続3話 絵本愛と元魔王の経過報告
右手にメラゾーマ、ではなく豆柴。左手にバギクロス、でもなくシャム猫をそれぞれ噛み付かせた状態で、更には、両の足を二羽の鶏にコッコッコと激しく突かれながら、朝の人気も疎らな路地を歩く背広の男性の後姿が目に入った。
終始、動物達に牙や嘴を突き立てられている男性だが、その足取りには、一抹の戸惑いも見受けられない。
万年筆のインクボトルに見るようなまじりけのない黒の背広は、春の到来を告げる暖かな陽射しを吸い込んで熱がこもってそうだ。見てるだけで蒸し暑い。
そんな全身に負けず劣らず、一切の反射を拒む漆黒の頭髪は、どこか女性的な艶やかさを秘めていた。
では、なぜ後姿だけで相手が男性だと判断出来たのかというと、それは、非常に不本意ではあるが、彼が知り合いであり、彼の類希なき体質をよく理解しているからだ。
かつて別世界で魔王として君臨していた過去を持つ人物だが、魔力と威厳を失った彼は、後遺症としてありとあらゆる生物から敵視される体質になってしまったらしい。しかし、それを不憫と思えないのは、彼自身のこれまた特殊な性癖の所為による。
なんでまた現実の世界でも動物に嫌われたままなのだろうか。これはこれで、昔の愛や紡希よりも厄介な歩く面倒事である。
俺はそんな誰得なトラブルメーカーの背へ呼び掛けた。
「オーマさん。ちょっと」
足元の鶏達を蹴りつけない様にと、視線を落としながらゆっくり振り返る元魔王さん。
「おや、真君。こんな朝早くに会うなんて、奇遇だね」
爽やかな……いや、むしろ、なんかもう恍惚とした笑顔に、甘ったるい声音を添えて、彼は応えた。
「偶然でしたらね。っと、んなことより、その動物達、今度はどこから一緒なんですか?」
「さぁ?」
「あーあ、どうするんですか。もう手伝わないっすよ」
「モテル男はつらいね」
「えぇ、モッテマスネ。むしろツイテマスネ」
「そんなことより真君」
「はい」
「もう忘れたのかい? この世界での僕の名前はオーマ・ローゼではないんだよ?」
「あぁはいはい。そうでしたね。零さん」
そう、オーマ・ローゼはあくまで異世界での名だ。彼等がこっちの世界に来てすぐ、紡希が「そんな横文字で戸籍を偽装するのは面倒」とかで全員分の戸籍を親族という形で取得してきた。全員分である。
で、オーマ・ローゼは現在、絵本零と名乗っている。零と書いて零だ。愛は断固ゼロ派だったが、紡希に採用されなかったらしい。で、当の愛も、心中などという物騒な姓ではなく、戸籍上は絵本愛となった。なんともメルヘンチックな名前である。愛と書いて愛でもいいんじゃない? って冗談めいた口調で言ってみたら、紡希と愛の合体攻撃「ユニゾンキック」をくらった。あの二人、今や双子のように息ぴったりである。あ、ちなみにエリィさんは絵本絵里。普通、特にコメントなし。
「そういえば、真君。あの洗濯機とやらの使い方がイマイチわからないんだけど」
「あれっ、ほんとですか?」操作が分かりやすいやつを買ったつもりだったが。
オーマ・ローゼ改め絵本零は、この世界の家電製品に難行苦行を強いられているようであった。ってか、足元の鶏うるさっ!! コッココ、コケココ、コーコッケと鳴いては、ひたすらにトサカを振って、オーマの足首に頭突きをかましてる。いつの間にか三羽になってるし。
そんな彼は現在、俺の妄想を裏切る形で、空室だった隣の3004号室に暮らしている。正直、こんなどえむ魔王が引っ越してくるよりだったら、男の娘でも、ブリジットの方が歓迎だった。
金銭的な補足をしておくと、俺達が現実世界に帰ってきてから数日後、紡希の口座に協会とは別口から振込があったらしい。その桁がまた凄まじく、数年は遊んで暮らせる額だったんだとか。俺が公園でアリスさんと鬼ごっこした後の話であり、紡希の言葉を借りるなら「不思議な世界におっこちてないことを伝える意味合いも含めた、お師匠様なりの粋な計らいだよ」とのことだった。身も蓋もない言い方をすれば、元魔王現無職さんは廃人魔女の紐となっているわけだ。
「洗剤とか入れたらフタ閉じて、あとは開始ボタン押せば自動で始まりません?」
「そのボタンがさ、フタを閉じてしまったら押せないじゃないか」
うん?
「どうしてですか?」
「僕が中に入るだろ? フタを閉じるじゃないか。ほら、もう押せない」
「いや、なんで自分が中に入るんですか」
「なんでって、そこに快感がありそうだからさ」
「あれ、そういうアブノーマルな機能は備えてねーから!!」
「でも……」
「でもとかいいですから!! とにかく、さっさとその動物達、飼い主さんとこに戻してきてくださいよ。今日はみんなで遊びに行く約束だったでしょ」
「あぁ、そういえばそうだったね。うん、真君、また後で会おう」
動物達を引き摺りながら、颯爽とその場を後にするオーマ。
いつのまにか彼の尻に子猫がへばりついていた。
春休みも数えるところ残り数日となった今日この頃。
俺は、久しぶりにあのゲームセンターへ足を運んでいた。
「……」
熱気が迸る人だかりが視界を占めている。声質はどちらかというと太い。その先から聞こえてくるメロディーはサーキュレーション。その方向に設置されているのは、確かDanceEvolutionだ。
「あ、真様。こちらです」
「エリィさん」
満員電車のような圧迫感を伴う人ごみを掻き分けて、彼女の傍まで近寄る。メイド服の彼女もまた周囲の視線を集めている気配があったが、DanceEvolutionの方は、その比じゃない。
エリィさんはメイド服だが、猫耳じゃない。彼女のチャームポイントは魔術で曲解されていた。もう、今の俺には認識できないから、あるはずの猫耳も目には映らない。
「オーマはどうしました?」
「あぁ、またたくさん動物を連れていたので、約束の時間には遅れると思います」
「まったく、だらしないですね」
「そうだ、洗濯機の使い方がわかんないみたいで、エリィさん、後で教えてやってくださいよ」
「大方、自分ごと洗われようとか考えていたのではないですか?」
よくわかっておいでで。
「で、やっぱ、この人だかりの原因はあの二人か」
「えぇ、つい先程始めたばかりなのですが」
「目立つからなぁ」
並び立つ俺とエリィさんの視線の先、垣根の如く群がった観客の頭越しに真っ白い女の子が二人垣間見える。
絵本紡希と絵本愛は仲睦まじい様子で、一生懸命に踊っていた。
裸ワイシャツの筈の紡希が、フリフリのスカートを揺らしている。認識できなくなってしまった世界が、今は少しだけ名残惜しかった。
俺と紡希の関係は変わってしまった。あいつは俺が居なくても外出するし、俺が居なくても誰かと接触できる。
嫉妬なんだろうか。みっともないな。
「真様もまざってきてはいかがですか?」
「いや、さすがに……あの中へ飛び込んでいく勇気はないですよ」
ざわめく歓声の中、小声で会話を続けていると、ふいに愛がこちらを振り返った。そして、水晶のような両の瞳を輝かせる。
「あ、真」唇がそう呼んでいた。
くいくいっと手招きされる。いや、無理だから。DanceEvolutionとかやったこともないし。
「呼んでいますよ?」
「でも、あれ二人用ですし」おすし。
無視を決め込んでいると、選曲の暇に移り、愛が紡希の耳元でなにかを囁く。とてつもなく嫌な予感がした。
「真ー。一緒に踊ろー」で、名指しである。
観客が一斉にこちらへ振り返る。俺は無言で首をぶんぶん横に振る。
「ほらー、マジLOVE1000%あるよー」
いや、そのアニメ見たことないから。
とうとう愛がこちらへ駆け寄ってくる。
「真も、一緒に、踊る」
息も絶え絶えに、上目遣いで懇願する愛。
「おまえ、もう瀕死じゃねーか!!」
「だいじょば、ない」
「じゃあ、手を引くな!!」
結局、根負けした。
真っ白い女の子に挟まれる形になって、俺はDanceEvolutionを睨みつける。微かに聞き覚えのある曲が流れだす。でも、振り付けとかまったくわからない。
あーもー、こうなりゃやけだ!!
「1000%(センパーセント)LOVE!!」
俺はありとあらゆる煩悩を振り払うかのように力強く叫んだ。




