十五・そらの魚と、みずの鳥。
水たまりに月の光が射し込んでいる。気がつけば、視界に入る空はすっかり夜の色になっていた。
「飛鳥」
名前を呼ばれた飛鳥は後ろを振り返る。
「こんな所で、どうしたんだい?」
その質問に飛鳥は首を振りうつむいた。その飛鳥の視線の先にあったのは、丸みをおびた小さな白い石。裏庭の端の少し盛り上がった土の上に、その石が不自然に置いてあった。それは夏の初めに死んだ、金魚の墓である。
「一人かい?」
一人。この言葉が妙に心に響く。
「……さっきまで、一緒だった」
「誰と一緒だったんだい」
飛鳥は、名前を言おうとした。しかし、のどの奥につかえて言葉が出てこない。飛鳥の口からは、彼の名前が発音できない。彼の名前はどう発音するのか? 水に泳ぐ魚が水底に隠れるように、泡が水に溶けてなくなるように、すべて夢の彼方に消えていく。
「……わからない」
飛鳥は庭の水たまりを見た。波紋ができなければ、水があるようには見えないほど、水は限りなく透明色に近かった。月がその水面に映っている。葉から滴る雫が水面に触れると月が揺らぎ、月の光が波紋の中でにっと笑う。彼の名前は、波紋のせいで揺らいでいるように朧だった。
「白狐にでも幻を見せられたのかい? お盆には不思議なことが起きるから」
「白狐はそんなことしないよ」
「そうだな、飛鳥と白狐は友達だものな」
飛鳥の頭をなでる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「うん」
大小ふたつの影は手をつなぎ、灯りのついた建物へと向かう。その道すがら、飛鳥は視界の端で明々と白く輝く毛並みの狐を見た。その狐も飛鳥のほうを見つめ返す。この白い狐はこれからもずっと何事もなかったかのように、全てを見守っていくのだろう。
空はもうすっかり紺色で、銀色の月がまあるくあった。片隅で虫が涼しい声で唄い始めた。なんて悲しい歌なのだろう。その虫の唄は草木の揺れる音と共に風に乗って、夏の夜の匂いを残しつつも、秋の始まりを告げている。気がつかないうちに、しかし確実に季節は移り変わっていくのだ。
――その風に撫でられた白狐は毛並みでそれを感じ、いつものように空に浮かぶ月を、その風景を仰ぎ見ていた。