終末、世界を歩く。|第一銀河と裏側
『干潮』
だだっ広い空間だ。さぁ、と引き、さぁ、と何かを押し上げるように地面に打つ波は、雲が枠の外へ出て行って、太陽の独壇場となっている今、機械的に見えて仕方がない。今見えている地面にはいくつもの化石や骨や琥珀が埋まっていた。波が戻ってくる前に、急がなければならない。
ひとつ、一部にヒビ、欠損が見られる人骨。これは高値で売れる。
ふたつ、電子機器の化石。近くに人骨が見られることから、これの所有者なのだろう。売り捌けるほど価値はない。
みっつ、赤い瞳の小さな虫が閉じ込められた琥珀。その赤い瞳の虫は希少種だった。これはマーケットで高額で取引される代物だ。いや、オークションに出そうか。きっと一生遊んで暮らせる額が手に入るはずだ。
しかし、足が痒い。じりじりと照りつく太陽は頭上に移動していた。もうそこまで歩いてしまったか、風が歌い始め、ぞろぞろと波が戻ってきていた。高波が来る。
* * *
『錆』
凍てついた音は、ぴくりともしない前足も、もう見えない瞳も抱きしめてしまった。太陽が何度沈んで、何度昇ったのか。第五億七万六千五百二十一の扉は、もう開かれてしまったのか。
どん、どん。どっ、どっ、どっ。
その音は早まっていく。鉄柱は何億になっただろう。墓標は木の枝ではきっと足りない。
どっどっ、どっどっ。どん、どん。
遠ざかる音は、やがて聞こえなくなった。
* * *
『体温』
しろいそらにかこまれていた。そこからみおろしたところに、やさしそうなひとがいた。
まえのめりになっていたら、ごろんとおちた。
さかみちをごろごろところがった。
あっちへいってごつん、こっちへいってごつん。
さかみちをごろごろところがった。
なにかのおとがながれてきた。じゃーん、じゃーん。からだがおどりたくなってくるようなおとだった。
さかみちをごろごろところがった。
もうすぐあえる、あのやさしそうなひとに。
あっちへいってごつん、こっちへいってごつん。
もうすぐあえる、きっと
* * *
『残響』
ごぉん、ごぉん、ごぉん。何度か音が跳ね返ってきていた。
私は走った。無機質な白い空間の中、一定の間隔で配置された防壁シャッターのスイッチを押しながら走る。どうか間に合って欲しい、早まる鼓動を抑えるように胸元を握りしめる。
髪を振り、鉄と焦げた匂い、酸の匂いを一心に浴びながら、ただひたすら長い廊下を走った。
枝分かれした通路に出た。右、左、右、右、慣れた調子で走って行く。
いくつも一定間隔に配置された扉からは人の気配すらしない。ここにはもう誰も残っていなかった。
音がした方向はこっちであっているはずだ。
そうして通路を出た先には、ただ光の届かない、だだっ広い空間が広がっていた。音はまだ少し残っていた。そうか、と力無く浮いた。
このままどこへ行こう。
* * *
『標本』
殺菌と消毒をし、そのうつくしい身体を戻すために隈なく洗っていく。足の付け根を切開し、動脈から防腐、殺菌効果のある保全液を注入。静脈から血液を抜いておくのも忘れずに。胸部や腹部の残留物を吸引し、その代わりに防腐剤を満たしていく。切開した部分を目立たぬように丁寧に縫合し、その後、再度全身を綺麗に洗浄。最後に化粧を施すと、出来上がり。
うつくしい彼女が再び私の元へ帰ってきてくれた。
聖女、万歳。また旗を掲げましょう。また正義の名のもとに、私が剣を振るいましょう。あなたはただ、私を導いてください。
ああ、おかえり、私の愛しい人。
* * *
『鍵穴』
第五億七万六千五百二十一の扉の中に答えがある。
手元にはたった一つの鍵があった。
扉以外何もない空間、浮遊しているのに地面に立っているような安定感がある。あしはただ震えていた。生唾をごくりと飲み込む。
五感がほとんど機能しないこの空間、圧迫感がある扉たちを前に、目は忙しなく扉を選んでいたが、右側頭部が痛い。鍵がめり込む拳はもう痛みの感覚すらない。
第五億七万六千五百二十一の扉の中に答えがある。
扉は全て同じ扉だった。見た目に差異はない。鍵穴はきっと違うのだろう。
ひとつ、ひとつ、試していこう。
下を見ることはない。どうせ何もないのだから。
私は目の前の扉の鍵穴に、そっと差し込んだ。
* * *
『抜け殻』
照りつく日差し、じめじめとした空気、青臭い匂い。風は少し冷たいが、この暑さにはあまり意味をなさない。アイスでも買って食べながら歩こうか、そう思っていた。
暑すぎるあまり、公園には誰もいなかった。自販機で買ったアイスを食べながら、広い公園を見渡した。青い木々はさらさらと揺れ、落ち葉や枯れ葉が混じった青い絨毯とその何もない空間は物足りなさを感じてしまう。ここに宇宙船が止まれば物語が始まりそうだな、そう指で枠を作り、気分はまるでカメラマンのつもりで立ち止まった。
宙に浮いたアイスを手に取ってまた食べ始める。
ここはもうすぐ終わりか。
東の空は真っ赤に燃えていた。
* * *
『縫い目』
エンジンを加速させた。星を縫うように走らせた。
背後から迫り来る憎悪は得体が知れない。岩を噛み砕きながら、ただ船を目掛けて泳いでくる。
そうしている内に、太陽系から離れ、何光年来ただろう。
第一銀河を抜け、さらに大きな海に出た。
縫い目からぱっくり割れたような、ぎょろぎょろとした世界の目がこちらを見ていた。
世界の目はただ沈黙していた。
背後から迫り来る憎悪は、もう見えなくなっていた。




