表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第4章

 『第4章』




 高校を卒業し、私は大学生になった。

 コウタは浪人生だ。


 八月。学生は夏休みだが、浪人生に夏休みはない。

 夏を制する者は受験を制すだ。

 勉強会は週三回ペースで、コウタはガッツリ頑張ってる。


 そのおかげか、夏の模試でコウタはB判定をとることが出来た。

 <真・自殺防止計画>は順調なんだと思う。


 代わりに別の問題が浮上していた。

 マナちゃんの意識が、時々なくなってしまうのだ。


 話しかけても返事がないことがあり、その時は決まって表情が虚ろになっていた。

 しかも意識が飛んだ時は、顔色も良くない。


(なんかそれって、ホントに幽霊みたいだね)


 マナちゃんは笑って言ったが、私は全然笑えなかった。


(やめてよ。笑えないってば)

(………)




 秋になると、とうとうマナちゃんの具合は深刻なレベルになった。


 ある日のお風呂あがり。

 部屋に戻った私は心臓が飛び跳ねそうになった。


 ベッドの上にマナちゃんがぐったり倒れていたのだ。

 これはただごとではない。


(マナちゃん!! どうしたの!? しっかりして!!)

(………)


 返事がなかったので再度、心の中で強く話しかけてみる。


(しっかりして! マナちゃん!!)

(……………ん、ああ、ゴメン。ちょっとボーっとしてた)

(また意識がなくなったの?)

(………)


 マナちゃんは視線を落としたまま何も答えなかった。

 ……イエスってことか。


 よほど心配そうな顔をしていたから、なんだろうか。

 マナちゃんは振り絞るような笑顔を私に向けた。


(幽霊は寝ないものだと思ってたけど、あれ勘違いでした。幽霊も眠くなるんだね。いやー、新発見だよ)


 明るく言ったけど、心配させない為の演技だというのは私にもわかる。


(ねえ、マナちゃん。しばらく本読むのやめたら? 小テストも作らなくていいよ。私が作るから)

(本はともかく、小テスト作りをやめるわけにはいかないよ。コウタ君、大事な時期じゃん)

(小テストぐらい、私にも作れるよ)

(あれ意外と難しいのよ。作り慣れてないと、上手く作れないと思う)

(それでもやるよ。頑張ってみる)

(ホンダ君、心配し過ぎだってば。夜は本を読まず眠るようにすれば大丈夫だって)


 以前、マナちゃんは幽霊は眠くならないと言ってた。

 眠るようにすれば大丈夫という、その言葉こそが大丈夫じゃない証拠だ。


 でもこれは言えない。

 だって、解決策がわからないから。

 解決策もないのに、いたずらにマナちゃんを不安にさせるような事は言いたくない。


(……じゃあ、これから夜はちゃんと寝てね。小テストは私も考えるの手伝うから、二人で考えよう)

(わかった。そうするね)




 その日から夜、マナちゃんは眠るようになった。

 ベッドで一緒に寝ようと言ったが(それは恥ずかしいよ……)と断られた。


 マナちゃんは床で寝るようになった。

 幽霊の寝床なんか、どこでも変わらないんだそうだ。


 でも床で寝させるのは嫌だったので、私は貯金をおろして簡易マットを買った。

 部屋がかなり狭くなったが、これは微塵も苦にならなかった。


 マットがマナちゃんの寝床となった。

 ホントは彼女にベッドを使ってほしかったのだが、これは断固拒否された。

 もし家族の誰かが、私がマットに寝てるのを見たら変に思うからとのことで。




* * *




 大学生になった私は週に二回ほど、塾の講師のバイトをしてる。

 でも今日はイベント設営の短期バイトをしていた。


 この仕事は比較的───経験的に、バイトを怒鳴り散らす人が多いということを知っているからだ。

 私は女だからか簡単な仕事を任されたけど、力仕事をしてた男の子のバイトは頻繁に怒鳴られていた。

 そしてなかには、どう考えても理不尽としか思えないような叱責もいくつかあった。


 バイトが終わり、解散となる。

 帰り道、私はガックリと肩を落として言った。


(変化なしか……)

(理不尽な叱責には怒りも湧いてきたし、怒鳴られてる男の子を助けたい気持ちもあったんだけどねえ……)

(そっか……)


 マナちゃんが自分の体に戻る条件は、単純に『怒りを感じた時』でもないし『誰かを助けたいと思った時』でもないらしい。


 突然マナちゃんが意識を失う、ブラックアウトの症状が出始めてから、私は本格的にマナちゃんが自分の体に戻れる方法をいろいろ探し始めていた。


 誰かが理不尽に怒鳴られる姿を見るのは良いアイディアと思ったのだが、これも空振りに終わった。


(やっぱり理不尽に怒鳴られる被害者が、コウタじゃないとダメなのかな)

(どうだろうね? 条件として可能性はあるけど……)

(コウタにバイトさせてみる? あのダメ人間なら、誰かに怒鳴られるのは容易いと思うし)

(浪人生にバイトさせるの!? やめようよそれ。以前、二浪したとき滑り止めに落ちたのはバイトのストレスが敗因だったんでしょ? 受験失敗する可能性がすごく上がると思う。絶対反対)


 良いアイディアと思ったが、絶対反対とまで言われてしまった。

 本人であるマナちゃんが乗り気じゃないなら、上手くいかない気がする。


(私がコウタを罵倒してみようか?)

(それは既に試したじゃん。公園でコウタ君に告られた時、わたしはホンダ君の体を乗っ取ってでも酷いこと言うのやめさせたいと、ものすごーーーく強く願ったけど全くダメだったんだから)

(………)


 ものすごーーーく強く願ったのか。

 そこまで願ってもダメなら、ダメなのかもしれんな。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。

 一番有力そうなアイディアを却下されてしまったのは辛い。


(元気出してよ。わたしはそんな気にしてないし)

(気にするってば。マナちゃんが自分の体に戻るのは、ブラックアウトの症状を止める唯一の解決策かもしれないのだから)

(それは逆かもしれないよ)

(どういうこと?)

(一時的にも自分の体に戻ったからこそ、エネルギー消費が激しくて幽体を維持するのが困難になった……みたいな?)


 たしかに、その可能性もあるな。

 でも、だとしたら……。


(その場合って、コウタのせいでマナちゃんのエネルギー消費が激しくなったって事になるね)

(そ、そういう意味じゃないよ! コウタ君のせいとか! ブラックアウトがコウタ君のせいだなんて全く思ってないからね!? さっき言ったことが正解かどうかもわからないし!)


 マナちゃんが慌てて言ったのでフォローを入れておく。


(わかってる。マナちゃんの優しさは知ってるから大丈夫だよ)


 しばらく二人とも無言になって帰り道を歩く。


 あ、良いアイディアが閃いた。

 これならいけるかもしれない。


(そうだ! 私がマナちゃんの体に乗り移ったのと同じように、マナちゃんも死体に憑依できないかな?)

(えー、それはヤダなあ)


 良いアイディアと思ったのに、マナちゃんは心底嫌そうな顔をした。


(誰でもいいのよ。いろんな病院の霊安室を根気よく探せば、いつか好みの体も見つかると思う)

(それは……理屈としてはありえるかもしれない。でも心理的にはすごく嫌だよ。死体に憑依するなんて)

(そこをなんとか、お願い)

(それに、もし仮に死体への憑依が成功したとしても、元の持ち主が幽霊として付きまとうかもしれない。わたしとホンダ君みたいな関係が増えて面倒になるかもよ?)

(!? 私はマナちゃんに付きまとわれてるなんて全く思ってないよ!)


 慌てて言うと、マナちゃんは優しく言った。


(わかってる。ホンダ君の優しさは知ってるから大丈夫だよ)


 良いアイディアと思ったが、そうでもないのかな。

 元の持ち主が幽霊として付きまとうという発想はなかった。


(いっそのこと、コウタに憑依できないかな? 寝てる間とかに)

(それ仮に成功したとして、コウタ君の魂はどこに行っちゃうの?)

(マナちゃんの体に宿るかもしれない)

(その場合ホンダ君の魂はどこへ?)

(消えるんじゃない? もともと私は、この世界の時間軸の人間じゃないし)

(それはイヤだな。ホンダ君が消えるなんて……)

(でもこの世界に、本田滉太の魂が二つあるほうがおかしいよ。もともとこの世界の存在じゃない私が消えるのが一番自然だと思う)

(………)


 マナちゃんは難しい顔のまま黙ってしまった。

 そんな方法は気が進まない……というのが顔にありありと書いてある。


(試すだけ試してみてくれない? どうなるかなんてわからないのだから)

(……わかった。一応考えておくよ……)




 後日。

 マナちゃんは申し訳なさそうに報告してきた。


(以前に言ってた寝てるコウタ君に憑依するってやつ、ダメだったよ。体を重ねてもすり抜けちゃう)

(全然ダメだったの?)

(うん……せっかく考えてもらったのに、ゴメンね)

(いいよ。気にしないで)


 望み薄とは思ってたので、落胆はない。

 本当にマナちゃんは試してくれたのか?

 という疑惑もあったが、問い詰める気は一切ない。


 そもそも私にはそれを確かめる術がないし、マナちゃんがそう言ってる以上、それを尊重するしかないので。


 しかし、この方法もダメとなると、いよいよ万策尽きたって感じだな……。

 唯一の希望は来年コウタが合格して、バイトを始めて、誰かから理不尽に怒鳴られるという状況を作ることだ。


 最大の懸念は、そこまでマナちゃんが消えずにいてくれるかどうかだ。

 ブラックアウトの症状は、日を追うごとに酷くなってきている。




* * *




 季節は秋も過ぎて冬になっていた。

 一月。大学からの帰り道。

 雪が降り始めたなかをマナちゃんと二人で歩く。


(雪が降ってきたね。傘、買ってく?)

(このぐらいなら平気だよ)


 面倒くさかった私は、マナちゃんの問いに首を振った。

 一刻でも早く、マナちゃんを家に連れ帰って休ませたかったのだ。


(コウタ君からメールあった? 共通テストの手応えについて)

(あったよ)

(なんて言ってた?)

(あんまり良くなかったみたい……)


 メールには『ダメかもしれない……』という文字があったんだ。

 調子は良くなかったらしい。


(そうなんだ……まぁまだ一般試験があるからね。そっちで挽回すればきっと大丈夫だよ)


 明城大学は共テと一般の両方で入試をやってる所だ。


(コウタが不合格になって最悪の結末になっても大丈夫だよ。また病院からやり直し出来るだろうし)

(ホンダ君、そういう心構えは良くないと思う。必ずやり直しが出来る根拠なんか、どこにもないんだから)


 マナちゃんはそう言ったが、私は失敗してもやり直し出来ると思ってる。

 だって三回も病院からやり直してるわけだからね。

 四回目がないという根拠のほうが薄いと思う。


 ただ、やり直したらマナちゃんの具合も元に戻るかも……とはあまり考えられなかった。

 一度目のやり直しの時にマナちゃんはいなかった。


 やり直したらマナちゃんがいない状況……という事態はありえる。

 この辺うまく言えないのだが、幽霊のマナちゃんは消えゆくだけの存在に思えるのだ。


 それはともかく、後はコウタが合格した場合、私に告らないことを願うばかりだ。

 この話題、触れたくなかったので触れないでいたが、一度マナちゃんと相談したほうがいいかもしれんな。

 コウタを傷つけない断り方ってやつを。


(ね、マナちゃん。相談があるんだけど……)

(………)


 あれ?

 どこ行った? マナちゃん。


 後ろを振り返ると、マナちゃんは俯いたまま棒立ちになっていた。


 また発作か……。

 ブラックアウトの症状は、だんだん酷くなってる。

 もう慣れたもので、私はマナちゃんの傍で意識が回復するのを待った。


 待ってる間、考える。

 実はマナちゃんが元に戻る方法、有力そうなのを一つ思いついてるんだ。


 それはマナちゃんが体に戻った瞬間、コウタを殺すという方法だ。

 マナちゃんが体に戻ったタイミングでコウタが死ねば、マナちゃんは元に戻った状態で固定されるかもしれないのだ。


 でもこの方法には欠点が三つもある。


 一つ目はマナちゃんが元の体に戻ると、そもそも私は体のコントロールが不可能になってしまうという点。

 体のコントロールが不可能なら、私はコウタを殺すことが出来ない。


 二つ目はコウタを殺すことに成功したとしても、マナちゃんが殺人犯になってしまうということ。

 これは致命的な欠点だ。


 三つ目は仮にコウタを殺して生き延びてもマナちゃんは絶対喜ばない───むしろ逆で、心の中に消えない傷を残してしまうという点だ。


 こんな方法、話して聞かせるだけでもマナちゃんは怒るかもしれない。

 だからこれは彼女には言ってないし、言うつもりもない。

 かなり有力な方法だと思うけど、あまりにも欠点が大きすぎるから。




 十数分。

 考え事をしていたら、マナちゃんの意識はようやく戻った。


(……わたし、また落ちてた?)

(うん。でもほとんど一瞬だったから、安心して)


 そう言うと、マナちゃんは私の頭を指差して笑った。


(気遣いありがとう。でもそこまで雪は積もってなかったと思うよ)


 しまった……。

 頭に積もった雪の量から、ある程度時間が経ってしまったことがバレた。


 私は緩慢な動作で頭に積もった雪を払った。

 こういう所は、私は相変わらず抜けてる。


(わたしのことなんかほっといて、帰ってくれて良かったのに。わたしは空飛べるし、後で追いつくから)

(そういう問題じゃないよ……)


 単純に、私がマナちゃんと一緒に居たいのだ。

 別々に帰ってマナちゃんが戻ってこなかった……なんて悲劇は避けたいから。


(せめて、マナちゃんのブラックアウトの原因がわかればいいんだけどなあ……)

(うん……)


 発作の原因はいろいろ考えたし、効果ありそうな対策を試してみたりもした。

 睡眠をたっぷり取るとか、外出せず一日中部屋にいるとか、大声で話しかけ続けるとか。

 でも何をしてもブラックアウトの発作が収まることはなく、頻度も回復にかかる時間もひどくなるばかりだった。


 非常に残念なことに、対策が何もないのだ。

 せめて発作が起きた時でも、傍についててあげるぐらいしか出来ないのが悔しい。




 雪は思ったより降ったので、私は家に帰ってすぐにシャワーを浴びた。

 部屋に戻ると、マナちゃんは笑顔で出迎えてくれた。


(おかえり。暖房つけといたよ。湯冷めしないようにね)

(ありがとう。風呂あがりとはいえ、冬にTシャツとハーフパンツはやめたほうが良いのかな)

(ちょっとぐらいなら平気じゃない? ホンダ君は薄着のほうが色っぽいよ)

(いや、この体はマナちゃんのでしょうが)


 くだらない冗談でも、和ませてくれようする気遣いが嬉しい。

 私も暗い顔ばかりせず、もうちょっと冗談言ってみるか。


(でもさ、もうちょっと色っぽい薄着のほうが男の人は興奮すると思うよ。裸にエプロンとか)

(ふふ、ホンダ君って、わたしにそんな恰好させたいんだ?)

(させたいね。マナちゃんが幽霊じゃなかったら確実に欲情してたし押し倒してた。男の理性を狂わす罪作りな女だと思うよ、マナちゃんは)


 冗談だということはお互いわかってるので、私達はクスクスと笑いあった。


(前もこんなような冗談言いあったよね。ホンダ君、覚えてる?)

(覚えてるよ。高校に入学して着替えをしてる時だったと思う)

(それで思い出したけど今回、腕の打撲痕って無かったよね)

(あるよ。位置はちょっと違うけど)

(あるの? どこに?)


 私は袖をまくって、マナちゃんに腕の打撲痕を見せた。

 マナちゃんが気付かなくても無理はない。

 今回のアザは半袖を着ると見えない位置なうえに、腕の内側なので気付きにくい箇所にあったのだ。


(これ……)

(アルファベットの『O』だよね)


 急に真剣な顔で、マナちゃんは何かを考え始めた。

 どうしたんだろうか?


(前回のアザの形は棒一本。前々回はアルファベットの『N』字型だったんだよね?)

(そうだよ)

(前々回はどんな風にアザがついていたのか、その正確な位置と向き、教えてもらっていいかな?)

(いいよ)


 これは覚えていたので、正確な位置と向きを教える。


(!?)


 するとマナちゃんは、とても驚いた顔をした。


(どうしたの? このアザがなんなの?)

(もしかしたら、これ……)


 マナちゃんは机の紙に何かを書き始めた。


(なに書いてるの?)


 後ろから覗いてみる。

 紙には『N-O』という文字が書かれていた。


(これって、これまでのアザの形だよね?)

(うん……)

(これがなんなの? なんで紙に書いたの?)

(ホンダ君、落ち着いて聞いて。わたしの想像通りなら、事態はかなりヤバイかもしれない……)

(なに!? 怖いこと言わないでよ!?)


 打撲痕のアザがなんだっていうんだろうか。

 マナちゃんが何を言いたいのかさっぱりわからない。


(ホンダ君、これどう見える?)


 マナちゃんは『N-O』と書かれた紙を90度回転させた。

 縦と横が逆になった形である。


(アルファベットの『ZIO』かな。ジオって読むの?)

(そうだね。そうも見えるけど、こうも見えない?)


 もう一枚の紙に似た文字を書く。


(どう見える?)

(『210』かな。数字の2と1と0だよね)

(似てると思わない? 『ZIO』と)

(たしかに似てるね。それがなんなの?)


 全然話が見えない。


(まだわからない? これが数字だとしたら、何がきっかけで文字が変わったのか。なぜこんな風に変わったのか)

(私はマナちゃんほど頭良くないんだ。結論を言ってほしい)

(ホンダ君はやり直しをする度に、このアザの形が変わった。そしてこれが数字の2と1と0だとしたら、0は最小の数。つまり次のやり直しはありえないという意味になる)

(………)


 ん、どういうことだ?

 病院で目覚めて、やり直しの度に数字が変わった。

 今はゼロだから、次はありえない……。


(あっ!!)


 鈍い私でも気付いた。


(数字はやり直しが出来る回数を示してるのか! そしてその数字は今はゼロ! もし次コウタが死んだら、それは本当の意味での死亡───次のやり直しはありえないってことか!!)


 マナちゃんはコクリと頷いた。


(コウタ君、共通テストの手応え良くないって言ってたんだよね? これ、まずくないかな?)




* * *




 二月。

 コウタに死ぬ気で勉強させる。

 それしかないと思った。


 私はコウタを説き伏せて、試験の日まで勉強会を毎日開催することにした。

 一人だとサボる可能性があるので、そうしたほうがいいと思ったんだ。


 なんたって、もうやり直しは出来ない可能性がある。

 今回の受験で失敗したら、コウタが自殺する可能性が一気に上がってしまいそうな気がしたのだ。


 勉強会の帰り道。

 私はマナちゃんに言った。


(マナちゃんは毎日付き合わなくてもいいのに)

(コウタ君の人生がかかってる、本当の意味での正念場だからね。家でゆっくりなんてしてらんないよ)

(勉強会はマナちゃんがいなくても集中できてるよ?)

(わかってる。ただ傍に居たいのよ。何か力になれることがあるかもだし)

(そりゃ私だって、マナちゃんの傍に居たいけど……)


 あれからブラックアウトの症状は更に悪化してる。

 ひどい時には五分おきぐらいに連続でブラックアウトしたり、一時間ぐらい目を覚まさないこともあった。




 一般試験が終わった。

 自分の部屋で待ってると、コウタからメールがきた。


(誰? コウタ君?)

(うん)

(なんて?)

(一般試験は『悪くない出来だったと思う』ってさ)


 私はマナちゃんにスマホの画面を見せた。


(良かった。毎日勉強会した甲斐もあったみたいだね)

(そうだね。あとは運を天に任せて祈るのみだよ)


 コウタのメールを喜んでいたマナちゃんが、少し真剣な顔になる。


(試験も終わったことだし、ちょっとコウタ君の話していいかな?)

(いいよ)


 大事な話なのか、マナちゃんは居住まいを正してから話し始めた。


(前回の自殺防止計画の敗因は、ホンダ君がコウタ君の愛し方を間違えたからだと思うの)

(愛し方を……間違えた?)

(うん。自己愛って誰にでもあると思うけど、ホンダ君のそれはちょっと明後日の方向へいってしまってる感じで)

(どういうこと?)


 マナちゃんは私にもわかるよう丁寧に説明してくれた。




 人間誰しも『傷つきたくない』とか『誰かに傷つけられるのはイヤだ』という思いを持ってる。

 そのよくある思いが変な方向へ暴発すると『誰かに傷つけられるのはイヤだ』ではなく『誰かに傷つけられる前に、いっそのこと自分で自分を傷つけてしまおう!』という変な方向へ向かう場合がある。


 既に怪我を負った人間を、更に怪我させることには抵抗を感じる。

 包帯をまいた怪我人は殴りにくい、みたいな心理。

 その心理を逆手に取ったのが『誰かに傷つけられる前に、いっそのこと自分で自分を傷つけてしまおう!』という防衛心理。


 これが自虐の一側面。

 そしてその自虐が行き過ぎて捻じれてしまったのが自殺の一側面。


 自殺を例えるなら、大事にしてるペットがいる。

 そのペットを大事にしたい思いが行き過ぎて、何重にも頑丈な金庫に入れたら、逆に窒息死してしまった……みたいな。

 この『ペット』を『自分』という言葉に置き換えるとわかりやすい。


 以前に言った過保護が良くないというのは、こういう意味も含まれてるんだとか。

 何かを大事にし過ぎると、逆にその何かを壊してしまう可能性もあるという因果な話。


 要するに、コウタの自虐や自殺は、自己愛が変な方向へ暴発してしまったことが原因なんじゃないか───というのがマナちゃんの弁。


(前回、公園でコウタ君が告ってきた時、ホンダ君は冷たくあしらった)

(………)

(それってホンダ君は自分を愛してないから───愛し方が変な方向へ曲がってしまってたから、なんだと思う)

(………)

(ホンダ君は自分自身であるはずのコウタ君のことを、ダサメンとかダメ人間とか平気でディスってたよね? それが前向きな方向へ繋がるなら、むしろ自分の欠点を見つめるのは推奨行為だよ。でも自分を過剰にディスるだけっていうのは、愛し方が変な方向へ曲がってる証拠だと思うよ)

(………)


 私は何も言えなかった。

 マナちゃんの言ってることがよくわかったんだ。


 言われて気付いたよ。


 前回、コウタに告られたとき私がコウタを冷たくあしらった理由は、自分のマナちゃんへの恋愛感情をバラされた、それがムカついたからだった。


 なぜムカついたのかというと───要するに私はマナちゃんに振られることが怖かったから、なのよね。

 マナちゃんの口から「ホンダ君とは付き合えない」と言われるのが怖かったんだ。


 『マナちゃんに振られて傷つく前に、いっそのこと自分でコウタを傷つけてしまおう!』───という心理。


 自分を過剰にディスるのも『誰かからダメ人間扱いされたくないから、先手を打って傷つけてしまおう!』という防衛心理なのだ。


 たしかにマナちゃんの言う通り、私は自己愛が変な方向に歪んでると思う……。




(自己愛って上手く付き合わないと厄介なのよ。自己愛……と……いうのは……適正……か……つ……………)


 話の途中で、突然マナちゃんがベッドに倒れこむ。


(!?)


 今までブラックアウトしても座ってる時は座ったまま、立ってる時は棒立ちという、直前の姿勢は必ず保っていた。

 姿勢が保てなくて崩れ落ちるという、そういうブラックアウトのパターンは初めてだ。

 これは、ものすごく焦る。


(マナちゃん!?)


 私は反射的に体が動き、彼女に寄り添っていた。


(大丈夫!? しっかりして!!)


 彼女に触れないのは百も承知だ。

 そんな理屈どうでもいい。

 私はただ、少しでもマナちゃんの近くに居てあげたい───傍についててあげたいだけなんだ。


 触れないのがもどかしい。

 このまま目を覚まさなかったら、どうしよう……。




* * *




 翌日、マナちゃんがこんなことを言ってきた。


(ねえねえ、試験も終わったことだし、どこか遊びに行かない?)


 昨日は幸い、マナちゃんは三時間後に目を覚ました。

 目覚めてくれて本当に良かった。


 しかし、遊びか。

 うーん……。

 あまりマナちゃんを連れ回したくない気持ちがあるんだよな……。


 でも、部屋にこもりっきりというのも良くないか?

 コウタのおかげで勉強詰めだったし、それもいいかもしれんな。


(いいよ。どこか行きたい所ある?)

(あるよ。たくさん!)




 ショッピングでは話し合いながら、藤谷茉奈に似合いそうな服を何着か買った。

 大学生なんだから一つぐらいは欲しいとのことで、セクシーな下着も買わされた。


 カラオケではマナちゃんが主にマイクを持ち、気持ちよさそうに熱唱していた。

 彼女の声は私にしか聞こえないが、可愛い歌声を独り占め出来る幸運を私は噛み締めた。


 動物園や水族館では、いろんな生き物を見ては嬉しそうにはしゃいでいた。

 何匹かの動物には明らかに幽霊が見えてるリアクションをされて、驚きつつも嬉しかったんだとか。


 最後は松葉公園に来ていた。

 私は気が進まなかったが、マナちゃんがこの公園に来たいと望んだのだ。

 ベンチに並んで腰かける。


(楽しかったー!)


 遊び倒したマナちゃんは満足そうな、とても晴れ晴れした顔をしていた。


(楽しんでもらえたようで良かった)

(そういえばわたし、デートしたの初めてだな)

(カラオケやショッピングなら、したことあったじゃん)

(動物園や水族館はないでしょ。デートらしいデートは初めてってこと)


 そういうもんなのかな。

 マナちゃんが私を初めてのデート相手と思ってくれたなら、それはちょっと嬉しい。


(こんなんで良ければ、いつでも付き合うよ)

(ありがと)


 少しはにかんで返事をするマナちゃん。


 可愛い。

 いつも通り、メッチャ可愛い。


 可愛いのだが、なぜだろう。

 この笑顔を見て切なくなってしまうのは……。


(うわー! マナちゃん!!)

(!?)


 心の中で叫び声をあげると、彼女はびっくりした顔をしていた。


(やめてよ! そんな消える前のフラグみたいなこと言うのは! 消える前の最後の思い出作りみたいじゃんか! これじゃ!)

(………)

(私はね、ずっとマナちゃんと一緒に居たいの! 傍に居たいの! 離れたくないの! デートしなくても、一緒に居るだけで幸せなの!)

(………)

(俺はマナちゃんのことが大好きなんだよ!! 世界中の誰よりも!!)

(!?)

(私が一番、生きてて欲しいと思うはコウタじゃない! マナちゃん! キミなんだよ!!)


 勢いで告ってしまった。

 しかも一瞬、一人称が『俺』になってしまったし。

 なぜ自分がこんな事を言ったのかわからない。

 わからないが、これは魂の、心からの叫びだ。


 ……………。

 ……………。

 ……………。


(………)

(………)


 場は沈黙に包まれていた。

 沈黙をやぶって、マナちゃんがゆっくり語り出す。


(……ありがとう。わたしもホンダ君のこと好きだよ。その気持ち、すごく嬉しい)


 ずっと昔から大好きだった女の子に笑顔で好きと言ってもらったのだが、特に嬉しさはない。

 私が聞きたいのは、そんな言葉ではないのだ。


(コウタにバイトさせることを今すぐ許可して! 受験なんかどうでもいい! マナちゃんがいなくなることが一番イヤ!!)

(それは……ダメだよ。合格するまでは優しく見守ってあげて)

(受験はまだチャンスがあるよ! 来年、頑張れば大丈夫だよ!)

(……そうかもしれない。でもさ、コウタ君が理不尽に怒鳴られたとしても、わたしの具合が良くなるっていう保証もないでしょう?)

(………)

(前にも言った通り、エネルギーを激しく消費して幽体維持が困難になって逆効果になるかもしれないんだよ?)


 言ってる理屈はわかる。

 わかるが、そういう問題じゃないのだ。

 もはや駄々っ子のように私は叫んだ。


(それでも、出来ることがあるならやってみたい! このまま黙ってマナちゃんが消えるのを見てるなんて絶対イヤだ!!)

(大丈夫だって。そんな簡単に消えたりしないから)

(気休めはいいよ! お願いだから、もっと自分を大事にして!!)

(ふふ、それはわたしがホンダ君に言いたいセリフなんだけど?)


 いつの間にか、私は目からは涙が溢れ出ていた。


(いなくならないでよぉ……ずっと一緒に居てよぉ……)


 泣き出してしまった私を、マナちゃんは優しく撫でてくれた。

 幽霊であるはずなのに、彼女の手からは優しい温もりが伝わってきていた。


(マナちゃんさえ傍に居てくれれば、他には何もいらない。何も望まないからぁ……)


 なおも泣きじゃくる私を、マナちゃんはそっと抱きしめてくれた。


(ありがとう。でもその優しい気持ちはコウタ君に向けてあげて。コウタ君を愛してあげて。コウタ君を一番愛してあげられるのは、誰でもないホンダ君なんだから)

(無理だよぉ……私が愛していたいのは、マナちゃんだけだよぉ……)

(大丈夫。無理じゃないよ。ホンダ君なら出来るから、愛してあげて。自分を……)




 その日の夜。

 マナちゃんは特別に隣で寝てくれた。


(甘えんぼさんだねー)


 なんて笑いながら。




 そして翌日、マナちゃんの姿は消えていた。

 もうマナちゃんは二度と戻ってこない。

 そんな確信があった。


(マナちゃん……………)


 昨日さんざん泣いたはずなのに、私の目からは大量の涙が零れ落ちていた。




* * *




 ブラックアウトの症状が深刻になった秋に『わたしが一週間経っても目を覚まさなかったり姿が見えなくなったら、その時はこの手紙を見てね。この引き出しに入れておくから』と託された手紙がある。

 その時は『そんなもの読みたくないよ、破いて』と突っぱねたが、マナちゃんは無理やり引き出しの中に入れた。


 その引き出しの奥にしまってある手紙を私は取り出した。

 今までで一番読みたい───いや、読みたくなかった手紙だ。






【マナちゃんからの手紙】




 ホンダ君へ


 これを読んでるってことは、わたしは消滅しちゃったみたいだね。

 たぶん二度と戻らないと思う。

 これを書いてる今も、自分がもうすぐ消えてしまうっていう確信があるから。


 わたしを復活させようとか、意識を目覚めさせようとかは考えないでね?

 それよりお父さん、お母さん、沙織───そしてコウタ君を幸せにすることを考えてあげてほしい。


 わたしはホンダ君、お父さん、お母さん、沙織、恵里香、ホンダ君が知らない友達……他にもいっぱいいるけど、たくさんの人に幸せをもらったの。

 だから未練はないよ。


 ただ、言いたい。

 幸せな日々をありがとうって。


 あ、この手紙の内容はホンダ君に内緒でちょくちょく書き直してるから、何か変なトコがあったらゴメンね。


 ホンダ君と過ごした日々はすごく楽しかったよ。

 自分が幽霊だってこと、忘れるぐらいに。


 コウタ君に憑依するってやつ、試したけどダメだったっていうのは嘘。

 実は試してないの。

 嘘だってこと、気付いてたかな?


 万一を考えると出来なかったの。

 ゴメンね、嘘ついて。

 嘘だと気付いてたなら、追及しないでくれてありがとう。


 やり直しが出来なくなった可能性は高いと思う。

 あのアザが数字の『2・1・0』と考えるとしっくりくるし。

 やり直しがまた出来るから今回は失敗してもいい……なんて思わないでね。

 一日一日を大切に生きてね。


 デートすごく楽しかった。

 デートの後、ホンダ君に『世界中の誰より大好き』って言われて、本当に嬉しかった。


 改めて言うね。

 わたしもホンダ君が好き。

 大好きだよ。


 コウタ君の受験はどうだったかな?

 上手くいってるといいんだけど……。

 もし失敗でも、また力を貸してあげてね。


 合格ならおめでとう。

 わたしの分も祝福してあげてね。


 もし合格してコウタ君に告られたら、どうすればいいのか。

 最終的にはホンダ君の意思に委ねるよ。


 もしホンダ君がイヤじゃなければ、受け入れてあげてほしいな。

 わたしだってホンダ君のこと好きなわけだし。

 付き合う気はなく断る場合でも、優しく断ってあげてね。

 これは本当にお願いだよ。


 自殺防止計画が成功することを願ってる。

 最後まで見届けられなかったのは残念だけど、ホンダ君なら大丈夫。

 きっと上手くいくよ。


 ホンダ君、幸せになってね。

 自分を真っ直ぐ愛してあげてね。


 これでお別れだけど、寂しくはないよ。

 だってそれ、わたしの体だもん。


 わたしとはいつも一緒だよ。

 寂しくなったら鏡を見て思い出してね。

 わたしはいつもホンダ君と一緒にいるということを。


 最後にお願いだけど、この手紙は燃やしてほしいな。

 これ第三者の誰かに読まれたら、ホンダ君が変人と思われちゃうからね。

 わたしからの最後のお願いだよ。


 本当に楽しかったよ。

 ありがとう。




【マナちゃんからの手紙 終わり】






* * *


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ