第25話 各々の思惑
「皆は先に部屋へ行っててくれ。俺はオーマを探してくる」
アジーのご都合主義魔術(ただし、オーマは除く)により、勇者一行は無事、浮遊する灯台の元で帰郷の瞬間を待ち焦がれる魔族達の街━━バンヘーゼンへ到着していた。
滞りなく宿泊先の確保に成功(ただし、オーマは除く)した面々。イクサは仲間達へ荷を預け、独り薄暗い街中へ飛び出していた。
オーマはなぜか魔力を全く有していない。本来であれば、生きとし生きるもの万物に多かれ少なかれ魔力は宿る筈なのだが、彼にはその源泉がまるで感じられないのだ。故に、魔力を頼りに居場所を探す方法は選べなかった。
バンヘーゼンは雲海の中に埋もれているせいか、霧深く常に薄闇を纏っている。呼吸の度に喉へ纏わりつく湿気は、人間に害を及ぼす毒素のような気がして、生きた心地がしない。
時折、雲の彼方へ灯台の互光が伸びていた。
「おかしい……」
街中の捜索を始めてすぐに、イクサは違和感を覚える。街の住人が異様に少ないのだ。
前回の旅路にて、別世界のバンヘーゼンに辿り着いたときは、夜間を好む魔族の住人達が日夜問わず多く徘徊していた。
狭い路地を複雑に入り組ませ、迷路のような模様を成すバンヘーゼン。
ここの住人を安易に信用してはいけない。これはイクサが二周目勇者であるからこその教訓じみた警告だ。
彼等は勇者の到着を待ち焦がれている。だが、それは世界を救う希望としてではなく、単にトロイメライへ帰る為の鍵としてだ。
結界さえ消えてしまえば、勇者に媚び諂う必要がなくなる。それがこの街の大多数の住民が共有する勇者に対する認識だった。
中には、結界の原因が先代勇者一行にあるため、積年の恨みを晴らさんと、躍起になって襲いかかってくる連中さえもいた。
前回の旅路では、彼等の豹変を前以って悟れず、シュラーフで激突してしまい、痛い目を見た。
その経緯も加味して、イクサはバンヘーゼンから先を一人で行動するつもりだった。二周目としてアリスの魔力をも秘めしイクサであれば、結界を破る紋章も必要としない。シュラーフでの余計な争いに仲間達を巻き込まずに済む。それに、ラムスプリンガを強奪した子供達の動向も気掛かりだった。
オーマの無事を一目確認できたら、そのままシュラーフへ向かおう。灯台が指し示す光の先へ目を細め、決意を再認識するイクサ。そのとき、不意に、彼の鼓膜が禍々しき咆哮を拾った。距離は然程離れていない。方角は……。
「シュラーフか」
合流できていないオーマの身が心配ではある。が、彼の頑丈さに無類の信頼を寄せるイクサは、酷なようだが、オーマの捜索に早々と見切りをつけ、行き先を灯台が示す光の先へ定めた。
一方、老獪の魔術師ことアジルヒム・コルトレツィスと、獣人の武闘家ことエリィ・ブルーメの二人は、それぞれ隣り合わせ、男女別に確保できた部屋に荷物を置き終わり、鍵を掛けている最中であった。
「そういえば、エリィよ。お主気付いておったか?」古く、劣化の目立つ錠の穴は固く、施錠に悪戦苦闘しているアジー。遅れて隣りの部屋から姿を現したエリィに気付くと、アジーは真っ先に口を開いた。
「気付いていたか。とは?」アジーを横目に見据えつつ、手早く施錠を終えたエリィは、錆びついた鍵を手に遊ばせつつ、聞き返す。
「イクサと……ラムスプリンガを盗んだ少年の事じゃよ」
「あぁ、はい。もちろん、気付いてますよ」
「あの二人、よく似ておったな」
勇者の前で触れるべきか判断つかず、己の内に止めていた疑念をアジーもまた同じく抱いていたのだと知り、エリィは安堵からか、小さく嘆息した。
「そうですね……面相も然ることながら、もっと根本的に似ていると感じました。それこそ、血の繋がりを明らかにされても信じてしまいそうな程に」
「じゃなぁ、でなければ、わしも易々とラムスプリンガまで案内などしなかったんじゃが」
「あの少年は何者なのでしょうか?」」
「そもそもな……イクフェスには子供が、二人おったんじゃ」
先程の、エリィが冗談のつもりで口走った「血の繋がり」の部分を肯定するような会話の広げ方をみせるアジー。エリィにとって初耳となる話だ。
「二人ですか?」
「……じゃが、それは関係ない。その末裔をわしは両方知っておるからな。だからこそ不可解なのじゃ。これはもしかすると……イクフェスではなく、母親の方に因果があるのかもしれん」
「母親?」
「うむ、信じられぬかもしれぬが、イクフェスが見惚れた相手はな、この世界とは違う━━異世界人だったんじゃ」
「異世界人……ですか」
「与太話に聞こえるじゃろ?」
「いえ、少々驚きましたが、信じるに値する話です」
「ふむ、心当たりでもあったかの?」
「そうですね。ときにアジー様。私、実はある異世界人と取引しておりまして、これから合流する手筈になっております。よろしければアジー様もご一緒いかがですか?」
「お主……なにを?」そして、アジーはやっと気付き、続け様に問う。
「エリィよ。ウルはどうしたのじゃ?」
「彼女でしたら、イクサを追いかけていきました。追うべきか迷いましたが、私にも先約がありましたので……こちらを優先させていただきました」
無表情に、滔々と語るエリィ。彼女の猫耳だけがひこひこと「動」を表現していた。
「アジー様。今一度お尋ねいたします。私と手を組んで頂けませんか?」
他の仲間達の動向が気掛かりとなり、アジーは返答に窮する。
不気味な沈黙が二人を包みこんでいた。
神託の聖少女ウルメ・メイヒェンは懸命に走っていた。硬い岩盤を蹴って、大きく息を吸って、吐いて、また一歩、前へ踏み込む。ルーテン教団の正装でもある純白の衣が必要以上の風を引きずり、彼女へ鈍く重く付き纏う。
「……きゅぅ!!」
爪先を小さな窪みに引っ掛けて、前のめりに転ぶウル。頬をじわじわと熱のこもった痛みが襲う。いつも手を差し伸べてくれる勇者の姿が、今は近くにない。
「また、わたし達を頼らずに……一人で行くつもりなのですか? イクサっ!!」
か細く、けれど自身が絞り出せる精一杯の声に喉を震わせて、ウルは彼の名を呼んでいた。
シュラーフへ通ずる細い細い崖道。その先を少し進めば、結界と対面できる。崖道を正面に捉えたイクサが、その場で目にしたものは
「遅かったね」
死屍累々と築かれたバンヘーゼンの住人達の小山。その一角に尻を敷いて、優雅に微笑んでいたのは
「オーマ。これはどういうことだ?」
漆黒の衣装に身を包み、黒金の双剣を抜き身で持つ、オーマはいつもと変わらない甘い声で答える。
「安心してよ。みんな峰打ちだからさ」
「襲われたのか?」
「まぁ、そうなるね……そうだ、先に謝っておくよ。さっきね、ラムスプリンガを見つけたんだけど、逃げられちゃった」
「どちらにしろ結界はウルにしか破れない。問題はないだろ」
「どうかな? それにイクサ、君だって、破るつもりだったんだろ?」
「……」
秘めたる決意を見透かされたイクサは咄嗟に何も言い返せない。
「ねぇイクサ。僕はどうして、あんなにも人外に嫌われていると思う?」
「さぁな」
「みんな、僕に失望しているんだよ。かつての魔王が、魔力を失い、威厳を失い、誇りすらも捨ててしまった。そんな王に対して本能的に怒りが込み上がるんだろうね。でも、おかげさまで僕も随分と剣技に磨きがかかった。だから感謝もしている」
「魔王……お前がか?」
「魔王ゼロ。100年前まで僕はそう名乗っていた。君の先祖、イクフェスとも面識があるよ。人間の雄の外見は見分けづらいけど、気配はよく似ていると思うな」
言って、オーマは爽やかな笑みを浮かべた。イクサの瞳に映る彼は、人間と大差なく見える。それこそ、現在、魔王として封印されている彼女と同じだ。
前回の旅路で、オーマが過去を打ち明ける場面は存在しなかった。彼は、イクサが神の光の犠牲になる瞬間まで、オーマ・ローゼのままであったのだ。
しかし、今回は違う。オーマは魔王を名乗った。その先に待ち構えているのは
「勇者。君に問いたい……ラムスプリンガを持たない君に、世界を救えるのかい?」
「救ってみせる」
「神の光を知らないから、君はそんなことが言えるんだ」
「違う。俺は知ってる」
「それなら、ラムスプリンガの概念魔術《停止》を持たなければ、神の光を止める術もないことは理解してる?」
「あぁ、ラムスプリンガも奪還してみせるさ」
「口だけなら何とでも言えるよ。ねぇ、勇者。もう一度だけ僕に証明してみせてくれないか? 君が、一体どこまでのものを救えるのか? もし、君が期待外れだった場合、僕がラムスプリンガを手に入れて、この世界を繋ぎ止めるよ」
オーマは座っていた位置から颯爽と飛び降りて、長短二対の刀剣をふわりと宙に躍らせた。黒金の刀身が虚空に幾重もの軌跡を描く。
「もう僕に魔王なんて名乗る資格はないけど、それでも、助けたい女の子がいて、負けられない相手がいる。勇者、剣を抜くんだ。イエナバッハの時とは違い魔術も使っていい。だから、本気できてくれ……イクサ・イシュノルア」
「お前の言う通り、今の俺にラムスプリンガはない。だが、代わりに引き継いだ意思がある。果たさなければならない約束がある。だから、俺はもう二度と負けられないんだ。それがたとえ、魔王が相手だとしても……いくぞ、オーマっ!!」
シュラーフを目前に控え、今一度、二人の剣戟が交わる。
世界を救いたい勇者と、世界を救いたい魔王の、互いにとって引けない想いが、激しくぶつかり合う。
「言っておくけど、今回はぶたれたくなっても、わざと負けてあげたりはしないからね?」
「……雰囲気ぶち壊すな」




