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名前のない放課後  作者: えあな


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伸ばされた手

湊「……最近なんか、しんどい感じ?」


湊くんの声は、

いつもと変わらないトーンだった。


責めるでもなく、

探るでもなく、

ただ、気づいたことをそっと置くみたいに。


私は一瞬だけ、足を止めそうになって、

でも止まれなくて、そのまま歩いた。


……しんどい?


分からない。

分かりたくない。


でも、図星だった。


湊「無理すんなよ」


そう言われて、

胸の奥が、きゅっと縮む。


(……あ)


気づかれてる。


全部じゃないけど、

少なくとも、「何かある」ことは。


それだけで、

殻の内側が、少しだけ軋んだ。



駅前で足を止めた時、

私は小さく、湊くんを見上げた。


いつも通りの顔。

落ち着いてて、優しくて、

私を急かさない目。


なのに——

なんでだろう。


その表情が、

今までよりずっと近く感じた。


湊「……困ったらさ」


一拍、間。


湊「頼って。俺、由奈に頼られるの嬉しいから」


その言葉が、

胸の奥に、静かに落ちた。


重くもなく、

軽すぎもしなくて。


逃げ道を塞がない声。


湊「俺には言えないなら、他の誰かでもいい。

でも、溜め込まないで」


頭を、ぽん、と撫でられる。


その手の温度が、

やけに現実的で。


(……あ)


ここで、やっと気づいた。


今までの私は、

“殻に籠るしかない”って思い込んでただけだ。


湊くんは、

殻を壊そうとしてない。


ただ、

「出てきてもいい場所」を

ずっと用意してくれてただけ。



(……このまま沈んだら、だめだ)


殻に戻るのは、簡単だ。

一人で結論を出して、

「これが正解」って思い込むのも、簡単。


でも——


それじゃ、

また同じところに戻る。


湊くんとの問題なのに、

湊くんに何も言わなかったら、

何も解決しない。


恥ずかしい。

重いって思われるかもしれない。

面倒だって思われるかもしれない。


……それでも。


(湊くんが思ってるより、ずっと……)


好きで。

怖くて。

不安で。


だからこそ、

言わなきゃいけない。


私は、ゆっくり息を吸って——

足を止めた。



私「……湊くん」


呼ぶと、すぐに振り返ってくれる。


私「さっきの……」


声が、少し震える。


私「しんどい、っていうか……」


言葉を探して、

一度、視線を落とした。


逃げたら、終わる。


だから、顔を上げる。


私「私……たぶん、考えすぎてて」


喉が、きゅっと鳴る。


私「大切にされてるのは分かってるんだけど…

怖くなる時があって……」


言ってしまえば、

もう戻れない気がした。


私「あの…前に…私の気持ちの準備ができた時にって…」


でも、湊くんは何も言わない。


「思い出に残る形でって…」


遮らない。

急かさない。


ただ、待ってる。


私「私…もうとっくに覚悟…できてる」


だから私は、

もう一歩、踏み出した。


私「湊くんと…その…ちゃんと湊くんの…物にしてください」


勢いで一歩踏み出したけど恥ずかしくて…


それに引かれたかもって急に後悔が襲う。


私「それにね…友達と話してて…変だって…」


私「湊くんみたいな人が手を出さないなんて信じられないって言われて…」


言い訳するみたいに早口になる。


私「だから本当は湊くんに飽きられてるかもって不安もあって…」


これは本当…今の関係でも幸せだけど…


みんなの話を聞いたからずっと不安だった。


私「だから…私たち…もう少し前に…進みませんか?」


失速ぎみで言いながら湊くんの顔を伺う。


言い終えた瞬間、

もう戻れないところまで来てしまった気がして、

ただ、湊くんの答えを待つしかなかった。



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