羅城門の鬼2
羅城門、二階。
――あの鬼、どこへ行った?
綱は、用心深く歩きながら青鬼の姿を探した。二階に上がったのは確かなのだが、真っ暗で姿は見えない。
綱は髭切を構え、全身の神経を研ぎ澄ます。
「あの、話を聞いて――」
「そこかッ!」
綱が髭切を振り下ろすと、硬いものに当たる感触がした。金属同士がぶつかる鋭い音が響く。
「だから、話したいことがあるんだってば!」
「鬼の話など聞いている暇はない!」
「殺す方が時間かかるのだ!」
鬼の持つ薙刀が振り回され、綱は大きく距離を取った。
――不利だな……。
恐らく鬼には、綱の姿が見えている。それにここは、死体がごろごろ転がっていて足場が悪い。
綱の目が徐々に慣れてきたころ、おぼろげに見えた鬼の体が、ぱっと浮いた。きらりと光る薙刀の切っ先が綱に迫る。
「しまった……っ!」
綱は横に飛んで辛うじてかわした。が、息を吐く間なく、再び薙刀が迫っている。そして次の攻撃が綱を――襲わなかった。
バキッと床の抜ける音。
「あ、あれ?」
間の抜けた少女の声。
攻撃のために踏み込んだ青鬼の片足が、見事に床を貫いている。
「……馬鹿なのか?」
「だ、だって、ここ超ボロイんだもん! ちょっと、今攻撃するのは無しなのだ!」
「そりゃもちろん……」
綱は徐に立ち上がって、高らかに笑った。
「しないわけないじゃないか!」
「鬼ィィ―――ッ!」
そして綱は勢いよく一歩を踏み出し――
バキッ。
「……」
「……」
穴に嵌った右足を見つめ、綱はふっと笑った。
「仕方がないから貴様の話を聞いてやる」
綱と青鬼は、連子窓の傍に腰を下ろした。
いつの間にか、雪はやんだようだ。雲が晴れて、外は少し明るくなっていた。
近くで見ると、青鬼はなかなか可愛らしい顔をしている。
「私の名前は、茨木童子というのだ」
「貴様の名前などどうでもいい。さっさと話して、帰らせろ」
「あんたは?」
綱はそっけなく言ったのだが、鬼――茨木童子は、友達と話すような楽しそうな笑みを浮かべていた。
「……源頼光の家来、渡辺綱」
「そっか! よろしく、綱」
親しげに名を呼んだうえに、手まで握ってくる。綱はぎょっとして、手を振り払った。
「は、離せ! 話はどうしたんだ!」
「ああ、そうだった」
乱暴に振り払われたのにも関わらず、茨木に気にした様子はない。
――調子が狂うな……。
綱は視線を逸らし、頭を掻いた。なんだかこの鬼は、人間と変わりがない。むしろこれなら、貞光の方がよっぽど人間らしくないではないか。
「綱は、鬼退治に来たと言ったよね? ということは、都には鬼が出るの?」
「出てるじゃないか、実際」
「私以外の話! 私は最近の都の様子が知りたいのだ!」
「最近の都?」
綱は腕を組んで、少し考えた。あの土蜘蛛騒動以来、大した事件はない。
――あ、そういえば数日前に、とある女房が失踪……。
ふと思いついたとき、外から声がした。
「綱ぁー、どこだー?」
「頼光様っ!?」
綱が連子窓から顔を出すと、馬に乗った頼光が見えた。辺りを見渡しながら、こちらへ向かってきている。
そこで綱は、自分が酔った勢いで、主人の制止も聞かず飛び出してきたのを思い出した。
――お返事申し上げたいが、この状況……!
どう説明すべきか。いや、それよりまず、鬼を主人に近づけるわけにはいかないだろう。どうしようかと綱が狼狽えていると、問題の張本人が、綱の隣から顔を出した。
「へぇ、あれが綱の主君か!」
「あっ、こら!」
茨木は、慌てる綱を意地悪そうな笑顔で振り返る。
「なかなか、かっこいいな?」
「当然だ! 無礼な物言いはよせ!」
「それに――」
茨木が、ぺろりと舌なめずりをする。途端に、彼女の纏う空気が一変した。深い湖の底に落とされたような冷たさが、綱の背中を走る。
「……茨木?」
「――血の匂いだ」
ぞっとするほど冷たい声を聞いたと思ったときには、鬼の姿はそこになかった。
「綱ー?」
やっと保昌を眠らせることができた頼光は、綱を探して羅城門に向かっていた。
――本当にあんなとこ、入ったのか……?
もう羅城門は見えているが、近づけば近づくほど、不気味な空気は強くなっていく。しかし、門の前には、馬らしき姿も見えるのだ。
――たぶん、綱が乗って行ったやつだよな?
頼光は、馬の速度を上げた。指の傷が、嫌な予感のようにずきずきと痛む。綱を追いかけてくるときに、慌てて杯を割ってしまったのだ。大した傷ではないが、手綱を操っているうちに、再び血が出てきたらしい。指に巻いた白い布に、赤い染みができている。
「綱ぁー、門の中かー?」
羅城門の前に到着し、頼光が馬から降りようとしたときだった。
凍りつくような殺気――。頭上にそれを感じ、頼光は、はっと顔をあげる。
舞い降りてくる青く冷たい目が、頼光を見降ろしていた。
獲物を捕らえるように、茨木童子の手が頼光に伸びる。青い瞳に魅入られたように、頼光は動かない。
鬼の指先が頼光に触れる――その少し前に、その腕は、斬り落とされた。
甲高い少女の悲鳴。
白い雪に飛び散る鮮血。
鬼の腕を斬り落とした綱は、そのまま雪の上に着地した。
「頼光様!」
はっとしたように、頼光の肩が動く。
「茨木、貴様……っ!」
綱は、頼光と鬼の間に立ち、髭切を構えた。
傷口を押さえて蹲っていた茨木が、顔を上げた。もうあの、冷たい空気は消えている。
「……つ……な……」
茨木が、痛みに顔を歪め、呻くように言う。綱はその青い瞳を、親の仇であるかのように睨みつける。
茨木はぎりっと歯噛みすると、さっと身を翻し、羅城門を越えて、京の外へ出ていった。
残ったのは、白い腕。綱は舌打ちして、それを拾い上げた。
――人間のものと、変わらないな。
「人間の腕みたいだな」
思っていたことが後ろから聞こえ、驚いて綱は振り返る。頼光が馬の上から、綱の手元を覗き込んでいた。
「頼光様! お怪我は……!?」
「全然。お前のおかげで助かった」
頼光が笑って、綱の頭を撫でる。
「い、いえっ、髭切のおかげですっ」
綱は、逃げるように自分の馬のもとへ駆けた。乗る前に、頼光の方を向いて一礼する。
「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした。屋敷へ戻りましょう」
乗馬した綱が頼光の横につくと、二頭の馬はゆっくりと歩き始めた。綱は、手拭いにくるんだ鬼の腕に目を落とす。
「その腕は、明日、ご近所さんに見てもらうか?」
ご近所さん――頼光邸の近くに住む、凄腕陰陽師である。
頼光と並んで馬を進ませつつ、綱は顔をしかめた。
「えー、物忌しろとか言われたら嫌ですよ」
「呪われるよりましだろ?」
物忌とは、穢れに触れたときなどに、一定期間家に籠って謹慎することだ。じっとしているのが苦手な綱にとって、これほど苦痛なものはない。
そんな綱の心中を読んだように、頼光がくすりと笑った。
「それに、物忌でもないと綱が大人しくなることは、まずないからな」
「そ、そんなことありませんよ! だって――」
あなたに何かあったときは、いつもすごく心配で――そう続けそうになって、綱は慌てて口を噤んだ。
頼光はきょとんとしている。
「や、やっぱり、頼光様のおっしゃる通りですっ。どーせ、俺が大人しくしてることなんか、ありませんよっ」
拗ねたふうを取り繕って、綱はさっさと馬を速める。後ろから追いかけてくるのは、ちょっと困った声だ。
「え、別に、悪いことだとは言ってないぞ?」
綱は少し振り返り、悪い気になって、話を逸らした。
「……頼光様、髭切を鬼切と改めてもいいですか?」
「え? ああ、鬼を斬ったから……」
頼光は、土蜘蛛退治のあと、膝丸を蜘蛛切と改名している。それならやっぱり、おそろいみたいな名前がいいと思ったのだ。
「うん、いい名前だな。髭切なんて物騒な名前よりいいや」
頼光はあっさり了解し、何でもないことのように笑っている。
綱は、頬が紅潮しているのを悟られないように、そっと顔を伏せた。
羅城門は風で倒壊するそうです。
ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。次回はできれば来週・・・ちょっと忙しいので、もしかしたら再来週になるかもしれません・・・。




