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戦闘

 大江山おおえやま、鬼の里。

 石熊童子いしくまどうじは舞に使っていた直剣で、暗い顔をした男の太刀を受け止める。

「だまし討ちなんて、趣の欠片もないね」

「風流ぶっても鬼は鬼だ」

 男は底知れぬ淀んだ瞳で、石熊を凝視する。そこに石熊は、垂れ下がって咲き誇る藤の花の影を見た。

「藤原氏か」

「俺は南家の藤原保昌ふじわらのやすまさだ」

 保昌は低く名乗ると、自己紹介の続きであるかのように太刀を払った。ぞっとするような重い一撃を、石熊は、おっと、と声をこぼして舞うようにかわす。

「ああ、没落した南家ね。藤原保昌、聞いたことがあるよ。貴族のくせに、武士みたいなことばっかして――父と兄は、賊と化したとか」

 くすりと笑うと、保昌の暗い瞳に怒りの火がともる。

「他の貴族から、随分嫌がられてるそうだね」

「黙れ」

 刃が岩石のような重みを伴って振り下ろされる。石熊は直剣で受け止め、押し返す。

 ひらりと舞い、保昌の攻撃を受け流しながら、石熊は、やれやれとため息をついた。

「これじゃ、酒呑の戦いを見れないや」

 屋敷の奥の赤い影に目を走らせたとき、眼前を白刃が斬り裂いた。保昌の太刀は鈍く光り、踏み入れると抜け出せない泥沼のように石熊を逃がさない。

 石熊は舌打ちをし、風をおこす。突然吹きつけた強風に、保昌は顔を袖で覆う。

 容赦なく叩きつけた直剣は、彼の左肩を裂いた。再び繰り出した攻撃は、硬い感触と共に受け止められる。

 腕力では鬼が上だ。石熊は、肩の傷に顔を歪める保昌に、ぎりぎりと刃を押しつける。

「桜を隠していいのは、佐保姫さほひめくらいだ」

「佐保姫? 春霞のことか」

 保昌は呻くように言うと、一瞬に力を込めて、石熊の刃から逃れ出る。ひとまず距離をとった彼は、肩で呼吸をしている。どくどくと流れる血液が、鬼にはたまらない芳香を放つ。

「綺麗だろ、酒呑しゅてんは」

「だが、嫌な色だ」

 保昌の姿がふっと消えたかと思うと、石熊は凍るような殺気を感じて跳躍した。彼がいた場所に白い光が走り、それは、すぐに石熊を追う。

 とっさに直剣を構えると、大岩を受け止めたかのような衝撃に腕がしびれた。

「あの鬼の髪は、この世で一番嫌な色だ」

 眼前にあるのは、どこまでも淀んだ保昌の瞳。

 そこには、正義も、出世も、褒美も、名誉も映っていない。ただ静かな怒りと、悲しみと、黄泉のような闇があるだけだ。

「ほんとに、藤原南家も落ちぶれたもんだね」

 石熊は、やりきれない気持ちで、血に汚れた大貴族の子孫をその目に納めた。



 金時きんときはマサカリを構え、縁の上をじりじりと後退する。相対しているのは、橙色の髪をした鬼、虎熊童子とらくまどうじだ。

 虎熊は金棒を肩に担いで、悲しそうな顔をする。

「こんなの、あんまりじゃないか」

 身長ほどもある金棒を片手で操り、虎熊はゆっくりと構えに入る。悲しみの色をたたえた瞳は、それでも確かな怒りを含んでいる。

 金時は息を呑む。自分よりも背の高い者は初めてだ。幅もある。

 頼光らいこうが戦闘の火蓋を切った直後に放った一撃は、難なくあの金棒に弾かれた。

「なぁ、金太郎きんたろう。お前、本当は嫌だったんだろ、こんなだまし討ち。だから、お前だけ、様子がおかしかった――」

 金時は虎熊の言葉を最後まで聞かずに、地を蹴った。虎熊の金棒が動く。

 風が唸って、マサカリと金棒がぶつかりあう。

「別に、そんなんじゃない……!」

「じゃあ、鬼が怖かったとでもいうのか? ……お前も、鬼なのに」

 虎熊の憐れむような声に、かっとなって反論しようとしたとき、マサカリがものすごい力で押された。踏ん張りきれず、金時は簀子縁から転がり落ちる。

「何にせよ、人間の仲間でいるのには何か事情があるんだろ。あの男、見事に酒呑を騙したよな。お前も、騙されてるんじゃないのか?」

 虎熊はじっと金時を見下ろしている。その声に、挑発の響きはない。

 金時はマサカリを握りしめ、彼を見据えたまま立ち上がろうとする。

「俺は、子どもは殺したくないんだ。なぁ、金太郎、人間の仲間なんかやめろよ。お前が、本当に鬼になったら、あいつらきっと誰も――」

 仲間だなんて思ってくれない。虎熊が言葉にする前に、金時には分かってしまった。そういうことを、ちらと考えたことがあった。

 ふっと力が抜けたとき、視界の端に飛んでくる人影が映った。そうと感じる間もなく、それは金時に激突する。

「くそっ……茨木童子(いばらきどうじ)め……」

(つな)!」

 綱は、金時の腹の上で頭を押さえている。手の間から赤い筋が流れ、頬を伝っていく。

「なんだ、金時か。邪魔だ、どけ」

「お前が、俺の上からどけよ……」

 言うまでもなく、綱はぴょんと下り、太刀を拾うと険しい表情で前を向く。

 唖然とする虎熊の隣に、青い髪の鬼がすとんと下り立った。彼女は湖の底のような瞳で、綱を見ている。

「金時、貴様、鬼にでもなったらどうだ?」

 食い入るように青鬼を睨みつけたまま、綱は小さく呟く。

「……何言ってんだ?」

「あの鬼相手に苦戦してるみたいじゃないか。それなら、完全に鬼になってパワーアップでもしろ。俺の血、舐めてみるか?」

 綱は前を見たまま、血で汚れた手を差し出す。

 金時は、その手をつかんで立ち上がった。

「そんなことしたら、背が縮みそうだな」

「んだと貴様――」

 綱がそれこそ鬼のような形相で振り向いたとき、青鬼がぱっと跳んだ。綱ははっとして、横に跳ぶ。

 すぐに太刀を構え、青鬼の薙刀を受け止める。

「頼光様が俺に任せてくださったんだ。茨木、貴様だけは、何が何でも殺す!」

「あんたの目の前で、頼光を食ったら面白そうなのだ」

 燃えるような闘志と、凍るような怒りをぶつけ合いながら、彼女らは離れていく。

「真面目に戦わないと、あとで茨木に怒られそうだ」

 虎熊が彼女らを目で追って、苦笑いを浮かべた。すっと金時に目を戻す。そこに笑みはもうない。

「お前が、自分の心から、あの作戦に参加したってのなら容赦しない」

 金時は彼を睨み、そっと綱の血のついた右手を口元にもっていく。

「舐めるのか? 鬼になるぞ」

 ここは大江山。あの世とこの世の境目だ。

『取り込まれることのないよう』

 貞光の冷めた瞳を思い出す。

 ――鬼になっても、あの人の味方でいればいいんだろ? 俺は、もともとそのつもりだ。

 金時は、ゆっくりと手のひらに舌を這わせた。

「おい、金太郎――」

「俺は、頼光四天王の坂田金時さかたきんときだ」

 金時は、ざわつく全身の血を受け入れる。ふつふつと力が湧いてくるのと同時に、今までもやもやしていたものが消えていく。

 よろしくな、と手を出した虎熊の笑顔も、鬼は退治して当然と言う綱の声も。

 金時は、マサカリを頭上で一周、二周、旋回させる。

「俺は好きであの人に従ってる。俺の様子がおかしかった? そんなの、人見知りだからだ」

 風が唸る中で、金時は、その刃をぴたと虎熊に突き出した。


ここまで読んだくださったかた、ありがとうございます。

気づいたら節分でした。次は年内に~とか書いたような……。

節分はあちこちに鬼がいて楽しいですね!


次こそはたぶん本当に早めに投稿します。貞光、季武、頼光の戦闘シーン一気に終わらせます……。

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