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廃人魔女はバッドエンドが許せない  作者: えんじゅ
第三章 ラブの波動に目覚めるのは誰か
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第20話 愛と、もうひとりの魔女

 もっとずっと小さかった頃、印象深い夢を見た。夢、なんてもんは数え切れないくらいに見るものだけど、その光景だけは、何年経っても色褪せることなく、俺という一個体を形成するどこかの部品となって、未だに息衝いているようだった。

 父親は、俺が生まれる前から、既に転勤族というやつだったらしい。母は、俺が生まれても変わらずに水商売を続けていた。 

 寂しい。って感情を知るよりも先に、孤独には慣れていた気がする。もう、あんまり覚えてないけど、俺が小学校に入学するまでは、夜に働く母の代わりに、若い女の人が幼かった俺の面倒を見てくれていた。しかも、家に泊まる時は、いつもなにかしらのゲームを持ってきてくれたのだ。幼かった俺の脳内では、彼女はサンタさんより格上だった。

 マリオ、ドンキーコング、ボンバーマン、ドラゴンクエスト……中でも、彼女のお気に入りだったらしい、くにお君シリーズやメタルスラッグなんかは、その後の俺のゲームティティを形作る上で欠かせない礎となっていた。ゲームティティってなんですか? 雰囲気で察してください。

 けど、肝心のその人の容貌はおぼろけで、夢心地のように薄っすらと浮かぶ横顔が、とても優しい笑顔をしていたことしか思い出せない。

 あれ、なんの話をしようとしてたんだっけ? あぁ、あの夢の話だったな。ちょ、愛。対戦の続きはもうちょっと待てよ……お前が聞きたいって言ったんじゃんか。

 でさ、小学校高学年ぐらいになると、自分の家庭環境が他とはちょっと違うというか、周りが話す家での出来事(イベント)なんかが、聞いててすごく眩しかったんだ。俺、一人っ子だったしな。

 父親は何ヶ月に一度くらいは家に帰ってきた。いや、どちらかといえば泊まりに来てたって印象だった。クラスの担任よりも希薄な繋がりしかない父親と対面してもさ、俺はどうしても父さんなんて呼べなかった。どこか他人行儀って言うか、借りてきた猫みたいにだんまりを決め込んでた。両親はお互いに、そんな俺になにか言いたそうで、でも、結局は何も言えず、口を噤んでさ。俺は、幼いながらに、二人の望む子供の態度を想像してもみたけど、やっぱり、それは妄想でしかないなって諦めてた。

 あの夢を見たのは、それぐらいの年頃だったと思う。大好きなゲームの影響なのか、夢の中の俺は勇者で、魔王は父親だったんだ。それで、見事、俺は勇者として父親イコール魔王の討伐を成し遂げて夢から覚めたんだけど、その時、泣いてたんだよ。

 枕も濡れてて、鼻もぐじゅぐじゅで。もう、訳が分からなかった。夢だって気付いても、全然、涙が止まらなくてさ。とにかく、悲しかった。

 その日からずっと考えて、俺はたぶん、父さんを倒したかったわけじゃなくて、きっと、仲直り……いや、仲良くなりたかったのかなって思った。

 当時の俺の中ではさ、勇者が魔王を討伐するのって、ポケモンを捕まえるのにモンスターボールってぐらいお決まりだったんだけど。

 でも、戦うだけが解決じゃないし、むしろ、戦うって手段は、他に試すべき手を試し尽くした上での、最後の最後に選ぶべき方法だったんじゃないかなって、チビの頃から小生意気にも思い耽るわけで。

 後悔が大きいのか、その夢だけは自然に忘れてもいかず、ずっと頭の隅に残ってた。

 すぐ隣、膝を両腕に抱えて座る愛は、コントローラーを握ったまま黙然と、俺の吐露に耳を傾けていた。ごめんなさい、ちょっと脚色しました。この子、ちゃんと聞いてないです。いきなり真の家庭が知りたいとか言い出すから、赤裸々に夢の話なんか始めてみたのに、さっきから対戦に夢中ですよ。畜生、エネルギー弾ぶっぱで一方的に叩きのめしてやる。

 母さんは仕事に向かった。俺が、心中愛との関係をはぐらかすもんだから、ぎりぎりまで駄々をこねていたけど、結局は渋々、不承不承といった面持ちで、玄関から都会の闇へと吸い込まれていった。

 残された心中愛が、俺に何を求めてくるのかと緊張していたのだが、蓋を開けてみればなんてこともない。ただ、一緒に遊びたいとの主張だった。俺は一瞬でも不純な妄想を浮かべてしまった後ろめたさから、ハガー市長に殴って貰いたい気分だった。あ、鉄パイプはなしで。

 愛の操作する太いハチマキがトレードマークの塾生は、俺の操作する王子から、遠距離にて一方的に連続エネルギー弾を浴びせられ続けている。

 アレックスといい、一々、キャラ選択が渋い。

 単に主人公を選んでる可能性も無きにしも非ずだが……うーむ。もしかして筋肉質な男性が好みなのだろうか? さりげなく自分の上腕二頭筋をもみもみして深く嘆息。

「……ま、真は、もう一度、その夢が、う、見たい?」

 すぐ隣でコントローラーをがちゃがちゃと忙しなく躍らせながら、愛が唸りつつ尋ねてきた。

「うーん、もしも、似たような場面に遭遇したら今度こそはって、教訓めいて残ってるってのが正しいかもな」

「もし真が望むなら、私は叶えてあげられるけど」

 あ、もう、そればっかりずるい。と容赦なくエネルギー弾を撃ち込まれ、敗北をきした愛は不貞腐れて頬を膨らませる。っと、先程の返答だが、答えは

「いや、いいよ」のーだ。

「じゃ、じゃあさ、もし、私が……魔王だったら、真はどうする?」質問の意図が読めず、ちょっとだけ首を傾げてしまうが、こういう問いは深く考えずに直感で答えるが吉だろう。

「あー、その時は、お前の得意なゲームで勝負してやるよ」

「勇者と魔王がゲームで対決。それも楽しそう」

「……なぁ、愛」

「あ、名前、呼んでくれた」おっふ。いきなりの不意打ちじゃねーか。心臓が口から飛び出して汚い花火として破裂するかと思った。萌え殺す気か。死因、萌死とか死んでも死にきれない。いや、一片の悔いなしとか叫びつつ昇天できるのだろうか?

「おまえって、なにか悪いこと……してる?」この尋ね方はないな。そう思いつつも、口に出してしまったものは撤回不可。なるようになれです。

 アリスさんが色々話してくれたけど、俺はやっぱり、こいつが人を消すとか、そんな物騒かつ非現実的な犯行を起こしているとは信じたくなかった。実際に目撃していないし、なら確かめるべきであり、もし、愛が《心中愛》だとして、アリスさんの証言通りの悪事に身を染めているとしても、それでも俺はその証左を目の当たりに……眼前に突き付けられる瞬間までは、認めず、他の可能性に縋りつくかもしれない。

 だって、俺の知るこいつはちょっとだけ負けず嫌いで、ちょっとだけ非常識で、ちょっとだけぺたんこで、それ以外にこれといって害のない小動物みたいなやつだ。あと、圧倒的に可愛い。ピクシブで心中愛ってタグがあっても驚かない程度には可愛い。

 容姿面におけるカワイイやカッコイイというステータスの恩恵はとてつもなく大きいと思う。もしゲームセンターで器物を破壊したのが、愛じゃなくて俺だったら出禁確定ですもの。そんな未来しか見えませんもの。

 ぎりぎりまで希望的観測を捨てきれない。さっき心中愛に話した夢の続きを抜きにして、俺は心中愛を信じたい、のだと思う。

 ほら、期待している新作ゲームの評価が、糞ゲー糞ゲーの罵詈雑言に埋め尽くされていても、結局は己の中の期待値に従って購入するときの心境に近い。で、やっぱ面白いじゃんかってなる。 

「あのゲームセンターでね、初めて真を見かけたとき、ちょっとだけ似てるって思った。なんていうんだろ……一人ぼっち? とはちょっと違う。一人善がり? たぶん、そんな感じ。だから、いいかなって思ったの」

 そういえば、今日の心中愛は仮面を付けていない。まるで、もう偽る必要がないのだと示唆しているかのような些細な変化に、今更ながら気付く。

「そっか。で、俺の質問は?」

「もし、どうしても善か悪かで線引きしなきゃいけないとしたら、私は、間違いなく……悪だよ」

「なんで」唇が乾く。アリスさんが《心中愛》は偏った欲求の赴くままに行動すると話していたのが脳裏に蘇る。

 心中愛は……判断を先送りにする俺の心境を見透かそうとしているのか、水晶のように大きくて透明感のある両の瞳を急接近させてきた。

 たじろぐ俺へぐいぐいと迫る小顔。息の止まる沈黙が、じわじわと生気を蝕む。一時中断(ポーズ)画面で時を止められたゲームのBGMも、音量を絞っているのか、耳にまるで残らない。

「ねぇ、真」

「な、なに?」

「どうして━━あの女の匂いがするの?」

「あの女?」

「ずっと私を追ってくる、赤い髪の」

 愛の声の調子は、俺に喋るというより、その女に対して向ける怨嗟のような鋭さを孕んでいた。

 ごくり。と唾をのむ音が異様に大きく脳へ響く。 

 その女の人って、もしかしなくてもアリスさんの事じゃないか? 

 直後、思わず口走りそうになる俺を宥めるかの如く、忽然と甲高い機械音が室内に響き渡った。来訪を告げるチャイムだ。

「母さん……じゃないよな。ちょっと待っててくれ」

 愛をその場に置き去りにして、逃げるように玄関へ向かう。

 

「……きゅ……ん……」扉の向こう側から、微かにそう聞こえた。


 きゅん? なにそのあざとい挨拶。切れ切れに扉の向こうから零れ落ちる言の実。あ、言の実ってのは、俺の好きなアーティスト(にのまえ)(あまね)のミニアルバムに収録されてる曲名で、中学の頃にちょっと気取った感じに呟いていた意味不単語の一つだ。つまり黒歴史の一頁というやつである。

 魚眼レンズ越しに覗いてみても相手の姿が見当たらない。まさか幽霊か? ごめん、そういうの無理なんです。俺、世にも奇妙な番組すら視聴を避けるんで。


「た、きゅー、びん。です」今度は歯切れ悪くも、単語の形として聞き取れた。

 しかし、宅急便? 俺は最近、なにか注文した覚えはないし、母さんがネット販売を利用する場面なんて一度も見掛けた記憶がない。

 なにより、ここまで『快活』とはかけ離れた喋り方をする配達員がいるだろうか? 怪しすぎだろ。


「あ、あのぉ……」ってか、この声。聞くからに幼いよな。


 えぇい、ままよ。ロリコンじゃないけど、俺は声に導かれて扉を押し開ける。ロリコンじゃないけど、眼下にぽつりと物体を発見。ロリコンじゃないけど、期待してたのと違った。

 あったのは某猫の宅急便でお馴染の段ボール箱である。しかし、既にガムテープが剥がされており開封済み、しかも雨に濡れたのか、所々しなしな。そして、心中愛の鏡像の如く、白銀色の光彩を撒き散らす長髪が、箱から盛大に飛び出していた。頭髪がもぞもぞと蠢き、その下に潜んでいるであろう人物が

「こ、こんばんわー。魔女のたっきゅ」ばたん。全力で扉を閉めた。

「あ、ちょ、ひどい。あけてっ」扉の向こう側から抗議の声が上がっているが、俄然、無視。

 そう、この時点では、俺は心中愛の味方のつもりだった。

「開けてくれないと、宅急便が火を吹きますが。よ、よろしいでしょうか?」 たどたどしくて、語調が台詞に追いつけてないような、か弱い印象ばかりが強まる声である。

 ごめん、こういうとき、どんな対応をすればいいのか、わからないの。


 まだ俺に概念魔術を譲渡する前の、まだ、コミュ障の境界線を踏み越える前の、まだ、俺に対して余所余所しかった頃の……まだ隣に引っ越してきて、廃人生活に勤しむ前の。


━━あの魔女は、宅急便でやってきた。



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