摩耗
陸橋に差し掛かった頃、誰かがこっちを見ている。
誰か?フードを被り、中背の男だ。
櫂は少し、嫌な感じがした。この感じは、前にもあった。あの頃は、見境なく殺し、毎日のように、怖い思いをしていた・・・・
しかし引けはしない。男には、引けないときがある。今がそれだ。女子供じゃあるまいし、逃げるわけにはいかない。だから準備して、己の肉体を鍛え、精神を鍛え、摩耗するあらゆることから守ってきた。
「日向櫂」
「・・・・・・」
「今更、自己紹介も必要ない。お前はここらで死ね」
「どうかな・・・・・」
「おまえは俺のことを知っているのか?」
「いや・・・・・」
「俺はお前のことを知っている。かつてはいかれた殺人鬼をしていたってな」
至近距離からの炎六発。
「驚天の大地!」?
櫂はとっさにすべてを交わすのは、無理と判断した。二発を避け、後は防御をする。
「天照大地!」
お陰で致命傷は避けた。
「日向櫂。お前は確かに生きている。だが、生きているのは、俺も一緒だ。この冷たい時代に、俺は俺の墓を飾る」
殺人鬼はフードを取る。櫂は愛用のナイフを取り出した。間合いは約四メートル。一足で踏み込める距離だ。
曰く、武道に於いて、運足は、重要である。素人同然の犯人は分からないが、櫂にはわかっていた。師匠から習ったことがある。
櫂は中国拳法の運足。犯人は素人同然。しかし異能はその差を埋めるに、適している。
「お前は知るまい。だがな、日向櫂。殺人はいいぞ」
そう言い、炎を三つほど飛ばす犯人。
櫂は避ける。
「一つ聞きたい。お前、名は?」
「何とでも好きに呼べばいい。Aとでも」
「つくねとかは?」
「うるさい!俺の名前は日比谷だ。日比谷と呼べ」
櫂は密かに力を溜める。
「日比谷、死が怖くないのか?」
「死、それは、俺の力だ。」
「なぜ殺人をする?」
「凡俗のお前などにはわかるまい」
「・・・・・昔は俺もな・・・・」
「そうか・・・お前も殺人を犯していたのだろう。甘美だったろ?」
「だが、怖い思いもしていた。人の恨みも怖かった」
「ささいなことだ。暗黒の力は強い」
「そろそろだな。喰らえ」
そう言い、一気に櫂は近づくと、愛用のナイフを突き立て、叫ぶ。
「天照天地!(あまてらすあめつち)」
しかし、日比谷の服に触れると、炎が続けざまに、櫂に降り掛かった。
思わず後退する。
「はははははは。痛かったろ?今のは保険だ。」
「ふふ」
そう言い、不敵に笑う櫂。
今ので火が付いた。『この野郎、完璧に負かしてやる』そう想い、櫂は燃えている。
「細工は流々だな。だが・・・・・」
「なんだ?」
「俺はもっと上に行かなくていけない。お前は邪魔だ」
そう言い、前傾姿勢を取る櫂。
一方日比谷も空中に炎を用意する。その数、十二。
次の瞬間。勝負は決していた。
◇◇◇◇◇◇◇
日向櫂には、怖い物がある。其れは死でも刑に服することでもない。
それは、摩耗だ。日々の生活に於いてすら人は摩耗と戦っている。
万物は衰える。それは、みな同じ。
日比谷の炎。五年前の櫂だったら、躱していただろう。それが櫂の怖い摩耗の仕業なのだ。
「ふたつ、いやみっつか」
そう一撃を喰らわした櫂が皮肉を言う。
「なぜだ?」
「これでも戦場の修羅場を戦った身。俺を仕留めるには、炎があと三十は必要だったな」
櫂にはあの攻撃が、致命傷にはならなかった・・・・いざとなれば、あのくらいの炎、気合でねじ伏せる。
「これで終わりだな」
深夜の街に、ネオンが灯る。
「日比谷、おまえの負けだ。」
◇◇◇◇◇◇




