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第二章  9 神族

「乾杯!」

 いっせいに、三つの杯が掲げられた。

 中央に円形のテーブルだけがおかれた、ほかになにもない部屋。窓が一つあるだけの、壁に囲まれた白一色の世界が、殺風景に広がっている。絵画やシャンデリアなどの装飾品は、どこにも見当たらない。テーブルの椅子さえなく、円卓を囲むように、三人の青年たちが、立ったまま杯を口に運んでいた。

「ついに計画が動きだした」

 その三人のうち、透き通るような白い肌、輝くような長いブロンドの髪を持った、眉目秀麗の青年が、そう声をあげた。

 厳正な宣言のように、重い響きがあった。

「喜ばしいことだな、ゼウスよ」

『ゼウス』と呼ばれたその美青年は、返ってきた言葉に、ただうなずいた。満足げな様子は微塵もない。

 ゼウス――。

 ギリシア神話において、雷鳴・雷電・雷光を最大の武器とする天空の支配者――最高神として、ギリシアだけでなく、世界に君臨する神の王の名……。

 この麗しの彼こそが、その神話のゼウスと同一神物?

 たしかに、その神威あふれるたたずまい、魔物めいた美しさは、人間のものでないことがわかる。

 もし神でないのだとしても、人間であろうはずがない。

 神でないのなら……悪魔?

 どちらにしろ、人知を超えた存在であることには、まちがいないだろう。

「喜ばしい? はたしてそうでしょうか」

 三人のなかで唯一、表情に冴えないものを浮かべていた青年が言葉を挟んだ。翡翠のような澄んだ緑色の瞳が印象的だった。

「不満があるようだな、ルーフ?」

 ゼウスは、緑の瞳をもつ青年――ルーフを、少し細めた眼で見つめた。

「人間の消滅は、なにを意味するのです? たとえ、われわれが望んだものとしても、彼らの母である《大地》は、望んでいないでしょう。原初の存在である、彼女の意を無視していいものでしょうか」

 フッ、と笑ったのは、もう一人の青年だ。

「本来、大地は大地でしかない。それを女神として、神々の一柱にくわえてやってるのだ。それだけでも感謝してもらいというもの。それを、われわれの意に従わぬとは!」

「しかし、オーディン……彼女は人間すべての母なのです。自分の子を殺すことに賛同する親はいないでしょう」

 もう一人の青年――オーディンは、哄笑を部屋に響かせた。

 ゼウスと同じように、輝く金色の長い髪……しかしこちらのほうは、その相貌から美しさを感じることはなかった。精悍で、好戦的な荒々しさのほうが目立っている。その最大の理由が、潰れた左眼だろう。無理やり眼球をほじくったような凄絶なる傷が、誇らしげに飾られている。

 ゲルマン神話においては、黄金の兜をかぶり、魔法の投槍――グングニルを持つというが、いまはそれらは見当たらない。

「笑わせるな、ルーフ! ダーナ神族は、人間のカタをもつというのか!? 地上の支配者を気取るあまり、その地を汚し、星そのものを破壊できる兵器に鼻高々とさせている愚か者どもに、なんの慈悲がいるというのか!!」

 オーディンは片方の右眼を、こみあげてくる怒りに輝かせて、言い放った。哄笑の余韻は、あとかたもなく消えていた。

「すべての人間が、悪というわけでもないでしょう」

「フン、ヤツらはまぎれもなく悪だ! 日々毒物を垂れ流し、自分の利益だけを追求し、欲望のためにはどんなことでもする醜い存在ではないか!!」

 憤怒の言葉は、まだやまない。

「それに、きさまは『自分の子を殺す親はいない』とほざいたが、人は平気で子を殺し、また子も親を殺している! そんな下等で不完全な生き物なのだ、人間とは!!」

「それを言うなら、われわれもそうではないでしょうか……神王の座につくために、先王との戦いに明け暮れる……否定はできないでしょう、オーディン?」

「まあ、待つのだ」

 ルーフとオーディンの言い争いに、ゼウスが割って入った。

「われわれが仲間割れしてもはじまらない。わがオリュンポス、そしてアース神族、ダーナ神族……この天界を束ねている、われら三神族の長が力を合わせなければ、この度の計画も水泡に帰する恐れがある」

「ダーナは、『長』ではあるまい」

 皮肉まじりに……いや、皮肉だけをこめて、オーディンは言った。

「ダヌは、なぜ姿を現さん?」

「わが女神から、私は王として認められています。それとも、このルーフの力に不満でもあるというのですか?」

 ルーフは、緑の眼光をオーディンに叩きつけた。丁寧な口調からは想像できないほどの強い輝きだ。

 琥珀色の髪を持つ、理知的な美貌の青年だった。美ということにおいてゼウスにおよぶことはないが、やはり人間離れした完璧な顔形をしている。

 ケルト神話においては『魔法の槍』を自在にあやつることから、《長い腕のルーフ》と呼ばれている、太陽と光の神。そして〈ダヌ〉とは、ケルトの神々――ダーナ神族を生んだ『母なる神』と称される女神のことだ。

「そのことはいい。とにかくいまは、この策を成就させることのほうが大事……およそ六〇年前は、あと一歩のところで失敗してしまったのだからな。われわれが結束しなければ、あの苦渋を再び味わうことになるかもしれん」

「だから今回は、人間同士を争わせるという間接的な介入ではなく、直接われわれが人間に手をくだすという方法をもちいるのであろう」

 ゼウスに、オーディンが応えた。

「そうだ。しかし、それとて完全ではない。いいか、神族会議で決定したことだ。個々の考えは自由だが、決定したことには従ってもらう。わかったな、ルーフ」

 だがルーフは、返事をしなかった。

「……まあいい」

 ゼウスは気を取り直したように、杯を口に戻した。

「ゼウスよ、勝利の美酒の味はどうだ?」

「戦いは、はじまったばかりだ」

 一瞬、かたい表情になって、ゼウスはオーディンをたしなめた。

「いいではないか。われらの勝利は確実」

 好戦的な顔に、やはり好戦的な笑みが浮いた。

 一転、すぐに厳しい顔つきに――。

「はやく人間どもを滅ぼさなければ、われわれのほうが滅びの時を迎えてしまうかもしれん……天界と人界の乱れは連鎖するというからな」

 そのオーディンの言葉に、ルーフは心のなかで反論していた。

(乱れているのは、ここも同じ……でしょうね)

 その心持ちに気づいたふうもなく、オーディンは続けた。

「このままでは、《神々の黄昏ラグナレク》も近い……。人間の滅亡こそが、われわれを繁栄へと導くのだ!」





 まもなく神により、《裁きの光》が地上に降り注ぐであろう。

 それは神の怒り……わが主神、イルマの神はお怒りなのだ!

 イルマ神を崇めよ!

 クガンゼ教に入信するのだ!

 人間が生き残るためには、それしかない!! 

 祈るのだ!

 滅びたくなければ――!!


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