表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のない放課後  作者: えあな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/88

多幸時間

昇降口を出て、外に出た瞬間。


湊くんの手が、当たり前みたいに私の手を取った。


ぎゅっと強くもなくて、

でも離れる気もない、あの掴み方。


(……近い)


距離も、体温も、心臓の音も。


さっきまで教室にいたのが嘘みたいに、

世界が急に静かになる。


私「……湊くん」


呼ぶと、すぐに視線が落ちてくる。


湊「なに」


声が低くて、優しい。


それだけで、胸がきゅっとする。


さっき言われた言葉が、

まだ頭の中で反芻されていた。


――離れる想像ができない。


それ、そんな簡単に言っていい言葉じゃないのに。


私「……さっきの、ほんと?」


湊「なにが」


私「……離れる想像できない、って」


湊くんは歩きながら、

ほんの一瞬だけ考えるみたいに視線を前に向けて、

すぐ、何でもないことみたいに言った。


湊「できないよ」


即答。


湊「できないし、する気もない」


心臓が、変な音を立てた。


(……そんな……)


私だけが、こんなに怖がってたみたいで。


私「……私さ」


言葉を選んでる間に、

湊くんの歩幅が少しだけ遅くなる。


ちゃんと、合わせてくれる。


私「最近、すごく幸せで……」


そこで、声が少し小さくなった。


私「……それが、ちょっと怖い」


湊くんが、ぴたりと足を止めた。


私もつられて立ち止まる。


夕方の風が、少し冷たい。


湊「怖い?」


私「うん……」


正直に言う。


私「今まで、こんなふうに大事にされたことなくて」

私「慣れちゃったら……失うの、耐えられないなって」


言い終わる前に、

湊くんの腕が伸びてきた。


引き寄せられて、

気づいた時には胸に顔が当たってた。


近い。

近すぎる。


でも、逃げる隙がない。


湊「……由奈」


頭の上から声がする。


湊「それ、逆」


私「……え?」


湊「慣れていい」


背中に回された手が、

ゆっくり、安心させるみたいに動く。


湊「慣れて」

湊「当たり前にして」

湊「失う想像できなくなるくらいで、ちょうどいい」


……ずるい。


こんなの、

信じたくなっちゃう。


私「……そんなこと言われたら……」


湊「言うよ」


即答。


湊「由奈が逃げ道作ろうとするから」


少しだけ、からかうみたいな声。


でも、腕は緩まない。


湊「俺は逃げない」

湊「だから、由奈も逃げなくていい」


胸に押し付けられたまま、

小さく頷く。


私「……近い……」


湊「今さら」


そのまま、

額がこつんと当たる。


湊「この距離が嫌なら、言え」


私「……嫌じゃない」


むしろ。


離されたら、困る。


そう思ってしまう自分に、

少し驚く。


湊くんが、安心したみたいに息を吐いた。


湊「じゃあ、帰ろ」


手は、ずっと繋がれたまま。


指先まで、絡めるみたいに。


歩き出しながら、

私は思う。


(……怖いのは)


幸せそのものじゃない。


この幸せを、

手放したくないって思ってしまった自分が、

怖いだけだ。


でも。


湊くんの手は、あたたかくて、

離れる気配がなくて。


それが、答えみたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ