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時間的には、十一話鬼同丸の続きになります。

久しぶりに頼親・・・。初めのほうに出てきた、頼光の異母弟です。

 大和、頼親よりちか邸。

 それは貴族のような寝殿造りではなく、塀は竹を網代あじろに編んだもの、屋根は母屋だけが茅葺かやぶきとなっており、あとは質素な板葺である。

 武士らしい屋敷の庭で、源頼光みなもとのらいこうの弟、源頼親みなもとのよりちかは、体術の稽古をしていた。

「次! 早くしろ!」

 頼親が怒鳴ると、周りの家来たちはびくっと体を震わせた。彼らの足元には、先刻、頼親に投げ飛ばされた仲間と、やはり頼親に倒された男たちが呻いている。

 その中の一人、為頼ためよりという郎党が、隣で同じようにうずくまっている氏元うじもとという同僚に、そっと耳打ちした。

「何で頼親様、今日あんな機嫌悪いんだ?」

「あれだろ、最近京の町で、やたら鬼が出没してるらしいじゃん。で、兄上の頼光様、都の警備やってるだろ?」

「ああー、お兄ちゃんが心配なんだ」

「お前もう一回な」

「へ? ――わああああぁ!」

 顔を上げると同時に、頼親に胸倉を掴まれ、為頼の体は宙を舞った。綺麗に弧を描いて、薄く張った氷を突き破り、池に落ちる。

 それを呆然と眺めていた氏元は、不機嫌極まりない主人に目を向けられ、ひっ、と飛び上がる。

「よ、頼親様、俺は別に何も――」

「俺の機嫌が悪いワケが何だって?」

「い、いやその、お兄ちゃん思いなのは良いことだとあああああ!」

「てめぇらが弱いからだろーがッ!」

 池に屍が増えたのは言うまでもない。



 散々暴れた後、頼親は一人、簀子縁に座って手拭いで汗を拭った。

 冬とはいえ、今日は比較的に暖かい日で、空は晴れている。

 ――ったく、誰が兄貴なんか心配すんだよ。

 確かに最近、都で女がさらわれるという事件が多発しているらしいことは、頼親の耳にも届いていた。その犯人が鬼らしいことも、そのために兄の頼光が日々、都を駆け回っていることも知っている。

 だが、普段のんびりやの兄貴は、いざとなると、とんでもなく強いのだ。土蜘蛛退治の話も聞いている。

 ――でも、俺があのとき会った鬼、すげぇ強かったしな……。

 ふと頼親の脳裡を過るのは、二ヶ月前に戦った白髪の鬼。頼親はその鬼に、したたかに傷を負わされている。

 もし、鬼が皆、あれくらい強いとしたら――。

「心配はしてねぇけど……もやもやするというか、居ても立ってもいられないというか、文くらい寄こせというか……いやホント、兄貴なんか心配じゃねぇんだ」

 自分自身に言い聞かせるように呟き、頼親は、竹筒の水を一気にあおった。

 そして次の瞬間、彼は盛大にむせることになる。

「よければ、兄君様に文などお届けしましょうか?」

「――ッ!? お前ッ、いつからッ!」

 頼親が見たのは、木の陰から顔を出した為頼である。先ほど池に投げ飛ばされた彼だが、着物はすでに着替えていた。

 当麻為頼たいまのためより。頼親の叔父、藤原保昌ふじわらのやすまさの家来と何故か仲が悪く、会えば揉め事を起こし、頼親と保昌の仲を気まずくさせる問題児である。

「大丈夫ですか?」

 頼親と同年齢くらいのその郎党は、咳き込む頼親に、つかつかと歩み寄った。

「誰のせいだっ!」

「頼親様がブラコンなせい――ぎゃっ」

 頼親は、言いかけた為頼の額に空の竹筒を投げつけた。すこん、と小気味いい音が鳴って、為頼が額を抑える。

「本当にご機嫌斜めですね……」

「いいか為頼、ブラコンってのは、叔父さんみたいなのをいうんだ」

 頼親は竹筒を拾いつつ、できるだけ冷静を装って説明した。

「あ、そうですね。頼親様はツンデレ――ぎゃっ」

 頼親は拾ったばかりの水筒を、目にも留まらぬ速さで為頼に投げつけた。

「頼親様、竹筒の使い方間違って――」

「池に沈めてやるからちょっと来い」

 頼親は為頼の後ろ襟を掴んで、ずるずると引きずった。

「すみませんすみませんあああっ!」

 繰り返し謝る為頼を、頼親は舌打ち混じりに放してやる。

「まったく、兄貴といい、叔父さんといい、お前といい、イライラさせんなよ」

「お、俺はともかくとして、頼光様と保昌様のことに関しては、頼親様が勝手に心配してるだけじゃないですか?」

「心配はしてねぇ」

 鬼退治に奔走する兄のこと。土蜘蛛と白髪の鬼のこと。鬼に弟の保輔やすすけをさらわれた叔父のこと。それらが、もやもやするだけだ。心配はしていない。少なくとも、彼はそう自分に言い聞かせている。

 ――白髪の鬼が見つかったら、保輔のことも分かるかもしれねぇのに……。

「保昌様の弟君、早く見つかるといいですよね」

「お前はその心配より、まず叔父さんの家来と仲良くしろよ」

 頼親がじろりと見ると、為頼は苦笑した。


          *


 京、保昌邸。

 袴垂はかまだれは、その屋敷の築垣周辺をぶらつきながら、それとなく中をうかがおうとしていた。

 彼が京に来て六日目。鬼に扮して姫をさらう仕事は楽しいが、昼間は暇だ。

 それで袴垂は、つい、この屋敷に来てしまった。自分を襲おうとした盗賊に、着物を与えるおかしな男の屋敷だ。

 ――あのオッサン、元気かな?

 別にどうなっていようと関係ないのだが、あの日から時折、どこか寂しそうなあの男の姿が袴垂の頭をちらつくのだった。

 笛を吹いている姿でも、ちょっと見たら帰ろう。

 そう思っていたのだが――

「久しぶりだな」

「…………本当に気配ねぇな」

 いつの間にか後ろに立っていた例の男は、蔭のある微笑を洩らした。

「昼間から、一人で盗みに入るつもりか?」

「ち、違うっての! オッサンが怪しすぎるから、テーサツしてんだ」

「なら、家にあがっていけ」

 男は、ついて来いというように指で招いて、きびすを返した。

「……そういうところが怪しいんだって」

「偵察するなら、中に入れた方がいいだろう?」

 男の足は止まらない。門の前には家来が立っていたが、男が目配せすると、後ろの汚らしい少年を見咎めることはしなかった。

 脅されているわけでもないのに、なんだかこの男からは逃げることができない。袴垂は、もやもやしたものを抱えながらも、男についていく。

「テーサツされていいのか?」

「俺は藤原保昌だ。何をどう調べられようと、盗賊じゃない」

 俺に対する嫌味かよ――袴垂は、そう言おうとしたのだが、男の顔に一瞬、より濃い陰が差した気がして言葉が出なかった。

 袴垂はその表情に気づいていないふりをして、全く別のことを口にする。

「でもさ、俺を家にあげると汚れると思うんだよね」

 もちろん、家が、である。草履は履いているが、それ自体が汚いのであまり意味はない。

 男――保昌は、ちらりと袴垂の身形を見ると、渡殿わたどのに控えていた下女に言いつけた。

湯浴ゆあみさせてやれ。それから着物と、髪も――」

「ちょ、ちょっと待てよ、勝手に話進めんなよっ!」

 が、袴垂が叫んだときには、四人の下女が庭に下りてきていた。

「まぁ、可愛らしい子ですこと」

「保昌様が、お客様をお連れするなんて……! はりきってお世話しなくちゃあ」

 下女たちは口々に喋りながら、せーの、と袴垂を持ち上げた。

「うわぁあっ!」

「わっしょい! わっしょい!」

 下女は四人で胴上げしながら、袴垂をどこかへ連れて行こうとする。

「お、おかしいっ! ここの住人は絶対におかしい!」

 主人と下人のテンションが違いすぎる――。

 袴垂の心中を知ってか知らずか、保昌は満足気に頷いていた。



「保昌様、あのお方はまさか……」

 保昌が屋敷にあがると、先ほどの下女よりも身分の高い侍女が、そっと寄ってきた。昔から、この屋敷に仕えている者である。

 保昌は、静かに首を横に振った。

「そうじゃない。ただ、なんとなく……似ているような気がしただけだ」

「そう……でしたの」

 侍女は悲しげに目を伏せたが、すぐに顔を上げた。

「でも、大事なお客様ですものね。何か、温かい食べ物をご用意して参ります」

「ああ、頼む」

 衣擦きぬずれの音と共に、侍女が去っていく。

 保昌は、下女たちに連れて行かれた盗賊の顔を思い浮かべた。

 あの盗賊、綺麗に洗って髪をといたら、どのようになるだろう。



 下女たちが目をきらきらさせて、見つめてくる。

「まぁ、ここまで綺麗になるなんて!」

「貴族の子みたいですわ!」

 袴垂は、差し出された鏡を覗き込んで顔をしかめた。烏帽子まで被せられてしまって、もはや誰状態だ。

「あのさ、落ち着かねぇから着物は前のままで――」

「すでに焼却済みです!」

 すごくいい笑顔で返された。ここの下女は絶対おかしい。

「それにしても……」

 そのうちの一人が、じっと袴垂の顔を覗き込んだ。

「な、何だよ?」

「……本当に、似ておられる……」

 下女はそう言うと、さめざめと泣きだしたのである。残りの下女たちも、俯いてしんみりしている。

「?」

 袴垂が怪訝な顔をしていると、 泣いていた下女は袖で涙を拭いて、さあ、と明るい声を出した。

「保昌様のところへ参りましょう」

「なぁ、何なの? 俺、誰かに似てんの?」

 自分一人が何も知らないのに苛々して、袴垂は前を歩く下女に聞いた。下女は前を見たまま、ちょっと目を伏せる。

「いえね、行方知れずになってしまった保昌様の弟君おとうとぎみに、ね」

「……ふうん」

 ――あのオッサン、盗賊なんかと自分の弟重ねてんのかよ。

しばらく行くと、笛の音が聞こえてきた。寝殿のひさしの間に立って、保昌が笛を吹いている。

「保昌様」

 下女は主人を呼んだ。保昌がこちらを向くと、彼女は頭を下げ、そっと退く。

 袴垂は、下女がいなくなったのを確認して、保昌に駆け寄った。

「なぁオッサン、あとでボロボロの着物とかあったら――」

「保輔……?」

 保昌の暗い瞳が、驚きをもって見開かれている。

 袴垂は、一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出した。

 ――ああ、例の弟さんか……。

 袴垂はちょっと背伸びをして、硬直している保昌の頭をぽんぽんと叩いた。

「オッサン、あんまり悩んでるとハゲるよ?」

「え? あ、ああ、そうだな」

 保昌は金縛りがとけたように頷いて、円座わろうだに座った。お前も座れ、と隣の円座を袴垂に勧める。

 その前には、椀の乗った高坏たかつきが置かれていた。

葛湯くずゆだ。温まるぞ」

「くずゆ?」

 袴垂は勧められるがままに円座に腰を下ろし、湯気の立った椀を手に取った。保昌が、食べてみろと、視線で示す。

 袴垂は躊躇ためらいつつも、そのとろりとした液体をさじですくって口へ運んだ。染み込むように暖かく、ふんわりと甘かった。

 ゆっくりと飲み下す。なんだか、懐かしい味だ。もしかしたら、その、弟が好きだったのかもしれない。

 保昌は、袴垂が飲んでいる間、笛を吹いていた。

 冷たい冬の空気に、笛の音が寂しげに響く。

「……なぁオッサン」

 袴垂は、椀に目を落として息をついた。

「俺が弟さんに似てるのかもしれねぇけどさ、本物じゃねぇんだ。俺、何人殺してると思う? 駄目だよ、弟さんと重ねたら」

 保昌は笛を口に当てたまま、答えない。

 ――ま、本人が一番分かってんだろ。

 袴垂は後ろの円柱に背中を預けて、ふわりと欠伸をする。

 それにしても、眠たくなる笛の音だ。

 


 いつの間にか眠っていたらしい。袴垂が目を開けると、もう空は赤く染まっていた。

「やっべ……!」

 袴垂は慌てて跳ね起きた。保昌が掛けてくれたのだろう。大きめの着物が、滑り落ちる。

 これから仲間と、鬼に扮装して、姫をさらいに行かなければならないのだ。

 隣には火桶だけが置かれている。

 オッサンは――と思ったとき、後ろの母屋の御簾が上げられた。

「起きたのか」

「ああ、うん。ちょっと俺、用事あるから帰るわ」

 袴垂が急いで出ていこうとすると、逆に保昌は落ち着いた様子で口を開いた。

「最近、鬼が出没する。気をつけろよ」

「だ、大丈夫だって」

 それ俺たちだから――とは言えるわけがない。

「盗みもやめておけ。今日の警備には、俺も行く」

「マジ? そりゃかなう気しねぇわ」

 袴垂は適当に笑って、さっさと屋敷をあとにした。

 

 袴垂は、真っ直ぐ仲間との約束の廃屋に向かった。室内にまでつた蔓延はびこった、半分崩れかけのボロ屋である。

「ごめん、遅れたっ」

「おっせぇぞ――誰だお前」

「あ?」

 汚らしい少年たちの視線が、袴垂に一斉に向けられる。

「死体のフリの次は、貴族のフリして泥棒してたのか?」

 仲間の一人が袴垂を上から下まで眺めて、顔をしかめた。

 袴垂はしばし考えて、服装のことを思い出した。確かに以前、死体のふりをして人を襲うということをしていたが、今度の格好はそういうことのためではない。

 だが、説明するのも面倒だ。

「あ、ああ、そんなところ」

 袴垂はとりあえず烏帽子を脱ぎ、髪を乱した。

「あとでテキトーにボロい着物奪ってくる。で、今夜はどこ襲うんだよ?」

「池田の中納言の屋敷だ」

「ああ、あの金持ちの」

「しかも、姫はすげぇ美人らしい」

 それから袴垂を含めた少年たちは、美人な姫についての話に興じ始めた。

 袴垂は気づかない。

 皆から外れたところで、貴族のような盗賊を見つめ、赤毛の子鬼は複雑な表情をしていた。


ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。

当麻為頼は頼親の家来というか大和の地方豪族で、そのため大和守である頼親に従っていたのではないかという説を読んだことがありますが・・・私の小説では、単純に家来ということにしておきました。頼親をはっきり大和守という設定にしてしまうと年齢が・・・(^^;

為頼、史実では、清少納言の兄(保昌の家来)に殺されます。その仕返しに頼親が清少納言の兄を殺します。そのとき、その場に清少納言も居合わせ、男と間違われて(年をとり、出家していたため)殺されそうになったけど、着物をガバっとやって助かったとか。

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