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頼光

 酒呑童子しゅてんどうじは、喉元に一直線、熱のような痛みを感じる。とっさに身を引いた、そうしなければ首がとんでいた。それらのことを理解する前に、光のような刃は彼を斬るために、再び宙を走っている。

 酒呑は杯を投げ捨て、後方へ跳ぶ。宙で太刀を抜き放ち、眼前でその閃光を受け止める。それこそ雷のような衝撃が腕に走り、酒呑は体勢を崩して着地する。

 立て直す間もない。突き立てられる刃を、体を転がしてかわす。

 そのとき、彼は、何の感情も読み取れないよりみつの顔を見た。

源頼光(みなもとのらいこう)、貴様――ッ!」

 茨木いばらきの薙刀が唸り、二人の間に割って入る。よりみつはさっと身を引き、敵などいないかのように落ち着いた素振りで太刀を構え直す。

源満仲(みなもとのみつなか)が嫡男、源頼光、勅令によって鬼を平らげる」

 茨木が彼を睨み、ぎりと歯を鳴らす。

 源頼光、勅令によって鬼を――彼の言葉が酒呑の頭で、何重にも鳴り響く。

 そうか、そうだったのか。酒呑は茨木の影から、湖面のように静かな頼光を仰ぐ。

 ――お前の本性は、それか。

 怒りに手がわななく。痛いほど太刀を握り、酒呑童子は立ち上がる。

 すっと目を赤鬼に向けたかと思うと、頼光はすでにそこにいなかった。茨木を無視し、真っ向から酒呑の首を狙いにくる。

 茨木の瞳はいよいよ怒りに染まり、それを具現した薙刀の刃は頼光の背に迫る。頼光は当たらないとでも信じ切っているかのように振り向かない。

 小柄な影が躍り出て、茨木の攻撃を受け止めた。

「お前の相手は俺だ!」



「茨木童子、腕はくっついたのか」

 交わった刃の奥で、つなが冷めた声で言う。茨木は力任せに綱の太刀を離すと、距離をとった。

「あんたら、最低なのだ」

 茨木は頭上で薙刀を旋回させる。

「お前がここの鬼だったとはな。計画が台無しだ」

 綱は茨木を頼光から引き離すように、大きく走る。

「次は首を落とす。くっつかないように、できるだけ細かくしてやるから覚悟しろ」

「あんたが私に食べられるほうが先なのだ!」

 小柄な影を追って茨木は走り出す。再び、刃が交わる。耳を刺すような金属音。よそ見をする間はないが、気がつけば、辺りは騒然とし、得物と得物のぶつかる音があちこちで鳴っていた。

 ――もう少し、早く帰っていたら……!

 茨木は今朝から、山を下りていたのだ。土蜘蛛の住処の辺りまで、鬼同丸きどうまるを探しに。

 土蜘蛛の洞穴を囲む木々には、蜘蛛の巣が張り巡らされていた。薙刀で切り払って進もうかと思ったが、辺りは不気味なほどしんとし、その白い糸に触れると何かが起こりそうな気がしてならなかった。

 酒呑がいない今なら、鬼同丸のほうから出てきてくれるかもしれない。そう思い、しばらく歩き回っていたのだが、結局、彼に会うことは出来なかった。

 鬼の里に戻ってみれば、なんだか賑やかだ。人間の客が来ているという。

『道に迷った旅人だよ。修行をしている偉い人らしい』

 仲間の鬼に言われ、館の方へ目をやると、縁側に腰掛けているのは冷めた目をした青年。その隣では、暗い顔をした男が笛を吹いている。

 食っちゃだめだぞと笑う仲間に、客にそんなことしないのだと笑い返し、館の中を覗きこんで目に飛び込んできたのは、忘れもしない渡辺綱わたなべのつなの横顔だ。綱は金髪の青年と何やら言い争っている。

 酒呑としゃべっているのは、主君の頼光だ。

 茨木は信じられない気持ちで、酒呑に親しげに笑いかける頼光を凝視する。

 ――修行をしている偉い人なんて嘘だ。

 何故、そんな嘘を。何のためにここに来た。動悸は速まり、嫌な汗が背中を流れる。

 あの酒は、呑んではいけない。

 直感した茨木は、半ば無意識で酒呑の名を叫んでいた。

 ――酒呑……。

 今、綱と攻防を続けながら、茨木の意識は愛しい赤鬼へと向いている。

 鬼の大将酒呑童子は、確かに頼光を信じていた。心を許していた。そんな相手に、頼光は躊躇なく太刀を抜いたのだ。ついその前まで、笑いかけていた相手に。

「……食ったぐらいじゃ、おさまらないのだ」

 急速に体内の熱が冷めていく。綱の目が、僅かに見開かれるのが見えた。



 やはり、初めの一撃で仕留められなかったことが悔やまれる。頼光は、酒呑童子の重い太刀を受けて内心で歯噛みする。

「よりみつ――いや、頼光」

 酒呑は赤い瞳に静かな怒りをともし、頼光を見下ろしている。源氏の名刀、膝丸改め蜘蛛切が、酒呑の太刀に押されてぎりぎりと音を立てる。

 頼光はありったけの力を込めて跳ね返すと、体を横に滑らせ、すかさず太刀を払った。だが、赤鬼の体はすでにない。意識が白刃を捉えて、頼光は振り向きそれを受け止める。

 鬼と人の、腕力の差に体勢が崩れる。蜘蛛切に噛みついていた赤鬼の刃がすっと消える。頼光は全力で横へ身をかわす。ひらりと舞った袖の端を白刃が斬り裂き、酒呑のぞっとするほど美しい目と合った。

「お前、人間の情は薄いと言ったな。あれは自分のことか」

「人間のことだ」

 頼光は距離をとって、蜘蛛切を構える。相手の様子をうかがいながら、じりじりと足を滑らしていく。

「ああ、そうだな。お前は人とも思えな――」

 激しくぶつかりあった金属音がその言葉を消す。蜘蛛切はすぐさま酒呑の太刀を離れ、彼の胴を裂くべく風をきる。

 酒呑は軽やかに避け、頼光目がけて太刀を振るう。

「源頼光、お前だけは許さん」

 頼光は全力で迎え撃つ。弾けるように火花が散った。


 鬼の大将の凍りつくような怒りをたたえて戦闘は次第に激しさを増す。このとき、源氏の大将が何を考えていたのかは、誰にも分からない。


          *


 鬼同丸は、人目につかない木陰で仮眠をとる。

 大江山はもうすぐだ。だが、体力の限界だった。

 ――鬼だってのに……。

 鬼同丸は、膝を抱えて歯噛みする。顔をうずめ、束の間の眠りに落ちようとする。

 ここのところ、ろくに寝ていなかった。眠れるはずもなかった。

 それが、ここに来て、足枷をつけたように体が動かない。体を横たえると再び起き上がれないような気がして、彼は、座ったまま目を閉じる。

 それでも、ふと、このまま目覚めなければいいのにと思ってしまう。自分がこの世に生まれたことを含め、全部夢だったら、ずいぶんと楽だろう。

 ――本当にそうだ。俺が大江山に行ったからといって、どうなるわけでもない。兄さんみたいに強くないし、暴力も、血も嫌いだ。そんな俺が、誰を助けるって?

 鬼同丸の麻痺した頭に、自分の声が反響する。彼は、それを子守唄のように聞いている。

 ――そんなことは、もうどうでもいいんだ。

 助けるとか、助けないとか、そんなことはもう分からない。本当に長い夢を見ていたような錯覚をして、鬼同丸は心地よい眠りに包まれていく。

 ――ただ、無性に、兄さんに会いたい。

 考える力のなくなった頭で、彼は素直に思う。


ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。

だいぶ間があいてしまいましたが、ようやく戦闘シーンに……。


続きはできたら年内に投稿します。できなかったら、また来年……!

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