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覚悟

 赤毛の子鬼は、大江山(おおえやま)の麓に辿りつく。あちこちに巨大な蜘蛛の巣が張られていた。

 土蜘蛛の住処までは、まだ離れているはずだ。鬼同丸(きどうまる)は周囲の木を見上げて、その異様さにごくりと息を呑む。

 木の上部にも、蜘蛛の巣が張り巡らされている。まるで、土蜘蛛がこの山を支配したかのようだ。

 ――兄さんは……。

 鬼同丸は山を登ろうと、少し足を進め、やはり立ち止まる。足がすくんだ。

 この先には、もう何もないかもしれない。鬼同丸の目は暗闇でもよく見えるのに、その先はぽっかりとした闇に見えた。

 がさがさと木々が揺れる。鬼同丸は、びくりと体を震わせる。

「お、鬼同丸じゃねぇか」

 出てきたのは、土蜘蛛の仲間の少年だった。いや、青年といったほうがいいかもしれない。彼は仲間の中で一番年長で、リーダー的な存在だった。

 調伏丸ちょうぶくまるという。

「お前、袴垂(はかまだれ)と一緒に京に行ってるんじゃなかったか? ……おい、鬼同丸」

 調伏丸は、鬼同丸の肩を揺すった。

「どうしたんだよ、顔色悪いぞ?」

「……ああ……少し、気分が悪いから、帰ってきたんだ」

 調伏丸は、ふうんと、疑わしげに鬼同丸の赤い目を覗きこむ。お前もしかして、と彼が呟き、鬼同丸の心臓は大きく跳ねる。

「都を荒らすのが嫌だったんだろ? まったく、鬼のくせにしょうがないやつだな」

 調伏丸は呆れたように笑う。

「分かってんだよ。お前が貴族に恨みなんかないことも、本当はこんなことしたくないのも」

「いや、俺は――」

「いいんだよ、別に。俺は田畑も耕さねぇで偉そうにしてる貴族どもをぶっ殺してやりたいと思ってるけど、別にお前がそうじゃないからって怒ったりしねぇよ」

 調伏丸は誰もいないことを確認するように首を廻らして、にっと笑う。

御笠(みかさ)様には黙っといてやるから、全部終わるまで、どっかで休んでろ」

「調伏丸、お前は……?」

「俺は巣穴に戻る。あ、そうだ」

 調伏丸は手に握っていたものを投げてよこした。

 鬼同丸は両手に確かな質量を感じ、それをまじまじと眺める。

 太刀だ。何の特徴もないものだが、何故か、鬼同丸の胸はざわりと揺れた。

「さっきまで、鬼の里に行ってたんだ。そこで拾った」

「……鬼の里で?」

「お前、いらないんだったらさ、袴垂にやれよ。あいつ、いつも小刀使ってるけど、もう大きいんだし、太刀のほうが――」

 調伏丸の話を聞く余裕もなく、鬼同丸は彼に手を伸ばす。けっこうな力で腕をつかみ、引き寄せていた。

「鬼の里はどうなってる?」

「何だよ、びっくりするじゃねぇか。……鬼の里は、もう何もねぇよ」

 鬼同丸は手を離す。どんな表情になっていたのか自分では分からないが、調伏丸は困ったような顔をした。

「土蜘蛛が、全員つかまえたよ。俺は、取りこぼしがないか見にいってたんだ」

「生け捕りか?」

「今のところな。酒呑童子(しゅてんどうじ)頼光らいこうは、他のやつとは別にしてるらしい。人質ってところだが……」

 調伏丸は思案するように、あごに手をやる。しばらくして、ため息のような息を吐く。

「頼光はもうアウトだな。太刀が腹を貫通したらしい。酒呑童子も同じ状態だが、鬼だからどうだろうな。ああ、でも――毒の酒を呑んだって聞いた」

「毒の酒?」

「頼光が呑ませたんだとよ。鬼に効く毒の酒。ほら、こいつだ」

 調伏丸が懐から、竹筒を取り出した。

「ぐちゃぐちゃに壊れた館の傍に落ちてたんだ」

 鬼同丸が手を伸ばしかけると、彼は慌ててそれを後ろへ隠す。

「の、呑んじゃだめだぞ! お前は鬼なんだからな!」

「……そんなの、他人が持ってると不安だ」

 鬼同丸は、渡せというように手を出す。手の震えを抑えるために、深く息を吸う。

「お前、俺のこと信用してないのか? ……まぁ、いいけどさ」

 鬼同丸は、しぶしぶ差し出されたそれを、素早くつかむと懐にしまいこんだ。

「……お前は、人間が嫌いだもんな」

 調伏丸の目がどこか寂しげに揺れて、鬼同丸はそっぽを向くように目を逸らす。

「俺たちの復讐はもうすぐ終わる。だから言うけど、みんなお前のこと、なんやかんやで受け入れてたんだぞ。お前は、俺たちに近づこうとしなかったけどな」

「……鬼が近づくと怖いだろ?」

 調伏丸は土蜘蛛の巣穴に戻るべく背を向ける。

「いつまでも意地はるなよ。復讐が終わったら、荒れ果てた京の都で米でも作ろうぜ。誰にも取り上げられることのない、自分たちだけの米をさ」

 じゃあな、ちゃんと隠れとけよ。調伏丸は、言い残して去っていく。

 鬼同丸は、再び手を伸ばしてしまわないように拳を握る。呼び止めないように、唇を噛む。

 調伏丸の姿は見えなくなった。

「俺は人間が嫌いだ。でも、お前らは幸せになってほしいと思ってるよ」

 鬼同丸は、静まりかえった山にこぼす。太刀の重さだけが、妙に現実味を帯びていた。

 ――袴垂に太刀なんか必要ねぇよ。あいつは貴族なんだから。

 太刀の刃を少しだけ鞘から出してみる。そこには赤い目が映る。

 ふいに、その顔が酒呑童子と重なって見えた。あまりにも鮮明で、鬼同丸は思わず、太刀を遠ざけるように手を伸ばした。

 改めて覗いてみても、そこには平凡な顔立ちの子鬼がいるだけだ。

 ――全然似てないよな。

 鬼同丸は馬鹿らしくなって、刃を鞘にすとんと納めた。

 兄は、土蜘蛛の巣穴にいるだろう。

 彼が生きていようがいまいが、鬼同丸はすでに御笠の命に逆らった。

 土蜘蛛の巣穴にいかなければならない。酒呑童子が生きていなければ、御笠にすべてを告白する。

 ――生きていたら、俺は、兄さんを助けてしまう。

 鬼同丸は懐に入った竹筒に手を当てる。

 身を斬られる痛さはよく知っている。兄と別れたあの日、村人に背中を斬られた。逃げ込んだ山の中で、じっと死ぬのを待った。

 その恐怖を知っているから、鬼に効く毒、と聞いてとっさに手が出た。苦しくない保証は、どこにもないのに。

 鬼同丸は着物を正し、気持ちを落ち着かせるように息を吐くと歩き出した。


ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。

調伏丸は、何げに『鬼同丸と保輔』に出てます。特に名前の必要なキャラでもなかったんですが、のちに今昔物語の調伏丸になるということで……。


次回は頼光四天王と茨木たちです。

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