第三章 2 壊滅
都心を破壊した謎の爆発は、日本列島を震撼させた。
爆破テロ!?
埋まったままの不発弾が暴発!?
あるいは、他国によるミサイル攻撃か!?
いや、爆発物と決まったわけではない。
噴火!?
隕石が落下したのか!?
ニュースでは、様々な憶測を伝えていた。
映っているチャンネルは、一局だけだった。
爆発――仮にそうしておくが――その破壊のエネルギーは、ほぼ港区全域を焦土と化してしまったという。港区、とくに赤坂・六本木・虎の門付近は、放送局が集中していることで有名だ。映らないということは、放送局自体が消し飛んでしまったということなのだろうか。
国営放送をふくむその他二局は被害地区から外れているものの、電力が寸断されてしまったか、電波塔である東京タワーの受けたダメージの影響で、受信できなくなっているかだろう。
たしか映っている放送局だけは、ウォーターフロントにあったはずだ。ここだけは、そのいずれの障害もクリアできているようだ。
爆発から一時間ほどが経過していた。
ニュースでは、東京タワーのある芝公園を中心として、半径三キロメートルほどの範囲が壊滅状態に陥っているようだ――と報じていた。
千鶴は、自分の教室のテレビを食い入るように見つめている。
あの爆発……南方の空に、光の柱のようなきらめきが突き立ってから、すぐにここのテレビをつけた。チャンネル調整をする必要はなかった。昼休みにクラスの男子が、いまと同じ局の定番バラエティ番組を見て、そのまま直していなかったのを覚えていたのだ。
昼休み前――まだ授業中だった時刻にも、空が紫に変色したことを思い出した。千鶴にしかわからなかった輝き……。いまとそのときとは、性質がだいぶ異なっているように感じた。爆発のような物理的な被害はなかったし、なによりもいまの光の柱は、邪悪なものを予感させていたような……。
千鶴独自の感覚でしかないが、光の柱が眼に映った瞬間、やな胸騒ぎが駆け抜けた。だから、すぐにここのテレビをつけたのだ。
つけたときには、予定通りの番組をやっていた。ほかのチャンネルは映らなかった。五分ほどして、報道スタジオからの映像に切り替わった。だがそのときにはまだ、たいしたことは報じられなかった。
その一〇分後、報道特別番組という本格的なものになってから、被害の規模などが、だんだんとわかるようになった。中継車も出しているようだが、極度の渋滞のために現地に到着できないらしい。その放送局から東京タワー方面に向けたカメラの映像だけが何度も流れている。
激しい煙が霞むそのさきに、東京タワーがいまにも倒壊しそうに傾いていた。このままでは、それも時間の問題だろうと思われるほどの無残さだった。
『緊急対策本部を臨時に――』
総理大臣の地元でもある首都圏屈指の大都市に、対策本部をおくようだった。日本にとっての不幸中の幸いは、衆議院の解散総選挙が来週に迫っていたことだ。首相をはじめとした政府を固める閣僚たちは、みな地元で選挙運動に奔走していた。
『政府は、救助活動に自衛隊を派遣することを――』
千鶴は、アナウンサーの声を焦心に耐えながら聞いていた。もっと有益な情報がほしかった。
これが、あのスピンクスが言っていた《鉄の種族との戦い》なのだろうか。これから、鉄の種族である人間が、神によって滅ぼされる戦いがはじまったというのだろうか?
「先生、半径三キロメートルって、どれぐらい!?」
自分の背後で、やはり画面を凝視しているであろう高橋織絵に声を投げつけた。
訊かれた織絵のほうは突然の問いかけのため、すぐに答えが出てこなかった。だいたいニュースで報じていることが、あまりにも非現実すぎるのだ。的確な答えを導き出すことのほうがむずかしい。
「ここから、緑が丘公園ぐらいだ」
答えたのは、男の声だ。
織絵のさらに後方――。
「あなた、まだいたの……!」
そんな織絵の警戒の声にも、青年はまるで動じたふうもない。
千鶴はその情報の主に、イラついた視線を突きつける。彼がまだ眼の前にいることも、この教室まで入り込んでいることも、どうでもよかった。
「ここからじゃない!」
「爆心地? 東京タワーからか?」
「そうよ!」
青年――江島周防に、千鶴は怒りの声で応じる。
「渋谷はどうなの!?」
やはり、訊き方も怒っていた。
「ギリギリだな。映ってる放送局が無事なら大丈夫だろ。東京タワーから、その放送局までも、三キロちょっとぐらいだからな。渋谷もそんなもんだ」
「気休めはいい! ダメなの!?」
「だれか行ってるのか?」
「どっちなの!?」
周防の問いを無視して、千鶴は強く訊き返した。
「……運がよければ助かるし、悪ければ、どこにいても助からない」
その薄情な返答に、千鶴はキッと一睨みしてから、どこかへ駆けだそうとした。
「どこいくの!?」
「渋谷!」
織絵が、そんな千鶴の腕をつかむ。
「あなたが行って、どうしようというの!?」
「行ってるのよ! 早苗ちゃんと洋子ちゃんが! 今日、サイン会だって!!」
「井上さんと倉本さんが……」
「だから、わたしも行く!!」
「あなたが行っても、どうにもならないわ! あの二人なら、きっと大丈夫よ」
「オレもそう思う。キミの友達だろう? ってことは、中学生だ。若い子が集まるのは山手線の外側。センター街とか道玄坂とか、まあ、まず大丈夫だ。交通がストップして、帰るに帰れないかもしれないが、死ぬようなことはない」
淡々と、あくまでも冷静な口調が、千鶴の神経を逆撫でした。
「そんなこわい眼で睨むなよ。どこだ? そのサイン会がおこなわれる場所は?」
「知らない!」
そう突き放すように言ってから、その答えが書いてあるものをひらめいた。
「雑誌!」
「雑誌……? さっきのテニス雑誌か?」
「そう! あなたが載ってる古いやつじゃなくて――」
「サイン会……って、オニールか? 世界ランク一位のレイ・オニールが来るやつか!?」
カバンから雑誌を取り出そうとした手が止まった。
「知ってるの!?」
「……」
周防の表情が微妙に変わった。
「まずいな……住所でいえば渋谷区だが、駅でいうと表参道に近いぞ、そこ」
「それって、どういうこと!?」
電車の駅名や乗り換えについては、すでに承知のとおり、千鶴の不得意分野だ。
「ギリギリ……」
「ギリギリ、なに!?」
「入ってる。被害圏内に」
その言葉だけは、わずか平静さを欠いていた。
「わたし、いく!!」
「待ちなさい、千鶴ちゃん!」
腕をつかんでいる織絵を振り払おうと、千鶴は力をこめた。
「行かなきゃいけないの! わたしじゃないと助けられない!」
われを忘れて叫んだ。
織絵にとっては、衝撃的な光景だった。こんなにも感情を出して取り乱す千鶴を見るのは、はじめてだ。良蔵が死んだことでも、逆に織絵のほうが慰められていたのだ。
「どうしたっていうの、千鶴ちゃん!」
「もう親しい人が死ぬのはイヤなの!! そんなこと、わたしは許さない!!」
「冷静になって!」
「放して、先生!」
「ダメよ! そんな危険なところに行かせられない!」
「母親づらしないで!!」
その一言で、織絵は手を放していた。
言ってしまった千鶴も、後悔のためか、しばし茫然としていた。
「ご、ごめんなさい……先生……」
気まずい沈黙を破ったのは、周防だった。
「いいんじゃない、行かせてやれば。その子、あんたが思ってるほど弱くないよ」
だが、部外者の言葉に、織絵はまったく耳を貸そうとしない。よけいなこと言わないで――という睨みではねのけた。
「だったら、あんたも行けばいい」
「わたしが……!?」
「先生なんだろ?」
まるで、試すように周防は言った。
織絵は、千鶴の顔を見つめる。
「どうしても行くの!?」
「わたし、行く! 行かなくちゃいけないような気がするの」
「……わかった! それじゃ、先生も行く。ううん、教師としてじゃない……あなたの保護者として……《母親》として、いっしょに行く。いいわね!」
織絵の瞳と言葉に、迷いはなかった。
千鶴は、うなずいた。
「ただの先生と教え子じゃないってわけか。ま、どうでもいいが」
無関心をよそおうセリフで間をおいてから、周防はつけたすように言った。
「オレも行く。その子には、まだ訊きたいことがあるんでね」
とたんに、織絵の疑惑の眼差しが返ってきた。
「勝手にすれば」
そう応えたのは、千鶴だった。
「千鶴ちゃん、こんな怪しい人!」
「サイン会の場所、知ってる?」
再び、試すような訊き方で周防は迫った。
「そんなの調べればわかるわ!」
「街がいつもどおりなら、住所を頼りに行けるだろうが――」
周防は、テレビ画面を指さした。
「こうなったら、ムリだ。行ったことなければね」
「あなたは行ったことあるの!?」
「サイン会じゃないが、ちょっとしたイベントに招待されたことがある。ほんの一時期だけだったが、これでもオレ、テニス界では期待の新人だったんだぜ」
めずらしく周防は、自慢げな言葉を吐いた。
「過去の栄光でしょ」
さきほど周防が自ら言ったセリフを、今度は千鶴が口にした。他人から言われるのはイヤなのか、それともたんなる照れ隠しか、周防は苦笑いで反応を示す。
その笑みを解いてから、ダメを押した。
「というわけで、オレも行く。反論は?」
「……!」
織絵は、仕方なくあきらめた。
ただし警告は忘れない。
「いーい、この子に指の一本でもふれたら、警察に突き出すわよ!」
――こうして三人は、破壊された都心へ向かうことになった。
これも運命?
いや、運命に抗うための『めぐりあわせ』であることを知るのは、まださきの話だった……。
『――爆発、もしくはなんらかの自然災害による被害状況ですが、中心地と見られる芝公園近辺での生存者は、ほぼ絶望的と見られています。しかし、中心地から離れた場所では生存者も多数いるとみられ――』