答え合わせ
放課後。
帰り支度をしている教室で、
聞きたくなかった言葉が、また耳に刺さった。
「篠原〜、門のところに客」
その一言で、
胸の奥が、ずぶっと沈む。
(……また)
昨日の光景が、勝手に蘇る。
門の前。
澪さん。
並んで歩く二人の背中。
息が、少し苦しくなる。
もう一度、同じことが起きる気がして。
今度こそ、はっきり「終わり」を告げられる気がして。
視線を落とした、その時。
湊「……由奈」
名前を呼ばれた。
顔を上げるより先に、
腕に、温度が触れた。
湊「ちょっと、付き合って」
状況を理解する前に、
手首を掴まれて、立ち上がらされる。
私「え……?」
何が起きてるのか、分からない。
どこに行くの?
どうして?
今じゃなくていいんじゃないの?
言葉にする前に、
湊くんは歩き出していた。
強くはない。
でも、ほどけない。
逃げられない握り方。
不安で足が重いのに、
引かれる力に逆らえなくて、
ただ、ついて行くしかなかった。
(……やっぱり、だ)
校門が見えた頃には、
心の中で、最悪の想像が完成していた。
澪さんの姿。
湊くんの「ごめん」。
やり直す、って言葉。
私への別れ。
胸が、きしむ。
逃げたい。
でも、逃げられない。
湊くんの手が、離れないから。
⸻
近づくと、澪さんが振り返った。
澪「湊!」
明るい声。
……でも。
その目が、私に向いた瞬間。
澪「あぁ……」
分かりやすく、嫌そうな顔。
(……やっぱり)
私は、ここにいていい存在じゃない。
そう思った、その瞬間。
湊くんが、足を止めた。
そして——
私の肩を、ぐっと引き寄せた。
近い。
驚くほど、近い。
湊「澪。この際だから、はっきり言う」
低くて、迷いのない声。
湊「俺は由奈が好きだ」
湊「今付き合ってるのは由奈」
湊「一番大切なのも、由奈」
……え?
頭が、追いつかない。
湊「澪とやり直す気はない」
まっすぐな言葉。
胸が、ぎゅっと締まって、
でも同時に、ほどける。
(……違う)
終わりじゃない。
その事実に気づいた瞬間、
涙が出そうになる。
でも、安心したのも束の間だった。
澪さんが、詰め寄る。
澪「私の時は、そんな必死じゃなかった」
澪「なんでその子なの?」
み「私の方が全部上でしょ?」
泣きそうな顔で、
湊くんの胸に飛び込もうとする。
……やめて。
そう思ったけど、声が出ない。
でも——
湊くんは、澪さんを抱きしめなかった。
肩に手を置いて、はっきり距離を作る。
そのまま、私を引き寄せる。
ほとんど、抱きしめるみたいに。
湊「澪と付き合ってた時、真剣に向き合えなかったのは事実だ」
湊「それは俺が悪い。ごめん」
一拍。
湊「でも、由奈だけは絶対に手放さない」
……その言葉で、
胸の奥が、じん、と熱くなった。
⸻
そこへ。
???「澪〜」
間の抜けた声。
振り返ると、
見知らぬ男性が立っていた。
湊「兄貴、おせー」
……兄貴?
状況が、また一気に変わる。
湊「これ、俺の兄貴」
湊「澪は……俺の元カノだけど、今は兄貴の彼女」
頭が、追いつかない。
でも。
湊「だから安心して」
その一言で、
ようやく、呼吸ができた。
澪さんと、その人が去っていくのを見送りながら、
私は、その場に立ち尽くしていた。
⸻
その後、教室。
窓際の床に並んで座って、
湊くんは、全部説明してくれた。
兄のこと。
澪さんの不安。
試すみたいな行動の理由。
聞けば聞くほど、
胸の奥が、ちくちくした。
私「……ごめん」
思わず、そう言った。
巻き込まれたのに。
心配させたのに。
でも。
湊「由奈は悪くない」
湊「ちゃんと説明しなかった俺が悪い」
そう言われて、
余計に、申し訳なくなる。
手を繋いで、帰り道。
しばらく黙って歩いてから、
ぽつっと、言った。
私「……私、フラれると思ってた」
足が、止まる。
私「澪さんと、やり直すんだって……」
正直な気持ち。
安心して、気が抜けたことも。
その瞬間。
湊「俺側から別れることは絶対ない」
被せるみたいに、即答。
あまりにも迷いがなくて、
思わず、笑ってしまった。
湊「…笑うな。こっちは真剣なんですけど」
当然みたいに。
その顔を見て、
ようやく、胸の奥の不安が、少し溶けた。
逃げたかったのに。
最悪を想像してたのに。
でも——
あの時、
手を離してくれなかったのは、
湊くんだった。
それだけは、
ちゃんと、覚えていた。




