表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/79

鬼同丸と外道丸3

 鬼同丸きどうまるが、自分は鬼だと自覚した日から三年が経った。生まれたときから一回り、二回り大きかった彼は、すでに十代前半に見えるほど成長していた。

 その三年は、ひどい年だった。

 日照り、台風、疫病、盗賊――。

 こうなると、外道丸げどうまるが売り物としている刀や農具も売れなくなってくる。そういうわけでその日、外道丸と鬼同丸は、村から一番近い山まで狩りに来ていた。

 鬼同丸は木に登り、注意深く辺りを見渡す。

「兄さん、あっちにきじが――」

 下にいる兄に獲物の居場所を告げようとしたとき、鬼同丸は足を滑らせた。あっと声をあげて落下する。

 兄の上に。

「いってぇ……」

「それはこっちのセリフだ……!」

 外道丸は、腹の上で呻く鬼同丸を払いのけた。木の葉を払いながら立ち上がり、舌打ちまじりに弟を見下ろす。

「お前はどこまでドジなんだ」

「に、兄さんだって、ければよかったじゃねぇか!」

「俺は身をていして、お前を守ってやったんだ!」

「それは絶対嘘だ!」

「人の上に落ちてきておいて……!」

 外道丸が捕まえようと手を伸ばすと、鬼同丸は舌を出して、ぴょんと逃げた。

「山のふもとまで落ちろ! 馬鹿弟!」

 鬼同丸が消えた木の葉の辺りに怒鳴ってから、外道丸は、気を取り直して弓を持ち直した。

 ――まったく、思いっきり落ちやがって。

 腹から背中にかけて、じんじんと広がる痛みに、外道丸は弟の大きさを痛感する。あとを追ったほうがいいかと思ったが、やめた。

 鬼同丸は内面的にも成長した。もう自分が皆と違うことをよく知っている。必要以上に人に近づかないし、慎重に行動するようにもなった。

 ただ、時折寂しそうに、遊ぶ子どもたちを眺めているのは変わらないが。



 ――よりによって、兄さんの上に落ちるなんてな……。

 鬼同丸は木から木へ飛び移り、ひとまず兄から距離を取った。

 一息ついて、太い枝に腰掛けたとき――

「あ、あそこ、何か動いたぞ!」

 最も聞きたくない声と共に、矢が飛んできた。矢は鬼同丸の頬をかすめ、彼は本日二回目の落下を経験する。

「やったかっ!?」

 数人の足音がする。見るまでもなく、例の五人の少年たちだ。

 鬼同丸の角を見て以来、彼らは、隙を見ては鬼退治をしようとしてやってきた。鬼同丸は、彼らが村の皆に、鬼同丸は鬼だと触れまわっていることも知っている。

「やった! いたぞ、鬼同丸だ!」

 その声を聞く前に、鬼同丸は駆けだしていた。木の根や草が邪魔で、速くは走れない。

「鬼だ、鬼が出た!」

 矢は、後方から次々と飛んでくる。

 逃げおおせるかと、鬼同丸が思ったとき、目の前に別の少年が立ちふさがった。あっと思う間もなく、木棒が振り下ろされる。

 頭を強く殴られて転がると、鬼同丸は複数の少年に囲まれていた。

 例の五人組と、その他に、知らない少年が数人。いや、村のどこかで顔くらいは見たことがある。

「で、お前らは、この鬼同丸が村にわざわいをもたらしてるっていうんだな?」

「そーだよ。日照りも、疫病も、こいつのせいなんだ!」

 鬼同丸が、ふらふらする頭を押さえて顔を上げると、ほとんど面識のない少年が、鬼同丸の頭巾を乱暴に剥ぎ取った。

 五人組以外の少年たちの間で、どよめきが起こる。

「すげぇ、ホントに鬼だ!」

「か、返せよっ!」

 起き上がろうとすると、後ろの少年が鬼同丸の背を蹴飛ばした。そのまま、その足は鬼同丸をふみつけ、地面に押さえつける。

「こいつ、外道丸の弟だろ? 鬼であいつの弟なんだったら、すげぇ強いんじゃね?」

「試してみるか?」

 笑い混じりの声は、鬼同丸が反撃してこないことを知っている五人組みのものだ。

 少年たちの間で賛同の声が上がるや否や、さんざんに、誰のものとも分からない蹴りが鬼同丸の身体を打った。

「鬼のくせに、弱いなぁ!」

「人も食えない鬼かよ」

「それでも鬼だからな。いるだけで災いを呼ぶんだよ」

 嘲笑と、軽蔑と、憎悪と、暴力。浴びせられるそれらを身に受けて、鬼同丸は耐えていた。できるだけ体を縮め、目を硬く閉じ、決して反撃はしない。

 自分の中にある人間離れした力を自覚しながら、鬼同丸は、歯を食いしばって耐える。本当は、自分が、少年の腕くらいへし折れることを知っているのに。

「静かにしろ、狩りの邪魔だ」

 突然、刺すように冷たい声が割って入って、少年たちの優越感を凍らせた。

 ――……兄さん……?

「黙れないなら、黙らせてやる」

 その言葉が終わらないうちに、少年たちは、わっと逃げ出した。蜘蛛の子を散らすように、大慌てで八方へ消えていく。

「くそガキが」

 外道丸は吐き捨て、おもむろに歩を進める。倒れている鬼同丸の手前で足を止め、すっと視線を下ろした。

「どうしてやり返さない?」

 その美しい瞳には、静かな怒りがたたえられている。

 鬼同丸は目を逸らし、痛みをこらえて体を起こした。何度も踏みつけられた足は、少し動かすだけで激痛が走り、立ち上がることはできなかった。

「……鬼が人を傷つけるって言うんなら、俺はそんなことしたくない」

 鬼同丸は、緑の雑草を見つめたまま、兄に言った。

 少年たちと友達になることなんて、とっくにあきらめている。仲間に入れてもらえるなんて、期待していない。

 それでも憐れな鬼の子は、鬼でも何もしないのだと分かってもらえれば――そんなことを、考えた。

「鬼同丸、お前なぁ……」

 外道丸は呆れたように言うと、しゃがんで鬼同丸の高さに目線を合わせた。何かを決心するようにじっと鬼同丸を見て、静かに言う。

大江山おおえやまに行くか?」

「え?」

 鬼同丸は、兄の横で壺やかめを売っていたお爺さんが、前に言っていたことを思い出した。大江山には、鬼がいる。

「鬼同丸、お前だって鬼の中なら、うまくやれるかも――」

「兄さんまで、俺にどっか行ってほしいのかよっ!?」

「はぁ?」

「鬼の弟がいるって噂になったら困るんだろ!? 兄さんは、どれだけ人を殴っても鬼なんて言われねぇもんな!」

 それこそ物の怪が化けているのではと思うほど綺麗な兄を見ると、鬼同丸の赤い瞳から涙があふれた。

 兄さんの前では泣きたくなかったのに――そう思ったが、涙も言葉も止まらない。

「……俺は鬼で……それは悪いことでっ……! 俺は中身まで鬼じゃないのに、誰もそんなこと――」

「それは言うな」

 鬼同丸の顔に手拭いが押しつけられた。乱暴に涙がぬぐわれる。

「まったく、お前が黙って殴られたおかげで、俺まで苦労する。ほら、傷を洗いに行くぞ」

「立てないんだよっ!」

「本当にお前は、兄とあのガキどもと、どっちが大切なんだ」

 外道丸は、死ぬほど面倒臭そうな顔をしてそう言ったが、ぶさるようにと、鬼同丸に背を向けた。

 鬼同丸は兄に背負われて、山を下りていく。少しの振動で鬼同丸の身体は、あちこち痛んだ。地に浮いた右の足首は、青黒くなっている。

 ――中身なんて、誰も見てはくれない。

 先ほど兄に止められた言葉を思い返すと、再び涙が込み上げてきて、鬼同丸は、兄の背中に顔を押しつけて嗚咽を漏らした。この気持ちは、唯一の話し相手である兄にさえ分かってもらえないのだということが、いっそう子鬼の心をえぐった。

 しばらくして、外道丸はそっと呟いた。

「人が人を、見た目でしか判断しないことなんか、俺が一番よく知ってる」



 村に帰ると、いつもと様子が違った。

 もうすっかり夜になっていたが、何やら騒々しい。

 泣き声、叫び声、炎の明かり――

 村が、火事に襲われていた。


ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます! このへんは特に元ネタもなく、どうかなぁと思っています・・・。


鬼同丸と外道丸」は次回で最後です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ