きっかけ
放課後。
咲と、クラスの友達二人。
珍しく四人で、教室の端に集まっていた。
特別なことをするわけでもなくて、
帰る前の、なんとなくのガールズトーク。
最初は、どうでもいい話だった。
友達1「昨日のドラマ見た?」
友達2「やば、あの俳優無理なんだけど」
そんな流れから、
いつの間にか話題は“彼氏”の方へ移っていた。
⸻
友達1「ねえさ、聞いてよ」
クラスの女子が、声を潜めて言う。
友達1「昨日さ、彼氏んち行ってさ……」
その先は、言わなくても分かる話だった。
友達2「えー!」
咲「ついに?」
友達2「どうだった?」
楽しそうな声が重なる。
私は、その輪の外で、
「へえ」って相槌を打ちながら聞いていた。
正直、他人事だった。
(まあ、そういう時期だよね)
そう思ってた。
……その時までは。
⸻
友達2「……由奈は?」
急に、名前を呼ばれる。
一瞬、頭が追いつかなかった。
友達1「篠原くんとはどうなの?」
にやにやした顔。
友達1「めっちゃ大事にされてるじゃん」
友達1「その時も、絶対優しそう」
……その時。
胸の奥が、ひやっと冷えた。
私「……ないよ」
思ったより、声が低く出た。
友達1・2「え?」
友達2「ないって……何が?」
視線が、いっせいに集まる。
私は、逃げ場を探すみたいに視線を落とした。
私「だから……そゆこと、したことない」
一瞬の沈黙。
それから——
友達1・2「ええっ!?」
友達2「ないないない!」
友達1「あの篠原湊だよ?」
冗談みたいな反応。
友達1「信じられないんだけど」
友達1「逆にすごくない?」
笑い声。
でも、その笑いが、
なぜか胸に刺さった。
(……そんなに、変?)
⸻
咲が、そっと口を挟んだ。
咲「いや……でもさ」
咲「篠原くん、由奈のこと大切にしてるんだと思うよ」
その言葉に、
一瞬、救われた気がした。
……でも。
(大切に、してる)
その言葉が、
頭の中で、何度も反響する。
大切にされてる。
守られてる。
優しくされてる。
それなのに——
(……私、ちゃんと“女”として見られてるのかな)
⸻
家に帰ってからも、
その疑問が、離れなかった。
湊くんの顔を思い浮かべる。
キスは、する。
抱きしめてもくれる。
でも、必ずそこで止まる。
それ以上、踏み込もうとしない。
(……これって)
急に、不安が形を持つ。
大事にされてるのは、分かる。
でも。
(これじゃ……妹、みたいじゃない?)
ふと、蓮お兄ちゃんの顔が浮かぶ。
守る人。
越えない人。
一線を引く人。
(……同じ、かも)
湊くんの優しさと、
蓮お兄ちゃんの優しさ。
どこが違うのか、
分からなくなってくる。
⸻
胸の奥が、ざわざわする。
(もしかして……)
考えたくないのに、
一度浮かんだ考えは、消えなかった。
(私が恋愛初心者だから?)
(つまんない?)
(飽きられた?)
(それとも……)
(女の子として“欲しい”って思えないとか……?)
どれも、言葉にしたら最低なのに。
頭の中では、
次から次へと浮かんでくる。
⸻
ベッドに横になって、天井を見る。
スマホには、
湊くんからの「おやすみ」のメッセージ。
返事を打とうとして、
指が止まった。
(……私)
湊くんのこと、好きになりすぎた。
大切にされるほど、
欲張りになって。
安心するほど、
不安が増えて。
(湊くんが思ってるより、ずっと……)
その先の言葉を、
自分でも最後まで言えなかった。
言ってしまったら、
もう戻れなくなりそうで。
私はスマホを伏せて、
小さく息を吐いた。
幸せなのに。
満たされてるはずなのに。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
——このままじゃ、
湊くんの隣にいる資格がない気がして。
胸の奥で、
静かに、何かが沈んでいった。




