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廃人魔女はバッドエンドが許せない  作者: えんじゅ
第三章 ラブの波動に目覚めるのは誰か
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第22話 バッドエンド『イクサ・イシュノルアの場合』

 かつて、イクサ・イシュノルアが聖遺剣とされるラムスプリンガを手に取った時。突如として、彼の脳裏に未知なる光景が渦巻いた。


 それは彼の知り及ばない。いや、この円環大陸を隅々まで探索しても決して辿り着けないであろう、まるで非現実的な夢想家が酒の席で語らう理想の延長線上に位置するような、実際に目にしなければ想像もできないような、自分の知る世界とは、あまりにもかけ離れた光景だった。

 ガラス窓の嵌めこまれた薄い角形の造形物に映り込むは、その窓の奥に広がる筈の物理的な景色ではなく、俯瞰するように流れていく自分と仲間達の姿。

 見られている。でも、どこから、どうやって。悟れない視線。その不気味さから戦慄が生じ、意を決し天を見上げてみても、視界に捉えられるものは、どこまでも突き抜けた蒼い空だけ。彼の存知外に潜む魔術の類なのだろうかと疑うが、証拠は何一つ掴めなかった。

 自分達の動向を食い入るように見つめているのは、見慣れない衣服に身を包む人間達だ。

 その光景は不揃いな間隔で途切れては移ろい、その度に自分達を観測する人間も違っていたが、共通して言えたのは、彼等は一様に、小さな何かを握りしめていた。

 割合としては漆黒の模様を呈していたものが圧倒的に多かったが、稀に白雪だったり、薔薇のように鮮やかな色合いのものも見受けられた。

 形状としては、ちょうど手の平におさまるぐらいの突起が左右に並んでおり、イクサが時々、狩猟で扱うブーメランにも似ていて、投擲に適していそうな形状だ。

 事実、流れゆく光景の中には、握りしめていたそれを、ブーメランの如く投げ飛ばす青年の姿もあった。しかしながら、その威力を推し量るに、子牛一頭のすことも難しそうだ。たぶん、重量が足りないのだろう。青年は、窓に映る自分達に対して「このゲーム、つまんねぇよ」と吐き捨てていたが、その言葉の意図するところは、イクサには到底、分かりそうもなかった。

 彼等は皆、それを馬車の手綱のように握っては、投擲するでもなく、頻りに指先を動かしていた。

 どうやら映り移ろう自分や仲間達は、その都度、時間軸が異なっているようでもあった。この現象を体験しているイクサとは、更に別の……イクサ一行が俯瞰されているのだ。ともすると、それは時間軸に留まらず、世界そのものが違うのかも知れない。それほどの違和感を、イクサは確かに受けていた。

 そして、彼は垣間見てしまう。本来、知られざるべき結末。魔王と伝承されるものの正体。神の光として語り継がれてきた極大魔術の真実。

 未来や過去。或いは異なる世界の認識。その現象に思い当たる節があった。

 神託(オラクル)である。

 ウルメ・メイヒェンが生まれ持って備えていた神聖魔術は、もしかすると、イクサが体感している俯瞰と似た性質なのではないか?

 彼は、一度だけ、その疑問を可能な限りの遠回りを隔てて、ウル本人へ尋ねてしまう。結果、シュラーフ突入前夜、イクサの機微を見抜いたらしきウルにより、イクサは真っ向から問い詰められてしまうのである。


 バンヘーゼンの住人は、殆どが魔の血を引いている。純粋なる人とも、亜人族とも、明確に線を引かれ、区別される魔族の住人達は、その外見と同様に、千姿万態(せんしばんたい)の生活リズムを刻んでいる。故にイクサとウルが、他の仲間達が寝静まった頃合いを見計らって宿泊先を抜け出した所で、バンヘーゼンでは、月明かりに照らされて浮かびあがる影が至る所に散見できた。


「皆さん、夜更かしです」

 幾度となくすれ違う街人をちらちらと見やりながら、ウルが素朴な感想をもらしている。

「俺の傍から離れるなよ」

「は、はい」

 バンヘーゼンに住み着く魔族は、人間に対して比較的友好な部類なのだとアジーは話していたが、その根底にあるのが打算だと、同時にイクサは見抜いていた。彼等の多くは元々、円環大陸の中央に浮遊する孤島━━トロイメライに暮らしていた……トロイメライに親族が待っている身だ。

 魔王復活の神託が、バンヘーゼンの住人に齎すもの。それはシュラーフへ通ずる結界の解除である。ここの住人にとって最も大切なこと……悲願となるものは、勇者による魔王討伐などではなく、その過程で起きる結界の解除により可能となる帰郷なのだ。


 浮殻灯台と称されるバンヘーゼン。その中心部に築かれた塔の頂まで登り詰めると、そこでは不規則な灯質が宵闇の彼方まで突き抜けていく絶景が望めた。

 バンヘーゼンの住人達は、故郷へ募る想いを、この光に込めているのかもしれない。

 イクサはウルと並び立って、しばらくの間、ぼんやりと灯台の光を眺めていた。やがて、先に口を開いたのは、ウルの方であった。

「勇者様。何を、みたのですか?」

 言葉足らずな投げかけ。イクサが、この問いに対して、どう答えを返せば、うまくやり過ごせるかを思索し、押し黙ったままでいると、ウルが続けて言葉を重ねてくる。

「ラムスプリンガを手に取ってからの勇者様は、なんだかおかしいのです」

「……そんなことはない筈だ」

 こちらの応対を受けて、ウルは寂しそうに、僅かに目を伏せてしまう。

「一緒に旅をしている筈なのに、勇者様だけが、とても遠くて、わたし達とは違う場所に立っているみたいなのです」

「ウルも。オーマも、エリィもアジーも。皆、大切な仲間だ」

「そういう意味じゃないのです。わたしは、その、勇者様が、一人で気負っているように、みえるのです」

「……」

「勇者様。わたし達は、本当に頼りにされていますか?」

 その一言は、ウルの力強い意思を象徴するかの如く、はきはきとした語勢を成していた。

「魔王を……」

 イクサはラムスプリンガが垣間見せた光景を思い出す。

 トロイメライに眠る魔王の姿。

 それは、自分達と何も変わらない人たる容貌で、一切の抵抗もみせずに、イクサによる封印を望むかのような安らかな笑みをたたえている女性だった。

 まだ、真実を知る由も無かった頃の青臭い葛藤。それでも、この時のイクサは、

「魔王を救いたいんだ」

 切なる願いだった。

 イクサの吐露を聞き終えたウルが、無言で、そっと手を握ってくる。

「俺は間違っているのだろうか?」

 ウルの身体がこちらへ寄り添ってくる。イクサは鼓動が乱れるのを自覚しながら、彼女の体重を優しく受け止めた。

「間違ってなんかないですよ」

 独りでやり遂げる覚悟だった。仲間達を巻き添えにだけはしまいと心に誓っていた。それなのに……揺らいでしまう。

「ウル。こんなことを言うと怒るかもしれないが、俺の決意はまだ、皆には内緒にしておいてくれないか? 時が来たら、必ず自分で話すと約束する」

「……わかりました。勇者様を、いえ、イクサを信じるです。大丈夫です。わたし達の力を合わせれば、きっと魔王も救えます」

「そうだな」

「だから一人で無茶をしないと約束してください。イクサ、必ず皆で帰ろうです」

「あぁ……約束する」


━━だが、その約束は守られなかった。




「勇者よ……」


 後悔はなかった。

 神の光の向こう側で魔王が安らかな笑みをたたえている。

 魔王を救えると信じていた。しかし、立ち塞がった障害は、想像以上に巨大で、彼の力では到底覆そうもなかった。だからこそ、やはり仲間達を巻き込まない道を選んでしまう。

 裏切られたウルの泣き出してしまいそうな表情が、声が、彼の心を締めつける。それでも、もう戻らないと決めていた。


━━ありがとう。


 神の光の狭間にて、イクサは魔王と最期の一時を迎えていた。

「っと、小芝居もこれぐらいでいいか。画面の向こう側を騙せればそれでいいしな。で、とにかく表面上は、これでめでたしめでたしってわけだ」

「……あんたは」

「私の事は親しみを込めてシスと呼べ。イクフェスもそう呼んでいた」

「かつての勇者の仲間の一人か」

「そうだ。握手してやろうか?」

「いや、いい」

「ふん、つれないところはイクフェスによく似ているな。それよりも、だ。お前、私を助けるつもりで神の光に身を投じたんだろ? けど、残念だが、これはお前ぐらいの魔力じゃ止められない。大人しくラムスプリンガで、再び私ごと神の光を《停止》させておけば、お前まで巻き添えになる理由もなかっただろうに……ある意味で、お前の取った行動は悪手に他ならないぞ」

「神の光とは、この世界を救う光ではなかったんだな」

「そうだ。あれは……言うなれば、ワールド・スーサイド。世界規模の心中ってところだ」

「どう足掻いても、結末は変わらないのか?」

「どんな足掻きでも、結末を変えたいか?」

「変えたい」

「なら、元型世界に旅立て」

「元型世界?」

「ありとあらゆるものには必ず原点がある。トロイメライにも始まりはあるということさ」

「その元型世界とやらを救えば、他の世界も救われるのか?」

「救われるの定義にもよるが、そこんところは私にも皆目見当つかねぇよ。元凶である神の光━━《心中愛(ダブル・スーサイド)》を止めれば、鏡の世界も自然と消滅……いや、元に戻るかなとは思う。だから、根っこを矯正してこい。勇者なら勇者らしく強くてニューゲームにしてやるから。ぎりぎりまでこの世界の私の魔力を譲渡してやるし、二周目も自覚できる。それぐらいのチート性能を有しておけば、ラムスプリンガも足して、神の光をも超えられるだろ」

「世界規模の心中か」

「補足しておくと、世界を跨ぐ心中とも言えるがな」

「わかった。元型世界に行こう」

「ただし、なんでもご都合主義にとはいかないぞ。お前が世界を跨ぐということは、その先に本来在るべきイクサ・イシュノルアの概念が、同時に消滅するということだ」

「わかりにくいな」

「元型世界で神の光を消せた場合。さっきも言ったが、《心中愛》の特性上、鏡の世界。即ち派生形であるこの世界他もろもろ消滅する可能性が高い。つまり、鏡像であるお前の末路も同様だ」

「……そういうことか」

「いいのか?」

「構わない」

「まぁ、あくまで可能性の内の一つだ。あぁ、それと、元型世界でも私は見捨てていい。だからよ、難易度を上げるようで悪いが、《心中愛》も救ってやってくれないか? あいつにとっても、この結末は不本意な筈なんだ」

「いや、あんたも救ってみせる」

「そうか、なら期待させて貰うぜ。今度こそハッピーエンドを掴んでこい……イクフェスの末裔。っと、そうだ。今から発動させる《周回》の概念魔術はよ、イクフェスの血に元々仕込んでおいた術式だからな」

「どういう意味だ?」

「ん、なんだ、気付いてなかったのか? なら別にいい」

「含んだ物言いだな」

「気にするな」

「……さいごに、あんたの本名を聞いておいてもいいか?」

「あん? イクフェスの奴、なにも言い残してないのか? よく覚えておけよ。私の名はアリシス・フォン・ハーメルン……この世界とは違う世界で、哲学と魔術を鍋に放り込んでぐつぐつと煮込んだような概念を研究している。しがない魔術師だ」

「あぁ、覚えておくよ」


 過去に戻り、失敗をやり直せる訳ではない。イクサは、この世界を捨てて……別の世界の自分自身を……ひいては、別世界に生きる者達を救う為、世界線を飛び越えるのだ。それでも、彼は「次こそは必ず」と信念をより強固にさせる。


 シスの表現を借りるなら、二周目となり強くなった状態で、イクサは今度こそ全てを救うつもりだった。その果てに己を犠牲にすることになっても━━その決意もまた、変えずに。


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