第四章 2 恐怖
「来おった……来おった!」
一点を見つめ、天照は声をしぼりだした。岩屋から出たあとの彼女は、力を高めるためだろうか、ずっと瞑目しつづけていた。それが、ふいに瞼を持ち上げたのだ。
それは、恐怖に震えた声であり、また、張り裂けそうな怨念に耐えている呪詛の響きでもあった。
「姉上!?」
「来たのじゃ、やはり須佐之男が!!」
至高神ともあろう存在が、こんなにもおびえ、そして怒りに打ち震えているとは……。
少女の身体を小刻みに揺らし、天照はわれを忘れんばかりに形相を崩していた。
「いやじゃ、いやじゃ!」
「その恐怖は、まだ力が完全でない証拠……真の姉上の神力をもってすれば、この葦原中つ国……いいえ、高天原をふくむすべての世界は姉上のもの。なにも恐れるものなどないのです」
「いやじゃ、いやじゃ! 恐ろしいのじゃ!」
「落ち着きください、姉上」
「また、わらわを辱めにくる! いやじゃ、いやじゃ!!」
「ご安心ください! どんなに須佐之男が凶暴であとうろも、そのお姿でいるかぎり、奴は姉上に手を出すことなどできません!」
「そんなこと、聞きとうない! いやじゃ、怖い思いをするのは、もういやじゃ!!」
「ならば、わたし自らが愚弟の始末をいたしましょう。この月読、自らが!」
暗夜の瞳が、太陽の輝きのもとで、死を司っているかのように明度を沈めていた。