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 同時刻、大江山から京までの道。

 鬼同丸きどうまる袴垂はかまだれは、とある館のうまやで寝る準備に取り掛かっていた。

「家の人殺したら、中で寝れるのに」

 袴垂は、館のほうへ目をやって不満そうにしている。二頭だが、馬がいるということはそこそこ金のある者の家なのだろうが、小さな館だ。人の気配も少ない。

「明日には京につくんだぞ。怪我でもしたら――」

「はいはい」

 袴垂は笑い混じりに返事をして、わらの上にごろりと寝転がった。

「怪我でもしたら、じゃなくて、殺したくないんだろ。鬼同丸、お前はホントに鬼か」

「……どっからどう見ても、鬼だろうが」

頼光らいこうのほうが鬼だよ」

 袴垂は腕を枕に目を閉じて、どこか楽しげである。

 鬼同丸は、ひとこと、ふたこと言ってやろうかと思ったが、袴垂の顔を見てやめた。彼に背を向けて、横になる。

 昨夜は袴垂に叩き起こされた。源頼光が戦うところを見たらしい。

 ――頼光は強かった、か。

 そんなどうでもいい話に、長々と付き合わされたのだ。鬼同丸の体は睡眠を欲していた。

 それなのに、今夜も眠りのおとないはない。

 鬼同丸は胸をよぎる嫌な感じを、抑えるように目を強く閉じる。睡眠不足の本当の原因は、叩き起こされたからでも、話が長かったからでもない。袴垂の話が終わった後も眠れなかったのだ。

 ――頼光が強くてもいいじゃないか。それで俺が困ることなんかないはずだ。

 鬼同丸は自分では認めないが、心のどこかで思っている。兄は鬼だ。人間の姿をしていたころからケンカが強かった。

 頼光はしょせん、人間だ。だから、負けるはずがない。

「あ、思い出した」

 袴垂が、ふいに腕をついて体を起こした。

「ジンベンキドクシュ、だ」

「はぁ?」

 一体何の呪文を唱えだしたのかと、鬼同丸は赤い目をこすって袴垂を見やる。

「知ってるか? 鬼が呑むと毒に、人間が呑むと薬になる酒があるんだって」

「何だそれ。それがその、じんべんなんたらってやつか?」

「そうそう。だから、気をつけろよ。京に着いても、うかつに酒は呑まないほうがいいぜ」

 もとより酒なんか呑まないが、気になる話ではある。鬼同丸が目で興味を示すと、袴垂は首を横に振った。

「頼光が、家来の渡辺綱わたなべのつなと話してるのを聞いたんだ。はっきりとは聞こえなかったけど、あいつ、その酒持ってるんじゃねぇのかな」

「頼光が、鬼が呑むと毒になる酒を?」

 袴垂は、ふわりと欠伸をして再び寝転がった。

「まっ、お前酒呑まねぇし、どーでもいいかと思ったんだけど。お前、その酒から鬼として認められねぇかもしれないしな」

 笑って寝返りをうつ袴垂に、鬼同丸は、ちょっと待てよと声をかけかけた。すんでのところで言葉を呑みこみ、袴垂の背を凝視する。

 ――こいつに言ったところで何になる。そもそも俺は何を……。

 どくどくと動悸が速くなる。言いようのない息苦しさと焦りに包まれる。

 源頼光は毒の酒を持っている。

 そして彼は、酒呑童子しゅてんどうじ――外道丸げどうまるの命を狙っている。



 瞼に明るい陽を感じて、袴垂は目を開けた。うんと伸びをして体を起こす。

 痛いような朝日だ。寝起きの霞みがかった頭で、袴垂は周囲を見渡す。

 鬼同丸がいない。二頭の馬だけが、ぽつんと傍らに立っている。

 別に、珍しいことではない。鬼同丸のほうが早く目覚め、食事の準備をしていたり、川へ顔を洗いに行っていることはよくある。

 それなのに何故か、向こうから、赤い影が歩いてくるのを見たとき、袴垂は安堵した。

 やはり、川へ顔を洗いに行っていたらしい。俯いた赤い前髪に、雫が光っている。

「鬼同丸」

 軽く手を上げると、鬼同丸は顔を上げた。目が合うと、彼の瞳は怯えたようにざわりと揺れた。

 鬼同丸は目を逸らすと、ぎゅっと拳を握る。

「袴垂」

 袴垂は彼の様子に気づかないふりをして、彼の横を通り過ぎた。

「さ、館の人が起きちまわないうちに、移動しようぜ。京はもうすぐ――」

「お前、京には一人で行け」

 袴垂は振り返る。赤毛の子鬼は、まっすぐ彼を見ていた。

「どういうこと?」

「そのまんまだよ。俺は、京には行かない」

「どういうことだっつってんだよ」

 わけの分からないもやもやと、胸騒ぎが袴垂を苛立たせた。京を荒らすのが嫌だ、人を殺したくない。今更そんな理由ではないだろうことは、察しがついた。

 そうであれば、笑ってやるのに。

「酒呑童子は、俺の兄だ」

 頭に浮かんでいた諸々のことが消えていく。久しく共にいた鬼同丸が、全くの他人に見えた。

「……お前、鬼は自分だけだって、家族は人間だったって言ってなかったか?」

「人間だった。けど、酒呑童子は、どう見ても兄の外道丸なんだ」

 意味分かんねぇよ、と袴垂は半ば無意識に吐いていた。

 意味分かんねぇ。京に行かないって、大江山に戻るってことか? 兄の酒呑童子を――助けるために?

 袴垂の声にならない声が届いたかのように、鬼同丸が頷いたような気がした。

「俺は大江山に戻る。それで、お前は、京に帰――」

「じゃ、俺も行く!」

 やけになって、袴垂は叫んだ。

 鬼同丸は袴垂を凝視して、二、三度、瞬いた。

「ダメだ、そんなの。土蜘蛛を裏切ることになるんだぞ」

「俺、朝廷に復讐とかどうでもいいし」

「そうじゃない」

 殺されるかもしれないだろ、と鬼同丸は低く呟いた。

「じゃあ、お前は?」

 鬼同丸は答えない。彼は、裏切りを平気とする性格ではない。どんな経緯で土蜘蛛の仲間になったのかは不明だが、大将の御笠みかさにはよく従っていたのを袴垂は知っている。

 袴垂は苛立ちを抑えきれず、鬼同丸の胸倉をつかんで引き寄せた。

「兄貴なんかどうでもいいじゃねぇか。疎まれてたんだろ? 知ってるよ。お前、自分のこと、全然話さねぇし、家族が全員人間だったって聞いたら、お前だけ鬼だから嫌われてたんだって分かるよ。いじめられて、捨てられて、同じ化け物の土蜘蛛の中に逃げてきたんだろ。そんな兄貴、どうでもいいじゃねぇか」

「お前が……そういうこと言うな」

 鬼同丸の顔が、泣きそうに歪んだ。胸倉をつかむ袴垂の腕に、鬼同丸の手がかかった。

「あんなに想ってくれてる兄さんをすっかり忘れたお前が、そういうこと言うなよ」

「……兄さん? 俺の?」

「いいかげん、俺から離れろよ。鬼だぞ? 怖いだろ、普通。どうして、帰りたいって言わなかったんだよ。帰してって言えば、帰してやったのに。俺のことを嫌ってくれたら、俺はお前を手放せたのに。それなのに、どうして」

 鬼同丸は震える手で、胸倉から袴垂の腕をはがした。


「京に帰れ、保輔やすすけ


 何もない空間に投げ出されたように、袴垂の頭は真っ白になった。次第に、奥底に埋もれた記憶が、白い世界を彩っていく。

『保輔』

 笛を口から離して、そう呼ぶのは保昌やすまさだ。にいちゃん、と舌足らずな声で答えるのは――自分。

「藤原保輔だよ、お前は。兄さんが今でも待ってる。だから……帰れよ」

 鬼同丸は泣きそうな顔を背け、掠れた声を絞り出す。

 頭に血が昇って、かっと熱くなった。袴垂は、ふざけんなと叫んで鬼同丸を殴っていた。

「そんなの知るかよ! 俺をもとの家族のとこに戻して、自分は大嫌いな兄貴を助けに行こうっての? 意味分かんねぇ。お前が何でそんなことしたいのか分かんねぇよ。俺もお前も、家族と離れたの何年前だよ? もう、どうでもいいじゃねぇか……」

「どうしようもねぇよ。何年経っても、俺も、あの人も、忘れられないんだから」

 鬼同丸は体を起こして、口の端に滲んだ血を拭う。

 袴垂は奥歯を噛みしめて、鬼同丸を睨みつけると、馬へ飛び乗った。

「それなら、俺は京へ行ってやるよ! 盗賊袴垂としてな!」

 馬を放つ。鬼同丸の傷を負ったような瞳を見た気がしたが、袴垂はぐんぐん馬を走らせる。

 鞍のない裸馬。乗り心地は最悪だ。



 袴垂、と叫びそうになったのを抑え、鬼同丸は、伸ばしかけた手を下ろして握りしめる。

 ――これでよかったんだ。

 良いはずがない。良いはずはないが、ずるずるとここまで来てしまった結果、こうなるより仕方がなかった。

 鬼同丸は気力を奮って立ち上がると、もう一頭の馬へ手をかけた。

 袴垂は当初の予定通り、都を荒らすつもりだ。いや、怒りにまかせて、それよりひどく暴れるだろう。

 それでも、彼は、保昌に会いに行くと思うのだ。どんな感情を抱いていようとも、一目会わずにはいられないはずなのだ。

 ――そしたらあの人は、袴垂を守ってくれる。あいつがどんなに朝廷の敵でも、絶対に。

 鬼同丸は馬に乗って、袴垂とは反対の方向、大江山へと駆ける。

 それにしても、頬が痛い。口内にはまだ血の味が残っている。

 ――思いっきり殴りやがって。冷やしたほうがいいのかな。

 涙は自然にこぼれた。鬼同丸はぬぐうこともせず、頬の熱に固執する。

 謝罪も、感謝も、別れも伝えられなかった痛みを直視できるほど、強くはない。


ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。

一ヶ月以上あいてしまいましたが、復活しました。……けっこう重要な話の前でストップしてたんですね(^^;

この間に、天橋立で藤原保昌の面白い伝説を発見したので、またそちらのほうも紹介したいと思います。次回は原作の御伽草子でも有名な、血のついた着物を洗濯する姫君の話です。

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