、恐竜の影が残ったかの様な 黒い焼跡シミだけがのこされた。

「うあーーーー、死ぬかと思ったーーあ」

襲い掛かっていた 数匹の恐竜が消滅した事で、安堵したのだろうか。

海之妖精エルフィ〕は、深い溜息を零した。

それから、自身の周囲に を向ける。

「さっすがよねーーえ」

乾燥し 踏み固められた大地には、もう 恐竜の姿はない。

幾つかの いびつな黒い模様があるだけだ。

「ほんと、つよいんだから、あんたって」

リーゼロッテは、遠く離れたラッケンガルドから魔法を放ったのではなく、標的の直上で 魔法を展開させた。

詠唱は、光りの照射位置を固定させる為のモノで、発動-自体には 詠唱を必要としない。

この世のすべての光りを司る存在である リーゼロッテは、光りを操る事に於いて 呪文を唱える必要などないのだ。

降り注ぐ自然光を利用した、魔力の消耗のすくない魔法だ。

同じ 光りを司る妖精でも、全く同じ方法で これが出来る者はない。

生命いのちと光りを司る〔森之妖精イリフィ〕だからこそ 可能なじゅつだ。

「13齢のクセに ちょっと異常よォ」

海之妖精エルフィ〕が、あきれた様に呟いた。

これを完全に無視して、リーゼロッテが 口をひらいた。


【 何がったのです?】


この問いに、茶髪の美女は 肩を強張こわばらせた。

「えっ、えーーとォ……… 」

外見の年齢は 20代半ばくらいの〔海之妖精エルフィ〕は、歳下からの質問に 言葉を濁した。

どうやら、問い掛けられたくはなかったらしい。


【 つい先程『出来る事は 何でも』と、言いましたよね?】


すかさず指摘されても、言い惑っている。

その様子を見て、リーゼロッテの蒼い瞳が 酷薄に細められた。


【 …………そうですか。】


冷淡な声だった。

短い言葉を聴いただけで 見放されそうだと悟ったにも関わらず〔海之妖精エルフィ〕は 説明をためらった。

瞬時に これをみ取ったのだろう。

リーゼロッテは、左を指差した。


【 お答えくださらないのなら、其処から先は ご自分で どうぞ。】


そう言って示された方角には、黒い線があった。

随分 遠いらしく、今は 細い線にしか見えないが、それが 恐竜の群れである事は 感覚的に判った様だ。

「っーーーー 」

まだ 数キロは離れているが、じきに 地響きが届く範囲に押し寄せてくるだろう。

数匹でも 防御に手古摺てこずったのだ。

海之妖精エルフィ〕では、身を護る事も 逃げる事も出来ない。


【 では ご武運を。】


この事は、魔法使リーゼロッテいにも判っている。

しかし、質問にすら答えない者を えて護る義務もない。

先程の契約は『〔海之妖精エルフィ〕の周囲にいた恐竜をたおす』事で、達成されている。

この先は、何がっても リーゼロッテの責任ではない。

「わーーーーっ、待って待って待って!」

今 見放されたら、彼女には 逃げ帰る事すら不可能なのだ。

折れるしかなかった。


【 では、簡潔に お答えください。】


恐竜達の本隊が押し寄せるまでに答えなければ 簡単に見放される、とでも思ったのか。

海之妖精エルフィ〕は、こくこくと頷いた。


【 何故〔忘却の郷〕に いたのです?】


「い、移動の……途中、で?」

口篭くちごもってはいるが、彼女は そう返した。


【 ………まさか〔追沈のはか〕へ? ですか?  貴女が たった独りで?】


海之妖精エルフィ〕がむかっていると言った〔追沈のはか〕は、此処から 北へ20キロ先にある。

或る魔人の支配領域テリトリーで、その魔人は〔海之妖精エルフィ〕が懇意にしている魔人でもある。

いたのならば こちらだろう、と 見当を付けていただけに、リーゼロッテは相手の言葉を信じていない。

そもそも 此処は、内陸に位置し、普段〔海之妖精エルフィ〕がいる海域とは200キロ近く離れている。

こんな場所に 大してつよくもない彼女が単独でいるなど、不自然でしかないのだ。

「う、うん」

返ってきた肯定うそに、リーゼロッテは 追い込みを掛ける。


【 其処へ、迎えもなく? ですか?〔幽寂之魔人〕に、何の連絡もせずに?】


〔追沈のはか〕にいる魔人のは〔幽寂之魔人〕。

長い黒髪に 緑色のをした魔人だ。

彼は、滅多に魔法工房アトリエから出ない。

しかし、例外はある。


【〔幽寂之魔人〕なら、貴女の送り迎えの手間を惜しみはしないでしょうに。】


海之妖精エルフィ〕を自分の支配領域テリトリーへ招くとなれば、かの魔人ならば 必ず海まで出迎える。

彼女の送り迎えは 必須条件でもあり、これを理解しない魔法使いのもとへは〔海之妖精エルフィ〕が行こうとしない。

それだけに、当然の質問である。

だが、同時に、この問いは 不毛な行為でもあった。

「う、あ、いや……… 」

海之妖精エルフィ〕が口篭くちごもる理由を、リーゼロッテは 推察していたのだ。


【 ご自分の属性を 判っておられますか? みずから離れていては、逃げ廻る事さえ出来ないのですよ? ………捕まりたいのですか?】


海之妖精エルフィ〕が、先方に連絡もなく赴く事など 有り得ない。

自衛のちからがないだけに、その辺りの手配は きちんとする。

手抜かりなど ある筈がない。

「いや、だから………大丈夫かなーーって 思って、ちょろ っと………えーーと、散歩がてら?」

散歩をしている内に〔幽寂之魔人〕の支配領域テリトリーを外れてしまった、とでも 言いたいのか。

しどろもどろで答えている〔海之妖精エルフィ〕のは 宙をおよいでいた。


【〔海之妖精エルフィ〕】


リーゼロッテは、絶対に違う と判っているからこそ、冷ややかな声で呼び掛ける。

幼い魔法使いの炯眼からのがれる様に〔海之妖精エルフィ〕は 顔を乖向そむけた。

「いいじゃない、もうっ」

誤魔化しが バレているのは、彼女も察しているのだろう。

海之妖精エルフィ〕は、決まり悪そうに そう叫んだ。


【〔海之妖精エルフィ〕】


尚も、冷徹な声を掛けられて、茶髪の美女は ぷくっと頬を膨らませた。

「聴きたくなーーい、お説教 きらーーーい」

急に、開き直ったかの様な態度になった。

最早、自棄ヤケだろう。


【 …………。】


「何で、いっつも怒られなきゃ いけないのォ?」

理由いみが判らない とわめく〔海之妖精エルフィ〕に対しても、リーゼロッテは 態度を変えない。

海之妖精エルフィ〕の逆ギレなど 珍しくもないのだ。


【 貴女が 無茶ばかりした上に、いつも わたしを頼るからです。】


「いいじゃなーーい、あんた つよいんだからーーーァ」

つよいのだから 護るくらい出来る筈だ、これまでも可能だったのだから 今更だろう。

そんな口振りだった。


【 暇ではないのです、今回は 手は貸せませんよ。】


「何で⁉︎〔緑の丘〕なら、もう 平気でしょ⁈ 」

指摘の通り〔緑の丘〕=エスファニア王国は、平穏平和な日々を送っている。

国の内外には、動乱の陰もない。

「あの時だって、ゴタゴタしててもたすけてくれたんだから、今回だって いいじゃない!」

前回〔海之妖精エルフィ〕は、自身のせいで 眞名まなられた。

魔法使いにとって、眞名まな=本名は 大切なモノだ。

眞名まなは、肉体と魂を繋ぐ くさびの1っ。

眞名まなばれて 命じられれば、さからえない。

格下の相手であっても、抵抗出来なくなる程だ。

心とは裏腹に 行動の制限・強要をされる と云う点では、戒縛のちからに近い。

つまり、眞名まなも知らずに同等の結果をもたらす ラノイは、デタラメな能力スキルそなえている と云う事でもある。


《〔海之妖精エルフィ〕の事を 迂闊うかつだと云えない立場に………。》


ラノイの能力スキルに気付かず、うっかりと王宮に近付いて捕獲されていては 世話がない。

ちらりと そんな事を考えつつ、そんな素掉そぶりも見せずに〔海之妖精エルフィ〕を見詰める。

「恵みの歌だって唄ったし、もう大丈夫なんでしょっ? どうしてたすけてくんないの⁉︎」

確かに エスファニア王国の危難は去った。


【 今は、別の処にいます。忙しいです。】


だが、ラッケンガルドにいる限り〔海之妖精エルフィ〕の様に 警戒心の薄い妖精かのじょを護るのは 苦労が多い。

はっきり云って 難儀である。

「何とかして!」

2時間余りの外出をためらう程だと云うのに、手のかる同胞の世話など している暇はない。


【〔幽寂之魔人〕に迎えに来てもらえば いいでしょう? これからところなら、構わないではありませんか。】


海之妖精エルフィ〕が賛同しない事が判っていて、リーゼロッテは そう切り出した。

「っーーーーも、もう 判ってんでしょ⁈ 」

またも 自棄になった様子で〔海之妖精エルフィ〕は ヒステリックに叫んだ。


【 喧嘩ですか?】


この問いに、茶髪の美女は 下唇を噛み締めた。

「 ………… 」

海之妖精エルフィ〕は 押し黙って、それでも『あいつが悪いんだ』と で訴えている。

どちらが悪いか と云われれば、圧倒的に〔海之妖精エルフィ〕が悪い筈だ。

もっとも、喧嘩の理由も その顛末も、リーゼロッテの興味の外だ。

しかし、こう云った状況で巻き込まれるのは 頂けない。


【 何て 考えなしな事を………。】


全く興味はなくとも、喧嘩の理由には 大凡おおよそ 見当が付く。

どうせ くだらない発端りゆうで 勝手に怒り出し、勝手に飛び出して来たのだろう。

怒りに任せて移動し、この支配領域テリトリーの守護者である恐竜に遭遇して 初めて自身の危難に気付いたのだろう。

あわてて 戻ろうとしたが、数匹の恐竜に囲まれ 防御するもかなわず、リーゼロッテにたすけを求めてきたのだろう。

「いいから 迎えに来てっ、早く!」

恐怖を滲ませたが見据えるのは、南の地平線だ。

遠くに見えていた黒い線が 低い壁に見えるくらいに近付いて来ている。

心做こころなしか、あしの裏に 振動が伝わってきている気もする。

「こんな処 いたくないの! お願いっ」

海之妖精エルフィ〕は、半狂乱めいた声で懇願する。

しかし、魔法使リーゼロッテいの返答は変わらなかった。


【 無理です。】


「意地悪 言わないでよっ」

繰り返すが、彼女エルフィは 妖精の中でも最弱だ。

水を司っている為 水辺では強力な魔法も使えるが、水から遠く離れると 恐竜-数匹に手古摺てこず為体ていたらくだ。

湿度の高い地域ならば 雨を呼ぶ事もするが、この〔忘却の郷〕の様に乾燥していては それも出来ない。

「此処じゃ、あんたが最強じゃん! たすけに来てよっ」

海之妖精エルフィ〕は、光りとしては 陽に属する。

しかし、彼女の存在は『水面に反射するひかり』だ。

光りとしては、かなり弱い と云わざるを得ない。

代わって、リーゼロッテは『すべての光り』である。

陽のひかりであり 月のひかりであり 星のひかりであり、更には 人工的な光りをも支配する。

光源のある場所では、強力な支配権を行使出来る。


【 最強になるには、もう 200年くらい掛かりますが。】


森之妖精イリフィ〕は、存在の強い妖精だ。

すべての光りを司り、更に 生命いのちつかさどる。

常識外れな存在だ と云って良い。


  『光りを浴びているモノを支配し、生命いのちを持つモノ達を 掌握する』


これが〔森之妖精イリフィ〕の 本来の能力スキルだ。

願うだけで 光りの下にあるすべてのモノを屈服させ、言霊だけで 如何なる生命いのちをもうばえる。

そう云う能力スキルそなえた妖精なのだ。

日中であり 陽のひかりを遮る物のすくない この場所では、最強と云える能力スキルだ。


【 今-現在 行使不可能な能力スキルに期待されても、困ります。】


リーゼロッテは、ぴしゃりと言い放った。

彼女の言葉に 嘘・偽りはない。

幼い魔法使いである〔森之妖精イリフィ〕は、自身の能力スキルを操り切れてはいない。

強力な能力スキルそなえ 強大な魔力を持っていても、13齢の肉体は 生身に近いのだ。

加えて 熟練度レベルの足りないリーゼロッテは、本来の〔森之妖精イリフィ〕としての能力スキルを 半分も使えずにいる。

周囲の光りを収束し 攻撃として放つ事が出来るからこそ、次々と襲い来る 老獪な魔法使い達と亙り合えるだけなのである。

「でも、たおせるんだから つよいじゃない」

森之妖精イリフィ〕は、高位の魔法使い達に対しては、決して 楽をして勝っている訳ではない。

しかし、その事を 如何に説明しても〔海之妖精エルフィ〕には理解してもらえない。

どんな理由があったとしても 自分よりもつよいのだから すぐにたすけろ、と言うだけだ。

海之妖精エルフィ〕の要請に、リーゼロッテは 小さく首を振る。


【 それに、近くに………。】


そう呟いただけで、何かを察したらしい。

海之妖精エルフィ〕は、やおら 真剣な顔になる。

「⁉︎ーーーーーー誰っ?」


【〔眚淵之魔女〕です。】


茶髪の美女の顔から、表情が失われた。

「 ーーーーーー………… 」

〔眚淵之魔女〕とは、リーゼロッテを付け狙う魔法使いの 1人だ。

老獪なる魔法使いの1人でもあり、表立って 敵対はしてこない。

だが、虎視眈々と狙っている事は 周知の事実だ。

その魔女がいる限り、リーゼロッテは 此処へは来ない。

序列ランクでも上位にある〔眚淵之魔女〕との直接対決など、リーゼロッテがのぞむ筈がない。

断るに足る理由を前に、茶髪の美女は 呆然とち尽くしていた。


【〔幽寂之魔人〕の支配領域テリトリーへ戻ってください。】


かの魔女は、弱々しいひかりである〔海之妖精エルフィ〕には、興味を示さない。

って、この場にいても 彼女が襲撃される事はない。

だが、この場にいれば 恐竜達の餌食えじきにはされてしまう。

移動しろ と云うのは、至極 当然の指示だった。

「 …………えーーー 」

しかし〔海之妖精エルフィ〕は、いやそうな顔をする。


みちは 造りますから、すぐに。】


「やだ」

即答だった。

どうやら、余程〔幽寂之魔人〕と 顔をあわせたくない様だ。

一体 どんな言いがかりめいた罵声を浴びせたのか、予測はたつが 想像はしたくないらしい。

リーゼロッテは、諭す事はしなかった。

海之妖精エルフィ〕が これだけ会いたくないと言うのなら、相手の〔幽寂之魔人〕も 会いたいとは思っていないだろう。

そう察しての事である。

しかし、この沈黙が アダとなった。

みちなら、海までにしてよ」

在ろう事か、逆方向への指示を出してきた。

これには、流石のリーゼロッテも 表情を変えた。


【 ーーーーーー海まで、此処から 何キロあると………。】


海は〔忘却の郷〕を、南へ横断した先にある。

距離にして、ざっと200キロ近くあるだろう。

リーゼロッテが本気で翔べば ほんの10分-余りだが、離れていては 翔ばす事も出来ない。

そうなれば、地道に 陸上移動をするしかない。

200年-余りを生きる魔法使いでもある〔海之妖精エルフィ〕は、超回復する体力をもって 長距離の移動を ものともしない。

しかし、今 心配すべきは『〔海之妖精エルフィ〕の体力』ではない。


【〔忘却の郷〕の守護者をたおしながら、ですか?】


考えただけでも 眩暈がした。

離れているから と云って、リーゼロッテに危険がない訳ではない。

空間を 擬似的に繋いでいるが、完全結界を張っている状態だ。

敵の魔法使いからの攻撃を受けても、ラッケンガルドに影響はない。

しかし、擬似的にでも繋げた空間であるが為に リーゼロッテには影響が出る。

直接 攻撃を受ければ怪我もするし、魔法を使えば 消耗もする。

特に 魔法は、実質的に離れている場所であり 攻撃範囲を絞って放たなければならない分、苦を強いられる。

波の様に襲い来る 恐竜達に対して 攻撃魔法を繰り返す事は、負担が大きい。

勿論、我儘を言っている〔海之妖精エルフィ〕にも それは判っている、筈だ。

「やってよ! 出来るでしょ‼︎ 」

海之妖精エルフィ〕は、飽く迄も 我儘を押し通す気らしい。

折れたのは、リーゼロッテのほうだった。


【 代価に〔人魚の鱗〕と〔深海の瞳〕を、それぞれ々 3個ずつ………他は、貸しにしておきます。】


代価を聴いて、茶髪の美女は を丸くした。

「また?」

半年前、エスファニア王国にいたリーゼロッテは 同じ素材を〔海之妖精エルフィ〕に要求した。

「まさか と思って 余分に採らなかったけど、ほんとに代価になるなんて………こんな事なら、前回の時 もっと採れば良かった」

毒や瘴気を浄化する魔法具に欠かせない素材であり、そもそも 浄化の能力スキルを保持するリーゼロッテには不要のモノだ。

それだけに、再び要求されるとは思っていなかったのだろう。

彼女の身近に 毒や瘴気の危険に曝されている者達がいる、と云う事に繋がるからだ。

「それにしても、何でよ? あんた-自身には必要ないでしょ? あんたの周りって、そんなに危ないのばっかなの?」

海之妖精エルフィ〕の『もっとも』な問いに、蒼い瞳が 冷ややかに細められた。


【〔海之妖精エルフィ〕が、それを言います?】


魔法使リーゼロッテいの周囲で 無防備に危ない事をする最たる者は〔海之妖精エルフィ〕である。

彼女の悪いところは、判っていて 危険を冒す部分だ。

そして〔海之妖精エルフィ〕は、反省もせず 同じ事を繰り返すから タチが悪い。

更に、何かがっても、その時は〔森之妖精イリフィ〕がたすけてくれる と思っているから 手に負えない。

何度 注意しても、一向に改善はされない。

「あたし、代価 払ってるじゃない」

だから すべて合法だ、とでも言いたそうな声だ。


【 面倒を持ち込まないでほしい、と 言っているのです。】


もう 何度目になるのか、最早 数える気にもならない科白せりふを呟いて、リーゼロッテは 溜息を零した。

前言これに対する〔海之妖精エルフィ〕の返答は、予測出来ているのだ。

「いいじゃない、あんた つよいんだから」

『耳にタコ』な科白せりふが返ってきた事に、脱力に似た心地になる。

察していた事とは云え、実際に聴くと 疲労感がす。

そして、毎回 面倒に巻き込まれるのは、勘弁 願いたい。

しかし、押し付けるにも 相手がいなかった。

今回も、リーゼロッテは〔海之妖精エルフィ〕の我儘に振り回される事になった。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ___


位相空間にて切り取っていた後宮の一室から 現実の自室空間へ戻り、銀髪の美女は 深く息をいた。

窓の外では 中天から陽が注ぎ、木々の葉が微風そよかぜにささめき 小鳥達が陽気に唄っている。

平和な日常が、其処にはあった。

しばらく その音楽に耳を傾けている内に、 実感が湧いてきたのだろう。


《 大変だった………。》


しみじみ そう思うと同時に、どっ と疲労感に襲われる。

〔忘却の郷〕は ほぼ正円をえがいており、直径は 10キロにたない。

その北の端に〔海之妖精エルフィ〕はいた。

海は 南にあり、その場からは 200キロ近い距離があった。

つまり〔忘却の郷〕を 南北に縦断した上、更に 180キロ以上も離れていたのだ。

その直線上に、他の魔法使いの支配領域テリトリーはない。

しかし、遠くはない場所を通る事になる。

10万-以上いる魔法使いの中で〔森之妖精イリフィ〕を察知出来る魔法使いは、極-少数だ。

半実体で〔忘却の郷〕にいる彼女を見付けられる魔法使いは、ほぼ いないと云って良い。

だが〔海之妖精エルフィ〕は 逆だ。

魔法使いとしては 下から数えたほうが早い位置にる〔海之妖精エルフィ〕の動向は、筒抜けに近い。

覘覧てんらんをしなくとも、近くにいれば その魔力を嗅ぎ付けられる。

そして〔海之妖精エルフィ〕が困殆こんたいしていれば〔森之妖精イリフィ〕が呼び出される、と知る魔法使いも、また 多い。

彼女が〔忘却の郷〕に迷い込んだと察知した瞬間から、何人かの魔法使いが その動向をうかがっていた様だ。

最もあかさまに構えていたのが〔眚淵之魔女〕だった。


《 ………つかれた。》


結果から云うと〔眚淵之魔女〕は、襲って来なかった。

老獪で賢明な かの魔女は、やって来たのが半実体であると察知し 襲撃を断念したらしい。

強襲するだけならば可能だが、半実体では 万が一 打ち勝っても捕獲は出来ない。

そればかりか、遠く離れた何処かで動けなくなった〔森之妖精イリフィ〕が 他の『誰か』に襲われてしまう事態にも なりかねない。

故に、急襲しなかったのだ。

しかし、それを理解しない魔法使いもいた。


《 もう、いや………。》


〔忘却の郷〕にて、恐竜の壁を突破する〔海之妖精エルフィ〕の動きは、近隣の魔法使い達に筒抜けだった。

何等かの魔法をもちいて 襲い来る恐竜を駆逐しているのだろうとおもっても、魔力は感じられない。

この時点では、他の妖精である可能性も考慮した筈だ。

しかし、念の為 覘覧てんらんで様子を窺おうにも、何等かのじゅつって阻まれているのか 視る事が出来ない。

そうなると、答えは 1っに絞られる。


 『そばに〔森之妖精イリフィ〕がいる』


実体でも 半実体でも、魔法使リーゼロッテいを視通せる魔法使いはいない。

どれ程 高位の魔法使いであろうとも、彼女を 覘覧てんらんで視る事は出来ない。

それが、アダとなって 発見される事が多いのだが、これは 必要不可欠なじゅつの副作用であり、致し方ない事である。

だから、魔法使リーゼロッテいは、戦闘中でも 一箇所にとどまる事を避けてきた。

高速で翔びながらであれば、敵を振り切れる為だ。

しかし、今日の様に 半実体で〔海之妖精エルフィ〕と共にいては、それもかなわない。

実際、弱い〔海之妖精エルフィ〕が単独で恐竜をたおせる筈がない、と云う憶測をされ 魔法使リーゼロッテいの関与がバレた次第だ。

結果〔忘却の郷〕の恐竜の半数と、集まって来た魔人-4人、魔女-2人をたおす事となった。


《 何とか ならないかしら。》


海之妖精エルフィ〕からの呼び出しがきたら、自動的に 他の妖精へ繋がる様に出来ないものか、と真剣に考える。

魔法の回線をいじる事は、然程 難しくはない。

呼んでいる相手が誰か と云う事は、リーゼロッテは察知可能だ。

しかし、要件が何か と云う事に於いては、判り様がない。

それを 他の妖精にふるのは、いささか 気が引ける。

悩んだが、結論は 考えるまでもなく 否と決まっていた。


《〔死之妖精ロンフィ〕に代わってもらえば良かった。》


あちらこちらへと 放浪し続けている、支配領域テリトリーを持たない妖精なかまだ。

これは、支配領域テリトリーでの休養を必要としない 強者である、と云う証明あかしでもある。

海之妖精エルフィ〕も 支配領域テリトリーを構えていないが、彼女の場合は 弱すぎて支配領域テリトリーを維持出来ないだけだ。

根本的に〔死之妖精ロンフィ〕とは 違うのである。


《 何にせよ、これで、素材は あの蕾だけ。》


ラノイ達を護る為の魔法具を精製するに 必要不可欠な素材は、あと 1っになった。

清廉なる大木に咲く 清らかなるモノ、それが〔泠祜のはな〕だ。

これは、エスファニア王国の 北の国境-近くにある。

おのれの支配領域テリトリーの中にあるのだから、採取は 難しくない。

ラッケンガルド王国から エスファニア王国に至るまで、20キロ程 距離がある。

隣国とは云え、国家の空白地帯は存在するのだ。

魔法使リーゼロッテいの『魔法使いけの結界』も、同等の距離だけ 離れている。

この間だけ 注意すれば、安全に往復可能だろう。


《 午後に、と云いたいところだけれど。》


精神的疲労も含め、もう 疲労困憊だった。

翔べば 20分程で目的地へ着くが、最早 翔ぶ気にもならない。

出来る事なら、このまま 後宮で だらだらとしていたい気分だった。

勿論、そんな事は不可能なのだが。


《 こんな事なら、自分で採りに行ったほうが 楽だった、かも。》


〔人魚の鱗〕と〔深海の瞳〕を取引材料にする為に〔海之妖精エルフィ〕をたすけるとしたが、結果として 楽な選択ではなかった。

海之妖精エルフィ〕に関わらず おのれで採取に出向けば、同じ時間を費やしても これ程の疲労はなかっただろう。

時間短縮の為に引き請けた筈だが、とんでもなかった。


しばらく 休んで………。》


昼食まで休憩して 体力の恢復を図ろう と思ったところで、後宮の入口に 人の気配を見付けた。

王宮から 後宮へやって来る気配の主が判ったのだろう。

魔法使リーゼロッテいは、瞠目した。

しばらく何事が起きたのかを考えていたが、ふと 気が付いて 窓の外へ視線を向ける。

「ぁ……… 」

良く見れば、ひかりは 中天から降り注いでいる。

時刻は、既に 昼食時を迎えていたらしい。

驚いている間に、居室の入口に ラノイが姿を現した。

「アシュリー」

エスファニア王国の北方にある ファイセル王国と フェイアル王国での呼称に、魔法使リーゼロッテいは ゆっくりと振り返った。

海之妖精エルフィ〕に関わっていた時間が、まさか これ程だったとは思っていなかったのだろう。

しかし、2時間以上が経過している事に 納得もしていた。

それだけの時間 困難をいられていたのだ。


つかれている訳だわ。》


密かに溜息を零し、眼線を下げる。

自身のからだで感じている疲労具合に納得している内に、ラノイの腕が伸ばされていた。

「っ   きゃ⁈」

ぼうっとしていたせいか、呆気なく 抱きすくめられた。


《 きゃああっ⁉︎ 》


此処には、ラノイと 魔法使リーゼロッテいの 2人しかいない。

王の寵愛を一身に受ける 唯一の妃、を演じなくとも 良い状況だ。

振り払おうが 逃げ出そうが、咎められる事はない。

「アシュリー?」

ラノイは、抱き締めたまま 魔法使リーゼロッテいの額に手を当てた。

右腕で 彼女の柳腰を抱いたまま、左手で 額の熱を計る。

「熱がある……… 」

独白の様に呟かれた言葉に、魔法使リーゼロッテいは ぴくりと肩を揺らせた。

2時間以上、断続的に魔法を使っていたのだ。

軽い発熱-状態になっていても、仕方がないと云える。

もっとも、ラノイには 発熱の原因についてはなせない訳だが。


《 っ   は、離れなければ!》


抱き締められている事も そうだが、熱がある所以ゆえんを 知られたくはなかった。

しかし、この体勢のままでは いろいろと知られたくない事も見抜かれかねない。

「アシュリー、どう……… 」

「は、離してください」

魔法使リーゼロッテいは ラノイの言葉を遮る勢いで言い、からだよじる様にして 腕からのがれようとする。

抱き締められる事に抵抗を感じる彼女が こうしてあらがうのは、いつもの事だ。

しかし、ラノイは この時の魔法使リーゼロッテいに違和感をいだいたらしい。

「アシュリー?」

疑問を投げ掛けられそうだ と察したのだろう。

魔法使リーゼロッテいは、ラノイから顔をそむけた。

「大丈夫です、何とも……… 」

「ない、と 言うのか?」

自分かららした魔法使リーゼロッテいの態度に、ラノイの声が 硬質なモノへと変化し始めていた。

これは 怒り始めている訳ではなく、疑いを濃くしているだけとおもわれる。

しかし、今の魔法使リーゼロッテいには 充分な威圧になっていた。

「だ、ぃじょぶ、です から」

今の彼女は、エスファニア王国の男爵-セレディン=ラグロス=ハーシュフェルダーとの遣り取りを思い出して、過剰におびえているのだ。

かの青年セレディンは、ラノイと同じく 戒縛のちからそなえており、更には 嘘や偽りを見抜く能力スキルそなえていた。

エスファニア城で 共に過ごした半年の間に、嘘も方便も すべて見抜かれてきた。

ラノイに、その能力スキルはない と判っているが、それでも 反射的に恐怖してしまう。


《 あの方とは、違う から   っ。》


そう おのれに云いかせても、かくし事をしているだけに おびえは消えない。

この事が また ぎこちなさを呼び、余計 信憑性をなくしていると理解していても、おびえをかくせないのだ。

「アシュリー、私を見ろ」

ラノイの命令ことばには、戒縛のちからる。

魔法使いである彼女にとって、さからう事の出来ない『命令』となる。

「ぁ   っ」

それまでと異なる震えを帯びたからだを抱き締めたまま、ラノイは 魔法使リーゼロッテいの顔を覗き込む。

命令にって 見詰め合う状態になった蒼い瞳を じっとみおろして、ラノイは 労わる様に頬を撫でた。

「池のほとりにいたそうだが、からだを冷やしたか?」

アイシアや シノンから聴いていたのだろう。

ラノイは『冷えたから部屋に戻る』と云う方便と 今-現在の微熱状態をあわせて、原因と判断した様だ。

「 ………大丈夫です」

嘘のけない問いに、嘘のない答えを返す。

小さく返答をして、再び 腕から抜け出す努力を再開する。

ラノイの胸に手を当て、離れるべく 力を入れる。

もっとも、ラノイは、元々 文系の王ではない。

内乱の時には みずから太刀をふるい、軍を率いて闘った。

〔獅子王〕と云う渾名あだなは、伊達ではないのだ。

そんな青年の腕からのがれるのは、生半な事ではない。

この程度の抵抗で抜け出せる訳がないのである。

勿論、戦闘に際し 強者である武闘家としての技や〔森之妖精イリフィ〕としての能力スキルを使用すれば、抜け出せるだろう。

だが、それをすれば、流石のラノイも 無傷では済まない。

って、自粛してしまい 実力行使におよべなくなっている。

「今日は、此処へ食事をはこばせよう」

ラノイの気遣いに、魔法使リーゼロッテいは すぐに首を振った。

「それは 出来ません」

未だ、毒の危難は去っていない。

ラノイを含め、シズも クランツも、毒を取り込んでしまう可能性は高いのだ。

してや、数時間前に ミラベルとベロニカの遣り取りを聴いているだけに、予断を赦さないと推測される。

再び 同じ毒物を使用され、その場に 魔法使リーゼロッテいがいなければ、確実に 口にしてしまう。

服毒すれば、数分も経たずに 嘔吐や腹痛・眩暈と云う症状を もよおす事になる。

「この程度、大した事はございません。わたしに 役目を果たさせてください」

真面目すぎる科白せりふに、ラノイは わずかに顰めっつらになった。

ラノイにとって、彼女は『仮初めの妃』と云う存在ではない。

出会いは 偶然の様なモノであり、馴れ初めこそ 強引であったが、ラノイは 彼女を愛し始めていた。

特別になりつつある事に ラノイ-自身が気付いている中で、彼女の無理を容認するのは難しかった。

しかし、魔法使リーゼロッテいの主張も判る。

彼の中で、小さな葛藤が生まれていた。

「だが……… 」

義兄のシズや クランツが害される事はいやだが、魔法使リーゼロッテいに無理をさせてまで となると、やはり ためらってしまう。

「大丈夫です、わたしを お役立てください」

意見を変える様子はない と看て、ラノイは 小さく溜息を零した。

「判った」

言うが早いか、ラノイは 銀髪の美女のからだかかえ上げた。

「っ⁈」

軽々と抱きかかえられた魔法使リーゼロッテいは、唐突の事に 喫驚を飲み込んだ

これに、ラノイは 浅い笑みを向ける。

「体調が悪い時くらい、休んでほしいものだがな」

体調をくずしたのなら、暖かくして 休養を取ってほしい。

しかし、彼女は、どうしても 後宮で食事をする事は出来ない と云う。

勿論、魔法使リーゼロッテいの懸念も判るが、自分としては 極力 体力は使わせたくない。

双方 折れる気がないのであれば、折衷案を出すしかない。

昼食の席に同席すると言うのなら、移動では 体力の消耗を避けるべきだ。

ラノイの笑みは、そう云っていた。

かかえられたまま王族用の食事の間へ移動する と察して、魔法使リーゼロッテいの顔色が変わった。

「だっ   大丈夫ですっ」

すぐさま 降ろしてほしい と云わんばかりに、ラノイの肩に 腕を突っ張る。

あわてぶりと 抵抗の仕方が可愛らしく見えたのか、ラノイの笑みが深くなった。

「夫が 妃をかかえて連れ廻しても、問題はないぞ?」

「そっ   ⁉︎」

反論をしようとしたのだろう 魔法使リーゼロッテいが、急に 押し黙った。

抵抗もめたところから、ラノイにも察しが付いた様だ。

「私の勝ちだな」

小さく囁いた直後、足音が聴こえてきた。

ばたばたと走って来る足音は、1人のモノではない。

駆け込んで来たのは、シノンと 後宮の女官-2人だった。

「お妃さ   っあ!」

真っ先に駆け込んで来たシノンは、魔法使リーゼロッテいの姿に気付いて声を掛けようとし、遅れて 彼女を抱きかかえているラノイに気付いた。

そんな感じの反応だった。

シノンは、喫驚しつつも すぐに国王に礼をる。

あわてて低頭したシノンの後ろから 他の女官達も入室し、同様の反応を見せたのち 低頭した。

3人は、姿を消した王妃リーゼロッテを捜して 走り廻っていたのだろう。

シノンは それ程でもないが、遅れて入って来た2人の女官達は 呼吸を荒くしている。

深々と礼をって尚、荒く上下している女官達の肩を ラノイの腕の中からみおろして、魔法使リーゼロッテいは 表情をしずませた。

仕方がなかったとは云え、位相空間にいた事と〔海之妖精エルフィ〕の我儘に付き合っていたが為に 彼女達の動向に気付けずにいた。

冷えた と言って後宮に戻った筈の妃が、居室にいなかったのだ。

昼食の時間だ と呼びに来た女官達が受けた衝撃と 動揺をおもうと、済まない気分になる。

「 ーーーーーー 」

魔法使リーゼロッテいが 女官達に声を掛けようとしたのを察したのか。

「さぁ、参るぞ」

ラノイは、大股で歩き出した。

〔獅子王〕にかかえられ 低頭している女官達の間を通って、魔法使リーゼロッテいは 後宮をあとにする事になった。




4人の妖精の内、2人目の〔海之妖精エルフィ〕が登場しました。

登場回数はすくない予定です、書きづらいので。

次回は、もう1人-妖精が登場する予定です。(たぶん、ちらりと)


リーゼロッテは苦労が多いですね、

まぁ、チートだから 何とかなるでしょう。(←他人事)

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