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鬼同丸と外道丸4

 外道丸げどうまる鬼同丸きどうまるの家周辺は無事だったが、焦げ臭い匂いは風に乗ってやってきている。

 火事の翌日、外道丸は、鬼同丸を家に残し、特に被害を受けた場所へ向かった。人助けは性に合わないが、行かなければそれで面倒なことになるだろうと考えたからだ。

 焦げ臭さが増すにつれ、焼け焦げた民家が見えてくる。村中の人が集まって、怪我人の手当てや燃え尽きた民家の片付けをしていた。

 外道丸が到着すると、はっとしたように人々が振り向いた。それからすぐに、自分は何も見なかったというように、慌ててもとの作業に戻っていく。

 いつもは駆け寄ってくる女も、気まずそうに視線を逸らし、物陰に姿を隠す。

 ――何だ……?

 外道丸が妙な違和感を覚えたとき、中年の男が前に進み出てきた。

 村長の息子だ。

「外道丸」

 村長の息子は落ち着き払った声で言うと、威圧的な目で外道丸を見上げた。

「話がある。ついて来い」

 拒否することを許さない響きに、外道丸は、弟のことだと直感した。驚きや焦りはない。とうとう来たか、と覚悟した。

 何を言われるにしろ、あの馬鹿で優しい弟を守ってやらねばなるまい。あいつには、兄しかいないのだ。

 外道丸は、村人がちらちらと視線を送る嫌な空気の中、村長の息子について行く。

 しばらく歩くと、火事の被害が見えなくなってきた。それでも村長の息子の足は止まらない。どこまで行くのかと問うても、彼は、いいからついて来いと言うだけである。

 自宅から遠ざかれば遠ざかるほど、外道丸の中に、先ほどまでなかった胸騒ぎが生じ始めた。

 辿りついたのは村はずれだった。

 閑散としたそこには、一つだけ家が建っていた。他の民家と同じ、あしで屋根をいた竪穴式住居だが、村長の家ではない。

 ――何故こんな遠くまで……?

 中に入るように促され、外道丸は、入り口に掛かるすだれを持ち上げた。

「外道丸、よう来たな」

 待っていたというように、白髪頭の村長が、地面を叩いて固めた床にむしろを敷いて座っていた。

 息子は入ってこない。村長と外道丸だけの空間には、重々しい空気が横たわっている。

 向かいに座るように指示され、外道丸はむしろの上に腰を下ろした。

「話って何ですか」

 これは聞くまでもないことで、村長も、外道丸が勘づいていることは承知の上だろう。年老いた小さな村長は、力のこもった目で外道丸を見据えた。

「鬼同丸は鬼だろう?」

 外道丸が息を呑んだのを見て、村長は続ける。

「それはもう、村の皆も知っていることだ。隠す必要はない」

「あいつは人を襲ったりしません」

 以前から覚悟していたことだ。次第に鼓動が速くなるのを感じながらも、外道丸は、冷静に言葉を返した。

 大丈夫だ。殺せと言われても、動じずにいられる。弟を連れて村を出る覚悟はできている。

 しかし、村長は首を横に振り、外道丸の予想に反することを述べた。

「考えてみろ、そもそもあれは、本当にお前の弟か? お前の母親は鬼に取り憑かれたのだ。そしてお前もな」

「俺が?」

「お前に懸想けそうした女が何人も死んでいるのは、知っているだろう?」

 突然の村長の言葉は、しゃがれているのに、鋭く外道丸の心を突き刺した。それは確かに、その恐怖と共に、外道丸はよく知っている。

 あの、小夜さよという女が死んでから、似たようなことが何度か起こっていた。外道丸は、誰一人として顔も名前も知らないのに、何故か自分のせいで死んでいく。

 しかしそれは、村長が思うように、自分が鬼に取り憑かれているからではない。

「それが何だって言うんですか。俺は、ましてあいつは何も知らない」

「お前は鬼に取り憑かれているのだ。目を覚ませ」

 それと信じて疑わない村長の態度に、外道丸は、かっとなって立ち上がった。

「俺は正真正銘あいつの兄だ! 女が死んだのは、俺に流れる鬼の血のせいだ!」

「そんなこと簡単に口にするのではない。せっかく鬼を退治できるというのに、また、お前も始末せねばならなくなる」

「……今、何て言った?」

 鬼を退治できる――?

 ふいに外から、パチパチという火の音が聞こえてきた。

「これで、村に災いが起こることもなくなるだろう」

 村長がゆっくりと立ち上がり、外道丸の横を通り過ぎて外へ出る。

 外道丸がそのあとを追うと、外はもう夕焼けに染まっていて、村長の息子がたき火をしていた。

 煙が細く空へ上っていく。

 村長の息子が炎から目を離し、外道丸に静かに告げた。

「この煙は、鬼退治の合図だ。今から行っても間に合わんぞ」

 


 鬼同丸は、家で兄の帰りを待っていた。

 むしろに上に寝転がり、ふわりと欠伸あくびを漏らす。昨日の少年たちのせいで、身体のあちこちが痛み、じっと寝ているより他にやることがないのだ。

 ――遅ぇなぁ。

 もう外は夕焼けに染まっているのに、外道丸は帰ってこない。

 そのとき、人の足音が聞こえてきた。

 鬼同丸は一瞬、兄の外道丸かと思ったが、すぐにその足音が複数であることに気がついた。それも、様々な方角からだ。

 足音は勇み立っているようで、真っ直ぐこちらに近づいてくる。

「な、なんだよ?」

 辺りを見渡してみるが、家の中から見えるわけもない。

 次第に金属が触れ合うような音も混ざってきて、鬼同丸の不安と恐怖はますます大きくなる。

 足音が家を取り囲むようにして止まり――鬼同丸は、怪我の痛みも忘れて外へ飛び出した。

 鬼同丸の視界いっぱいに広がったのは、怖い顔をした村の男たち。斧や鎌、引き絞られた弓が夕日に照らされて光っている。

 鬼同丸は瞬時に、これから起こることと、その理由を理解した。

 鬼は自分で、それは悪いものである。

「消えろ、不吉な鬼の子」

 弓を手にした男はさげすんだように言うと、矢を放った。

 それは吸い込まれるように、鬼同丸の肩に突き刺さる。悲鳴を上げる間もなく、鬼同丸は、次々と矢が飛んでくるのを感じ取り、咄嗟に姿勢を低くして前に走った。

 家の中に戻れば、それこそ袋のネズミだ。弓が撃てないほど、男たちに近づかなければ。

「うわっ、直接触るな! けがれるぞ!」

「何やってるんだ! 早く殺せ!」

 村人の中に入り込むと、場は騒然とした。鬼同丸は、めちゃくちゃに振り回される武器をくぐって、逃げ出そうと試みる。

「殺せ! 鬼を逃がすな!」

 一際野太い声がして、鎌の切っ先が鬼同丸の背中を裂いた。

 倒れた子鬼目がけて、斧が振り下ろされる。体を転がして間一髪で避けたかと思うと、屈強な男の足が、すかさず鬼同丸の胸を踏みつけた。

「よくも、村に災いをもたらしてくれたな」

 男が斧を振り上げて、汚いものでも見るように顔を歪めた。周りのものは、息をきらせて鬼の首が跳ぶのを待っている。

 鬼同丸は、背中からどくどくと血が流れるのを感じながら、赤い目を僅かに開けて、世界から嫌われる自分を見た。

 途端に、傷の痛みよりも何よりも、一人であることが怖くなった。迫ってくる赤い夕日と同化して、悪者として消えていくのが、とても惨めに感じられた。

 赤毛の子鬼は、唯一、この恐怖を和らげてくれる存在を、声にもならない声で呼んだ。

「……兄……さん……」

 それが、鬼同丸を踏みつける男に伝わってしまったのは、不幸だっただろう。

 男は、氷のように冷たい声で言った。

「外道丸なら助けにこないぞ。鬼なんか助けるやつはいないんだ」

 そうか――兄さんは来ないのか。

 鬼を知ったばかりの自分が、鬼は悪者なのかと問うたとき、そうかもな、と答えた兄の姿が鮮やかに思い出された。

 その記憶は、鬼同丸の一つの推測を、確信させる。

 兄さんは、今日俺が殺されることを事前に知っていて、だから、帰って来なかった。

「早く、鬼の首を落とせよ」

 周りから声がかかって、斧の刃が、風を切って鬼同丸に迫った。

 鈍く光る刃を見つめる子鬼の心は、急速に温度を失っていく。肩に刺さった矢も、背中の傷も、自分の体を押さえつけている足も、唯一の家族である兄も――何もかもが憎くなった。

 ――そんなに、鬼、鬼って言うんなら。

 男の悲鳴が響き渡る。斧が地面に落ちる音がする。

 鬼同丸は男の足をつかんで引き倒すと、その喉に食らいついていた。肉は簡単に裂け、生暖かい血液が、鬼同丸の口内を満たす。

 悲鳴を上げて逃げ出す者、勇気を振り絞るように雄叫びを上げてかかってくる者――

 鬼同丸は男の首を完全に噛み千切ると、鎌を振り上げ走ってくる青年の肩に噛みついた。

「ひゃああっ!」

 青年は鎌を投げ捨て、簡単に倒れた。肩に食いついている鬼を引きはがそうとするが、その手は震え、力がこもらない。

 恐怖におののいた顔も、震える命乞いも無視して、鬼同丸はその肩の肉を、骨が見えるまで食らい続けた。

「……鬼だ、正真正銘の鬼だ」

 誰かが呆然と呟いて、ふらふらと後退あとずさりをする。こらえかねたような絶叫が聞こえたとき、鬼同丸は逃げ出した。

 一人ぼっちの鬼の子は、いつの間にか流れていた涙と一緒に、口の中の、青年の肉を飲みくだす。

 人間は、おいしくない。


土蜘蛛つちぐもの仲間にならんか?」

 鬼同丸がそう言われたのは、兄と狩りに来たことのある山の中だった。背中の傷は深くて、鬼同丸は、静かに流れる清水の音を聞きながら、ただ死を待っていた。

 夕焼けが闇に変わる境界の時刻、恐ろしい姿の巨大な蜘蛛は現れた。

「仲、間?」

 自分にはあまりにも縁遠い言葉に、鬼同丸は、土蜘蛛の化け猫のような金色の目を凝視した。

 土蜘蛛はゆっくり頷くと、口から白い糸を吐いて、背中の傷を包むように、鬼同丸の体にその糸を巻きつけた。

「私は陸耳御笠くがみみのみかさ。お前と同じ化け物だ。一緒に大江山おおえやまに行かぬか?」

「俺が、いても、いい場所?」

「ああ、そうだ」

 それは、初めて受け入れられた瞬間だった。子鬼の赤い瞳から、再び透明な涙が零れた。


 辺りが闇に包まれるころ、外道丸はようやく自宅に辿りつこうとしていた。ここに来るまでに、何人もの人が血相を変えて逃げて行くのを見たが、気にかける余裕もなかった。

「鬼同丸……!」

 自宅の前に転がっている人影が見えたとき、外道丸は、全身の血の気が引いていくのを感じた。

 地に倒れ伏す人影は二つ。

 どろりと生臭い血の匂い。しんとした死の気配。

 外道丸は乱れた呼吸を整えながら、慎重に転がっているものに近づいていく。

 満月に青白く照らされた死体は、どちらも弟ではなかった。二人とも見たことのある村の男で、一人は首が千切れ、もう一人は、肩の骨が見えていた。

 冷たい地面には血が染み込み、その上を小さな蜘蛛がっていく。

 外道丸は、目を見開いたままの死体を呆然と見下ろす。死体が弟でなかった安堵は、気味の悪いぞっとするような不安に覆い隠されていた。

 ――これをあいつが……まさか。

 鋭い歯で噛み千切られたような傷口に、外道丸の目は吸い寄せられ、逸らすことができなかった。

 そのとき、背後で、酒の匂いと共にがらがらの笑い声がした。

「さすがは俺の息子だ! あの歳で二人も食い殺した!」

 振り返った外道丸は、自分の目を疑った。

「父……上?」

 赤い眼に、赤い髪。角が、その上にちょこんと生えている。それ以外は、紛れもなく父の弥三郎やさぶろうだった。

 弥三郎は、太刀や農具が包まれたいつもの布をがしゃんと下へ落とすと、反対の手に提げていた瓶子を呷った。

「なんだ、外道丸。父の顔を忘れたか?」

 弥三郎は口角を上げ嫌な笑いを浮かべると、次の瞬間には、外道丸を地面に投げ倒していた。

 背中を地面にしたたかに打ちつけ、外道丸は小さく呻く。酒の匂いが一気に近くなって、目を開けると、父の赤い目が真上にあった。

「――ッ! 離せッ!」

 外道丸は、喉元を押さえ込む父の手から逃れようともがいたが、大柄な弥三郎は岩のようにびくともしない。

「外道丸、お前はどちらかというと母親似だな」

 弥三郎は息子の反応を楽しむように笑うと、外道丸の頬にその指を滑らせた。

「だが、確かに、俺の血も流れているぞ。いつまでも人でいられると思うな」

「……鬼の、血か?」

「ああ、そうだ」

 弥三郎は満足そうに頷くと、酒の残った瓶子を外道丸の口元へ持っていった。

「思い出せ、外道丸。お前は、母の乳より酒が好きだっただろう?」

 瓶子がゆっくりと傾けられる。透明な液体が、少しずつ外道丸の口内を濡らしていく。

「お前は伊吹弥三郎いぶきやさぶろうの子だ。酒吞さけのわらわ酒呑童子しゅてんどうじよ」

 酒の味と父の声に反応するように、外道丸の全身の血がわなないた。どくどくと脈打つ心臓に合わせ、頭が激しく痛む。

 酒呑さけのわらわ酒呑童子しゅてんどうじ――

 父の高らかな笑い声を最後に、外道丸の意識は途切れた。


 数刻後。

 子鬼に食い殺された死体の隣で、美しい青年は一人、目を覚ます。

 青年は、鬼の父親が置いていった包みの中から太刀を取り出し、柄に手を掛ける。鋭く輝く刃がゆっくりと抜かれる。

 満月の明かりは、やいばに己の赤い瞳を映す青年をしずしずと濡らし続けた。


ここまで読んでくださった方、ありがとうございます! 


外道丸がイケメンすぎて人が死んだという説は本当にありますが、外道丸が鬼になるシーンは完全に創作です。本当は、モテモテ外道丸は女たちからもらった文を読みもせずに箱に仕舞っておき、あるとき箱がいっぱいになったので開けてみると、煙(女たちの恨み)がもくもくと出てきて、鬼になってしまうというものです。でも私の小説では、外道丸を庶民の設定にしたので、相手の女も文は書けないだろうと・・・。


「鬼同丸と外道丸」は終わりですが、過去編はもう少し続きます。鬼同丸が保輔をさらった理由などなど。お付き合いいただければ幸いです・・。

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