追われなかった理由【澪視点のスピンオフ】
私「……私、もう無理。別れる」
言い切ったはずだった。
湊の学校からの帰り道。
胸の奥に残った悔しさと、みじめさと、どうしようもない焦りを、全部ぶつけるみたいに。
恒一は、驚いた顔をしなかった。
責めもしなかった。
ただ、少し困ったように眉を下げて言った。
恒一「わかったよ。
でも、夜道は危ないから……送らせて」
その優しさが、腹立たしかった。
止めないなら止めないで、
どうしてそんな顔をするの。
私はそのまま、何も言わずに歩き出した。
⸻
それから、連絡を断った。
ブロックはしなかったけど、
既読もつけなかった。
でも恒一からは、
責めるLINEも、
縋る電話も、
来なかった。
三日目の夜。
スマホが震えた。
「寒くなるから、上着忘れないで」
それだけ。
……それだけだった。
(なに、それ)
怒らない。
詰めない。
でも、忘れてもいない。
その距離感が、分からなかった。
⸻
耐えきれなくなったのは、私の方だった。
約束もしてないのに、恒一のところへ行った。
顔を見るなり、感情が先に出る。
私「ねえ」
声が少し荒れる。
私「私がいなくなっても、平気なの?」
恒一は、一瞬だけ目を伏せた。
それから、静かに言った。
恒一「平気なわけないよ」
……なのに。
続いた言葉が、私の予想と違った。
恒一「でも、澪ちゃんが離れたいなら、追えない」
恒一「僕が澪ちゃんを幸せにしてあげられないのが悪いから」
苦笑いみたいな表情で、
恒一「離れることで澪ちゃんが楽になるなら、
そうするしかないよね」
……意味が分からなかった。
(なんで、そんなに静かでいられるの)
私は、もっと追ってほしかった。
止めてほしかった。
取り戻そうとしてほしかった。
だから、追い詰めた。
私「じゃあさ」
私「私が、他の男と一緒にいても?」
恒一は、少しだけ困った顔をした。
ほんの一瞬。
それから、はっきり言った。
恒一「嫌だよ」
胸が跳ねる。
でも、すぐに続く。
恒一「でも、それでも澪ちゃんが選んだことを優先したい」
恒一「澪ちゃんが誰を好きでも、
僕は澪ちゃんが好きだよ」
……ずるい。
理由を聞く前に、もう負けてた。
それでも、聞いた。
私「……なんで?」
恒一は、迷わなかった。
恒一「だってもう、好きだから」
恒一「勝ち負けとか、取り合いとかじゃなくて」
恒一「僕の幸せには、澪ちゃんが幸せでいることが当たり前になってる」
その言葉で、全部が崩れた。
⸻
湊は、「選ぶ男」だった。
誰を選ぶか。
誰を手に取るか。
恒一は、違った。
「手放さない男」だった。
試さなくても、
追わなくても、
奪わなくても。
私はずっと、
刺激を愛だと勘違いしてた。
追われることでしか、
自分の価値を測れなかった。
でも、この人は違った。
この人は——
私が逃げなくなるまで、
何も奪わず、
ただ隣にいた。
……完敗だった。




