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洞穴

 茨木童子いばらきどうじは、(つな)たちの頭上を越えていく。薙刀を旋回させ、蜘蛛の巣を薙ぎ払いながら木から木へ跳び移っていく。

 その姿は、さながら風のようだ。

「酒呑(しゅてん)のことは……茨木に任せるのか?」

 星熊ほしくまは、彼女が消えていったほうへ目をやり、石熊(いしくま)に問う。

 二人がいるのは、洞穴の外、戦闘から外れた木の陰だ。星熊は、苦しげに木に手をついているのに対して、石熊の表情には余裕がある。仄かに笑みさえ浮かんでいた。

虎熊(とらくま)もいるから大丈夫だよ。君も、行かないつもりだろ」

「……俺は行っても……足手まといだ」

「僕は、あんな化け物と戦うのはごめんだね」

 二人の間を鬼火が困ったように漂う。星熊は項垂れて長いため息をつき、ふいに顔を上げてにやりとする。

金童子(かねどうじ)なら、無事だって言ったろ?」

「そうだっけな」

 石熊は素知らぬ顔で、小首をかしげて見せる。

「うん。君が……聞きたそうに何回も見るから」

 金童子は、あの世に繋がる穴に落ちた。碓井貞光(うすいさだみつ)との斬り合いで重傷を負ったようだが、彼女は鬼だ。あちらのほうが力も増すだろう。

「俺の体は、どうせ、あっちで休まなきゃならないんだ。それは君も分かってるはずなのに……。石熊は、自分で金童子を探しに行きたいみたいだね。ねえ月夜」

 星熊がにっこりと鬼火に微笑む。

 石熊がくるりと背を向けた。

「早くしてくれよ」

 表情こそ見えないが、声はすっかり弱り切っている。

 星熊は笑いを噛み殺して、その入り口を開きにかかる。大勢の土蜘蛛が近くにいるせいか、地面に現れた黒い点は、容易に広がっていく。

「なぁ、星熊。君、頼光(らいこう)が鬼だと思うかい?」

「頼光が鬼? どうして」

 星熊は開きながら、ちらりと振り返る。どこか虚勢を張ったような石熊の背中が見えた。

「腹を貫かれて、生きてたんだろ。人間じゃないよな、鬼の匂いはしなかったけど。やっぱり、死んでるんじゃないのかな。まず、鼠が言ったっていうのが、僕は気に入らない」

「頼光は生きてるよ、なんとなくだけど。酒呑もね」

「……ああ、僕も酒呑を助けに行きたいよ」

 石熊がため息まじりに呟く。

 話している間に、あの世に繋がる黒い穴は、人一人が通れるほどの大きさになっていた。

「それでも君は、金童子のもとに行くんだろ」

「ぬれてをいかむ、さ夜はふくともってね。露に濡れるんじゃないよ、酒呑のところへ行けない涙で――」

「いってらっしゃい」

 星熊は、とんと石熊の背を押した。


          *


 一匹の鼠は、頼光四天王を導いて走っていく。

 風は唸り、木々が揺れ動いている。山そのものが魔物のようだ。空気は生暖かいのに、侵食するような肌寒さがある。

 土蜘蛛は、木々の間に張られた蜘蛛巣を伝って現れては、彼らの不意をつく。

「いちいち、うっとうしいヤツらだ」

 綱は土蜘蛛の死骸を蹴り飛ばし、吐き捨てる。

 先へ行けば行くほど、蜘蛛の巣は増している。それほど距離は進んでいないのに、時間だけが過ぎていく。

「もう、すぐそこみたいだ」

 前方で急かすような鼠の鳴き声がし、金時がマサカリを一振りして、蜘蛛の巣を蹴散らした。

 飛び出した綱は、すっぱりと開けた視界に思わず足を止める。

 木々は途切れ、草の生い茂る広場になっている。その奥には、無数の穴があいた山の斜面が広がっていた。

「すげぇ。これ全部、土蜘蛛の巣穴か?」

 季武すえたけが目を丸くし、辺りを見渡している。

「来ますよ」

 貞光が口を開いたとき、いくつかの穴から土蜘蛛が飛び出した。

 鼠が一声鳴いて、さっと走り出す。一番大きな洞穴に迷わず飛び込んでいく。

「お前ら突っ込め!」

 季武は叫ぶと同時に弓を引いている。

 三人は走り出した。

 土蜘蛛は、三人が洞窟へ入るのを阻止するように突進する。季武の矢が、普通では考えられない速さで、それらを打ち抜いていく。

「季武!」

 洞窟に滑り込んだ綱は、振り返って彼を呼ぶ。

 季武はこちらに歩を進めつつ、最後の一匹を射抜き、走ってきた。

「あれ、意外と明るいな」

「篝火が焚かれてる。やっぱり、土蜘蛛の仲間には人間もいるんだな」

 綱は壁際にぽつぽつと置かれた火を見やる。それでも常人なら行動し難いだろうが、ここの四人には問題のない明るさだ。

「さて、どうする?」

 綱の声に、先へ行きかけていた金時きんときが足を止める。

「どうするって、頼光様のところに……」

「頼光様が、囚われていた場所にとどまっていらっしゃるとは限らないだろう。まだ、この洞窟にいらっしゃる可能性は高いだろうが」

 先の見えない洞窟。あちこちで枝分かれしている。

 金時が地面の鼠と目を合わせる。

「そっか。お前が見たのは、糸が切られたところまでだもんな」

「頼光様が、すぐにその場を動けるようなご容態だとも分かりませんが」

 貞光の冷めた声にどきりとし、綱はそれを振り払うように怒鳴る。

「貴様、さっきから頼光様を勝手に殺すな!」

「冷静に考えた結果ですよ。まず、腹を太刀で貫かれて生きていること自体がおかしいというのに、その上、動けるとはとても思えませんがね」

「おかしいのに生きているというんだから、刺されたのも、何もかも間違いかもしれないじゃないか!」

「おい、お前ら――」

 季武の緊張を孕んだ声で、綱ははっとする。貞光の冷めた目が、前方へ滑る。

 奥で、もごもごと巨体が蠢いている。地鳴りにも似た音を響かせて、その大群は迫っている。

 白い糸がぱっと宙に広がった。

「俺はこっちだ!」

 季武がさっと枝分かれした道に入り、残る三人もそれぞれ近くの道に飛び込んだ。

「とにかく俺は、(こいつ)と頼光様が捕まってた場所に行ってみる!」

「俺はこっちに行くからな!」

「武運を祈ります」

 四人の足音は離れていく。彼らがいた場所は、白い糸で埋め尽くされ、土蜘蛛はそれぞれの道へ分かれて這っていく。

 あとは不気味なほどにしんとした。

 

ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。

洞窟の中で火を焚いたら酸素がなくなるんじゃないかということに後で気づきまして……なんかこう、空気穴的なものがあいてるんだという設定で!


なんだか、この辺りはだらだらとしてしまいましたが……次回は袴垂と頼親です。

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