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廃人魔女はバッドエンドが許せない  作者: えんじゅ
最終章 バッドエンドでは終わらせない
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第26話 猫耳の需要の違い


 絵本(えもと)紡希(つみき)の特徴その三。


━━彼女は俺を疑わない。

 

 無論、俺と紡希の間にもささやかな嘘は交わされる。けど、嘘さえも含めて、相手が味方であることを信じて疑わない関係。紡希が俺に求め、俺が紡希に求めている関係というやつは、たぶん、恋人とは違う。

 元の世界に戻れなくなると言っていた筈の紡希が、自らこの世界に来ようとも、俺がこいつを信じるのは何も変わらない。まぁ、色々と確かめたいのも事実だが、俺と再会するなり嬉々と鬼気を程良くブレンドしたような表情で飛び掛かってきたこいつを拒めるわけもなかった。抱きついたまま頑なに離れようとせず、こっちの胸元に顔をぐりぐりと押しつけている紡希。俺から見えるのは真っ白い、絹糸のようにさらさらと揺れている頭髪だけだ。トロトロになるまで煮詰めた林檎にシナモンシュガーをふりかけたかのような甘ったるい匂いは、この世界でも健在だった。

「ぎゅー」

 抱しめ返す男気なんて俺にある筈もなく、いくら相手がひきこもりゲーム三昧の廃人魔女だろうと、ぶっちゃけすごくどきどきするし、衝動を抑えるので一杯一杯だし、体は圧倒的棒立ちである。いや、変な意味じゃなくて。くそっ、脳内でエリィ・ブルーメがにやけてる。おまえ、どっかいけ。

「……もういいだろ」

「ぶー。まだ充電中です」

「こっちは色々と大変だったんぞ。ほら、離れて話を聞いてくれよ」

「えっ、離れちゃっていいの? 私、いまノーブラだよ?」

「いや、いつもじゃん」

「あててんのよ?」

「感触がない……だと」

「大雪山おろし!!」ただの足払いだった。

「いってぇ!!」でも痛いものは痛い。

  硬い岩盤に尻を据えたまま、紡希を見上げる。月明かりの如く闇夜に浮かび上がる純白の風貌がハイライトとなって否が応でも視線を惹きつける。

「ルルが……」

「裏切った?」

 さもありなんと呟く紡希。

「なんでっ」言葉に詰まる。そんな俺を、前髪の隙間から覗く蒼い瞳で見下ろしながら、紡希は突き放すように言う。

「わかりきってた」

「なにか知ってるのか?」

「知ってるんじゃなくて、心当たりがある。ってのが正しいかな」

「ルルは一体、何を企んでるんだ? 本当に魔王の娘なのか?」

「そもそもお師匠様に弟子はいても子供はいないから」

 突拍子もなく、紡希の口から「師匠」というキーワードが飛び出し、困惑から微かに呼吸が乱れる。

「ちょっと待て。師匠? 師匠ってアリスさんの事だろ?」

「ん」

「え、じゃあ魔王って?」

「お師匠様だよ」

「最初に言おうよっ!!」

「ごめんごめん。でも言っちゃうと、真、嘘つけないでしょ?」

「お前にはつけるけど」

「あ、私も」

「その結果がこれだよっ!!」

「でも、一緒に異世界冒険なんて、こんなにファンタジックな仕事は初めてじゃない?」

「あー、まぁ確かにな」ファンタジックでもファンタスティックでもノスタルジックでも遍くズヴィズダーでもなんでもいいけど。

「薄い本のネタにもなりますね」

「なっても描きませんけどね」

「びびっどれっど?」

「おぺれー、って何を言わせようとしてんだっ!!」

「とりあえず、移動しよっか」

「どこに?」

「あそこ」

 そう言って、紡希はバンヘーゼンの象徴でもある灯台を指差す。変わらずに、雲の彼方へ光を飛ばす灯台。海へ出た船が帰る為の標となる光。バンヘーゼンの灯台は、誰の帰りを待っているのだろうか? 

 どちらからともなく歩き始めると、紡希は極めて自然に俺の手を握ってきた。いつもであれば、俺は空いた残りの手にフリルを贅沢に誂えた日傘を携えている筈だが、あいにくバンヘーゼンは霧深く薄暗い。日傘は必要ないだろう。

 一日目の夜と異なり、街中は奇妙な静寂に包まれていた。昨日、ルルと一緒に宿泊先を探して歩き回っていた際はそこかしこに住人を見かけ、尽く睨まれたものだ。けど今は違う。たった一日で生じた大きな変化に、ふと地元の祭りの前後に似た、でも、趣としては正反対の侘しさを感じた。

 紡希と手を繋いだまま螺旋状の石段を登っていると、ラッセンブルグでも似たような体験をしたなと思い出す。

「お前さ、ラッセンブルグで俺と別行動してたとき、何してたんだ?」

「真って、たまに鋭いよね」

「え、なにが?」

「その答えなら、私が説明しなくても、この先にあるよ」

「……どういう意味だ?」


 螺旋階段を上がりきると同時に光が途切れた。灯台の元へ近付くと、霧深き闇夜に潜む人影に気付いた。紡希が俺の背後に隠れる。再び光が彼方へ伸びる。照らされるようにして浮き彫りとなった影は


「遅かったですね。お待ちしておりました。絵本紡希様。それに、私の初めてを奪っ「誤解招く言い方はやめろっ!!」


 勇者の仲間の内の二人。獣人の武闘家エリィ・ブルーメと老獪の魔術師アジルヒム・コルトレツィスだった。もうエリィとアジーでいいか。


「しかし、私達獣人の耳はですね、契りを結んだ相手にしか触られてはいけない仕来りになっております。ですから、責任を取って頂かないと、その、私、困ります」

「頬、染めんなっ!! 紡希、お前もしがみつくのはいいけど爪立てないで貰っていいですか? もう、この案件は牢屋で済んだじゃないですか」

「お、お主。ラムスプリンガはどうしたのじゃ」

 皺でもみくちゃになっている顔を険しくさせて、声を震わせるアジー。

「アジルヒメよ……すまない」

「アジーでよいわ!! 気色悪いっ!!」

「ラムスプリンガはルルが持ち去ってった」

「ルルとは、アンティクルプで一緒に居た少女の名かの?」

「やはり、ロリコ「しゃべるな」エリィは無表情のまま、大人しく口を噤んだ。アジーも思慮に没しているのか沈黙だ。ぶつり、と会話が途切れ、しばらく誰も口を開こうとはしなかった。

「どうして、あの二人が……」俺は小声で、後ろに隠れている紡希へ尋ねた。

「アジーの方は私も知らないけど、エリィはね、真が上半身裸になって幼女を路地裏に連れ込んでる間に私が話をつけていたのです」

「語弊あるよね」

「私とは遊びだったんですね」聞こえてないと思ったら、突然、会話に交ざってくるエリィ。

「はい」あっちは相も変わらず無表情なので、こちらも真顔で応じてやる。

「それで、紡希さん。私との約束は覚えていますか?」

「反故にはしないよって伝えて、真」自分で言えよ。

「反故にはしない。だそうです」

「そうですか。では約束通り、私とアジー様でトロイメライまでの護衛を承ります。その見返りとして……」

 エリィは幾拍かの間を置いて、毅然と告げた。

「━━私を貴方達の世界に連れて行ってください」ヤダーナニイッテンノコノヒトー。

「エリィよ。お主、どういうつもりじゃ!?」アジーも狼狽した様子で、上擦った声を上げている。

「紡希様が……その時はインコのお姿でしたが。私の元へ現れたのは、古書を奪われる前の話でした。彼女は、この世界の結末を私に教えてくれました。それが」エリィの言葉を繋いで、紡希が俺の肩越しに手を伸ばしてきた。その手に握られていたのは

「じゃーん。ぷれいすてーしょんぽーたぶるー」言い方が猫型ロボットのあれだった。

「どうやって持ち込んだんだよ。いや、それよりも、いま、どこから出したの!?」お馴染の起動音に続いて、どこか聞き覚えのある音楽が鳴り始める。てってててー、ててて、てーてててーてー、てててーてて、てーてーてー「ってこれモンハンじゃねーか!!」

「あ、間違った。こっちでした。じゃーん、すりーでぃーえーす」

「な、なんじゃこれは。水晶玉よりも遙かにくっきりと、色彩豊かに、しかも飛び出す映像……じゃと」煽り文句みたいになってる。

「アジーさん、そんな落ち込まないでください。これ、俺達の世界のゲーム機器ってやつで、子供でも扱えるんですから。アジーさんだってすぐに使えるようになりますよ」

「こ、ここ……子供でもこの境地に達すると!? あー、わし、欝じゃ、雲海に飛び降りて死のう」超早口。

「失言でした!! ほんとすいません!!」

 エリィとアジーがムービーに夢中になってる間に、後ろの紡希が囁いてくる。

「トロイメライのデータを移しておいたの」

「そんなことできんの?」

「魔術で」チートですね。

「つまり、ムービー鑑賞させて、それで信じさせたのか」

「うん」

「で、この灯台の下で待ち合せ?」

「暗いところで待ち合せ」

「姿は?」

「3DSに自撮り入ってる。あの、手で目を隠すやつ、やってみたかったんだ」

 あっちの二人も小声でなにやら確かめ合っていたが、やがて合意を得られたらしいエリィが代表して口を開いた。

「もし、イクサを犠牲にせず世界を救えるのでしたら、それが最善であることは間違いありません。すぐトロイメライへ向かいましょう」

「結界は?」

「たぶん、私でも解除できると思う」

「でも、どうしてあいつは俺達の世界に? ってか、紡希。それってありなの?」

「本当は異世界人を召喚するのって限りなくブラックに近いグレーだけど、私達、もう真っ黒だしね。それに本人たっての希望だし」

 うーん、後々、協会に罰せられたりしないよね?

「エリィさんはどうして?」

「そちらの世界では、猫耳とメイドは持て囃されると聞きました」

「不純な動機だな!!」

「安心してください。私は一途です。他の誰にもこの耳は触らせません」

 ひこひこ。と猫耳を動かしながらエリィは言う。

「あ、はい」そうですか。

「はぁ、わしの魔術師との生涯は一体なんじゃったんじゃろうか」

「アジーさん。元気出してください」

「パーティー揃ったね」

 と、俺の背中でぼそぼそ告げる紡希。

「欝じゃ……」

 一人、既に戦意喪失してますがな。

「バッドエンドを覆すよ。真」

「まっここまできたら、やるしかないか」

 廃人魔女、獣人メイド、憂鬱魔術師。仲間達の個性の強さに危機感を覚えつつ、俺は灯台に背を向けた。


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