八・彼は魚、水に棲む魚。白いその雫は金魚の夢。
彼の地に続く銀色の流れ。
はかない色の中に、赤い魚が、一匹、舞っている。
魚影がつくりだした揺らぎは、木目のように円を描き、水中をかき乱す。
水の外は揺れていた。手を伸ばす人影が揺れていた。
にっこり微笑む、見覚えのある、その顔。
棲んでいる魚は、水面を揺らす。その顔を見ようとすればするほど、見えなくなっていく。
むなしく、揺れる水面。
魚の作り出す淡い色の波紋で、顔が壊れていく。
白く細い指だけが浮かんでいる。
いつまでもそこにある。救いの手だけは、どんな揺らぎの何の影響も受けていない。
「 」
その人物の名を呼ぶ。
のばした指の先、赤い魚の影が、また、綺麗に舞っている。
雫が、水面で跳ねた。
はじけ、小さな冠ができ、小さな輪が広がりながら消えていく。
(もしも、泡のように消えてしまっても。空へ還るその日が来ても。君は、悲しまないでいてくれるかな)
金色の魚が、泳いでいる。泳いで、水と同化し溶解していく。
魚、あの、あかい魚、泳いで……。薄れる意識の中、青い闇に全てが溶けていく。
のばした手の先。それをつかもうとする小さな指先は、何も無い空間をつかむ。
夢。