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名前のない放課後  作者: えあな


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抱きしめたい

由奈が、足を止めた。


俺のすぐ後ろで、

小さく息を吸う気配。


由奈「……湊くん」


呼ばれた瞬間、

条件反射みたいに振り返ってた。


……ああ、やっぱり。


さっきから、

ずっと言いたそうだった。


由奈「さっきの……」


声が、少し震えてる。


俺は何も言わない。

被せない。

近づきもしない。


ただ、待つ。


由奈「しんどい、っていうか……」


そこで、

由奈が一度、視線を落とした。


その仕草だけで、

胸の奥が、ぎゅっと締まる。


——やっぱり、だ。


何かを抱えてる。

でも、今までみたいに

一人で結論を出そうとしてない。


俺の前で、

止まってくれてる。


それだけで、

もう、十分すぎるほどだった。


由奈が顔を上げる。


逃げない目。


由奈「私……たぶん、考えすぎてて」


……ああ、もう。


可愛すぎる。


その「考えすぎ」が、

どれだけ勇気を使って出てきた言葉か、

分かりすぎる。


由奈「大切にされてるのは分かってるんだけど……」

由奈「怖くなる時があって……」


胸の奥が、

じわっと熱くなった。


嬉しい。

嬉しくて、ちょっと泣きそうになる。


だってこれ、

信じてないから言ってる言葉じゃない。


信じてるから、

それでも怖いって言ってる。


俺のことを、

ちゃんと“大事な相手”として見てる証拠だ。


由奈「前に……」

由奈「私の気持ちの準備ができた時に、って……」


……覚えてる。


あの時の由奈の顔も、

声も、

全部。


だからこそ、

俺は何も言わない。


遮らない。

先回りしない。


由奈の言葉を、

最後まで受け取る。


由奈「……思い出に残る形で、って……」


そこで一瞬、

由奈が不安そうに俺を見る。


——大丈夫。


逃げない。

離れない。


由奈「私……もう、とっくに覚悟……できてる」


……。


頭が、真っ白になった。


嬉しさが、

一気に押し寄せてくる。


冗談じゃない。

こんなの、

嬉しくないわけがない。


俺が大切にしすぎたせいで、

不安にさせてたなんて。


でも、

それでも由奈は、

俺に向かって踏み出してきた。


由奈「湊くんと……その……」

由奈「ちゃんと……湊くんの……ものにしてください」


……反則だろ。


可愛すぎる。


可愛いとか、

そんな軽い言葉じゃ足りない。


胸がいっぱいで、

喉の奥が熱くなる。


泣きそうなの、

俺の方かもしれない。


由奈はすぐに後悔したみたいで、

慌てて言葉を重ねる。


由奈「それに……友達と話してて……」

由奈「変だって……」

由奈「湊くんみたいな人が、手を出さないなんて信じられないって……」


……ああ、なるほど。


そういうことか。


由奈「だから……」

由奈「飽きられてるかもって、不安で……」


最後は、

ほとんど祈るみたいな声。


由奈「だから……」

由奈「私たち……もう少し前に……進みませんか?」


そこまで言って、

由奈は俺の顔を見上げた。


怖くて。

でも、逃げない目。


——参った。


本当に、

どうしようもなく、

大切な人だ。


俺はまだ、

一言も返してない。


でも、

この瞬間だけは、

確信してた。


由奈が俺に差し出したものを、

絶対に、踏みにじらないって。


由奈が勇気を出した分だけ、

俺は、全力で受け取る。


——その答えを、

どう返すか。


それを決めるのは、

これからだ。


(……泣きそうになるほど嬉しいなんて、

 絶対、言わないけど)


でも。


俺はもう、

由奈から目を逸らせなかった。


一歩、近づく。


抱き寄せたい衝動を抑えて。


そっと、腕を回す。


由奈の背中に触れる手は、

自分でも驚くくらい慎重だった。


壊れ物を扱うみたいに。


由奈の額が、

俺の胸に触れる。


それだけで、

心臓がうるさくなる。


……本当は。


力いっぱい抱きしめたい。

「嬉しい」って言いたい。

泣きそうになるくらい、

救われたって伝えたい。


でも、勇気を出して告白してくれた由奈を怖がらせたくない。


大切にしたい。


俺は、息を整えて、

静かに口を開いた。


俺「……あのさ」


声は、低くて、落ち着いてる。


俺「今の」


少しだけ間を置く。


俺「誰かに言われたから、とか」

俺「比べたから、とか」


由奈の背中に回した手に、

ほんの少し力を込める。


俺「……無理して言ってない?」


確認だった。


拒否じゃない。

でも、流されてほしくもない。


俺「由奈が、本当にそう思ったなら」

俺「俺は……すげぇ嬉しい」


本音が、滲む。


俺「でも」

俺「後から“違った”って思うなら」

俺「それは、俺が一番嫌だから」


由奈の体が、

腕の中で小さく首を振る。


だから、続ける。


俺「……由奈の気持ちを」

俺「俺が急がせるつもりはない」


一拍。


それから、ほんの少しだけ声を落とす。


俺「由奈が思ってるより、俺……待てるから」


これは、強がりじゃない。


本当だ。


由奈「本当に私の本心だよ」


由奈が俺の目を見上げる。


由奈「友達に言われたから、ってゆうのは…言い訳です」


今度は俺の胸に顔を埋めて隠す由奈。



(もう、ほんとヤバい…)


(こんなの我慢できるはずない…)



ほんの一瞬、時間が止まったみたいに静かになる。


抱きしめたまま、

由奈の耳元に顔を寄せる。


最後に、

逃げ道を残したまま、確認する。


囁く。


俺「俺んち、行く?」


抱きしめる腕は、

離せる位置のまま。


選ぶのは、由奈だ。


——俺はもう、

受け取る準備はできてる。


あとは、

由奈がどう答えるか。


それだけだった。



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