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廃人魔女はバッドエンドが許せない  作者: えんじゅ
第三章 ラブの波動に目覚めるのは誰か
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第23話 バッドエンド『アリシス・フォン・ハーメルンの場合』

 協会での通り名は《煉瓦(れんが)の魔女》━━アリシス・フォン・ハーメルンことアリスが《心中愛(ダブル・スーサイド)》の行方を追っているのは、協会の依頼とは別の、ある信念に起因していた。


 つまり、アリスの独断先行を受けて『協会』が、彼女に《心中愛》の一件を委ねたと言ってしまった方が概ね正しい。

 そもそも《心中愛》とは魔術の系統を意味する『協会』独自の隠語であり、先天性白皮症(アルビノ)の少女個人を指して《心中愛》と呼び始めたのはアリスだ。

 周囲を自殺へ促す。それ自体は現象としての《心中愛》である。アリス曰く、塵みたいな罪悪感でも引き延ばして自殺願望へ精錬するのが、生まれ持った少女の特異性だった。 

 過去、少女はその特異性を自らに向け、結果、彼女が失ったのは命ではなく、個体を保つ為に必要な輪郭線だった。紐のように緩んだ個性を他人へ結びつける。要は彼女の内面、外見を他者へ編み込むのだ。また、自分自身の輪郭線を紐解く先に━━融解とも分裂とも呼ぶべき現象を可能としていた。

 複雑怪奇な変質を得て、彼女はより一層強く求める。それは自殺に失敗した彼女を死なせてくれる、もう一人の《心中愛》。鏡像の如き心中の片割れをだ。

 アリスは少女の失敗から、根底に芽生えたのが心中願望であると悟り、その行為を阻止しようと足跡を追っていた。元はただの自殺願望だったのだろうが、どこで歪んだのか、今の少女は一緒に死んでくれる片割れを求めている。それも誰でもいいという訳でもないらしい。少女が愛情に近いなにかしらの感情を抱ける相手。愛の心中━━を悲願とする少女。故に《心中愛》。

 絵本紡希をその過去から不幸を許さない魔女とするなら、アリスは自殺を認めない魔女だった。かつて一度だけ、人を愛し、日向に逃れようと試みた彼女を再び日蔭へ押し戻した、最初で最後となる……少なくともアリス自身はもう二度と、誰かを愛さないと心に誓っている、一度きりの大切な人との死別が、彼女の行動原理に強く影響を及ぼしているのだ。

 過程で生じる失敗……接触の果てに数多の自殺を築いてきた少女は、ある日、追手(アリス)の存在を悟り、魔術の猛威を振るう事を躊躇わない『戒牢』と協力関係を結ぶ。『戒牢』は少女の自殺強要を依頼処理に利用し、少女は自殺の痕跡の消滅方法を『戒牢』より受け取っていた。それが言葉の鳥━━バード・オブ・ランゲージと呼ばれる、存在の書き換えである。

 言葉の鳥の誕生は、とあるオンライゲームを媒体とした箱庭計画なるものに由来するのだが、それはここで必要以上に語るべきことではないだろう。

 人間という一個体を独自のプログラム言語にまで分解し、改めて電子空間へ取り込む。ルミエルド・ワイズ・エンドが現代魔術、或いは科学魔術と称した『戒牢』が成就させし禁忌の術だ。 

 恐るべきは対象に資質を問わない事と、発動を機械に一任できる二点にある。世界を跨ぐ魔術を会得せし魔術師は珍しくないが、無差別、無作為に発動できる水準となると、アリスが知る限り三人しか存在しない。それも消息不明の人物を数えての数である。

 

 あの日。弟子二号として『戒牢』の魔術師、檜森(ひもり)修佐(しゅうさ)を強引に従えたアリスは、一方で遠野真と絵本紡希に拒絶された《心中愛》の足取りを追っていた。

 しかし、二人に否定された《心中愛》は、その出来事を境に忽然と姿を消してしまう。アリスには《心中愛》の痕跡を辿れる自信があったのだが、足取りを一向に掴めぬまま、無常な時だけが過ぎていった。修佐がネットカフェで阿鼻叫喚したのも、その過程に起きた出来事だ。

 ようやく《心中愛》の行方を檜森修佐が発見したとき、既に街中は残雪に覆われていた。《心中愛》は、開発中であり完成間近でもあった、とあるゲームの内部に潜伏していた。

 つまり、過去、隠語としての《心中愛》なる魔術を自身へ向けたように、言葉の鳥をもまた自らへ向けていたのだ。

 ゲームの名前は『トロイメライ』。開発元は、規模としては中小に分類される企業で、発売日の延期を繰り返しているようだった。隠蔽しているのか、表沙汰にはされていなかったが、理由は、関係者の相次ぐ自殺によるらしく、元凶は明らかに思われた。

 それでも、開発が完全に停滞することはなく、一ヶ月後の春には発売の見通しが立っている状況だった。

 アリスは否が応でも、一つの懸念を抱かざる得ない。それは、ゲームを通じての無差別心中……『トロイメライ』を遊んだ人間を尽く自殺させる魂胆なのではないか?

 もし、そんなことを許してしまえば、とてもじゃないが世間に隠し通すのは不可能だ。この国にかつてない……安藤誠一の件を上回る騒乱が起きる。

 なんとしてでも阻止しなければ。アリスはまず協会へ助力要請を申し出た。が、そもそも日本に滞在していて、手早く連絡がつきそうな魔術師となると、アリスと絵本紡希を省いて、二人しか残らなかった。

 《渦潮(うずしお)の魔女》の通り名で知られる女性は、元協会の魔術師《同調の魔女》こと鯏茶(あさりだ)万里(まり)と対決している最中だ。

 残る《気狂(きぐるみ)の魔術師》は人格の問題で論外だった。一応は連絡を取ってみたが「バッカジャネーノカヨー」と鼓膜が破れそうなほど不愉快に高い声で罵られて、通話を切られてしまった。ご当地マスコットの座を牛耳るので忙しいとか呟いていたが、たぶん気のせいだろうと、アリスは無理矢理、彼との会話を一字一句、記憶から抹消した。


 発売日までの一ヶ月間。それがアリス達に保障されている期限。

 焦りも含めて《心中愛》の追跡同様、結局は独自先行へはしるアリスと、その背中を追う羽目になる修佐。

 二人は異世界に降り立つと、不必要な接触を避けつつ《心中愛》を探った。

 事象改変へ至る前の『トロイメライ』には、勇者と魔王が揃って存在していた。弟子一号の影響でゲームに慣れ親しんでいたアリスにとって、それはお決まりの展開でもある。

 勇者イクフェスと魔王ゼロ。両者は刃を交える宿命を背負っているようだった。それは創造された設定に基づいてのものか、もしくは、大切な誰かを守る為だったのかもしれない。 

 両者の隣には、それぞれ異なる異世界人が立っていた。アリス達より何ヶ月も先にこの世界へ辿りついていた筈の異世界人は、されど時流の差を感じさせない佇まいをみせていた。

 アリスは即座に察した。二人の異世界人は、勇者と魔王の対図に寄り添って、何周回も『トロイメライ』を繰り返しているのだ。正確には魔王側に立つ《心中愛》が、分裂させておいた世界……いわば鏡像を渡り歩いていたのである。

 周回を自覚していない勇者側の女性は、その度《心中愛》に巻き込まれていた。どんな意図で《心中愛》が世界を繰り返していたのかは不明だが、まるでデバック作業のようだとアリスは思った。

 《心中愛》と対峙する為にアリスと修佐が、シスとシューサとして勇者一行に加わったのは、半ば必然であり、しかし、《心中愛》が待ち望んでいた不具合(バグ)はアリス達ではなかったようだった。


 そして、トロイメライなる孤島の中心で、彼等は決着の時を迎えていた。


「あの二人が、愛の待ち人かな?」

 漆黒に全身を包む魔王ゼロが、アリスと修佐を見比べつつ、隣に立つ《心中愛》へ問い掛ける。

「違う」

 眼前に立ちはだかる勇者一行を睨み、彼女は端的に答えた。

「探したぞ━━《心中愛》」

「どうして? いつもいつも私の邪魔をするの?」

「邪魔してるつもりはないんだがな、結果的にそうなっちまってるだけだ……今回だって、話し合いで解決するなら、私はそれを望むさ」

「だったら、今すぐ元の世界に帰って」

「それは、お前の目論見を聞いてからでも遅くないだろ」

「私はただ、あの二人を待ってるだけ。だって、この世界に、真の探す人が居たから」

「紡希からは、お前が死なせたと聞いていたが」

「うん。そのつもりだった。でも、気付いたら言葉の鳥を唱えてた……自分でもよくわからない。たぶん、人質」

「そういうことか。私が何度救おうと試みても無駄だった……お前を救えるのは、遠野真だったんだな。平凡そうにみえたけど、やっぱり、あいつが《無軌道因縁(インディシプリン)》なのか」

「そんなんじゃない。だって、真は、あっちを選んだし、私は……」 

「もういい。その吐露は、私じゃなくて、あの二人の前で吐くべきだ。だから、黙って私についてこい。なに、そろそろ壬の所にも顔を出そうと思っていたところだ。一緒にあの街へ行こう。どうやら魔王とやらもあまり悪役に見えないしな、この世界のことは、この世界の人間に任せればいい。そうだろ、イクフェス?」

「あぁ、魔王との決着は俺がつける……シス、お前から学んだ通り、話し合いでだ」

「僕は《心中愛(このこ)》の願いが叶うなら、それいいんだ。世界になんて興味はないし、愛の待ち人が僕達を目指すように魔物達を野放しにしていただけだから……人間達が望むなら、統制も図ろう」

「一方があまり下手に出ると、均衡も崩れる。案配はよく相談して決めろよ」

「あぁ」「そうだね」

 和解の意を示す勇者と魔王。しかし、その雰囲気をばっさりと斬り捨てるように、それまで沈黙を貫いていた青年が、不意に口を開いた。


━━そんな結末が許されると……本気で、思っているんですか?


 そして、彼は、一秒にも満たない詠唱を経て、右手に顕現された紅蓮纏う灼熱の剣で、師の背中を突き刺した。


「修佐……おまえっ」躊躇いなく、心の臓を一突きにされたアリスが、焼き千切れる痛みに表情を歪める。

「お師匠様。それはさすがに人が善すぎますよ。駄目ですよ、なんでもかんでも信じてしまっては。貴女がそれだと、僕がやらなきゃいけないじゃないですか。たとえ《心中愛》の言葉に嘘偽りがないとしても、僕は一抹の不安も残してはおけません。それだって協会の方針ですよね? それに、迷惑なんですよ……《心中愛》。もし僕達の世界で無差別な心中が起きてしまえば、戒牢が必ず動き出します。そのとき、彼等が探すのは誰ですか? いの一番に狙われるのは僕かもしれない。だから、不安は消し去らないと……裏切り者の末路なんて大体が凄惨なものですから。だからこそ僕は徹底して不安を消し去りたいんですよ。お師匠様……僕は間違ってますか?」 

「シューサ!! シスから離れろっ!!」アリスの傷口を、ラムスプリンガの《停止》で止めようと、剣を抜くイクフェス。しかし、その直後、彼の動きがぴたりと止まる。

「っと、勇者様は黙って見ていてくださいね」

「くっ、これは……お前から貰った指輪か!?」

 四肢が凍り付いたように硬直していた。その拘束の発現器らしき翡翠の指輪を……シューサから友情の証しだと手渡された指輪を忌々しげに睨むイクフェス。

「念の為仕込んでおいて正解でしたね。ふふっ、これで、心おきなく魔王を討伐できます」

「やめて、ゼロはなにも悪くない」

「魔王は倒されるべきでしょう? 僕はネットカフェでそう習いましたよ」

 ゼロを庇うように立ち塞がる《心中愛》。

「安心してください。魔王の手下も決して生きては帰しませんから」

「ゼロ、逃げてっ」

 修佐が冷笑を浮かべながら、掌を(かざ)す。ゼロと《心中愛》目掛けて禍々しき業炎の魔術が放たれる。そして……。


「お師匠様。あなたは口癖のように言ってましたよね? 疑うより、信じて裏切られる方がましだって。どうですか? 裏切られた気分は?」


「ふん、悪くない……悔いもない」

「さすがですね。それでこそアリスさんだ」

「おい、私をその名で呼ぶんじゃねーよ。それにな、これで終わりはしないさ。私にはバッドエンドをなによりも許さない弟子がいるからな。きっとあいつが、こんな結末、覆してくれるぜ」

「心中愛ならぬ師弟愛ですか。ふふっ、絵本紡希がもし障害となるのなら、僕が必ず始末して差し上げます。さぁ《心中愛》。貴女はこの世界と心中しましょうね」

 先程、修佐が放った魔術は、《心中愛》を庇うように軌道上へ立ち塞がったゼロが身を(てい)して受け止めていた。

「そんなっ、ゼロっ」じりじりと、炎に包まれたゼロの元へ歩み寄る《心中愛》、対して、ゼロは力の限り叫ぶ。

「くるなっ!! 大丈夫さ、これぐらい、僕にとってはプレイの一環でしかない」

 強がるゼロ。しかし、彼の両膝はあっけなく折れ曲がり、ついには地に伏してしまう。

「何をしたの?」問う《心中愛》を鼻で笑う修佐。

「いやだなぁ、魔術師の扱う炎が、ただの炎なわけないじゃないですか。それに、主役(あなた)が受ける魔術は、もっと素敵ですよ」

「やめろ、修佐」

 その制止も虚しく、修佐が指をぱちん。と鳴らした瞬間。《心中愛》の輪郭線が霞み出した。

「さすがお師匠様。中々しぶといですね。ですが、僕も巻き添えは御免被りたいので、一足先に元の世界へ帰らせて頂きます。アリシス・フォン・ハーメルン。約束通り、その背中を突き刺すまでの日々はとても刺激的でした。……では、御機嫌よう」

 唯一人、元の世界への帰還を喜ぶように、両腕を広げて、淡い蒼光を灯す言葉の鳥達に身を包んでいく修佐。一方で《心中愛》は人としての形を失い、巨大な光柱となって、天高く伸びていく。


 世界を跨ぐ心中から、世界そのものを滅ぼす心中へ。微妙に性質を変えられた《心中愛》が神の光となって、円環大陸の空を覆い始める。

「くそったれが。……間に合えよ」修佐が世界を跨いだ時点で、蝕む炎の勢いが弱まったアリスが、天穿つ神の光に向かって歩を進め出す。

「シス!! どうするつもりだ!?」同様に硬直が解けたイクフェスが、彼女の傍へ駆け寄る。

「私が、《停止》を持ってして、この光を己が内に封じる。人柱ってやつだな。たぶん、この世界との時流の差を考慮すれば、私の魔力で数百年単位……500年は持つ筈だ」

「なら、俺を使え」

「イクフェス、お前は生き残れ。帰りを待っている女もいるだろ? そして、希望を先へ繋げろ……その為にも、その剣で私を刺せ」

「できないっ!!」

「時間がないんだ。わかるだろ? 世界と私一人……比べるまでもない。お前が勇者なら、なにがあっても世界を救え」

「……っ」

 神の光に満たされたトロイメライに、勇者の慟哭が響き渡った。



 世界を救った帰路、シュラーフを抜けた先で、アジーとの合流を目前に控えたイクフェスは、魔力を失ったゼロと行動を別った。その後、ゼロは、イクフェスが言い残す伝承と差異が生じぬよう、魔王の名を棄て、消息を絶った。


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