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勅令2

「まずい……。すっかり忘れてた」

 金時きんときが出て行った部屋で、頼光らいこうががっくりと項垂れる。

「金髪も毎日見ていると、馴染んでしまうものですね」

 頼光と、特に動じた様子のない貞光さだみつを交互に見て、つなは怪訝な顔をする。

「……どういうことですか? まさかあいつ――」

「俺、ちょっと様子見てくる!」

 鬼なんじゃ、と怖い声で綱が続けるのを聞くや否や、頼光は部屋を飛び出した。それを見た綱は、迷わず貞光の胸倉をつかみ上げる。

「貞光っ、どういうことだ! あいつは鬼なのか!?」

「おいおい、やめろって」

 止めに入ろうとする季武すえたけを制し、貞光は、冷めた声で告げた。

「ええ、半分」

「は、半分……!?」

「母親が鬼なんですよ」

 貞光は、反応に困っている綱の腕をつかんで離した。乱れた胸元を整えながら、淡々と説明する。

「金時がここに来たのも、母親の暮らしが少しでも楽になれば、と思ってのことです。母親思いの彼のこと、鬼の存在を否定されれば嫌な気もするでしょう。それを表情に出すあたりは、子どもですがね」

「ていうかさー、あの髪で、あの力だぜ? 綱は、鬼か何かなんだろうなーって思わなかったのか?」

 金時が鬼の子だと知らなかったはずの季武は、もうその事実を受け入れ、けろりとしている。

 綱は拗ねたように顔を逸らし、ぶつぶつと呟いた。

「そりゃ、怪しいとは思っていたけど……まさか、本当にそうだとは……」

「まっ、いいんじゃね? 人を食うわけじゃねぇし、半分くらい許してやれよ」

「……確かに、あいつ自身、悪いやつじゃないしな……。見てるとむかつくが……」

「それは、あなたの身長が――」

「黙れ」

 貞光を睨むと、綱は、再び表情に影を落とし、深いため息を吐いた。

「そうか、あいつの母親が鬼だったのか……」

「綱ぁー、お前、鬼は嫌いだの、皆殺しにしろだの、普段から結構言ってるんじゃねぇの?」

 季武が、何故か楽しそうに綱の頬をぷにぷにとつつく。綱はそれを払うこともなく、さらに表情を暗くした。

 母親という言葉は、綱の弱点だ。母の意思に反して侍になった彼女は、自分がいかに母親不幸者かを自覚し、負い目を感じている。

「……母親思いなのは、いいことだな……」

「これを機に謝ってさ、ちょっと落ち着いて金時と話してみろよ、な?」

「無理に仲良くなれとは言いませんが、仕事中くらいはケンカしない仲になってもらいたいですね」

 季武と貞光に言われ、綱は、覚悟を決めて立ち上がった。

「謝ってくる……」

 

 金時は、庭の一番高い木の上で、自分の行動を悔いていた。ただでさえ人と接するのは苦手なのに、このあと、どんなふうに振る舞えば良いのだろう。

 頼光や綱に悪気がないのは分かっていた。帝のおっしゃることも、最もなことだと理解した上で、不快に思った自分が恥ずかしかった。頼光が命じられた鬼退治は大江山おおえやまであって、金時の故郷の足柄山あしがらやまではない。

 突然、木が揺れ、誰かが登ってくる振動を伝えた。

「頼光様……!」

「あ、動くなよ。揺れると怖いから」

 そういう割に頼光は、楽々と登ってくる。あっという間に、金時より一段低い枝に足を掛けた。その上に頼光が立つと、少し高い枝に腰掛けている金時と同じくらいの高さになる。

 頼光は、戸惑っている金時を見ておかしそうに笑うと、その金髪をわしゃわしゃと撫でた。

「貞光の言う通り、毎日見てると慣れるもんだな」

「俺は、いつまでも慣れませんけど……」

 どんな表情をすれば良いのか分からず、金時は俯いた。頼光は手を止めて、首を傾げる。

「それは、自分の髪の色にか?」

「自分の髪を見られることにというか、人と接することにというか……」

 鬼の子だからですかね、と呟くと、頼光は、まさか、と笑った。

「知ってるか? 昔、紀長谷雄きのはせおっていう人がいたんだけど、その人は鬼と双六すごろくをしたんだ」

「鬼と双六?」

「おまけに、紀長谷雄は双六に勝って、鬼から美女をプレゼントされたらしい。なんだか、仲良さそうだよな」

 頼光が、金時の金色の瞳を覗きこんで微笑む。金時はちょっと視線を逸らして、小さく頷いた。

「……頼光様、俺、鬼の子でも人間とうまくやれますよね」

「大丈夫だって」

 笑ってそう言われただけなのに、金時の心に明るみがさした。この人が大丈夫と言うなら、そうなのだろうと自然に受け入れてしまう。

 不思議だ。頼光の笑顔には、どこか人を安心させるようなものがある。その笑顔や普段の行動のせいで忘れそうになるが、頼光は源氏の武者だ。戦いになると、情けや容赦が一切なくなるのを金時は知っている。

 ――鬼と仲良くなるのも、殺すのも、この人なら可能だろうな。

 自分の問題が落ち着いた途端、金時の中に頼光に対する違和感が生まれた。

 戦っている、鬼退治に行きたくないと言う、目の前で穏やかな笑みを浮かべている。それぞれの頼光が一つにまとまらず、雲のように捉えどころがない。

 しかし、どれも頼光であることには間違いがないのだ。

「嘘ですよね」

 金時の口から、勝手に言葉が滑り出た。

「鬼退治に行きたくないなんて、嘘ですよね?」

 頼光がすっと遠くへ行ったような気がした。表情が消えたせいだ。

「いいや」

 頼光が宙へ視線を投げる。表情が消えたと思ったのは気のせいだったのかと思うほど、頼光は普段通りに戻っていた。

「鬼退治には行きたくないな。山を登らないといけなし、責任重大だし」

「やっぱり、怖いから、ではないんですね?」

 頼光は、うーんと曖昧に首を傾げる。

「金時、お前は母親が鬼なんだったな」

 金時は訳が分からないままに、うなずく。

「鬼ですが、とても優しい母です」

「俺の父上は人間だけど、とても優しくないぞ」

 おかしくもなさそうに笑い、頼光は木の枝に座った。金時より、ずっと下に顔がある。

「父上は、自分の従者でも、意見に反対するものは許さない。手や足を斬り落とされるか、ひどいときには殺される」

 頼光の父といえば、源満仲みなもとのみつなかだ。世に並びない武人で、清和天皇に近い血筋であるため、家柄も悪くない。今は摂津で暮らしているが、若いころは朝廷に仕え、重く用いられていたと金時は貞光から聞いていた。

 言うことを聞かないものは許さない。それは、我が子でも例外ではないと頼光がこぼし、金時は耳を疑った。

「まさか……親子でしょう? 許さないっていっても、他の人たちと同じようには――」

 金時がやっとのことで口にした言葉を、頼光は曖昧な笑みで受け流してしまう。

「そんなわけで、俺は父上より怖いものなんか、この世にないと信じてる」

 冗談めかして言うと、頼光は立ちあがった。その拍子に枝が揺れ、はらはらと木の葉を散らす。

「でも何故か、嫌いじゃないんだよな」

 言い終わってすぐ、頼光は、あっと声を上げた。

「綱だ」

 頼光の視線の先には、どこか意気消沈した様子で屋敷から出てくる綱がいた。

「ほら、たぶんお前を心配して出てきたんだ」

「し、心配?」

 自分が落ち込んでいたことをすっかり忘れていた金時は、驚いて聞き返す。が、頼光はうんうんと頷くだけだ。

「行ってやれよ」

 肩を叩かれ、金時は大きなマサカリを担いで木から下りた。


 綱は、憂鬱な気分で庭を歩いていた。

 ――金時、相当落ち込んでいたらどうしよう……。それに、あいつ相手に素直に謝れるのか、俺は。

 綱の頭の中では、様々な謝罪のパターンがぐるぐるしているが、どれもしっくりいかないものばかりだ。

 悶々としながら大きな木の傍を通ったとき、綱の前に影が落ちた。顔を上げると同時にすとんと地面に下り立った人物を見て、綱は、ずざざっと身を引いた。

「き、金時っ! いきなり現れるとはいい度胸――いや違う違う」

 綱は、ばたばたと手を振って、いつもの調子になりそうなのを必死で抑える。

「いやだから、その、俺が悪かったって、謝ってやろうかと、じゃなくて謝ろうか、と……」

「お前、一人で何言ってんだ?」

「何って――」

 金時の不思議そうな声に目線を上げると、その表情は拍子抜けするほど普段通りだった。

「き、貴様、落ち込んでいたんじゃないのか?」

 綱がそう言うと、金時は、ああ、と言って気恥ずかしそうにうつむいた。

「さっき頼光様とお話しして、励ましてもらったっていうか、何ていうか……」

「……頼光様に……励ましてもらった、だと……?」

 綱は、巨大な石が降ってきたような衝撃を受けた。

 ――俺がどうやって謝ろうかと悩んでいる間、こいつは頼光様と……! それに、思い出した。こいつは金太郎だったのに、頼光様から名前をいただいたんだ!

 わなわなと震える綱に、疑問符を浮かべる金時。

 どうした、と金時が声をかける前に、綱は爆発した。

「やっぱり貴様は嫌いだぁぁああああああぁああああっ!」


「どうして謝りに行って、ああなるんでしょうね」

「もうあいつら、あれでいいんじゃね?」

 簀子縁すのこえんに立って様子を見守っていた貞光と季武は、太刀を抜いて金時を追いかけまわす綱を眺めて、しんみりと語り合った。


          *


 その夜。

 皆が寝静まった頼光邸に、少年の姿をした人ならざるものが忍び込む。

 手にしているのは、抜き身の小刀。背中には大きな壺を背負っている。そいつは影のように頼光のいる母屋に入ると、きょろきょろと辺りを見渡した。

「こんな時間に、何の用だ?」

 それは、子どもに話しかけるような穏やかな声だった。少年の姿の人ならざるものは、はっとして振り返る。傍に置かれた灯台の火が、合わせて揺れる。

 腕を組んで立っているその人の姿を見て、少年は小刀を下げた。

「なんだ、ちゃんと僕のご主人が見込んだ通りじゃん」

「ご主人って、ご近所さんか?」

 頼光は少年と目線を合わせるために、その場に座った。無防備な白い寝衣姿で、太刀は枕元に置いたままである。

 人ならざる少年――凄腕陰陽師の式神は、子どもらしく頬を膨らませてみせた。

「そうだよ。ご主人がさ、やたらあなたの腕を買ってるから、ちょっと試してみたくなったんだ」

「で、合格だったわけだ」

 頼光がおかしそうに笑う。式神が、何故この人に気配を感じ取られてしまったのだろうと悩みたくなるほど、気楽な表情だ。

「それで、本当に何の用だ?」

 まさか俺を試しに来ただけじゃないだろ、と頼光が首を傾げる。

 式神は、背負っていた壺をおろして頼光の前にどんと置いた。

「まさか酒か? 式神とはいえ、子どもと呑むのはちょっと……」

 困惑顔の頼光に、式神は心底呆れて説明する。

「確かに酒だけど、何で僕があなたと呑まなきゃいけないのさ。ご主人から、あなたに渡すように頼まれたんだ。神便鬼毒酒じんべんきどくしゅっていうの」

「じんべん、きどくしゅ?」

「そう。人が呑むと薬に、鬼が呑むと毒になる」

 頼光は壺に触れて、不思議そうに眺めた。壺自体に変わったところはない。

 鬼と戦わなくて済むかもな――頼光の胸に広がる安堵を、式神は見逃さなかった。

 彼の内の恐怖に、式神はため息をつく。

「鬼と相対するのが、そんなに怖いの」

「鬼と戦うことが怖いのは、普通だろ」

「違う。あなたは鬼と戦うことが怖いんじゃない。鬼と戦うことに恐怖を感じない自分が怖いんだ」

 しんと響いた式神の声に、頼光は色を失くす。

「源頼光。どんなに目を背けても、あなたは源満仲の息子なんだよ」

 氷のような視線を式神に向けたまま、頼光は微動だにしない。式神は構わずに話しつづける。

「人を殺すことどころか、殺されることにすら恐怖を感じない。あなたには命のやりとりに対する恐怖がないんだ。鬼と相対することによって、それがはっきりしてしまうのがあなたは――」

 白刃が闇を裂いて駆け抜けた。式神の姿が消える。首と胴が離れた形代が、花びらのように地に落ちた。



 ――神便鬼毒酒、か。

 太刀を収めた頼光が胸の内で呟いたとき、すっと襖障子ふすましょうじが開いた。巫女装束の青年が、顔を出す。

「使うんすか?」

「季武……」

 季武は楽しげな笑みを浮かべて、頼光の前に徐に腰を下ろした。床に置かれた壺をつつく。

「いいっすね、毒の酒」

「まだ起きてたのか?」

「ちょっと目が覚めちゃったんすよ。殿、それより、さっきの俺の質問の答え、どーなんすか?」

季武の大きな瞳が、すっと頼光を向く。長い髪がさらりと、流れるように動く。

「これはいくさじゃなくて、退治だぞ」

 頼光は季武の目を見たまま、笑ってみせた。いつもと変わらない、穏やかな笑みだ。

「それ聞いて、安心したっす」

 季武は一つ息をついて、立ち上がった。

「あれ? 卑怯だからやめろって言いにきたんじゃないのか?」

「まさか。むしろ、使ってほしいっす」

 季武は襖障子を開ける前に、少し振り返る。

「殿、今回はちょっとヤバいかもしれねぇっすよ」

「分かるのか?」

「少し、嫌な予感がしただけなんすけどね」

 揺れる炎が、季武の笑みをより妖艶に見せる。頼光は、彼が卜部氏うらべしであることを思い出した。

 卜部氏――卜占ぼくせんをもって神祇官や神社に奉仕する家である。

「……なんか、怖くなってきたな」

「殿?」

「やっぱり鬼退治とか行きたくないよな。ああ、何で俺にそんな命令……」

 頼光がしゅんと項垂れる。季武は慌てて、頼光に駆け寄った。

「そ、そりゃ殿が強いからっすよ……!」

「弱いふりしてれば良かった……」

「嫌だなー、何言ってんすかぁー」

「とりあえず、色んな神社にお参りに行こう……。写経もしたほうがいいかな。あ、いっそ出家しゅっけ――」

「殿ーっ!」


 ――まったく、殿の怖がりたいびょうも困ったもんだ。

 なんとか頼光を励ました季武は、自室に戻るべく、母屋をあとにした。

 半分の月は、薄い雲に覆われてぼんやりしている。夜気は冷たく、季武は体を震わせた。

 嫌な予感がする。頼光にはそう言ったが、本当は夢を見た。

 夢の、血だまりの中で、ぐったりと横たわっていた人、あれは確かに頼光だ。手には愛刀の蜘蛛切を握ったままだった。綱の、彼を呼ぶ悲鳴が響いていた。

 季武は、それを振り払うように頭を振る。卜部氏の血をひいているせいか、たまにこのような夢を見るが、当たらないこともある。それに、毒の酒をもらったことによって未来が変わったかもしれない。

 ただ一つ、どうにも引っかかるのは、蜘蛛の糸か。

 夢の片隅で、ちらりと土蜘蛛の糸が見えた気がした。目覚める直前に、あの、不気味な笑い声も聞いた気がする。

 ――分かんねぇな。

 土蜘蛛はこの前退治した。今度は、鬼のはずだ。

 季武は、もやもやしたものを抱えたまま自室に戻った。



ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。頼光の父、満仲が自分の意見に反対するものの手足を切り落とす云々は今昔物語より。あと美女丸伝説より、満仲は言う事を聞かないものには自分の子どもでも容赦しない人なんだな・・・と。

美女丸は満仲の息子(八男か九男?)です。息子がみんな武人になってしまったので、満仲は、後継が戦とかで全員死んでも困ると思い、美女丸には学問をしろと言います。が、美女丸、言う事ききません。満仲は怒って、美女丸を殺そうとするのですが、家来が止めます。満仲は、その家来に対し、じゃあお前が殺せと・・・。家来は、まさか主君の子どもを殺すわけにもいかず、美女丸を寺に隠し、泣く泣く自分の子を身代わりに殺します。満仲は、美女丸は死んだと思い・・・しばらく経って少し後悔。それを見計らって、家来は美女丸を満仲のところに連れて行き、許してもらって一件落着。たしかそんな話です(^^;

美女丸は出家して、源賢となり、満仲に出家を促しますが・・・その話が、今昔物語になっています。


次回は久しぶりに頼親です。

あと、キャラ投票・・・作ってしまいました。好きなキャラなどありましたら、投票していただけると嬉しいです。

結果は、票が貯まり次第(生きてる間に貯まれば!)、公開したいと思います。票が多かったキャラでどーでもいい話書けたらいいなと思ってます・・・。

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