来客
大江山、鬼の里。
その日は朝から、騒々しい日だった。
里のあちこちで、若い鬼たちが戦いを繰り広げている。ケンカではない。一種の遊びで、誰が強いか決めようというのだ。
三、四人で始めたものだったが、今は、俺も俺もと、多数の血気盛んな鬼たちが加わっている。
鬼の里で一番大柄な鬼、虎熊童子は困っていた。
「虎熊が参加したぞ! みんなでかかれ!」
「ま、待て、俺は――」
気を高ぶらせた鬼たちは、虎熊の言葉など聞いてはくれない。いきいきと目を輝かせて向かってくる。
――子どもを巻き込まないように注意しにきただけなんだけどな。
虎熊は仕方なく、自分の身長ほどもある金棒を片手で振った。虎熊にしてみれば扇を振るような力だったが、風はうなり、砂塵が舞う。
虎熊童子。橙色の髪と瞳を持つ。頬には、虎の模様のような傷跡があり、熊のように大きな体をしている。
見た目に反して温厚な性格だが、彼はかなりの実力者だ。石熊童子、金童子、それから不思議な力を持つ青年、星熊童子と並んで、酒呑童子四天王と呼ばれていた。
「くそっ!」
なんとか風圧に耐えた鬼は、体勢を立て直し、再び襲いかかってくる。いつの間にか、あちこちから新たな鬼が駆けつけ、十数対一になっていた。
「お前ら、卑怯じゃないか?」
虎熊は、あたふたと周囲を見渡し、とりあえずはと応戦する。大怪我をさせる恐れがあるため、金棒をむやみに振り回すわけにはいかない。
太刀や鉾の刃を避けては、相手の腕を取って投げ、時には、それを他の鬼にぶつける。
あっと言う間に、虎熊は全員を倒してしまった。
大の字に寝転がった鬼が、疲れ切った顔に爽やかな笑みを浮かべる。
「虎……熊……優勝はお前だ……」
「だから俺は、参加したつもりは――」
「俺もまぜろ」
声が降ってきたかと思う間もなく、虎熊は反射的に金棒を楯にしていた。鈍く重い金属音が響き、虎熊の巨体が少し後方へ押された。
鞘に収まったままの太刀。宙からそれを振り下ろした鬼は、虎熊と目が合うと、その赤い瞳に艶やかな笑みをたたえた。虎熊の魂がそれに魅せられている間に、美しい赤鬼は、金棒を蹴って背中から一回転、後方へ着地した。
「酒呑……」
思わず、ため息のように名前を呟いてしまう。
もう長い付き合いになるのに、見慣れるということがない。赤い髪、赤い瞳をもつ鬼の大将酒呑童子は、性別、種族をこえて見とれてしまうほど美しい。
「お前が参加しているなら、やりがいがありそうだ」
他人の魂をどれだけ惑わしているのか、知っているのか知らないのか。酒呑は、先ほど虎熊に倒された鬼たちを見渡し、冗談っぽく笑う。
「仇は取ってやる」
地面に這いつくばったまま、あるいは座り込んだまま、鬼たちは誰も言葉を発さない。ただ一点、惚けたように自分たちの大将を見ている。
酒呑は再び前を向くと、ひらりと跳んだ。
「――ッ」
息をつく間もなく、酒呑の太刀は迫っている。虎熊は身をひねって、金棒で空を裂いた。
先ほど鬼たちを蹴散らした攻撃とは、比べものにならない。周辺の木は大きくしなり、倒れていた鬼たちが吹き飛ばされる。
虎熊は金棒を振った続きの動作として振り返った。直後、目が赤い影を捉える。
速い。しっかりと防御の体勢がとれないまま、虎熊は、重い打撃を金棒で受け止める。
「虎熊、そういえば石熊は参加してないのか?」
「石熊は金童子と、朝から散歩に行ったぞッ!」
攻撃の手を休めることなく聞いてくる酒呑。大人しくしていれば、華と見紛う美青年なのに、一体、どこからそんな力が出てくるのか。一撃を受け止めるたび、虎熊の手のしびれはひどくなる。
「茨木の姿も見えないが」
「一緒に行ったんじゃ――」
酒呑の姿が消えた。はっとしたときには、背中に衝撃をおぼえ、虎熊は腹から地面に叩きつけられていた。
背後から体当たりされたのだ。背中には、勢いで倒れた酒呑がのしかかっている。
「じゃ、俺たちは酒でも呑むか」
「……おう」
どこか楽しげな酒呑の声に、虎熊は呆れて返事をした。
酒呑は立ち上がると、さっさと歩いていく。
――大江山に来た当初より、柔らかくなったよな。
その背中を眺めて、虎熊はふと、そんなことを思った。他人を拒絶するような冷たい空気を、彼はもっとまとっていたはずだ。それは過去にあった諸々のことがそうさせただけで、根は純粋で優しいのだろう。
いいことだ。他人を受け入れるようになることは。それなのに、何故か虎熊の胸はざわついた。
酒呑が振り返る。
「もしかして、足をひねったのか?」
虎熊は慌てて立ち上がり、何ともない、と酒呑の横に並んだ。
*
日が傾き始めたころ。
石熊童子と金童子が、鬼の里に帰ってきた。
「はい、お土産」
縁側で酒を呑んでいた酒呑の前に、どさりと人間の青年の亡きがらが落とされる。
「あー、重かった」
「……またやったのか」
酒呑は、首を回す石熊と青年を交互に見やる。
眠っているのかと思うほど、綺麗な死体だ。よれた水干をまとった若い男だが、傷一つついていない。
おそらく、石熊が魂だけを食べてしまったのだ。
「あんまり綺麗な声で歌っていたから、つい、ね」
「隣の山まで散歩に行ったんだけど、その人、歌いながら歩いてたの」
金童子が石熊に寄り添って、どこか憂いを帯びた声で言う。
「山でそんなことしたら、鬼神に魅入られても仕方ないじゃない?」
「ほんとに綺麗な声だったよ。彼、故郷では有名人だったんじゃないかな」
石熊は酒呑の隣に腰掛け、青年の死体へ目を落とす。その眼差しに後悔の色はなく、青年に対する尊敬の念のようなものがうかがえた。
散ればこそいとど桜はめでたけれ、うき世になにか久しかるべき。
石熊は口ずさみ、酒呑に視線を滑らせ目を細める。
「美しいものはね、果てるからこそますます美しいんだ。君が人間だったら、僕はきっと君を食べていただろうね」
「要するに酒呑は、強いから綺麗じゃないの」
金童子が石熊の隣に座り、彼の腕を取って引き寄せる。
「いや、そういうわけじゃないけど、君に散られても困るから――痛い痛い痛い、金童子、腕が折れる」
「茨木はどうした?」
青年の眠るような死に顔を眺めていた酒呑は、ふと顔を上げた。
「茨木? 知らないよ、僕たち朝から出かけてたんだから」
石熊は目に涙を浮かべて、ひねられた腕をさすっている。
「お前らと一緒じゃなかったのか?」
「今日はずっと石熊と二人きり」
金童子は嬉しそうに呟いて、頬を染めた。いつもだいたい一緒にいるじゃないか、と石熊が口を尖らせる。
――この土産は茨木が一番、喜びそうなのにな。
一体どこへ行ったのかと、酒呑は、里を囲む木々と空の境界あたりに視線を投げる。
その視界の端に、橙色の影がちらりと映った。
虎熊だ。彼は、酒呑としばらく酒を呑んだあと、子どもらにせがまれて散歩に出かけていた。
木々の中から顔を出した虎熊は、おもむろに歩を進める。子鬼が不安そうに彼を見上げている。
いつもは優しい光を帯びているオレンジ色の目は暗く光り、口元は固く結ばれている。
「何かあったのか?」
「ああ――客が来たんだ。今晩、この里に泊めてくれないかって」
虎熊は表情を和らげるが、その顔には暗い陰が落ちたままだ。
石熊が自然な動作で身を乗り出した。
「へえ、いいじゃないか。何も困ることはないだろ」
「それが人間なんだ」
ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。
気がついたら、一ヶ月も経ってました・・・。ちょっと私生活がばたばたしていたもので、次はもうちょっと早く投稿できると思います。
のろのろやっておりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです・・・!
次回は、鬼の里に来た人間とは・・・です。誰でしょうね(。-_-。)




