金太郎
ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます!
源頼光って誰って聞かれたとき、酒呑童子退治した人って言うより、まさかりかついだ金太郎の主君って言ったほうが、主君なんかおったんやと言いつつ、なんとなく分かってもらえる・・。
次回も金太郎の話、続きます。番外編っぽいですが、微妙に本編に関わってくるので、お付き合いいただければ幸いです。
これは、金時が頼光の家来になる前の話である。
坂田金時――幼名を金太郎という。
その日、金太郎は、いつものように足柄山で動物たちと遊んでいた。
山を駆け回ったあと、少し休憩がてらに彼らと談笑していたときだった。子熊のタロウが、急に鼻をひくひくさせて、うろうろし始めた。
「タロウ?」
金太郎を見上げ、タロウは困ったように鳴いた。
「知らない人の匂いがする……?」
金太郎はタロウの言葉を聞き、首を傾げた。
――山賊か?
何はともあれ、見に行ってみるに限る。
金太郎は高い木に登り、タロウに導かれながら、木から木へ飛び移っていった。
間もなくして、タロウに言われるまでもなく、金太郎はそれと分かる人物を発見した。木の上から、マサカリを握りしめて目を凝らす。
なるほど、怪しい。
着物、太刀、馬、どれもこの辺りではお目にかかれない立派なものだ。
山賊でもなさそうだが、道に迷った旅人といった感じでもない。やけに落ち着いた様子で、木々の間を馬に乗って一人、進んでいる。
どちらにせよ、そいつが向かっている方向には金太郎の家がある。盗るものもないようなボロ屋だが、母が一人でいるそこに、変な奴を近づけるわけにはいかない。
金太郎はマサカリを振り上げて、木から飛び降りた。
もちろん、初めから殺すつもりだったわけではない。脅しに、馬の手前にマサカリを打ち下ろそうと思ったのである。
「山賊ですか?」
しかしそいつは、早々と馬を止め、妙に冷めた目で金太郎を見ていた。
碓井貞光は、初めて見るその少年をまじまじと見つめた。
金色の髪、それと同じ色の目。
少年は警戒するように、馬鹿でかいマサカリをこちらに向けている。
「山賊はお前じゃないのか……?」
「あなたの身なりを見る限り、盗るものなどないように思いますがね」
「ッ! 貧乏で悪かったな!」
ぼろぼろの直垂をまとった少年は、あっさりと挑発に乗り、マサカリを振り上げて地を蹴った。
貞光は馬から降り、太刀を抜く。
「この山で怪しいのは、お前のほうだ!」
「ここでは皆、そのような髪をしている?」
「か、髪は関係無い!」
少年が力いっぱい振るったマサカリは、貞光が避けるたびに、周りの木々を斬り倒していく。
――怪力か……。
おまけに、近づいてみて、その背の高さがよく分かった。貞光も高い方だが、この少年はそれより頭一つ分高い。
「私は別に、怪しい者ではありませんよ」
「信じられるか!」
全然攻撃が当たらないためか、少年が焦った様子を見せ始めた。ますます沢山の木が斬り倒されていく。
貞光は、未来の環境問題のことも考え、決着をつけることにした。
マサカリを太刀で受け止める。予想通りの衝撃が腕に走った。
ぎりぎりと押し合いながら、貞光は口を開く。
「……少し、後ろも気にしたほうがいいですよ」
「え?」
ふっとマサカリから力が抜け、少年の視線が後ろへ逸れた。
「――単純すぎやしませんか?」
「な――ッ」
「マサカリを下ろしなさい」
喉元に添えられた刃を見て、少年は諦めたように武器を投げ捨てた。地を振動させる音と砂ぼこりが、その武器の質量を物語る。
「……騙すなんて卑怯だろ……」
「後ろも気にしたほうがいい、と言ったのです。そりゃ、気にしてくれたほうがいいですよね、私にとっては」
貞光は太刀を少年の喉に添えたまま、さて、と続けた。
「怪しい者ではないと信じてくれますか?」
「……余計、信用できなくなったんだけど」
ちょいちょいと太刀を動かすと、少年は貞光の思った通りの反応を見せる。
「わ、分かった! 分かったからさ、太刀下ろせよっ!」
少年の返事に満足し、貞光は太刀を鞘に戻した。その手にはまだ、マサカリを受け止めたときの痺れが残っている。
――このまま、山に埋もれさせておくのはおしい。
貞光は、どこか不満げで悔しそうな顔をして俯いている少年をじっと観察した。
身長の割に、まだまだ子どもらしいところがあるが、これから成長するにつれ、ますます強くなるのではないか。
貞光は、少しばかりの思案で結論を出した。少年に問いかける。
「名は?」
「……金太郎」
「では金太郎――」
私の主君に仕える気はありませんか――そう続けると、金太郎はきょとんとして顔を上げた。
「私は源頼光の家来、碓井貞光と申します。あなたほどの力があれば、侍として手柄を立てることも可能でしょう。それに頼光様のもとにいれば、さらに武芸を磨くこともできますし、給料も――」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「何です?」
「悪徳商法か……?」
「怪しい者ではありませんよ」
「……………………」
金太郎が怯えたように一歩二歩と後退する。貞光は内心、やれやれと思いながらも、最初から丁寧に説明した。
繰り返し話せば話すほど、金太郎の表情は難しくなっていく。五回目の説明のあと、彼はぽつりと呟いた。
「母さんに聞いてからにする……」
金太郎は、碓井貞光と名乗った怪しいやつが母と話しているのを、家の外で聞いていた。
山の開けたところにぽつぽつ建っている草葺きの住居は、どれも隙間だらけで、どこからでも中の様子が窺える。
源頼光の家来になるという貞光の話は、悪くはなかった。
京まで行くというのは不安であるが、金太郎が仕える報酬として、母のもとに生活費や生活に必要なものを送ってくれるという。
女手一つで育ててくれた母へ、親孝行がしたい――。本人の前で言うのは気恥ずかしいので、金太郎はこうして外で待っているのである。
「突然のことで驚きとは思いますが……」
貞光の話を聞いた母は、しばらく考えるように黙っていた。
粗末な麻の着物に頭巾という、いつもの出で立ちで、その頭巾からは金糸のような髪がのぞいている。思慮深げな瞳は、やはり金色だ。
やがて母が口を開いた。
「これも、前世の縁でしょう」
金太郎は、隣に停められている貞光の馬が身じろぎするのを制して、息を呑んだ。
「あの子がいなくなるのは寂しいですが、立派な武将にお仕えできるのを、母親の私が喜ばないわけには参りません」
母はそこで一旦間をおいて、重々しいため息を吐いた。
「本人はあなたの意向に沿うと申しておりますから、思う通りにおっしゃっていただいて構いませんよ」
どこまでも淡々としている貞光の言葉に、母は首を横に振った。
「私はつまらぬ身ですが、私の夫、あの子の父は、坂田時行という立派なお方。いつまでも、あの子を私で縛っておくわけにはいかないでしょう。ただ――」
母が、頭巾の結び目に手を掛けた。
――えっ?
金太郎は自分の目を疑った。
母は息子以外の前で、あの頭巾を取ったことがないのだ。そしてあの下は、人に見られてはいけないものではなかったか。
金太郎が驚いているうちに、するりと頭巾が取られた。息子と同じ色の髪が、はらはらと肩に落ちる。
そして現れたのは、二本の角。
「金太郎には、半分、このような血が流れております」
金太郎はマサカリを握りしめた。母が鬼だと知った貞光が、太刀に手をかけようものなら、飛び出すつもりだった。
しかし、貞光は動じた様子も見せず、静かに言った。
「頼もしいことです」
「こんな山奥で暮らし、礼儀作法も知らず、半分は人ならざる血が流れている……。そんな子を、本当に良いのですか?」
問い詰めるような響きのある言葉に、貞光はそっと頷いた。
「我が殿は、そんなことを気になさる方ではございません」
母の表情がふっと緩む。角の生えた頭が、深々と下げられた。
「母親思いの優しい子です。どうか、よろしくお願いします」




