金太郎2
貞光は、京へ向かう道を、徒歩の金太郎に合わせて馬を進めた。
山を出るとき、熊やら猪やらの動物が金太郎に集まってきたので、すっかり遅くなってしまった。金太郎曰く、別れを惜しんでくれていたらしい。
――綱や季武とも、あれくらい仲良くなってくれれば良いが……。
そうは思うものの、金太郎は、山を出てから妙におどおどしている。人の目を気にしているようなのだ。通りかかる人は通りかかる人で、金太郎の髪を物珍しそうに見ていく。
貞光は、朱に染まった空を眺めた。
――そろそろ、泊まる場所を探さなくては。
確か、この先に村があったはず――。そう思い、そのまま真っ直ぐ馬を進ませようとすると、金太郎が、ちょいちょいと袖を引っ張った。
「なぁ、貞光……」
「何です?」
「あれ、何だ?」
金太郎が前を指さす。
が、別に何もない。道が続き、その先にぼんやり民家が見えているだけである。
「あれだよ、人が集まって何か見てるだろ」
「あー……」
言われてみれば、随分遠くに何やら蠢く塊が霞んで見える。
「目がいいのですね」
「見えないのか?」
これも鬼の子故だろうか。
貞光が馬を進めると、金太郎はその陰に隠れるようにしてついてきた。
道の片側には田畑が広がり、その反対側は竹林になっている。その竹林側に寄って、百姓たちが何かを取り囲んでいた。
「何でしょうね?」
「聞いてみようぜ」
あっと思う間もなく、金太郎がさっと前に出た。
人見知りじゃなかったのか。そう思ったのも束の間、金太郎が向かったのは群集ではなく、群集から出てきた一匹の犬だった。
「なぁ、ちょっと待てよ、お前だって」
金太郎は、行き過ぎようとする犬の首根っこを摑まえ抱え上げる。
「あそこに集まってるの、何があったんだ? …………へぇ、そうか……なるほどな……うんうん」
――…………。
「よし、よく分かった、ありがとな」
金時が腕を下げると、犬はぴょんとそこから飛び下り、走っていってしまった。何事もなかったかのように、鬼の子が振り返る。
「何かさ、傷のない裸の死人がいるらしいぜ。どこにも怪我が見当たらなくて、病気だったようにもみえないらしい。不思議だよな」
「不思議ですね、あなたが」
「はぁ?」
「いえ、まぁいいです」
――まさか動物と会話までできたとは。
貞光は、怪訝な顔をする金太郎を無視し、群集を見やる。
ちょうど、人がぱらぱらと散っていくところで、隙間から例の死人が窺えた。なるほど、申し訳程度に腰に布を巻いているが、あとは全くの裸である。だというのに、どこにも致命傷のようなものは見られず、やつれてもいなければ、まだ少年だ。
「見に行かないのか?」
「……怪しいものには近づかないほうがいいですよ」
貞光は太刀の柄に手を掛け、死人から目を離さないようにしながら、金太郎と共に群集の前を通り過ぎていく。
それに気づいた百姓たちは、声をひそめて笑った。
「強そうな供も連れているのに、死人ごときにあのように警戒して……」
「臆病な武者だなぁ」
金太郎が、目立たないよう身を縮めながらも、不快そうに辺りを見渡した。
「……いいのか?」
「構いませんよ」
貞光は、さらりと返して先を急ぐ。
しばらくして程よい宿を見つけ、そこに馬を停めると、貞光は金太郎を連れて、再び死人のもとへ向かった。
「死体なんかほっとけばいいのに、何でだよ……」
面倒臭そうな金太郎に構わず、貞光はさっさと歩いていく。
「死体ではありませんよ」
薄闇の中で、綺麗な死体はぴくりとも動かずに横たわっていた。百姓たちの姿はない。金太郎は貞光に倣って、竹林の中に身を隠し、死体をうかがった。
「じきに、動き出します」
「い、生き返んのか?」
「そら死にですよ」
「えっ、じゃああいつ――」
生きてるのか、と続けようとした金太郎を貞光が制した。
「静かに、誰か来ます」
見れば、貞光と同じような身分の武士である。しかし、供は連れておらず、弓と腰刀を身に着けているだけだ。
案の定、その武士は死体を見つけると馬を止めた。
「何だ、こんなところに人が死んでいるぞ」
武士は何の警戒もせず、死体に近づいていく。死体のすぐ傍まで馬を寄せると、弓でそれをつついた。
「憐れなやつよ、一体どうして死んだのか――」
途端に死体が跳ね起きて、武士の弓に取り縋った。あっと言う間もなく、武士の体が馬から転げ落ちる。
「親の仇の取り方を教えてやるよっ!」
死体、いや死体だった少年は、目にも留まらぬ速さで武士の腰刀を奪い、その喉を斬り裂いた。
着物を剥ぎ取り、主人を失った馬に飛び乗って、飛ぶように駆けていく。あとには血だまりに沈む武士の死体だけが残された。
「すげぇ……」
金太郎は、一瞬のうちに繰り広げられた殺人劇に、ため息を吐いた。貞光はまだ、絶命した武士を見つめたまま動かない。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「はい、もう少し――」
金太郎がきょとんとしている間に、騒ぎを聞きつけた村人が集まってきていた。
「一体何の騒ぎかと思えば、死体が別のものになっているぞ」
「俺、畑から見てた! 前の死体が跳ね起きて、この人を殺したんだ!」
鍬を手にした男が、そのときの様子をしきりに語りだした。
「そうか、じゃあ、あのとき死体を警戒していたお侍さんが正しかったんだな」
「賢い人だなぁ」
話を聞き終えた人々は、皆一様に感嘆の息を漏らす。その様子をじっと見ていた貞光が身じろぎする。
「少し、待っていなさい」
「は?」
金太郎が聞き返す前に、貞光は竹林から出ていた。
「何の騒ぎです?」
偶然通りましたという態で、貞光が村人たちに声をかける。
「あっ、さっきのお侍さん!」
「実はね、あの死体は盗賊だったんだよ」
「ああ、やはりそうでしたか」
平然と答える貞光に、村人たちの尊敬の眼差しは、ますます強くなっていく。
「少し考えれば分かることです。目に映るものばかり信じる者は、愚かですね」
貞光の表情は少しも変わらない。前に彼を馬鹿にした村人が、気まり悪そうに視線を逸らす。
「……臆病とか言って悪かったよ」
「よかったら、名前を教えてもらえるかい?」
――あいつ、実はめちゃくちゃ怒ってたんじゃね……?
ちゃっかり自分と主人の名前を売る貞光を見て、金太郎の頬を冷や汗が伝っていった。
ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます!
死体のフリしてたのは、袴垂です。元ネタは今昔物語です。本当は、貞光が金時を連れて行くときに起こった話ではないんですが(^^; 袴垂の妙な決めゼリフ(親の仇云々)は、この話で実際に袴垂が言ったセリフから取りました。
最近、遅くなりがちですが、必ず投稿するので、この先もよろしくお願い致します。金太郎、まだ続きます。




