四・雫に流離う水泡、何時か聞いた水声、泡が見た夢。
(なぜ、自分はここにいるのだろう)
雫がまたひとつ、落ちた。
におい漂う水面の波紋は、木目のように円を描く。
(どこへ行こうとしているのだろう)
流れる水の中にいるような、流離う感覚がする。
離合する水流は、同じ場所にはとどまっておらず、常に移動している。
うっかりしていると、このまま流されてしまいそうだ。
(いつからここにいるのだろう)
水底から、三つ二つと泡が発生した。
泡の生まれる音、水面を揺らす水滴と水声のみが、時を満たしていく。
何も、おぼえていない。何も、考えたくない。
時の止まったような、この冷たい静かな空間は、あまりにも心地がいい。
「……早く」
かわいた水泡の音に混じって、声が聞こえてくる。
(……誰かがいる。……誰かがいて、呼んでいる)
「この手をつかむんだ、飛鳥」
聞こえる声、差し伸べられる白く細い腕。
いつかのその手は、揺らめく水中だというのに、はっきりと見ることができた。
ただ、ぼんやりとした意識が支配しているその体は、動かない。
水中に生きる魚とは異なる形の、人の体では呼吸さえもできない。
声に。外界から聞こえたその声に。体は、思い出したかのように、その世界を拒絶する。
(……くるしいよう)
泡がすべてを覆い始めた。視界をさえぎるように。
がんばって手を伸ばそうと、それでも、なんとか重い腕を伸ばす。感覚が水に溶けてしまった意識の中、生きるために。
見上げた水面は、泡の白で覆われ、視界は閉ざされた。
たくさんの泡。全てが白い闇に溶けていく。
夢。