篠原が篠原じゃなくなる時【柏木視点のスピンオフ】
門のところに美人がいるらしい。
その一言で、
俺は反射的に立ち上がって窓に向かった。
俺「は?美人?どこどこ?」
こういう時の俺の行動力だけは、無駄に早い。
窓の外を覗いて——
すぐに分かった。
見覚え、ありすぎる。
(あー……はいはい)
澪。
篠原の元カノ。
顔もスタイルも、そりゃあ文句なし。
ああいうタイプは、遠目でも目立つ。
澪。
正直に言うと、
あいつの存在が篠原にとって“軽かった”とは思わない。
付き合ってた当時、
篠原はそれなりに大事にしてたし、
別れたあとも、しばらく引きずってた。
だから、
「因縁がない」なんて言う気はない。
でも——
それでも。
佐伯由奈の存在とは、比べ物にならない。
澪と一緒にいた頃の篠原は、
“篠原”だった。
来るもの拒まず、
去るもの追わず。
流されて、
深く踏み込まず、
自分の感情に責任を持たない男。
それが、今はどうだ。
佐伯と付き合うようになってからの篠原は、
らしくないことばっかりだ。
必死に追いかける。
離れそうになったら手を伸ばす。
言葉にして、態度で示す。
……正直、新鮮だし、
悪くない。
むしろ、
「やっと人間らしくなったな」って思ってる。
だからこそ。
佐伯の顔が、曇っていくのが分かるのが、
きつかった。
笑い方が、ぎこちなくなって、
篠原の前で、どこか遠慮するようになって。
それに合わせて、
篠原も、どこか空回ってる。
あの二人の間に、
変な“間”ができてるのが、
見てて、嫌だった。
俺は、他人の恋愛に口出すタイプじゃない。
久我も、同じだ。
余計なこと言って、
関係こじらせるのが一番ダサいって、
分かってる。
それでも。
あの日は、我慢できなかった。
俺「なあ、篠原」
いつもより、だいぶ真面目な声だったと思う。
俺「佐伯と、ちゃんと話せよ」
久我も、横で頷いた。
久我「説明するのは大事だろ」
篠原は、
「わかってる」って顔をして、
でもどこか歯切れが悪かった。
篠原「拒否られるのも、仕方ないだろ」
正論っちゃ正論。
でも。
俺「時間置けば解決すると思ってるなら、甘いぞ」
俺「そのままじゃ」
俺「おさまるもんも、おさまらなくなる」
久我「大切にしたいなら、待つだけじゃ足りない時もある」
……俺ら、どんだけ踏み込んでんだって話だ。
でもそれくらい、
今の二人は、危なかった。
篠原は、
分かってるような、分かってないような顔で、
「……分かってる」なんて言ってたけど。
正直、
信用できる反応じゃなかった。
だから。
あいつが佐伯の手を取って、
澪のところに向かった時——
正直、ほっとした。
あぁ、やっとか。
門の前で、
澪に対してはっきり線を引いて、
佐伯を離さない姿を見て。
……収まるところに、収まった。
そう思った。
恋愛に正解なんてないけど、
少なくとも、
今の篠原が選んだ場所は、たぶん…間違ってない。
あとは。
佐伯が、
もう一度ちゃんと笑えるようになるかどうか。
そこに辿り着くまで、
俺と久我は、口出ししない。
……できるだけ、な。
見守るって、
案外、難しい。
けど。
今回は、
見守る価値がある二人だってことだけは、
はっきり分かってる。




