第二章 7 裁光
(なんだったんだろう……!?)
窓際のデスクで、いつものように無駄な人生をおくっていた玄崎太一は、さきほど空が真っ赤に輝いたのを思い起こしていた。
それまで雲一つなかった青空が、夕焼けの赤よりもずっと赤い、まるで……そう、まるで鮮血のような深紅に染まったのだ。
それは、ほんの一瞬の輝きにしかすぎなかったが、その一瞬の赤が、太一の心を深くえぐるように侵食していた。
根拠のない不安――。
しいて言うなら、本能が恐怖している。
太一の身体は、しばらく震えた。
震えがおさまってから、同僚にそのことを打ち明けた。太一よりも一〇歳近く若い、まだ今年入社したばかりの後輩だった。
「さ、さっき……空が赤くなったよね!」
話しかけられた若い同僚は、鬱陶しそうに太一のことを睨んだ。この会社で、太一に話しかけられて喜ぶ人間などいない。なりたての新人といえど、例外ではないのだ。
「そ、空が赤くなったよね!」
「は?」
頭おかしいんじゃないの?──とその同僚の眼が、あからさまに蔑んでいた。
「だって、空が赤く――」
「すいません、仕事忙しいんで」
強制的に会話を打ち切られた。とくに仕事のない太一は、自分だけで考えなくてはならなくなった。
あの赤は、なんだったのだろうか!?
たしか、南の方角から光が発生していたような……。
それが、空全体へと広がった。
自分だけにしか見えなかったのだろうか!?
あの赤は……ま、まさか!
「教祖様が言っていた、《裁きの光》!?」
クガンゼ教の教祖、丸井善學はこう言っていた。近いうちに人間は、裁きの光によって滅ぶだろう。その光は神の怒りであり、神に従わない人間を焼き殺すものなのだ――と。
人間が生き残るためには、神に祈らなければならない。
さあ、祈るのだ!
神を崇め奉らなければ、われわれに救いの道はない!!
(祈らなきゃ!)
太一は、掌大の銅像『イルマ像』を手に取った。皮膚が破れてしまいそうなほど、強く握りしめた。
助けてください……。
助けてください!
まだ死にたくありません……。
まだ死にたくありません!
(そうだ、思い出した――)
今日が集会の日だ!!