第18話 憂鬱な月曜日
「人が消えるってのは、確かに《心中愛》関係の現象だろうな。んー、美味しかったよ」
アリスさんは、夕夏に餌付けされていた。俺達はカウンターから丸テーブルへ席を移動しており、九十九さんも加わって、四人で輪を描くように座っている。
俺視点で説明すれば、右隣りに夕夏で、正面にアリスさん。左は九十九さんだ。結局、アリスさんは、ほとんど自爆に等しい素性の露呈の末に開き直って、なんでも教えてやるよ。と踏ん反り返っていた。
そして夕夏が、さも当然の如く懐から味噌饅頭の包みを取り出す様を、アリスさんは興味深そうにまじまじと見つめていて、その視線に気付いた夕夏が一言。
「食べます?」
「いいのか?」
「まだありますので」
そのフリフリのドレスのどこにそんなたくさんの和菓子を仕込めるんだよ。
「皮も食べれるのか?」
「饅頭ですから。ただし、もっきゅもっきゅと言いながら噛まないと喉に詰まって絶命します」
「夕夏!? おま、真面目な顔してなに言ってんの!?」
「もっきゅもっきゅ」
「いや、アリスさん。信じないでください!!」
「わたふぃは、いとふぉひんびるのふ、んじょうとひぃてうぃふ……もっきゅもっきゅ」
「のみこんでから言ってください。あと、もっきゅはもういいですから!!ってか、なんでそこだけ普通に言えてんだよっ!!」突っ込む身としても、半ばやけくそになっていた。
「私は人を信じるのを信条としている。アリスはそう言っているよ」驚くほど冷静に、アリスさんの言い分を翻訳し、代弁する九十九さん。
「九十九さん。よくわかりますね……」
「いやぁ、すっかり打ち解けてくれたみたいで嬉しいな」
「てれてれ」などと口走る夕夏は、たしかに本調子を取り戻したみたいで、ほっと一安心。ってのが、ついさっきまでの一連の流れである。
「なんですか、そのダブル・スーサイドって」スーサイドは自殺って意味だったよな。だとすると、心中……とかになるのか? なんにせよ酷く物騒な名称だ。
「《心中愛》について説明する前に、まず私達の組織図みたいなものを話す必要があるな。いや、そんなにくどくどした内容でもないんだが、そもそも、便宜上、私達が魔術と呼称するものは━━現時点において、的確な表現を持たない現象の総称でしかない。で、表現できないってのはな、そのまま世に浸透しないとも言える。まぁ、放っておいても精々都市伝説止まりだろうな。よくあるだろ? この国で言えば、鬼とか天狗とか、突き詰めていけば、神隠しとか迷い家とかさ。まぁ、火の無い所に煙は立たぬとも言うしな。そういった発端を私達は魔術として括っている訳だ」
「九十九さんは知ってたんですか?」
「僕の過去にも少しだけ関連があるからね。でも、これからアリスの話を聞けば、君達と僕との間にある差はほとんど埋まる筈だよ」
「それでだ、魔術ってのは、さっき話した通り、世間には認知され難い現象を指す。その在り方を好む連中が居れば、嫌う連中だって居る。魔術を現代から隠し通そうって思想の元に集まったのが『協会』だ。まぁ今は、創設者であるルミエルド・ワイズ・エンドやメロウメロウ・フロウメロウが三年前に消息不明になっちまって、それ以来、内情がごたついてるんだけどな。んで、魔術を世に示さんと欲す危なっかしい奴らの塊りが『戒牢』って呼ばれてる。《心中愛》も『戒牢』との繋がりがほぼ確定的だ。で、私は『協会』に属する手前、《心中愛》の痕跡を追っているんだよ。まぁ、私情も多分に含んでるけどな」
質問あるか? と俺達へ目で訴えかけるアリスさん。誰も口を開かないのを見届けて、彼女は先を続ける。
「ここで、人の消失と《心中愛》との関連性を疑う要因となるのが、真。お前の見た白銀色の髪の少女だ。実際に話を聞くまで、どちらの可能性も疑っていたんだが、どうもずれがある。ってことは、私とお前が見ている景色は、別にあるって事なんだろうな」
「景色?」
「比喩だ。あまり気にするな。そもそも《心中愛》ってのは、他者を精神的、或いは肉体的に掌握し、他界させる現象を意味する『協会』独自の隠語だった。が、今はある人物を示す引用符のような扱いに変わっている。それが━━先天性白皮症の少女だ」
アルビノというものがどういうものなのか? 俺は「一狩り行こうぜ」で有名な、とあるゲームの真っ白いやつを連想していた。高級耳栓必須だったよな。あれを擬人化させると、あんな美少女になるのだろうか? 耳栓も要らなくなるし、万々歳じゃないか。って、これけっこうやばい思考回路じゃないだろうか。金輪際もう考えまい。
「あれが具体的にどういった現象を引き起こしているのか、一概には説明できない。ただ、行動原理は単純だ。主に妬みや僻み、独占欲などの欲求から赴くままに好き勝手している。そんな《心中愛》を戒牢が保護しているとも、援助しているとも噂されていた。さっきも言ったが、私は既に確証を得ている。というよりも、この街で、その尻尾を掴んだ……が、意図的にトカゲの尻尾切りを掴まされてる可能性も否めない。故に、今はまだ単独行動の形を取っていたんだが」
それが結果的に、物事を複雑化させてしまったんだな。とアリスさんは自嘲めいた発言を残す。
「つまり、俺の探してる少女こそが……街から人を消している諸悪の根源ってことですか?」
「諸悪の根源か。言い得て妙だな。まぁ、その認識で概ね間違ってはいない。さて、ここで登場人物を追加しなくちゃならない。私にはな、一人……弟子がいるんだ」
「驚いたよ……まさかアリスが弟子を持つなんて」
「いや、まぁ成り行きっつうか、行き掛かり上、止む得ずっつうか、連れ出しておいて、それじゃさいならってのも後味悪かったしな。なにより、あいつは、後遺症みたいなもんで、魔術らしい魔術の才に目覚めていたからな。『協会』に認められるまでは、面倒見てやってたんだ。で、つい最近、行動を別ったんだが、どうやら、私を……いや、あっちをか。弟子も弟子なりに、追跡していて、この街に辿り着いてしまったみたいなんだ」
「その弟子さんが、どう関わってくるんですか?」とは夕夏の質問。
「これ以上はプライバシーの観点からも、あまり私の口からは言いたくないんだが……んー。どうするか……」
それまでの滔々(とうとう)とした口調も失われ、歯切れ悪く押し黙るアリスさん。彼女はしばらくの間、自己問答を繰り返しているようで、唸っては首を傾げていた。
「まぁいいか。私の弟子は《心中愛》の被害者でな。狙われた理由は、同族嫌悪のようなものだった」
「同族嫌悪?」
「あぁ。あいつも━━先天性白皮症だったらしい。まぁ、おっぱいはぺたんこだけどな」
さっき呟いていた複雑化。とはそういう事か。
「見分け方はあるのかい?」
九十九さんの疑問に対して、アリスさんは僅かに目を細めた。
「私には分かる。が、お前たちには難しいだろうな。元々、似てたんだ……あの二人は」
「俺が探してる少女はどっちだと思いますか?」
《心中愛》か、アリスさんの弟子か。俺の追う白い面影は、善悪、どちら側に立つ少女なのだろうか? 正直な感想、ゲームセンターで一緒に遊んでいた時の少女が、平然と他人を貶めるような魔女だとは、とても思えなかった。
「さぁな。だから、私から言えることはただ一つだけだ。もう忘れろ……この件からは手を引け。お前にできることなんて何もない。これ以上踏み込んでしまえば、戻れなくなる。だから大人しく学生の本分を全うしてろ」
「けど……」どう言い返せばいいのか。咄嗟には言葉が見つからなかった。言い淀む俺を見兼ねてか、アリスさんは更なる窮追に喉を震わせる。
「なにも殊更に極言を吐いているわけじゃないぞ。純粋なる親切心からの警告だ。私達の息衝く世界はな、初めから、名も無き毒に覆われている。善だろうと悪だろうと無関係に蝕む。救いなんてない。そういう世界なんだ。幻想を夢見ているなら目を覚ませ。SFを妄信しているなら空想で補え。不必要に窓を開けるな。壬だって、私との距離を置いているから、こうして暮らせている。なによりも利口な選択だ」
自分の名を引き合いに出された九十九さんは、複雑そうに苦笑いを浮かべていた。
「でも、アリスさんは、そんな世界に一人で……」と、小声で訴える夕夏。その表情には薄っすらと影が生じている。
「言ったろ? 私には『協会』とかいう同類の集いがある。それに、弟子だって居る。……私が言いたいのは、好き好んで境界線を踏み越える必要なんて、どこにもないってことだよ」
今ならまだ戻れる。言葉遣いは辛辣だが、きっとアリスさんなりの優しさなんだと思えた。でも……
「俺はもう関わってしまってますよ。もう戻れるとは思えないし、戻りたいとも思ってません」
「《心中愛》だろうと、私の弟子だろうと、淡い恋心でどうにかできるほど……それこそ改心してみせるとか、そんなどうしようもない青臭い発想から、私に反抗しているようだったら、この場で、お前の記憶を消すぞ」
淡い恋心と断定されるのに、憤りを覚える。いや違うか。これは恋心を否定する感情ではなく、俺の心情を見透かすアリスさんに対しての悔しさから生じるものだ。
「あー思い出した。壬がさっき言ってたが、お前……名前が知りたかったんだろ? 《心中愛》の方はどう名乗るが知らねーけど、私の弟子の方なら特別に教えてやる。絵本紡希だ。読み聞かせる絵本に紡ぐ希望と書いて、絵本紡希。あいつは今、そう名乗ってる。これで満足か?」
こちらに反論する隙も与えず、追い打ちの如く、頭ごなしに言い並べるだけ並べて、席を立つアリスさん。
「アリスさん!! ちょっと待ってください!!」懇願に近い声を上げたのは、俺じゃなくて夕夏だった。
「壬は許すにしてもな……お前らは私の事をアリスと呼ぶんじゃねーよ。恥ずかしいだろうが」
「あ、ご、ごめんなさい」調子を狂わされた夕夏が反射的に頭を下げる。
「ふん。もしまた会う事があれば、その時は親しみを込めてシスと呼べ……じゃあな」
吐き捨てるように言い残し、沈黙している俺や夕夏をくだらなそうに一瞥して、アリスさんは、来た時と同様の大股で、ベルを大きく揺さぶりながら、嵐の様に、ブルームーンから去っていった。
そんな彼女の後を追うように、いや、この場から逃げ出すように、店を飛び出す俺の背中に 九十九さんはなにやら謝っていた。でも、その声は遠く、何も聞き取れなかった。
扉を抜けた先に、既にアリスさんの姿はなく、彼方の落日が、黄昏の到来を告げていた。
彼女━━アリシス・フォン・ハーメルンは『ブルームーン』を抜けてすぐに転送魔法陣を展開していた。
瞬間的に移り変わる実景。今、彼女は押切駅前を眼下に収めている。
豆粒ほどの人間達がバスやタクシーに飲み込まれては、吐き出され、巨大な交差点は常に犇めいていた。
「インディシプリン━━無軌道の因縁、か。奇しくも惹かれ合ってしまったものは、そう簡単には引き剥がせない。だったよな? エル」
彼女が属する組織『協会』の旧友━━エルミル・ビア・パナシェは、数年前に、この国で消息を絶っていた。
『戒牢』の連中は、どういう経緯でその境地に至ったのか定かではないが、世界から人の存在を消す術を編み出していた。それは文字通り、初めからそんな人物は居なかったのだと、世界に認識を改めさせる禁忌の術。人々の記憶から剥落し、物理的痕跡からも認識を逸らさせる。魔術の類に耐性ある奴でもなければ、覚れない歪み。
「あることないこと脅してみたが、軌道の修正には遠く及ばない、か。私もまだまだだな。……しかたない。あいつ、番号とか変えてないといいが」
現代の魔女は、携帯機器で夜会を開く。
「疑って安心するより、信じて裏切られる方がずっといい。私は……私なりの信念を貫いてみるさ」
その独自は、誰の耳にも届くことなく、彼女の行動は、月だけに見守られていた。
アリスさんは言っていた。戻れなくなる……と。まだ間に合うと諭してくれていた。俺は、アリスさんが言うからには絶対なんだと、心の隅で妄信してしまっていたのかもしれない。
だから、この前触れのない邂逅は……あまりにも唐突過ぎる再会は、たるみきっていた意識を嘲笑うかのように発生した。
まだ答えを先送りにできる猶予があるんだと、ご都合主義に捉えていた数分前の俺を殴りつけたい気分だった。
「これ……すごく、おいしい」
「ほんとー!? わー嬉しいー」
帰宅すると、リビングからは二人分の声が漏れ聞こえていた。刹那で察する。駆け足気味に扉を押しやると、暖色に包まれた食卓を囲う母親と、真っ白い少女の姿が視界に飛び込んできた。滅多にお披露目されない母の手料理は、限られたレパートリーの中で、最大限の力を出し切った感じがひしひしと伝わる、家族だからこそ感じられる華やかさに満ちていた。ちょっとだけジェラシー。じゃなくて、
「どうして……ここにいるんだよ」
「もー隠さなくていいわよ。真の友達なんでしょ? こんな可愛い子とよろしくしてたなんて、我が息子ながら憎いねーこのこの」
「母さんは黙っててくれ。おいっ、どうして、この家にいる?」
「だって、また真に会いたかったから」
無邪気に、健気に、儚げに、彼女は鈴を転がしたような綺麗な声音で、そう告げた。
普通じゃない。境界線を越えてる。会いたかった……たったそれだけの理由で、個人情報を調べ上げて、ここまで来たって言うのか?
「真も、私と会いたかったんでしょ?」
その眼差しには、アリスさんとは根本的に違う……相手の心を掌握しようとしているような濁りがまじっていた。
普通じゃないのは貴方も一緒でしょ? と、説き伏せるような幻聴が、脳の髄を襲う。
母さんは、修羅場とでも勘違いしたのか、そそくさとキッチンに退散していた。誤解は解きたいが、いまはこれでいい。そして、なによりも先に確かめるべきは、
「なぁ、名前、教えてくれないか?」彼女が善悪、どちらの少女であるかだ。
なにもかもが病的に白い少女は、その中で異彩放つ深みある蒼い瞳を煌かせ、細々とした声で答えた。
「私? いいよ。ラブ・イン・ハート。心の中に愛と書いて心中愛……それが、私の名前」
彼女は、私のこの手が真っ赤に燃えるぅ。と震えながら左の拳を掲げてみせた。
絵本紡希じゃない。つまり、心中愛が《心中愛》なんだ。
悪の再来。バッドエンドまっしぐら。まぁ、とりあえず言わせて貰おう。
「元ネタは右手な」
「し、しってるし」




