金太郎3
数週間後、貞光と金太郎は頼光邸に到着した。
貞光にとって、頼光邸は二ヶ月ぶりだった。
「さーだーみーつッ!」
門をくぐった瞬間、半ば激突する形で貞光に跳びついたのは、季武である。
「俺、もうちょっとでお前の顔忘れるとこだったよー! 実家どうだったー?」
「……どうということはありませんよ。通り一遍の挨拶だけ済ませてきました」
よろめいた貞光は、体勢を整えながら季武を引っ剥がす。
「なぁ土産は――誰?」
そこでようやく季武は、金太郎の存在に気がついた。季武が出てきた瞬間ダッシュで逃げようとした金太郎の袖は、すでに貞光が捕まえてある。
「……あ、あの……俺は……」
「すっげぇー! その髪の毛、何? 触っていい?」
「いや、その……っ」
「金粉でもかかってんじゃね――あっ、土産ってこれ?」
「季武、その辺でよしなさい」
「は?」
一見美女の季武に、べたべたと頭を触られ、金太郎は完全に委縮してしまっていた。
「彼は金太郎と言います。なかなか腕が立つので、足柄山から連れてきました」
「へー、人見知り?」
「極度の」
足柄山からここまでの旅で、貞光はそのことを身に染みて知っている。人で賑わう市まで来たとき、金太郎は急に失踪した。
そんなことで戦えるのかと疑問だったが、戦うべき相手の前には出られるらしい。金太郎は道中、友好的な人ほど話しにくいと、呟いていた。
『その点、貞光は話しやすいよな。人間っていうより、木とか石に話してる感じがしてさ』
何の邪気もない笑顔で言われたとき、貞光は、金太郎を市の真ん中に捨てていこうかとしばし悩んだ。旅の思い出である。
「頼光様はどちらに?」
貞光は、硬直した金太郎をつついて遊んでいる季武に声をかけた。
「殿? あー……」
季武は手をとめて、思案するように視線を宙に投げた。
出来れば金太郎に、頼光の大将らしい第一印象を与えられると良いのだが――。そう案じて返答を待つ貞光に、季武はにっこり笑ってみせた。
「縁側で、綱とどんぐりこま作ってたぜ!」
源頼光という人が、自分の主人になると聞いている。金太郎には、貞光の上に立つ人など想像もつかなかったが、とりあえず、偉い人には違いない。
――俺、ろくに礼儀も知らないんだけどな……。
金太郎はあれこれと心配しながら、貞光についていった。
それにしても、広い庭である。建物もいっぱいあって、どれが何をする場所なのか見当もつかない。
その中で、一番立派だと思われる建物の簀子縁に、少年と青年が腰掛けていた。少年のほうは一つに括った長い髪を揺らしながら、楽しげに笑っている。青年はどんぐりこまを作っているらしい。少年に教えられているが、随分苦労しているようだ。
「頼光様――」
「貞光!」
貞光が声をかけると、青年のほうが、高欄に手を掛け、ぴょんと庭に下り立った。
「ただ今戻りました」
「いいところに帰ってきた! どんぐりこまが上手く作れなくて――」
そこで、頼光と呼ばれたその青年と金太郎はばっちりと目が合った。
――この人が……貞光の主君?
その人の年齢は、貞光とそんなにかわらない。身長は、貞光より少し低いくらいで、凛々しく端正な顔立ちだが、その瞳には人を安心させるような穏やかさがあった。
「彼は金太郎と申します。腕が立つので、仲間に加えたいと思い、連れて参りました」
「……髪の毛、すごいな?」
どんぐりを手の中で弄びながら、頼光は好奇心に満ちた目で金太郎を見上げている。
「あ……金太郎……と……申します……」
金太郎がぎこちなく頭を下げると、すとんと誰かが庭に下りる音がした。
「おい、貞光」
「綱……不機嫌ですね」
「当たり前だ、せっかく頼光様と二人きりだったのに――って、変なことを言わせるな!」
「私のせいですか」
「帰ってくるタイミングが悪すぎなんだ! まぁ、もう少し帰ってくるのが遅かったら、俺はお前の存在自体を忘れるところだったんだけどな」
「季武といい、あなたといい……これだから馬鹿は困る」
「貴様っ……!」
何やら険悪な空気が流れ始め、金太郎はそっと頭を上げた。
「そうだっ、そこの金髪!」
途端に、貞光と言い合っていた少年にびしっと指さされた。少年は、先ほど頼光と話していた人と同一人物がと思うほど、怖い目で金太郎を睨んでいる。だが小柄なうえに、その繊細な顔にはどこか、少女のような美しさがあり、あまり迫力はなかった。
このとき金太郎が、いつものような人に対する恐怖を覚えなかったのは、この少年が小動物のように思えたからだろう。
次の瞬間、中身はオオカミだということを思い知らされたが――。
「貞光に見込まれる強さとは、どんなものか確かめてやる!」
少年は叫んだかと思うと、太刀を抜いていた。その動作の続きとして、息をつく間もなく刃が振られる。
「あ、あっぶねぇーな!」
とっさにマサカリで受け止めると、意外なほど強い衝撃がきた。少年は、小さい体に似合わない勢いで、マサカリを押してくる。
「貴様、本当にそれを武器にしてるのか? ええいっ、ムカつく!」
「な、何でだよ!」
「分からん! 身長といい髪といい、見てると無性にムカつく!」
「それってお前がチビだから――」
「あああああーーー! それは禁止ワードなのにーーー!」
「知るかよっ!」
――都って変なやつばっかだ……。
確信に近い予感が、金太郎の胸をよぎる。もしかしたら自分はとんでもないところに来たのではないだろうか。
綱が金太郎に向かって太刀を抜こうとした瞬間、貞光は頼光の袖を引いた。
「少しお話がございますから、こちらへ」
直後の喧騒を避けるように頼光を導く。
「え? 何か後ろから太刀の音が――」
「放っておいた方がよろしいかと」
面倒ですから、とは続けず、綱と金太郎から程よく距離をとったところで、貞光は足を止めた。木を隔てているため、綱たちの姿は見えない。
「あの、金太郎のことですが――」
貞光が言いかけると、後ろを気にしていた頼光が、ぱっと前を向いた。
「ああ、仲間にしたいんだろ? 俺は別にいいぞ。お前は人を見る目があるからな」
「有難く存じます。ですが、そのことではなく……」
貞光は恭しく頭を下げたあと、金太郎は鬼の子だということを、そっと頼光に告げた。頼光がそういうことに頓着しないということは知っているが、一応、耳に入れておこうと思ったのだ。
案の定、頼光は、少し瞬きをしただけだった。
「へー、だからあんな髪なのか……」
「その上、怪力で、動物と喋れる特殊能力を持っています」
「動物と?」
鬼の子だと聞いたときより驚いた様子で、頼光が問い返す。貞光が頷くと、頼光は感慨深げに腕を組んだ。
「そうか、動物と……。じゃあ、俺がこの前、蹴鞠でミスってお前の馬に鞠をぶつけたこともバレるかもなぁ」
「そうですね」
便利そうだけど、ちょっと困った能力だよな、と頼光が笑う。ええ、まったく困った人です、と貞光が返す。
頼光が、思い出したように顔を上げた。
「あ、人を食ったりはしないよな?」
「それは、はい、大丈夫でしょう」
金太郎はむしろ人から逃げている。
頼光はそれだけ聞くと、よし、頷いた。
「んじゃ、あいつは今日から俺の家来だ。そうなると、いつまでも金太郎って名前のわけにもいかないよな」
「父の名は、坂田時行と申すそうです」
「それなら、坂田金時しかないな」
決定、決定、と笑いながら、頼光はどんぐりこま片手に、金太郎と綱のところへ足を向ける。
もう戻って大丈夫だろうか。貞光がそう思っていると、頼光がふいに呟いた。
「――まぁ、俺が鬼退治とか命じられなければいいんだけどな」
それは、本当に、何気ない一言だった。
ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。金時の過去はこれで終わりです。
どんぐりこまの部分、初めは竹とんぼにして書いてました・・・。でも、平安時代に竹とんぼってないんですね(^^; どんぐりこまも微妙ですが、こま自体は大鏡に出てきていたような気がしたので・・・。(頼光を遊ばせないという選択肢はなかった!)
次回は時間軸を戻して、姫さらいがどーのこーのの続きになります。・・・そろそろ、御伽草子「酒呑童子」の要素が多くなってきます。




