第30話 世界の中心で愛を象る
淡く蒼く明滅する文字が私の周りを飛んでいた。
最初はただ友達が欲しかった。
昔、邪仙が言った。生きている限り喪失が付き纏うのであれば、一度死ぬ方法もあると。
次に魔女が言った。人はすべからく何れ死すべし存在だ。自ら飛び込むものではないと。
数多の死を望んで、せめて誰かに看取られたいと思った。
私はずっと一つの世界を見守っている。
世界の心中となり、世界の中心に集う者達の結末を見届けようとしていた。
「修佐……おまえ、言葉の鳥を唱えてどうするつもりだよ」
煤けた赤煉瓦のような髪色の魔女の、燻った声色。あいつも大概しつこい。
「とっておきのラスボスを召喚するんです」
久しぶりに見る檜森修佐は、なぜか女の子っぽい装いをしていた。不死鳥を連想させるふわりと軽やかな頭髪は紅蓮を灯している。顔立ちはあまり変わっていない。
「オーマっ!! そいつから離れろ!!」
私が友達になりたかった人によく似た勇者が叫び、私の友達になってくれた魔王が答える。
「うん、どうやら魔術で固定されているみたいだね」
空中で、修佐に斬りかかったまま時を止められている魔王。喋れるのは修佐の情けか、御都合主義か。
「イクサ、ど、どうしましょう!?」
狼狽え、声を震わせている少女。もし可能性があるとしたら……きっと彼女かな。
その時━━。
「よし、間にあったか!?」
「ぎりぎり」
「イクサ、オーマ、ウル。遅れて申し訳ございません」
「エリィさん!! わっ!! あの人、イクサに、そ、そっくりです」
「シン。それに、もしかして……あの時の白いインコかい?」
「エリィ!! アジーはどうした!?」
「ほんとにアリスさんが……って、おい紡希。アリスさん透けてるぞ!!」
「お初にお目に掛かります。絵本紡希さん。僕は、お師匠様のもう一人の弟子をしていました。檜森修佐と申します。以後お見知りおきを」
「アジー様は、不死の軍勢を足止めする為にシュラーフに残りました」
「久しぶりだな紡希、それに真。おまえさ、私のことアリスって呼ぶなって前に言ったよな?」
「真、檜森修佐に決め台詞言ってあげて」
「自分で言えよ!!」
「あの……だれか僕を助けてくれても、いいんだよ?」
会話がぐちゃぐちゃだった。
「アリスさん!!」
「わざとか?」
「シスさん!! 助けに来ましたよ!!」
「彼女を助けるのは俺だっ!!」
「イクサ、あ、あの。張り合わなくても、皆で協力して……」
「よし、頼む」
「えっ、は、はいです」
「紡希様。あの蒼い文字はなんでしょうか?」
「あれは言葉の鳥か?」
「うん。修佐……何かを呼ぼうとしてる」
「あー、僕、魔術でかたまっちゃってるなー。誰か助けてくれないかなー? ちらちらっ」
すごく胸が苦しい。遠野真と絵本紡希がくっついているのを見てると、なんだろ、すごく嫌な気持ちになる。あと、誰か魔王を助けてあげて。
「茶番はここまでです。さぁ、とっておきを見せて差し上げましょう」
「ルル……いや、檜森修佐だったか。あんたは俺を怒らせた。俺のときめき、返してもらうぞ」
「違う、返してもらうのはラムスプリンガだ」
「あの二人、やっぱ似てるな」
「エリィさん。あの、その、オーマさんを助けてあげてです」
「ウルちゃん……君はやっぱり天使だよ。ほら、エリィ早く助けてくれっ!!」
「扱いに不平があります。オーマ、自力で頑張ってください」
「あ、ごめんなさい!! エリィさん、どうかお助け下さい」
「よっしぁぁぁぁ!! わし追いついたぁぁぁぁ!!」
「アジー様、ご無事でしたか」
「うむ。まぁ、これで魔力は全部使い果たしたがな!! ふぃー、いい汗かいたわい」
「もうそれ意味なくね?」
「いや、アジーの知識は必ず役に立つ」
「イクサ、ナイスフォローじゃ」
「真、これってフラグだよね?」
「だなぁ」
私が地の文を挟む暇もなく、次々と会話が飛び交っていく。
「茶番はここまでです。さぁ、とっておきを見せて差し上げましょう」
「おまえ、二回言うなよ。憐れだぞ」
「ふふっ、お師匠様、そうやって澄ましていられるのも今限りですよ」
言葉の鳥が一同に、神の光にも劣らない、強烈な発光を広げる。
鳥達は修佐のすぐ隣に群がり、なにかを包み込むように光を収束させていき、そして、その中から姿を現したのは……。
「あ、どもっす」
「「「「誰だよっ!!」」」」
勇者と魔王と魔女と真の突っ込みが一寸の狂いもなく、綺麗に重なり合っていた。
「えっと、自分、鈴木っす。あ、普段はネットカフェで働いてます」
「どうですお師匠様。覚えていますか? 彼こそは、かつて僕とお師匠様を強引に店から引き剥がした絶対の権力者、鈴木さんですよ」
「修佐……おまえ、馬鹿だろ」
「僕の考えた最強のラスボスですが?」
「茶番じゃねーかっ!!」
「せ、世界の半分をくれてやるっす」
「あんたは黙ってろっ!!」
「ちょっと真、可哀想だよ。鈴木さん、折角、場の雰囲気に合わせてくれてるのに」
「いや、ってか、そんなほいほいと現実の人間を異世界に連れ込むなよっ!!」
「あ、猫耳のメイドさんがいるじゃないっすか!! ちょっと写真撮ってもいいっすか?」
「死んでください」
「エリィさんまで辛辣だ!! 鈴木さん、あんまへこまないでください。あの人、たしかに見てくれは猫耳でメイドさんだけど、中身はくそびっぐふぅ」
「失礼な……私が猫耳を触らせたのは真様。貴方だけですよ」
「……っ」
「真、大丈夫!?」
「……な、なんとかな」
「すごいです。生まれたての小鹿のようです」
「ウルちゃん、その感想はどうなのかな」
収拾がつかない状況から逃げたくなったのか、或いは、己の失態を気取ったのか、修佐は言葉の鳥を自身の元へ寄せ集めながら言った。
「ど、どちらにせよ、僕がラムスプリンガを持ったまま、この世界から消えてしまえば……お師匠様達が現実に帰る為の媒体はなくなります。精々、末永く夢心地に溺れてください」
━━では、御機嫌よう。
「あぁ!! 自分はどうすればいいっすか!?」
鈴木さんの叫びも虚しく、この世界から姿を消す修佐。
膝ががくがくと笑ったままの真が小さく呟く。
「別にそんなことなくね?」
「私とお師匠様の力を合わせれば大丈夫だと思う。お師匠様……ふたりは?」
「プリキュ……と言ってやりたい所ではあるが、悪いな……私はもう、元、魔女なんだ」
「そうか、やっぱり君も僕と同じで……」
「あぁ。百年前。修佐から魔力回路を焼き切る炎を受けてな」
「そうなのか? シスからは、確かに魔力の気配を感じるが」
「じゃなぁ」
「です」
「それよりも早く神の光をなんとかしてやってくれ……《心中愛》を助けてやってほしい」
……どうして。
「アリスさん。今なんて……」
「あーもー、真、後で覚えておけよ。この光はな、《心中愛》のなれの果てなんだ」
「いやいや、状況が全然わからないんだが」
「あ、奇遇っすね。自分もっすよ」
「あんたは黙ってろっ!!」
「ちょっと真、鈴木さんの方が年上なんだから、その言い方は駄目だよ」
「大丈夫っすよ。自分、細かいことは気にしない性質なんで」
「でも、異世界にはもうちょっと動揺した方がいいと思いますよ」
真が敬語に直している。偉い偉い。
「勇者、できるか?」
「ラムスプリンガを取り返せなかったが、ここまできたらやるしかない」
「イクサ。ここには皆います。だから」
「ウル、分かってるさ。時間は少ない……皆の力を俺にかしてくれ」
「はい」「もちろんさ」「かしこまりました」「うむ」と勇者の仲間達が順々に頷き、そして
「まぁ、またあいつに会えるなら、万々歳か」
「うん」
「紡希、今度は止めないのか?」
「もうあの時とは違うよ。今の真なら、きっと大丈夫だって信じてる」
でも、私は真を独り占めしようとして。
勇者が先導して神の光へ入り、その先に立つ魔女の手首を掴む。
「シス。神の光の元の姿を想像してくれ。俺が、その姿まで紡ぎ直す」
「いや、その役目は遠野真。お前がやるべきだ」
「……俺が?」
「シスがそう言うなら、そうすべきなんだろう。早くこっちに来い」
言われるがまま光の中へ身を投じる真。その腕を乱暴に掴み取った勇者が、静かに瞑想へと没入していく。
他の面々も勇者へ魔力を譲渡する為、体のどこかに触れて接続回路を設けていく。
彼等の祈る声が、私に届いた気がした。
現実と異世界との挟間。夢のような真っ白い空間に私と、彼は立っていた。
「元気そうだな」
「真もね」
「なぁ愛。覚えてるか?」
「えっと」
「もしお前が魔王だったら……の話だよ」
「うん、覚えてる」
「魔王とはちょっと違ったけど。まぁ同じようなもんだよな」
「あのね」
「なんだよ」
「私、真を独り占めして、いつか二人で死にたいって思ってたの」
「そりゃあ、かなり病んでるな」
「やみやみ」
「で、今はどうなんだ?」
「わからない。でも、ずっと会いたかった」
「じゃあ、なんでこんな所に居たんだよ」
「真のお母さん。この世界で見つけたの」
「そっか」
「怒らないの?」
「詳しいことはわからねーけど。でも、俺もさ、諦めないってことを隣人から学んだんだ。バッドエンドだって、きっとやり直せるよ」
「現実はそんなに甘くない」
「だろうな。でも、とりあえずは信じてみようぜ」
「can you escape?」
「I can escape━━悲劇だって抜け出せるさ」
「そういえば、まだストリートファイターⅢで真に勝ってない」
「だから言ってるだろ。お前は魔王じゃなかったけど、勝負はしてやる。ほら、さっさと帰るぞ」
「ん」
━━神の光が途切れる。そして。
心中愛が白姿を取り戻していくのと同時に、透き通っていたアリスの体躯にも色彩が投影されていく。
しかし、実体化していく二人に反して、一人の青年の輪郭線が乱調を来していた。
「これで使命は果たせたな」
「イクサっ!! そんなっ……」
ウルの瞳に映る勇者の姿が滲む。それはきっと乱調だけが理由ではなくて。
「ウル、オーマ、エリィ、アジー。お前らと出会えて、また一緒に旅ができて本当によかった……感謝している」
別世界の勇者は、失われた鏡の理に従うべく、鏡像を失おうとしていた。
「嫌っ、どうして、イクサだけ……」
同じ「周回」の魔術を受けた二人だが、根本的に異なる部分がある。それは魔力を引き継ぐ為に器を伴って世界を跨いだのか、或いは精神だけが世界を跨いだのか。
「シスも救われた。神の光も救えた。オーマ、これでもう……この世界は大丈夫だよな?」
「元魔王の僕の言葉になんて説得力はないだろうけど……きっと大丈夫さ。イクサ、君がこの世界を救ったんだよ」
「俺だけの力じゃない。だよな、ウル」
「……はい」
別れが迫る勇者一行を遠くから見つめていた異世界人の一行。彼等は小声で囁き合っていた。
「なぁ紡希、こんなエンディングが許されるのか?」
「だめぜったい」
「俺がこの世界に来た理由って、勇者を救う為だったよな?」
「うん。でも……」言い淀む絵本紡希。
「最後くらいご都合主義エンドでもいいよな」
「真、どうするつもり?」尋ね掛ける心中愛。
「ドラゴンボールでも集めるつもりか?」アリスは冗談めいた口調で話して、
「神龍は俺が育てた」
「まじかっ!?」そして真に受ける。
「お師匠様。一々、真の冗談に付き合って上げなくても大丈夫ですよ」
「だ、だよなぁ。ったく……って、おまえ、私の概念魔術を譲渡するつもりか?」
「やっぱそれしかないよね」
「それって」今度は心中愛の言葉が止まる。
かつてアリスが絵本紡希を救う為に生み出した概念魔術《否定》。それは《心中愛》の性質を無効化する発現器だ。
一年前、絵本紡希が遠野真を救う為に譲渡した故、現在、概念魔術《否定》の発現器は遠野真となっている。
イクサ・イシュノルアが消えかかっている原因は、確かに心中愛にある。であれば《否定》を彼に譲渡すれば、消失を覆せるのかもしれない。
魔術の行使者としての絵本紡希と、魔術の発現器としての遠野真。依存し合う関係となった二人へ、それでもアリスは警告した。
「私に期待しているのならやめておけ。もう概念魔術は生み出せないぞ。それでも、やるのか?」
「紡希、いいよな?」
「うん。心中愛が居ればなんとかなるよ。ね?」
「……や」
突然、話のたたみ先として名を呼ばれた心中愛は、声を詰まらせた。
「別に死ぬって言ってる訳じゃないんだから。そんな表情すんなって」
遠野真と絵本紡希は、心中愛とアリスをその場に残して、勇者達の元へ向かっていく。
「紡希様。イクサを……」
「任せろ」
二人はエリィの懇願を遮って勇者の正面に立つと、ちらりと一瞬だけ視線を合わせた後、真が代表して口を開いた。
「ちょっと、この結末を変えにきた」




