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都よりいかなる人の

 鬼の里、館の大広間。

 果たして、酒呑童子しゅてんどうじの前には、六人の人間が手をついて頭を下げている。

「此度は、突然、失礼いたしました。私どものような素性の分からぬ者を受け入れてくださり――」

「道に迷うといっても、道もないようなところだ」

 表面だけ取り繕ったような、飾られた言葉は好きでない。酒呑は、赤い瞳に不快感を滲ませて六人を眺める。

 道に迷った旅人、と聞いたが、この落ち着きようは何だろう。彼らの周りには、石熊童子いしくまどうじらが座し、他の鬼たちも外から様子をうかがっているというのに。

 虎熊の話を聞いたときには無かった嫌な感じが、じわじわ湧いてくる。

「よくここまで来られたな。空でも飛んだのか」

 決まりきった挨拶さえもどかしく、酒呑は彼らの本音を聞こうとする。

 代表者の青年は、ひかえめに面を上げた。

「我々は、その昔、厳しい修行によって妖術さえお使いになったえんの行者の流れを汲む者です。……あなたに会えたのは、役の行者のお引き合わせでしょう」

「鬼に引き合わせるとは、エンの行者とやらも酷いことをする」

 それとも鬼の里に行きたいとでも願ったのか――酒呑がそう続けようとしたとき、青年がふいに笑みを浮かべた。

「私もそう思っていた」

 彼の、他人行儀な、作りものめいた空気が消える。

 彼はただ笑っただけだ。

「やっと見つけたのが鬼の里なんて、役の行者も酷いことをなさると。でも、あなた方は、ちゃんと受け入れてくれた」

 これから襲われるということは、まるで考えていない。青年は安心しきった瞳に、穏やかな笑みをたたえて酒呑を見ている。

 そう簡単に、鬼を信じられるものか。

「俺は酒呑童子だ。お前の名は?」

「よりみつ、とお呼びください」

 酒呑は立ち上がって縁側に出、様子をうかがっていた鬼たちに言う。

「客をもてなす。酒とさかなの用意だ」

 石熊が持って帰ってきた、新鮮なやつがあるだろう――。鬼たちに囁くと、彼らはぎょっとして、酒呑を見た。

「に、人間に人間の肉を……?」

「あいつは、鬼がどういうものか分かっていないらしいからな」

 ちらりと振り向くと、よりみつはまったくくつろいだ様子で座っていた。


 酒呑が席を立った隙に、石熊童子は、ずいっとよりみつと名乗った青年に近づいた。

「君、都人みやこびとだろう?」

 よりみつが虚をつかれたような顔をする。

「所作が綺麗だ。ずっと修行の旅をしていたんじゃないね?」

「そうだ」

 答えたのは、よりみつの後ろで控えていた小柄な少年だった。少年はよりみつの横に並び、挑むような目で石熊を睨む。

「よりみつ様は、本当は高貴なお方。ご自分が役の行者の流れを汲む者だと存じられて、旅に出られたのだ」

「へえ」

 石熊はひょいと立ち上がると、金童子かねどうじを振り返った。

「じゃあ一つ、舞でも見せてもらいたいもんだね」

 金童子が琵琶を手にとって、絃をはじいた。呼吸をするように自然に、美しい音色が流れだす。

 嫋嫋じょうじょうと。春を運ぶ風のようだ。石熊はひらりと直剣を抜くと、音に乗って、のびやかに声を張る。

「都よりいかなる人の迷い来て、酒や肴のかざしとはなる、おもしろや」

 都からどんな人が迷ってきて、僕らの酒や肴の飾りになってくれるんだろうね、おもしろいなぁ。

 酒や肴の飾り。酒宴のときの話し相手、酒宴を盛り上げてくれるものともとれるが、酒や肴を豪華にするもの、つまり御馳走ともとれる。

 舞いながら石熊が客たちに笑みを向けると、小柄な少年は、噛みつく前の子犬みたいに怒りをあらわにした。よりみつは苦笑して、落ち着かせるように少年の背を叩く。

「彼は、舞が上手ですね」

 座に戻った酒呑に若干体を寄せ、よりみつは、舞に目を向けたまま囁いた。

「ああ。歌もなかなかだな」

 それは、声や調子のことか、歌の内容のことか。石熊が目配せすると、酒呑は仄かに笑みを浮かべて、視線を逸らせた。

 ――酒呑も意地悪だなぁ。

 石熊は内心でにやりとし、酒呑の顔を見つめる。舞の最中だというのに、思わず見入ってしまう。金童子の琵琶の音が、速くなった気がした。

「俺もひとつ」

 少年が意を決したように立ち上がった。

 石熊はゆるやかに動きを止め、少年に場をゆずる。ふと、金童子の琵琶に、笛の音が合わさった。

 暗い瞳をした男が、静かに笛を吹いている。特別上手いわけではないが、その響きには哀愁がこもっていて趣深い。

 少年は息をつくと、流れるように舞始めた。

 へえ、と石熊は感嘆の声を上げた。気性の荒いやつだと思っていたが、実に繊細な動きをする。容姿も悪くない。

 少年は素知らぬ顔で舞いながら、力強く歌う。

「年を経て鬼の岩屋に春の来て、風や誘いて花を散らさん、おもしろや」

 年の経った鬼の岩屋に春が来て、風が誘って花を散らすだろうな、ああ、おもしろい。

 春の風に花が舞う。風が花を散らせてしまう。物悲しく風流な歌だが――少年は一瞬、挑発的な笑みをたたえて、石熊を見た。

 ――風は自分たちで、花は僕らか。

 鬼を散らせると、そう歌ったのだ。

 石熊はなかなか面白いまねをすると思ったのだが、酒呑は機嫌を損ねたらしい。険しい目を少年へ向ける彼に、よりみつは柔らかく笑む。

「負けず嫌いなやつで、困ったもんです」

 少年を憎からず思っているのだろう。酒呑を宥めるためだけとは思えない、温かい声だった。

「君、なかなかやるね」

 石熊が舞い終わった少年に声をかけると、彼は子どものようにそっぽを向いた。

「俺はひなの生まれだが、よりみつ様にお仕えする者として、これくらいは当然だ」

 そうして、何故か金髪の青年をわざとらしく見やる。

 もっとも鬼の館に来た者にふさわしく、どこか落ち着かない様子だった金髪は、突然の視線にびくりとする。少年の言葉を聞いていなかったのか、おどおどとする金髪に、冷めた目をした青年が、バカにされたんですよ、とつまらなさそうに教えていた。

 ――あの金髪、鬼の血が混じってるんだろうな。

 よりみつらが鬼を怖がらないのは、彼のせいもあるのだろう。もしかしたら、彼の血族、本物の鬼にも出会ったことがあるのかもしれない。

 ――それにしても……あの巫女さん、綺麗だな。

ケンカになりそうな金髪と少年を宥めている巫女に目をやったとき、石熊は、こつんと琵琶で頭を殴られた。


          *


「お前、鬼の子か?」

 小柄な少年が舞っているとき、虎熊とらくまはそっと金髪に話しかけた。

 金髪は露骨に動揺する。どうすべきか問うように、隣に座す青年をちらりと見るが、青年は冷めた目を舞に向けたままだった。

 ――悪いことしたかな。

 金髪は他の五人と違って、ここに来たときから、明らかに緊張していた。背は高いが、よく見れば、顔にはまだ幼さが残っている。

 突然こんなところに泊まることになって怖くもあるだろう。虎熊は、少しでも安心させてやろうと思い、親しみを込めて話しかけたのだが。

 金髪は心持ち虎熊のほうへ体を向けて、ぼそぼそと答える。

「母が、鬼です」

「へえ」

 父さんは人間なんだ、と言うと、金髪は小さくうなづいた。

 ――半分か。

 そういえば、酒呑もだ。彼は、父親だけが鬼だったと言っていた。初めは人間の姿をしていたことも。

 ――こいつも、いつ、何がきっかけで、鬼になるか分からないな。

 そうなったとき、今の仲間は共にいてくれるのだろうか。いや、皆がその気でも、何か不都合が生じてくるものだ。

 虎熊は、心の内を隠して、鬼の子に優しい笑みを向ける。

「人間の中で、その髪と目じゃ、大変だろ?」

「……よく見られます」

 金髪は俯いたまま、消え入りそうな声で呟く。もう話しかけられたくないという心の表れか、彼の視線は、遠慮がちに舞のほうへ逃げる。

 母が鬼とはいえ、普段は人間と旅をしている者、やはり鬼が怖いのか。それとも、よほどの人見知りか。

 それとも――

「年を経て鬼の岩屋に春の来て――」

 少年が舞いながら、うたいだす。

 何か、やましいことがあるのか。

 

          *


 やがて、酒と肴が運ばれてくる。

 板に乗せられているのは、人間の足だ。

「鬼の里の酒だ、うまいぞ」

 酒呑童子は竹筒を、杯へと傾ける。赤い液体が注がれる。

 血酒だ。

 笑顔を消した頼光らいこうに、酒呑童子は妖艶な微笑をたたえて杯を差し出した。

ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。

このシーンはほとんど原作通りです。もちろん和歌もです。自分で作れたらかっこいいんですけどね……(^^;


次回は血酒と人肉……です。

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