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鬼同丸と外道丸2

 鬼同丸きどうまるいちに行くようになって、数日。

 鬼同丸の目は病のせいだという噂は、だいぶ広まった。人々が本当にそれを信じているかは疑わしいが、女は外道丸げどうまるに反論しないし、男は彼を恐れている。今のところ、表面上は平和だった。

 その日、鬼同丸は、いちの近くの野原を歩いていた。遠くに行かなければ、その辺を見てきても良いと外道丸から言われたのだ。

 もっとも、兄の外道丸は、鬼同丸を追い払いたかっただけかもしれないが。

 ここ数日、鬼同丸は、兄以外の人を間近で見てきて、よく分かったことがある。

 赤い目の人はいないこと。赤い髪も、角も自分だけだということ。それから、兄の容姿が並はずれて秀麗であること――。

 外道丸が市で店を出すと、いつも女の子が集まってきた。彼は、愛想笑いの一つもせずに、適当に返事しているだけだが、女たちが去ることはない。

『外道丸、仕事終わったら遊ぼうよ』

 そう親しげに話しかける者もいるが、中には、恥ずかしそうにそっと花を差し出して走っていく女の子もいた。

 外道丸はそういうのが、弟の前では決まり悪かったのだろう。

『いいか、遠くには行くな。それから、頭巾は絶対に取るな。人はなるべく避けろ』

 もじもじした女の子が何か言い出す前に、外道丸は鬼同丸の背中を押した。

 そういうわけで今、鬼同丸は、野原に出てきたのである。

 野原では、鬼同丸と同じくらいの少年――といっても見た目の話だが――が遊んでいた。 

 ――にいさん、人はさけろって言ってたもんな……。

 兄の言葉を思い出し、鬼同丸は気づかれないように、そっとその場を離れる。

 でも本当は、楽しそうに駆け回る子どもらが少しだけうらやましかった。


          *


 外道丸が市に行っている間、野原で過ごすのが鬼同丸の日課になった。野原で何をするでもない。ただ、木に登ってぼんやりしているだけである。

 その日も鬼同丸は、野原の木に登って空を眺めていた。

「おい、ちょっとおりてこいよ!」

 唐突に声がして、鬼同丸は下を見る。いつも野原で遊んでいる、五人の少年だ。まさか自分が話しかけられているのだと思わなかったが、五人組は確かに鬼同丸を見上げていた。

 ――もっと遠くであそんでたのに。

 鬼同丸に用があって、わざわざここまで来たのだろうか。

 鬼同丸が、ひょいと小屋ほどもある木から飛び下りると、少年たちはぎょっと飛び退いた。皆一様に、驚いた顔で鬼同丸を見て、息を呑む。

「な、なんだよ?」

 鬼同丸が困惑して問うと、一番体の大きい少年が気を取り直して、挑むように一歩前に出た。

「おまえ、げどーまるの弟だろ」

「そうだよ」

 少年は精一杯怖い顔を作って、鬼同丸を睨んでいる。鬼同丸が、わけが分からないまま頷くと、その体の大きい少年が、さっと他の少年に目配せした。

「え――わぁっ!」

 気がつけば鬼同丸は、複数の少年に押さえこまれていた。あっと言う間もなく、頭巾が取られる。

「うわぁぁ、角だ!」

「やっぱり、げどーまるの弟は鬼だった!」

 鬼同丸は、とっさに起き上がろうとした。が、少年たちは、鬼同丸を突き飛ばし、騒ぎながら逃げていく。

「ちょっと待てよ!」

 鬼同丸は尻餅をついたまま、その背中に向かって叫ぶ。

「鬼だ、鬼だ! 鬼の子、きどーまるだ!」

 子どもたちの声は消えていって、辺りに風がさぁっと吹いた。

 ――おにってなんだよ……?

 野原に一人残された赤毛の子鬼は、投げ捨てられた頭巾を握りしめる。

 その日のことは、兄に言わなかった。


 少年たちは、鬼同丸が見えなくなるまで走ると、息をきらせて足を止めた。薄暗い民家の裏で、辺りに人影はない。

「なっ、ホントに鬼だっただろ?」

 リーダー格の少年が、頬を紅潮させて仲間を見渡した。少年たちは、すごいものを発見したというように顔を輝かせて頷く。

 リーダーの祖母は、鬼同丸の母のお産を手伝ったおうなだった。祖母は、難産で母子ともに死んだと言っていたが、あれは嘘だったのだ。

 リーダーは外道丸の弟というのが、市に来るようになってから、疑念を抱いていた。リーダーの家は、鬼同丸の家の近所である。だから、彼の家族は、鬼同丸の母を昔から知っているのだ。鬼同丸の年齢はどうみても、五、六歳といったところだが、五、六年前に彼の母が妊娠していた記憶はないと、家族は言っている。

 リーダーの少年は、美人で優しい鬼同丸の母親が好きだった。だから、死んだときいたとき、共に死んだという子どもを、少なからず恨んだ。

 ――そんなの、産まなければよかったのに……。

 リーダーはそのときのことを思い出して、ぐっとこぶしを握った。

 そのとき、一番臆病な少年が不安そうに呟いた。

「でも、食われたらどうしよう」

「五人でむかえば、だいじょうぶだ!」

「むかうって?」

 きょとんとする仲間に、リーダーは高らかと言った。

「鬼はわるいやつだから、たいじするんだよ!」

 鬼退治――。

 好奇心旺盛な少年たちにとって、それは素晴らしい遊びだった。

 

          *


 翌日、鬼同丸は昨日と同じ場所に行った。木には登らず、その下で少年たちを待っていた。

 ――おにって何なのか、聞いてやる。

 まだ少年たちの姿はない。いつも、彼らは鬼同丸が来る前には来ているのに、この日は少し待っても誰も来なかった。

 もしかしたらこのまま来ないかもしれないと、不安になったとき――木の後ろから手が伸びてきて、鬼同丸は地面に引き倒された。

「――ッ!?」

 鬼同丸を見下ろしているのは、五人の少年。それぞれ手に棒を持ち、わざとらしく真剣な顔を作っている。

 リーダーの少年が一歩前に出ると、偉そうに口を開いた。

「おい、鬼! お前はわるいやつだから、おれたちがたいじしてやる!」

 少年たちが口々に、そうだ、そうだと同意する。振り上げられる棒を見て、鬼同丸は必死で叫んだ。

「ま、待てよッ! おにって何だよ!」

 返事を聞く前に、木棒は振り下ろされた。鬼同丸は咄嗟とっさに手で顔をかばった。のがれる隙もなく、攻撃は次々降ってくる。

「鬼が鬼を知らないって! 鬼っていうのは、お前のことだよ!」

「角があって、人を食うんだぞ!」

 ――人を……食う?

 攻撃がやみ、鬼同丸はぐいっと胸倉をつかまれた。リーダーの顔が近くにある。

「知ってるか? お前の母ちゃんは、鬼のお前にとりつかれて死んだんだぞ」

「え――」

 一瞬鬼同丸の頭は真っ白になり、背中に寒気が走った。なんとなく、そのようなことを覚えているようで、少年の言葉を嘘だと思わなかったのである。

 鬼同丸は、リーダーを突き飛ばして逃げ出した。

「あっ、鬼がにげたぞ!」

「追え!」

 少年の声が追いかけてくる。

 鬼同丸は力の限り走った。ぐんぐん少年を引き離していく。

 赤毛の子鬼は、兄が外に出したがらなかったわけも、母がいないわけも、鬼が何かも、全部知ってしまった。

 鬼は、自分で、それは悪いものである。



 外道丸は、空が夕焼けに染まり始めたころ、商品を引き上げた。むしろと、商品を包んだ布を担いで辺りを見渡す。

 いつもならこのくらいの時刻に帰ってくるはずの、弟の姿がない。

 ――どこをほっつき歩いてるんだ。

 苛立ちながらも外道丸は、野原の方だろうと足を向ける。

「おい、外道丸!」

 人気ひとけのない通りに入ったとき、外道丸は怒気を含んだ声で呼び止められた。

 ――またか。

 こういうことは、ままある。彼は何もせずとも、女に好かれ、男の恨みを買う。

 外道丸がうんざりして振り向くと、意外なことに相手はたった一人だった。武器も持っていなければ、跳びかかってくる様子もない。だた、悔しそうに、憎そうに、涙がにじんだ目で外道丸を睨みつけている。

「今度は何の用――」

小夜さよが死んだ!」

 外道丸の言葉が終わる前に、青年が叫んだ。

 ――さよ……?

 聞き覚えのない名前に、外道丸は目をまたたかせる。

 青年は答えない外道丸を見て、やけになったように笑った。

「ああ、やっぱりだ! お前は名前さえ知らない!」

「何が言いたい?」

 何か嫌な予感がする。その不快さで、外道丸の口調がきつくなる。

 青年は笑うのをやめて、ぞっとするような目で外道丸を見据みすえた。

「俺の幼馴染みだよ。幼いころからずっと一緒で、俺はずっと彼女が好きだったのに……小夜は、お前を見た日からおかしくなっちまった。ふらふら市に行ってはお前のこと陰から見て、ため息吐いて……どんどん元気なくなっていって……」

 昨夜、お前のこと呼びながら死んだよ――そう言って歯を食いしばった青年の目から、ぼたぼたと涙が落ちた。

 ――俺の、せいか?

 外道丸は、先ほどの話も、小夜という女の名前も顔も知らない。しかし、彼の心の奥にひそむ昔からの不安が、その言葉の否定を許さない。

 外道。それは仏教以外、すなわち天狗や鬼神信仰を指す。

「なぁ……お前の、弟、あれは鬼だろう?」

 唐突に、青年が口を開く。

「……お前も、か……?」

 涙で濡れた顔を上げ、一歩、一歩と外道丸に近づく。

「お前が、小夜の魂をまどわしたんだ……!」

 叫んだかと思うと、青年はふところから小刀を取り出して地を蹴った。

「そんなの、知るかっ……!」

 外道丸がさっと避けると、青年はそのまま地面に倒れ込んだ。悔しそうにうめいて、うずくまったまま、起き上がらない。

 やがて、青年の呻き声は嗚咽おえつに変わり、その涙は、一人の少女の名前と共に何度も何度も地面に落ちた。



 鬼同丸は、河原の石に腰掛けていた。少年たちをうまくいたあとも、兄のところに戻る気になれなかったのだ。

 夕焼けに染まる川をのぞき込むと、赤い目の子鬼が映る。鬼同丸は、それをき消すように水をすくって、じゃぶじゃぶと顔を洗った。

 傷も、涙も、赤い色も、全部流れてしまえ――。

「鬼同丸」

 顔をふく間もなく、鬼同丸は腕を引かれた。

「帰るぞ」

 外道丸は、弟の顔も見ないで、ずんずん歩いていく。

「……にいさん」

 鬼同丸は、兄の端正な顔をちらりと見上げた。夕日のせいだろうか、繊細なまつ毛が暗い影を作って、何か思いつめているように見えた。

 兄はこちらを見ない。手を引かれながら、鬼同丸は彼についていく。

「おれは鬼で、それってわるいの?」

 つながれた兄の手が、ぴくりと動いた。

 馬鹿なことを言うな――無自覚のうちに、心のどこかで、そう言われるにきまっていると思っていたのだろう。

「そうかもな」

 冷ややかな兄の声を聞いた途端、鬼同丸は、誰もいない真っ暗な世界に放り出された気がした。

 その日からだ、鬼同丸が兄にすら不安を抱くようになったのは。


ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます!

酒呑童子(外道丸)の過去で一番有名なのは、御伽草子の中で彼が語っている越後説ですが、彼がイケメンすぎて人が死んだという話も本当に残っています。


鬼同丸の過去、まだ続きます・・・。

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