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白髪の鬼2

「白髪の鬼……!」

 霧の中に、岩に腰掛けた桜色の着物が浮かび上がる。周りに溶け込んだ白い髪がさらりと揺れて、振り返った。

 頼親よりちかは馬から飛び下りて、太刀を抜いた。琵琶の音がやんだ。

 金属同士のぶつかる音が、霧を斬り裂くように鋭く響く。

「久しぶりだな、白髪の鬼」

「生きてたの?」

 大人しそうな銀色の瞳が、二度瞬かれる。

「頼親様!」

 為頼ためより氏元うじもとが駆けてくる。鬼女はそれを確認すると、さっと頼親から距離を取った。

「私に何か用?」

「殺そうとしといて、よく言うじゃねぇか」

 鬼女は二本の小刀をちょっと下げて、目を伏せた。もとがうれい顔なだけに、それだけで何か思いつめているような印象を受ける。

「もう殺す気はないんだけど」

「ずいぶん勝手だな」

 挑発ぎみに言いながらも、頼親は考える。どうすれば、この鬼に赤毛の子鬼について聞けるか。生け捕りにして聞き出すつもりだったが、戦わずにすむのなら、そのほうがいい。

 頼親は、思い切って口を開いた。

「……聞きたいことがある。それに答えてくれるなら、俺も何もしない」

 銀色の瞳が、頼親をじっと見据える。

 頼親は構えを解いた。

「頼親様……!」

「聞きたいことって、何?」

 鬼女が小刀を下ろす。鞘に収めはしないが、警戒心は薄らいでいる。

「赤毛の子鬼を知っているか」

「赤毛の、子鬼?」

「鬼がどう成長するか知らねぇが、十年前、子鬼だったやつだ」

 鬼女が黙り込む。

 頼親は苛立って、口調を早めた。

「土蜘蛛のことでもいい。鬼や土蜘蛛が人間の子どもをさらったとか、そういう話知らねぇか?」

「……鬼同丸きどうまる

 鬼女は自分自身に確かめるように呟いた。

「十年前、鬼同丸という赤毛の子鬼にさらわれた少年を知ってる」

「それだ!」

 頼親は弾かれたように、鬼女に詰め寄った。鬼女が驚いて後ずさったが、頼親は構わずに続ける。

「そいつの名は?」

袴垂はかまだれ――」

 鬼女がそう口にしたときだった。突然、ごうっと風が吹いた。目も開けていられない強風に、その場の全員が目をつぶる。

 頼親が目を開けたときには、霧はすっかり晴れていて、白髪の鬼の姿はどこにもなかった。

 あたりは不気味なほど、しんとしている。

「頼親様、鬼はどこへ……?」

「俺が知るかよ」

 辺りを見渡す為頼を放っておいて、頼親は馬に乗った。来た道へと馬首を向ける。

 ――袴垂……。

 頼親の脳裏に浮かぶのは、京で遭遇した少年の盗賊。盗賊袴垂は有名だが、その名を騙る者が多く、実際の姿は分かっていない。だが、あのとき袴垂と名乗った少年こそが、本物ではないだろうか。

 ――あいつが袴垂……保輔やすすけだ。

「頼親様、あの鬼の言うことが本当だとすると、あの有名な盗賊が保昌やすまさ様の弟君おとうとぎみってことに……」

「ああ」

 氏元の言葉に、頼親は振り向きもせず低く返す。

「なんだか、拍子抜けしますね。袴垂って京によく出るんでしょ?」

 為頼の声はどこか嬉しそうだ。頼親は、じろりと彼を睨む。

「近くにいたって、盗賊だぞ? 叔父さんになんて言えばいいんだよ」

「え?」

 頼親は舌打ちをして、前を向く。馬の腹を強く蹴る。

「為頼、保昌様の兄上や父上は盗賊になってるだろ? だから、保昌様は弟君にだけは真ともに生きて欲しいと思ってらしたんだよ」

 氏元が為頼に説明する。頼親はそれを背中で聞きながら、彼らに言うともなく呟いた。

「叔父さんは保輔には太刀すら握らせない気だったんだぞ? それが極悪非道で有名な盗賊袴垂かよ。叔父さんは本当に、保輔にだけは人を殺させないって……」

 頼親は、あとの言葉を呑みこんで噛みしめた。

「頼親様、すみません。俺、保昌様の家来とケンカなんかして……」

「あ?」

「頼親様はそこまで保昌様のことを考えていらっしゃるのに、俺は、頼親様と保昌様の仲を悪くさせるようなことを……っ!」

 為頼が大袈裟な身振りを加えて、泣きまねをする。

 頼親は、しまったと思った。確かに、保昌の家来とケンカするのはやめてもらいたいが、叔父思いだと思われるのは気恥ずかしい。

「べ、別に、叔父さんのことなんか考えてねぇよ。ただ、なんか、もやもやするだろーが」

「今度は俺をかばって下さるんですね……!」

「違ぇよ! いいかげんにしろよ!」

「俺、頼親様が素直じゃないことはよく知ってますからああああ痛い痛いです!」

 頼親は為頼の腕を引っ張って、馬から落とそうとする。その隣を氏元が、早く帰りましょうよ、と通り過ぎた。

 

          *

 

 白髪の鬼――金童子かねどうじは、強風と共に現れ、自分を連れ去った仲間を凝視した。現在、彼女はその仲間に抱えあげられている。

「どう? なかなかかっこいい登場の仕方だっただろ?」

石熊いしくま……」

 金童子は、その笑顔を見て、微かに頬を朱に染める。そういえば、二ヶ月以上も会っていなかった。

 彼は、短めの灰色の髪。瞳もそれに合わせた色だ。爽やかな容姿の好青年だが、頭にはきちんと二本の角が生えている。

 その鬼、石熊童子いしくまどうじはそっと金童子を地面に下ろした。

「あと一歩、僕が君を見つけるのが遅かったら、危ないところだったね」

「いや、そういう状況ではなかったんだけど」

 石熊が、えっ、と金童子を見る。どうやら彼は、金童子と頼親が戦っているように見えたらしい。

 ――頼親には、少し悪いことをしたな。

 金童子は、必死で問うてきた若武者の姿を思い出す。確かに金童子は、一度、彼を殺そうとしたが、恨みがあってのことではない。

 金童子は酒呑童子しゅてんどうじを大将とする、鬼の里の鬼だ。土蜘蛛の朝廷に対する復讐が本格的になりだしたころ、彼女はスパイとして土蜘蛛の中にもぐりこんだ。

 金童子たち鬼と土蜘蛛は、同じ大江山おおえやまに住んでいる。土蜘蛛の動きは知っておくにこしたことはない。

 だが、あるとき金童子は、土蜘蛛の大将御笠(みかさ)に、大和の源頼親討伐を命じられた。それを聞き、金童子はスパイであることがバレたと悟った。スパイを大江山から引き離し、朝廷の味方で腕の立つ頼親の討伐に利用しようというのだろう。土蜘蛛は、戦闘で双方が弱ったところを襲うつもりだ。

 案の定、土蜘蛛は、金童子が怪我をした瞬間、飛び出してきた。予測していたことだから、何とか防ぐことができたが、そうでなければ今ここにいたか分からない。

「まぁいいや。どうせ僕が来ないと、君は大江山に帰れないんだし」

 方向音痴すぎてね、と石熊が笑う。

「それはそうだけど……」

 金童子は、歩き出した石熊に続いた。石熊の腰には直剣が下げられており、歩くたび、かちゃかちゃと音を立てる。

 ――足、怪我してたって言ったら、心配してくれるかな。

 金童子は、優しい黄緑色の水干を着た石熊の背を見やる。あのね、と声をかけたとき、石熊が言った。

「大和はいいところだね。春になったら、また来たいな」

 石熊が少し振り返る。

「君の琵琶が聞けない大江山は寂しいよ」

「……琵琶だけ?」

「まさか」

 言い切った石熊に、金童子の心臓が大きな音を立てた。先を促す前に、石熊は軽快に続ける。

「君の琵琶以外にも、大江山には素晴らしいものがたくさんある。僕は大江山のヤマブキが大好きだし、ヒュウガミズキも綺麗だ。それに何より、酒吞がいるしね」

「ああそう……」

 金童子は、がっくりと肩を落とした。石熊は、思いきり勘違いをしたまま、呑気に催馬楽さいばらなんかを口ずさんでいる。

 石熊童子は、美しいものが何より好きだ。それゆえ、大将である酒吞童子に心酔している。

 金童子は酒吞童子の姿を思い浮かべて、ため息をついた。

 酒吞は確かに、比類ない美男だ。顔だけでなく、すらりと背も高い。赤い髪と瞳も、派手好きな石熊にはたまらないのだろう。

 石熊が酒吞を、花や十二単と同じような目でしか見ていないのが救いだが――。

 ――髪、赤に染められないかな……。

 金童子は、自分の白い髪をつまんでみて、ふと赤毛の子鬼のことを思い出した。

 鬼同丸という子鬼だ。土蜘蛛の中に一人だけ鬼がいたので、気になって調べてみたのだが、袴垂という少年をさらってきたことくらいしか分からなかった。

 酒吞が、行方不明の弟がいると呟いたのを聞いたことがある。金童子は、鬼同丸の赤毛を見て、もしやと思ったのだが、彼は金童子を警戒していて、近づくことができなかった。

 ――まぁ、全然似てなかったし。

 酒吞の弟となると、相当美男だろう。それを想像して、金童子は身を震わせる。

 ――酒吞には悪いけど……弟さん、見つからないほうがいいかも。

 彼女の前では、石熊がのんびり、「梅がに来ぬるうぐいすや」と歌っていた。         


ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。なんかややこしい話で申し訳ありません・・・。

酒呑童子四天王にはいろいろな説がありますが、私は金童子、石熊童子、虎熊童子、星熊童子でいこうと思っています。茨木はまた別で、ちょっと特別な感じです。

次回は酒呑童子(外道丸)です。近日、投稿致します!

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